ぜろ : プロローグでエピローグ
もう何も見えなかった。自分が生きていると言うことにすら驚いていたし、何より、結構な余裕で携帯を手にしているのも……笑えた。
「もしもし、先生?」
自分の頬を伝う暖かいもの。それは溢れ、どうしても止められない。
『どこにいるの!?』
あぁ、先生だ。アイツが好きだ好きだ言ってた先生の声だ。
随分、久々に聞いた。気がする。
「どこですかね、分からないです……うっ」
どすん、と体の中で何かが爆発した。重い衝撃があっただけで、特に痛みがない。取り合えず、それは体の中からだった。
『大丈夫なの、真哉くん!?』
「大丈夫かと言われたら今のところは」
『それで、今はどこなのよ、何か見えないの!?』
「何にも…見えないですよ……あ、ちょっと、マズイ」
何か有り得ない音が。
『……真哉くん、まさか』
「助けには、来なくていいです。ていうか、無理だと」
『……!』
電話の向こうで、先生がどんな顔をしてるのか分かる。
でも、無理だ。
それは、僕と奴との絶対の約束。僕は一番望まない死様を与えられる代わりに、妹とその未来を守る。
体の中。一つずつ、苦しみの少ないパーツから順番に破壊されて行く。ただ、皮膚と筋肉の内側で、別々だったものが一つに混ぜられていく感覚だけが不気味だ。
多分、痛すぎて、痛みと痛みが相殺される様な状況になっているに違いない。人間の脳は実に便利につくられている。
『真哉先輩!!』
「あぁ、幹手か……ごめんな、右目」
『……あ、そんなっ!!』
妹の為に、無駄に失ってしまった彼の右目。
「本当にごめん。でも、仮は返したよ。……それて妹、頼むな」
『先輩!? ちょ、諦めないで!』
諦めないで。この状態で言うのか。
確かに向こうからすればそうだろうけど、僕としては諦めはない。どっちかというと、潔いと思える。
他に、方法はない。あったとしても、僕には見付けられなかったし、もう遅いんだ。僕は約束してしまった。
「ごめん、切るよ。もう、あんまり聞こえない」
冷や汗が出るくらい、結構辛い。目は見えないし、少しずつ耳もおかしくなってくる。
息も苦しい。
『お兄ちゃん!!』
「!」
真沙……。
『お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!!』
「最期に聞けるとは思ってなかった」
『お兄ちゃん!』
呼び掛けるしか出来ないから、一生懸命に叫んでる。
「ごめん。真沙、切る」
『待って、お兄ちゃん!』
「駄目だよ、待てない。切る……ちゃんと、しろよ。じゃぁね」
お兄ちゃん。
多分、切るまでそう言ってたはずだ。もう聞こえない。
携帯を投げ捨る。出来るだけ遠くへ。もし、ボタンを押し切れてなかったら。……こんな情けない声は聞かせられない。
「が……あぁああぁぁぁっ!!」
のた打ち回っても、当たる壁はない。
目は当の昔、一番始めに潰されているし、足の自由はすでに無い。中から刻まれ、混ぜられるなんて拷問は、今まで受けられるはずもなく、いくら僕でも耐えられない。
でも、仕様がないんだ。
「かはっ、あ゛」
それで、妹が生きてられるなら。
「……、…」
僕は真っ暗闇の中、何の音も聞こえない状況で、血へどを吐きながら、少しずつ、少しずつ、死んでいった。
気を失う事はなく、静かに確実に自分がいなくなって、死んで行くのを感じていた。暖かさも、鼓動も、体の全ても、痛みすらも。そうやって僕は、溶けるように消えて行く。
最期に感じたのは多分、心臓が潰れて、脳が溶け出した瞬間だったと思う。
でも、これは、僕の思う最悪じゃぁない。死様としては最悪だけど……僕の最悪は。
結末を知って尚、それを変えられないこと。
だから僕は、結局のところ、死を持ってしても、最大の苦痛は、得られなかった。
残念だけど、僕は全然、苦しくなかったよ。死神さん。
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