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冬の惑星
作:松尾大生



カラマーゾフの兄弟


同時に蜘蛛男の胸から携帯電話の呼び出し音が響いた。

厳しい表情へと豹変し


「なにィ。泣いているだァ。そんなん話にならんべや。自分で選んだ仕事だべ」

そうして俺の顔をふいに見て気がついたようにヒキガエルにウィンクして、


「インターフェロンうっとけや。最初が肝心だからよ」


携帯電話をきり、写真を手に取った。


「ゾウさんの前でインターフェロンは洒落にならんぞ」


ヒキガエルが笑った。ヒキガエルの言葉にいぶかしげに首を傾け、


「なんだ、明美さんだ」


と写真をテーブルにもどした。


「明美さんなら今日は珍しくお休みしてます。明日は出てくる筈ですけど…」


「ここでは明美と名乗っているのですか」


俺の言葉に、


「本名で仕事している子なんて稀にしかいませんよ」


と幾分、呆れた顔で意味もなく健太の頭を撫でた。


「明日きてください。女の子は奥で待機してますんで、指名が入らなかったら会えますよ」



再び、女たちの華やいだ笑い声が奥から響いてきた。


「ママ」


健太が受け付けの椅子のおいてある通路に走って行って姿を消した。


蜘蛛男は無言のまま目線と指だけで、鷹揚に

「どうぞ」

と通路の方向を示した。

通路の奥の廊下にドアの開け放たれたままの部屋があった。ドアが開いていたので女たちの声が店内まで聞こえてきていたことに気づいた。


盆を運んできた女がしめなかったのだろう。


十畳ほどの部屋には、黒いソファーが幾組か並べてあり、小さなテーブルが二つあった。



そこに、六、七人の女が、談笑していた。タバコの煙が、薄汚れた蛍光灯の下全体で大きく上に下に、たゆとうていた。

女たちは誰もが若干、派手な作りではあったが到底、身を売っている人種には見えなかった。


ただ、一人の例外もなく、スカートから覗く膝と膝を過剰にピッタリと合わせていた。

一人の女が健太の頭を撫でて読んでいた文庫本を開いたままテーブルに伏せた。小さく、

「カラマーゾフの兄弟」


と読めた。それもまた意外であった。俺が健太を招き寄せてキビスを返すと、蜘蛛男が立っていた。

目と口だけ筋肉をひきつらせるように笑いながら、

「いい子揃いでしょ? うちは人物重視ですから」

そうして店を出ようとするヒキガエルと俺に腰を引いてまた目線を下げると、


「黒川の兄さんによろしく」

と更に頭を下げた。

「明美さんには重宝させてもらってます。明美さん、チェンジ少ないですし、色々と助けられてます。稼ぎ頭です」

頭を下げて上目使いで顔面の筋肉だけまたひきつらせて、

「ただちょっと」

と口ごもった後、その言葉を打ち消すように、

「明美さんには何も言わずにおきますから御安心ください」

蜘蛛男は最後まで顎を小刻みに上下させて作り笑いを絶やさなかった。

おどける様子がかえって蜘蛛男の内に秘めたな凶暴性を浮き彫りにしているようであった。















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