虚無僧
シュガー倶楽部のビルを後にして、駅前通りの方向へとヒキガエルは歩き始めた。
「ほとぼりさめるまで一週間は商売にならん」
と言って歩調を早めた。
客引き殺すにゃ刃物はいらね、ポリの3日も出ばりゃあいい、…てかァ、と叫んで、路面に大量の唾をはいた。
唾は雪の中で赤みを帯びていた。
「俺はここで消える。明日、同じ時間にさっきの店の前で待っててや」
「随分、親切だな」
「どうせ商売できんも。この際、あんたにつきあうわ」
パチンコ店の自動ドアが開いたり閉じたりしていた。
暖気がその度に、路外に溢れだしては、風にふきけされて消えていった。
手を上げて爪先立ちで伸びをして暖気を掴み取る仕草をしながら、ヒキガエルは、
「平和の滝の方だらお前、もうバスないべ」
と寒気に片目を閉じて顔をゆがませた。
「車だァ」
ヒキガエルは群衆の中へと消えていった。
去って行くヒキガエルの肩先あたりに、虚無僧の編みがさ姿が見受けられた。
虚無僧は、何やら、ビラを配りながら、パチンコ店の前まで歩いてきた。
羽織っているスタジアムジャンパーの前は開け放たれており、帯には尺八が挟まれていた。
尺八の先端が、
「明暗」
の文字と重なり合って揺れていた。
虚無僧は、青い大きなビラを俺を差し出した。
受け取ろうとしない俺を無視して通り過ぎていこうとして、思い立ったように立ち停まり、編みがさを傾げて健太の頭に手を置いた。
そうして、ビラを受け取ろうとしない俺にさらに青い紙を差し出した。
ほれっ、と顎を突き出しているのが編みがさの動きでわかった。
不気味なものを感じて、俺は怖くなって仕方なくビラを受け取った。
クチャクャと無造作に丸めてジャンパーのポケットに入れた。
虚無僧は満足したように頷いて、去っていった。
虚無僧の向こうから、新聞紙の切れ端が風に吹かれて走って来た。
新聞は俺の足元で一瞬とまった。再び開いたパチンコ店の自動ドアの中へと流されて、消えた。
冷気は一層強さをましているようであった。
パチンコ店に入った。トイレで健太に小便をさせた。パチンコ台の前にしばらく座り暖をとった後、店員から注意を受ける前に店を出た。
駐車場に向かって歩きはじめた。
雑踏の中、明日の妻との再開だけを頼りに歩き続けた。
さまよい続けてきた不安や焦りが、街の粉雪にまみれる街のネオンのように、胸の内でも、点滅していた。
それが明日、終止符を打たれる。
こみ上げてくる深い安堵の念を、青い雪煙が更に包みこんでくれるようであった。
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