紅葉生い茂る森の中。
熟した葉が舞い降りて地面を覆い隠す。
獣や人に踏み砕かれて。
虫々が食い食み食し。
原形さえも残さない。
一踏み。
葉を散らす。
少女が一人。
切り株に腰掛け、食事をしていた。
赤いリンゴに唇を寄せて。
霧吹く朝焼けが。
少女を赤く染め上げる。
二踏み。
赤い霧を散らす。
少女は真っ赤な頭巾をしていた。
薄汚くはなっているが見事に染め上げた朱色。
服はと言うと、白い布地に赤い絵の具で塗ってある。
しかし、量が足りなかったのか、まだら模様のように色が転々としていた。
三踏み。
少女の身体に黒い影を落とす。
少女はリンゴに真っ赤な唇でキスをしたまま、覆いかぶさった影へ目を向けた。
影の正体は背が高くて、足の長い紳士。
黒い正装をした、気品の良い紳士。
紳士は体中にまとわりついた木の葉を払った。
少女に赤い嵐が降り注いだ。
「おはよう」
「おはよ」
紳士は深々と頭を下げ。
少女は微動だにせず影を見ていた。
「君は一体、ここで何をしているだい?」
「道に迷った」
「それはそれは」
「おばあちゃんの家が見つからない」
少女の足は靴がなく素足で。
擦り傷が幾重にも重なっていた。
紳士はハンカチを取り出し、少女の足に巻いた。
白いハンカチがポツリポツリと赤くなっていく。
「おじさん、赤毛だ」
「ああ、変かい?」
「ううん。うらやましい。あたし赤い色が好き」
「そうかい。ありがとう」
少女は頭巾を脱いだ。
黒髪に黒い瞳。
朝焼けの光で黒光りに艶やかに。
「お父さんやお母さんは?」
「一人で来た」
「それはそれは勇敢だ」
「毎日やるあたしの仕事」
「仕事?」
「おばあちゃんの家に食べ物を届けるのがあたしの仕事」
「どうして今日は迷ったんだい」
「解らない」
「そうかい、それは困ったね」
紳士は優しそうな笑みを浮かべた。
少女は大きな影を見つめて。
「オオカミ少女」
「えっ?」
「あたし」
「君が?」
「うん」
「どうして?」
「うそつきだから」
「何故?」
「おじさん」
「うん?」
「子供の作り方を知ってる?」
「ああ知ってるよ」
「あたしは、自分が知っている事は真実かどうかは知らない、自信も無い。でも見たままの事実を言っても嘘になるのかな?」
「それがどうしたんだい?」
「友達とみんなで話し合ったんだ、子供の作り方。でもあたし真実を伝えるととみんな口をそろえて、嘘って言う」
「そうかい。ああ、きっと、他の子供たちの真実もきっとバラバラなんだろうね」
赤毛の紳士は少女の黒い目を覗き込んだ。
「なんて言ったんだい?」
「しわくちゃのおばあさんがね、しわくちゃな子供を生む、でねしわくちゃな笑顔でお父さんとお母さんが子供を育てる」
「そうかい。でも君の真実は間違っているよ」
「嘘じゃない、あたしは見た」
「何処で?」
「おばあちゃんの家で」
「誰が?」
「あたしが」
「誰の?」
「おばあちゃん!」
紳士は沈黙した。
霧が消え、日差しが森に刺さる。
快晴の空。
でも、影の下の赤ずきんには、一筋の光も差し込まない。
「ねぇ、あたしの話を聞いて」
少女は自分が持っていたリンゴを半分に割り、片方を差し出した。
紳士はそれを快く受け取る。
割れた断面から、赤い蜜がこぼれ、少女の服を濡らした。
――――
おばあちゃんの家に食べ物を運ぶのはあたしの仕事。
おばあちゃんの家は森の奥にある。
でも。
元々はおばあちゃんとお母さんとお父さんとあたしの四人で町に住んでた。
何ヶ月前に。
お父さんとお母さんがおばあちゃんを家から追い出した。
おばあちゃんのお腹は大きくなって、苦しそうに歩いてた。
病気だって、言われた。
病気が他の人に移るかもしれないから、森の奥へ閉じ込めるんだって。
でも、あたしは知ってる。
おばあちゃんは妊娠しているんだ。
友達が言ってた、女の人は妊娠すると、お腹も胸もオシリも大きくなるんだって。
おばさんとか、体中が大きくなっている人って多いでしょ。
ほら、やっぱり。
年を重ねると、子供を生む準備が出来る。
ねっ。ほらあたしの胸なんかペッちゃんこだし・・・ねぇ、見る?
『いや、いい』
そう、でね。
おばあちゃんは森の奥への家に一人ぼっち。
ずっと寝たきり。
あたしが毎日食べ物を届けて世話をしてあげた。
お母さんは、行きたがらなかった。
世間様に知られたくないって、恥かしいって。
だからあたしも口止めされた。
やっぱり。
子供を生むって事は恥かしいことなんだ。
だから大人は照れるし、子供には教えてくれない。
何がそんなに恥かしいのか解らないけれど。
ねぇ、あたしのおっぱい見る?
『いや、いいから。話を続けて』
そう、でね。
でね。
とうとう、おばあちゃんが赤ちゃんを産んだ。
あたしは見たの。
真実。
おばあちゃんと赤ちゃんは繋がってた。
でもね。
変。
赤ちゃんが赤くなかった。
あたしは赤い色が好きなのに。
「おばあちゃん」
「なんだい」
「どうして、赤ちゃんは赤くないの?」
「赤くなくたって、赤ちゃんは赤ちゃんだよ」
「どうして、体中に毛が生えているの?」
「毛むくじゃらだって、あたしの子供さ」
「どうしてこんなに目が大きいの?」
「でも、あんたと同じ、人間の目さ」
「どうして口が、耳まで裂けているの?」
「それでも、人間の子供だよ!」
「どうして、この子は頭がペッちゃんこなの?」
「それでも、人間のあたしが産んだ、人間の子供なのよ!!」
「おばあちゃんはどうして、化物を生もうと思ったの?」
おばあちゃんは黙り込んじゃった。
だから不安。
ちゃんと見たんだけど、人間には見えなかったんだ。
だから、あたしの真実が不安。
見たものを信じたらいいのか。
噂を信じたらいいのか。
わかんない。
ねぇ。ほら見て。ねっ。ねっ。
『早く、服をしまいなさい』
なんで見てくれない?
『私には必要ないからだよ。さぁ続きを頼むよ』
続き?
続き・・・。
それから何日か経って。
男の人がおばあちゃんの家に来た。
子供をさらって、逃げちゃった。
終わり。
ねぇ・・・。
『その男の人は君の家によく出入りしていた人かい?』
知らない。
『そうかい。おばあちゃんは、その時どうしてた』
おばあちゃん?
・・・泣いて、笑ってた。
よく解んない。
『きっと。子供を奪われた悲しみと、化物を育てていく不安からの解放の喜びが、入り混じった泣き笑いだろうな、それで続きは?』
・・・みんなと同じだ。
すぐ続き、続きってせがむんだ。
これ以上無いんだもん。
終わりって言うと、すぐつまらなそうに顔を背ける。
みんな大っ嫌い!
もう終わり!
『終わりなんか無いんだよ』
うん?
『人が子を産み、その子供がまた子を産み、またその子供が子供を作る。悠久の摂理に終わりなんか無いんだよ』
よく解らない。
――――
少女は半分に割れたリンゴをかじった。
喉が渇いたのか、むしゃぶりついた。
紳士のカタバミのリンゴは、手の中で何も変化を告げていない。
「今日もおばあちゃんの家に行こうとしたんだけど、道に迷っちゃった。いつもと同じ道なのに、変」
「それは不思議だね」
「帰りたい」
「そうかい」
「あたしはね、お姉ちゃんになる。お母さんが妊娠した。お母さんはねおばあちゃんになるんだ!」
少女の声は朱色の世界へと響き渡った。
少し歪んだ世界へ。
紳士は少女の声をまるで音楽を聞くかのように。
静かに闇を広げていた。
「君はお姉ちゃんなって、赤ちゃんを見たいのかい?」
「うん。でも。赤ちゃんは赤くなかった。うれしいけど、嫌い」
「今の君のままじゃ、赤ちゃんは赤くならない」
「どうして?」
「赤い色はね、伝染をするんだ病気のように。君がもっともっと赤ければ、赤ちゃんは、本当の赤ちゃんになるんだ」
紅葉の世界が枯れ、黒ずむ。
地面に敷き詰められた赤いジュータンは、土に返り。
黒い大地が姿を現す。
「君の瞳を赤くしてあげる。髪も頬も身体も、全て一色に」
「本当!」
「ああ、だから私と一緒に赤い森を出よう」
「御礼におっぱいを見せてあげるね」
「礼なんていいから・・・さぁ・・・」
黒い影が少女の腕を掴み。
少女の手が黒い影を掴んだ。
切り株から立ち上がり。
そのまま二人は森の奥へ。
光の入らない森の奥へ。
赤い色の見えない森の奥へ。
あの頭巾はもう見えない。
「ねぇ、赤い靴が欲しい」
「そうかい。なら買ってあげるよ」
切り株の上に打ち捨てられたカタバミのリンゴ。
時が経つにつれ、腐りだし真っ赤になった。
腐って。
しわくちゃになって。
真っ赤なリンゴが黒ずみ。
崩れだし。
黒い土となった。
黒い森に。
黒光りする。
リンゴの種。
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