桜の後の風情なんてものは、どこかに置き忘れている現代社会。
きっと天気もそれを反映しているんだろう。
「ったく、暑いんだよ。まだ春なのにさぁ!」
原色の蒼に濃く染まった空、気持ちばかりの白い雲が流れていた。
風は微風、湿度は低めだけど、温度がイマイチ。
暑い日差しを受けて、ボタンを一つ外し、胸元に風を送り込む。
「かおるー」
天気と同じ色の声、振り向けば少し後ろに立っている亜季が、手を大きく振って叫んでた。
悩みなんて一つも無さそうな、お日様みたいな顔で駆け寄って来る。
「帰れ!」
目の前で、荒い息をする彼女に向って、真上からそう、言った。
「ええ! ウソ、何でだよ〜!」
顔を上げて、
「お前、メンドクサイ」
「真顔で言うか!」
赤ら顔で突っ込む亜季。
それを見事にスルーして、スタスタと歩き始める。
ちょっとの間、背後から突き刺さる視線を感じたけど。
不承不承、渋々といった足音が、付いて来る。
並んで歩く歩道、すれ違う人の足はどこか浮かれていて、二車線の道路は行きかう車が途切れない、店先にはゴールデンウィークの『GW』を、わざとらしく後付けしたセールののぼりが立っている。
「ゴールデンウィーク予定無くて暇なんだよね」
亜季は、鞄をブラブラさせて、横に並んで歩いている。
「ふーん」
横のコンビニの自動ドアは、開閉する度に涼風が流れ出す。
その風に誘われるように、歩みを止めた。
「かおる、一緒にどっか行くよ」
右手に取りついて、下から見上げてくる視線。
ほんの少し汗が輝く額、中性的な少年っぽい容姿の亜季の顔が、間近にある。
ほんの数センチ。
「あはは、もちろん……ヤだ」
笑いながら、コンビに横の自販機にコインを放り込んだ。
並んでいるレジを見ると、中に入る気が失せてしまったからだ。
それに、汗の匂いも結構気になる。
たいした対策も無いままに、この天気に見舞われたんだし。
「独り身で、しかも出会いも無くて、寂しいんだよ、かおる。もう、私たち、付き合おう!」
すがり付いてきた、本気っぽい感じの目に、たじろいでしまう。
この娘、ちょっと……イヤ、かなりきてるかもしれない。
暑さのせいだろうか?
「馬鹿じゃないの?」
ひたすら冷たく、突き放すようにそう言い切った。
「バカじゃないの!」
台詞はまねして、それでもアクセントでの明確な抗議。
そして、彼女が大きく振り上げた手は、五百円玉を放り込んだ自販機のボタンに向かって振り下ろされた。
ピッという機会音と共に、ゴロゴロと、音を立てて缶が転げ落ちる。
取り出し口を一瞥して、一瞬硬直する俺。
「お前、ホントわけわかんね」
げんなりして答える俺に、分かり易く剥れてみせる亜季。
「わかりやす過ぎるくらいだよ〜」
相変わらずの、茹で上がっている思考にげんなりしながら、自販機の取り出し口から、キンキンに冷えた炭酸飲料を拾い上げる。初めて見る名前のヤツだけど、そうそう悪くは無い、と思う。
昔からクジ運は悪い方じゃないし。
「ちょっと、何かないの?」
さっき拾い上げるのに、しゃがんだ時さえも放してくれなかった腕に、わざとらしく密着して、挑戦的な視線を向ける亜季。
「ナニかって……何が」
うんざりしながら、半ば義務と割り切って、そう言い返す。
「幼馴染とはいえ、こんな近くで触れ合っているんだからさ」
そこで、区切って、ちょっと照れてみせる亜季。
「ドキドキしたり、意識したり」
ワザとらしくしなを作って、視線をよこしてくる。
「それは……ぜんっぜん無いな」
それには、思いっ切り冷たい視線で答えた。
「だから、何でだよ〜!」
そう叫びながら、亜季は俺の腕を振り回す。それも、買ったばかりの缶ジュースを握っている方の手を、だ。
そこで、俺のイライラもピークに達して「俺は女! 彼氏は男を探せよな!」と叫んで、正面に立っている不満たらたらな顔に向け、缶ジュースのフタを弾いた。
溢れ出した、夏の予感。
ちゃんとした相手との、本気の大恋愛になるようにと、願いを込めて。
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