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Special Blend ~ ツバメの朝と見守る柱時計

 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン。

 時計が六つ。今日もいつもと変わらぬ朝を迎えました。

 始発列車の改札まではまだしばらくあります。

 お早く駅に到着された方はぜひツバメの『モーニング』を楽しみながらお待ちくださいませ。


 ※コミックス2巻発売記念の特別編です。普段と視点が異なります。


 シーンと静まり返ったキッチンで、私はいつものように時を刻む。

 時を知らせる鐘を六つ鳴らした頃、今朝も足音が近づいてきた。


「うー、今日も寒いですね……」


 ランタンを手にやってきたのは、タクミ。このキッチンの主である。

 綿の入った上着を羽織った彼は、体を振るわせながらキッチンの壁に備えられたランプを一つずつ灯していく。

 

 タクミは働き者だ。

 朝早くから仕込みを行い、昼は駅務と喫茶店の仕事を同時にこなす。

 夕方になれば同居人たちの食事を用意し、さらにその後で新作と思しき料理の試作も行う。

 最近は周りに言われて時々休みを取るようにしているようだが、仕事熱心な彼にとってはそれくらいでちょうど良さそうに思える。

 まぁ、四六時中カチカチと時を刻む私が言っても説得力はないかもしれないが。


 ランプの灯りがほのかにキッチンを照らす中、タクミはよっこいせと一つの器械(からくり)をキッチンテーブルの上に置いた。

 運んできたのは大型のミル、最近このキッチンへとやってきた最新式のものだ。

 珈琲豆をセットして横についているハンドルを回せば、たちまちキッチンの中が良い香りに包まれる。

 このキッチンにはいつも美味しそうな香りがたちこめるが、朝一番のこの香りはまた格別だ。


 珈琲の準備を終えると、タクミはいつも通り「モーニング」の用意に取り掛かる。

 珈琲一杯の値段でマイス(コーン)ブレッドにサラダ、それにゆで卵がセットでついてくるとあって、このモーニングを目当てにツバメへ足しげく通う者も多い。


 客からはセットの分のお金をとってもいいのではと言われているようだが、タクミは「いや、モーニングでお金を取るのはちょっと……」と頑として聞き入れようとしない。 表情はいつも穏やかな青年なのだが、意外と頑固な一面もあるのだ。


 この冬の時期、タクミはモーニングのサラダとして二種類用意することが多い。

 今日はどうやら、一つがレポーリョ(キャベツ)サナオリア(にんじん)のサラダ、もう一つは白いポタージュスープのようだ。


 塩漬けの豚肉とセボーリャ(玉ねぎ)パタータ(じゃがいも)を鍋の中で一緒に炒め、前日に作り置きしておいた鶏ガラスープを入れる。

 そこにさらに牛乳を加え、こしょうで味を整えたらアロース(コメ)粉でとろみをつけ、仕上げにケッソ(チーズ)を溶かして完成だ。

 とろみのついた白いスープは、冷え切った朝の体をじんわりと温めてくれることであろう。

 


 それにしても、タクミの料理の腕にはいつも感心させられる。

 私もこのキッチンに来るまでに様々な場所を巡ってきたが、タクミの作る料理は群を抜いて独創的であり、そして実に美味しそうなのだ。

 きっと素晴らしい師匠の下で厳しい修行を積んできたのであろう。余り昔話をしないタクミだが、機会があれば修行時代の話も聞いてみたいものである。


 そしてもう一つ、タクミのアイデアで生み出される調理道具たちもまた素晴らしいものばかりだ。

 いまやどのキッチンでも使われるようになったというハンドル式泡だて器(ハンドミキサー)も元々はタクミの発想から生まれたもの。冷蔵箱や皮剥き器(ピーラー)も彼のアイデアがベースになっている。

 何より自由自在に火力を操ることができるガスのストーブ(コンロ)は、この世界のキッチンに革命をもたらしたと言っても過言ではない。


 私のお守り(メンテナンス)をしてくれている機械工ギルド長のグスタフとともに、

新しい調理道具についてアイデアを交換するタクミの様子は、実に楽しそうだ。

 きっとお互いに職人として気質が合のであろう。

 そういえばあの二人、今度は『一定の時間がたったらベルで知らせる専用の小型時計』を作ろうとかいう話をしていた気が……。

 時計が必要なら私をもっと使って欲しいところだが、さりとてどんなものができるのか正直楽しみでもある。



 そんなことを考えていると、いつしかキッチンに日が差し込み始めていた。

 いつもならそろそろ同居人の娘が降りてくる頃だが……を、やってきたようだ。


「おはようございますっ! 何かお手伝いありませんかっ?」


「ルナちゃん、おはよう。今日はタルタルソース用のゆで卵をいくつか剥いておいてもらっていいかな?」


「はーいっ! それなら、セボーリャも刻んでおきますかっ?」


「そうだね。お願いできると助かるかな」


「じゃあ、一緒にやっておきますねっ」


 ルナはそういうと、冷たい水に「ひゃっ!」と小さく声をあげながら手を洗い始めた。 今ではすっかり明るく元気になったルナだが、この駅舎にやってきた頃は無口で暗く、大人しい少女であった。

 この駅舎に来る前の辛い境遇が、彼女の心を冷たく凍らせてしまっていたようだ。

 しかし、タクミをはじめとしたこの駅舎に集う人たちの温かさに触れ、彼女の心の氷が徐々に溶けていった。この明るく元気な性格がルナの本来の性格なのであろう。


 タクミとルナは和やかに話しをしながら手際よく調理を進めていく。

 仲良く並んでいるその様子は、まるで年の離れた兄妹のよう。

 血は繋がっていなくとも、彼らは間違いなく「家族」である。


 カチャリと動いた長針が真下に向くとともに、私はポーンと一つ鐘を鳴らした。

 さて、そろそろにぎやかになる時間だ。

 いつものように手をぬぐったタクミが、ルナに一声かけてからキッチンを離れる。


 を、今日はよく濡れたタオルで起こす作戦か。

 この冬の寒い時期、あれはきっと冷たかろう。


 暫くすると「ふぎゃーーーーーっ!」と大きな叫び声が聞こえた。

 それを聞いたルナがくすっと笑みをこぼす。無理もない。

 やがて戻ってきたタクミの後ろには、猫耳をぺたんと倒し、まだ眠たそうに目をこすっている少女の姿があった。


「ニャーチさん、おはようございますっ!」


「おはようすみなさいませなのにゃ……Zzzz」


 小テーブルに突っ伏して再び眠ろうとするのは猫耳の亜人、ニャーチ。

 タクミの大切なパートナーである。

 随分歳の差があるように思えるが、これでも立派な「夫婦」。

 この駅舎に二人がやってきて随分立つが、いつまでも新婚のようにアツアツな二人だ。


 それにしても、相変わらずニャーチは朝にめっぽう弱いらしい。

 これもまた、いつもと変わらぬ光景。

 案の定、タクミがすかさず声をかける。


「ほらほら、朝は忙しいから、しゃんとおきて。それとも、もう一回コレいっとく?」


「そ、それはもうイヤイヤなのにゃっ! ごしゅじん、それはひどいのにゃっ!」


「じゃあ頑張って起きようか。ほら、朝ごはんの支度しなきゃだから、ニャーチも手伝って」


「仕方がないにゃぁ……。そしたら、まずこっちなのにゃっ」


 ニャーチはそういうと、ノロノロとした動きで私に近づいてきた。

 彼女の朝一番の仕事は、私のぜんまいを巻くこと。

 振り子が収められた部分の扉を開き、ぜんまい用のねじを差し込む。


 このぜんまいが、私にとっての「モーニング」。これで今日も一日がんばることができる。

 すると、ニャーチが小声で私に話しかけてきた。


「どうせまたニャーチのこと笑ってたのな。あんまり笑ってると、ちゃんと巻いたげないのなよっ」


 その言葉に、私はそしらぬ振りをしながらチクタクと時を刻む。

 しかし、彼女はなぜ私に話しかけるのだろうか?

 ただの気まぐれなのか、それとも本当に「意識」があると分かっているのか……。

 口を聞くことができず、ただ見守っているだけの私にはニャーチの本心を聞くことはできない。

 しかし、きっとニャーチの鋭い感性に何か引っかかるものがあるのだろう。

 私がそう納得をすると、ニャーチもニコッと微笑んだ。


「おーい、朝ごはんにするよー!」


 タクミの呼び声に、ニャーチがくるりと振り向く。


「わかったのなーっ! ごっしゅじーん、今行くのにゃーっ!」


 お読みいただきましてありがとうございました。


 コミックス版2巻の発売記念のスペシャルエピソード、今回はいつか書きたいと思っていた「柱時計」さん視点の物語でした。

 お楽しみいただけましたでしょうか?


 さて、おかげさまをもちまして、コミックス2巻が発売となりました。

 コミックス1巻はおかげさまをもちまして重版に次ぐ重版となり、たいへん驚いております。原作者としてこれほどうれしいことはございません。

 2巻もどうぞお手に取って頂きまして、楽しんで頂ければ幸いです。


 さて、「異世界駅舎の喫茶店」の年内の更新はこれが最後となります。

 来年もゆっくりペースですが更新を続けていければと思っておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


 それでは、引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。


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