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男勝りな師匠♀と乙女な弟子♂

作者: 時間旅行

私の名前は”クロ”。

代々、この国に仕える魔法使いの中で、呪術を扱う頂点に立つ存在に与えられる名前を、70年前に賜った女だ。


70年前にと聞いて、シワシワのおばあちゃんを想像されたかもしれないが

この世界の人間は魔力量によって寿命も外見も異なっている為

私は今年で140歳ほどになるが、外見年齢は20代後半で止まっている。


だからといって、心までずっと若いままでいるわけではない。


数十年前までは、何かに取り付かれたかのように机に向かい、魔術の研究に明け暮れていた。


そんな時期もあった。


だけど今の私は睡眠が大大大大大好きなおばあちゃんなのだ。



今日も朝から昼までずっとベットの中でまどろんでいたというのに。

弟子がいつものように起こしに来てしまった。


「師匠。もうお昼です。十分でしょう。」


ため息交じりの弟子の声。


「・・・いや。十分ではない。お前の基準で私を計るな。」


私の眠気交じりの声を聞いて分からないのだろうか。


「師匠。働くのが嫌なのは分かりましたから。椅子に座って紅茶を飲んでいるだけでもいいです。」


働くのが嫌?そうじゃない。


「・・・私は何も要らない。寝ていたいだけだ。」


「はあ。わかりました。椅子で座って寝ててください。ね。それでいいでしょう。」


こいつはやはり何も分かっていない。


「このフカフカのベットで寝る以外は却下だ。」


「・・・。」


私の意志の固い言い方に、やっと納得したのか弟子は無言になってしまった。

諦めたのか、次の策を練っているのか、どんな様子なのかと

頭だけ毛布から顔を出し窺ってみると


口をへの字にした、美形な男がいた。

実際の年齢は確か80歳だったろうか、外見は16才の青年だ。

次の”クロ”を名乗るのは彼なので、黒の魔力を持つもの特有の黒髪黒目をしている。


弟子が美形なのは王族だからであって、魔力とは関係ないといっておこう。

彼と同等の魔力を持つ私が平凡な容姿をしているからだ。


黒色じゃなければ、私もそこそこいい線いっていたんじゃないかと思っているのは内緒にしている。


私がぼうっとしながら、くだら無いことを考えている間に、何か言い案を思いついたらしい弟子は

にっこりと微笑み頬を染めて、私のそばまでやってきた。


「師匠。ベットを僕の机の隣に運びましょう。」


馬鹿らしい案だ。

周りがせわしなく働いている横で、どうやって安らかな気持ちになれる。

そもそも、私が働かなくても、うまく回っていけるほど弟子は仕事を覚え、力を付けたと言うのに。

そろそろ、手を離してやる時期が来たと言うことか。


「・・・分かった。」


私がベットから身を起こすと、弟子が、やった!と嬉しそうにしている。

そんな弟子へ私は指を刺し、命令をする。


「今日からお前が”クロ”を名乗れ。」


私が放った予想しない言葉に弟子はポカンとする。

そんな弟子にも良く伝わるよう、さらに続ける。


「国が決めた手続きに従うならば、確か引継ぎ期間は宣言から1ヶ月だったな。

ちょうど、王太子さまが王になられるのも1ヵ月後ぐらいではなかったか?ちょうどいいじゃないか。

よし。面倒くさいが最後の一仕事だ。」


よし。と言った勢いで立ち上がる。

同時に弟子の意識も戻ってきたようだ。


「ちょっ。ちょっと待ってください!」


「待てん。」


ベットを降りて、机に並べていた装飾品をすべての指と首と手首に装着して

”クロ”が代々受け継いできたマントを羽織る。

寝癖が付きにくいのが自慢の長い髪を後ろに払い、弟子のほうを向く。


ベットの中にいた私とは違い、大魔法使いの威厳が出ているらしく

弟子は目をキラキラさせて頬を染めている。

だけど、いつもとは違い何か言いたそうに、眉を寄せ、唇を少し噛んでいた。


「よく考えれば、私が”クロ”の名前をもらった時はお前よりも若いころだった。

私はお前と違い、”クロ”の名前を欲しがって、よく師匠に突っかかったものだがな。」


こんな甘えに育ったのは私のせいだろうか。


「師匠は、そうしたいから奪い取ったんでしょう?僕はそうではありません。

いつまでも、師匠の弟子でいたいです・・・。」


やはり私の育て方が甘かったのだろう。

ならば、崖から落す勢いで手を振り払ってやるべきだろう。


「却下だ。1ヵ月後、お前に”クロ”の名をやろう。これは決定事項だ。」


「・・・。」


下を向き黙り込んだ弟子を置いて、王に面会を求める書状を書きに寝室を出た。

その後ろで弟子が何かたくらんでいたのも知っている。


「さて、最後にどんなプレゼントをくれるのか。」


出来れば、今回のことを前向きに捕らえ、頑張って欲しいものだが。





王と面会できることになったのは、2日後だった。


「久しぶりだな”クロ”。」


王は今年で500歳になったと聞くが、外見は30歳ほどに見える。

王族は魔力だけを測ると私と同じかそれ以上の魔力を持っている。


魔力が沢山あるからといっても、勉強やセンスがないと扱うことは出来ないが。


簡単な形式上の挨拶を交わすと、私は早速本題入る。


「”クロ”の名を、弟子に譲ることにしました。」


私の言葉に王は驚く。


「お前を超えるものが現れたと言うのか?あの子はそんなにも力を?」


王が”あの子”と呼んだのは、私の弟子は王の弟の子供なので、顔も性格も知っている身近な存在だから。

私は王の言葉を否定する。


「いいえ。ですが、このまま努力を続けていけば、きっと私に匹敵する力を持つでしょう。

私は、王が政から去るのと同じくして、隠居しようと思っているのです。

次世代へ席を譲る時が来たのです。」


私の言葉に王は頷いてくれた。


「お前はまだ十分若いと思うが・・・そうだな。ここらで一時休むのもいいかもしれん。

ムリに縛り付けて、逃げられでもしたら我が国には大損害となってしまうからな。」


ははは。と笑う王に私は苦笑いを返す。

またいつか、戻ってきて働かされそうだ。


王との話で、王太子様を王にしてから、”クロ”の名前も弟子へ移すことにしようと収まった。




この1ヶ月の間、私は部屋の整理と引継ぎと仕事をこなしていた。

いつもは弟子がする仕事まで私がしていたのだ。


弟子は私が宣言した日から部屋にこもり、何か作業をしているらしい。


甘えっこが駄々をこねているのかと思いきや、部屋の中から魔力の香りと魔方陣を描く音がする。


時々私に会いに来て、「気は変わりませんか?」と聞いてきた。

目の下の隈から察するに、寝ていないのだろう。


それほどまでして準備をしていることに、私は気分が高揚してきてしまった。

弟子へ宣言してから篭り始めたということは、十中八九、私への”贈り物”だろう。


私は腐っても”クロ”の名前を持つ大魔法使いなのだ。

自分へのプレゼントにしても、害あるものだとしても

弟子ほど力を持つ魔法使いが何か大掛かりなものを用意していると思ったら興奮してしまう。



ニヤニヤしながら、呪術魔法使い達と今後のことを話しながら廊下を歩いていると

向かい側から王太子が貴族達を引き連れた一団と出くわした。


身分は向こうのほうが高いため、私は合図をして呪術魔法使い達と共に廊下の脇へよった。

そんな私に気づいた王太子は私の目の前で足を止めた。


私は頭を下げて、形式どおりの挨拶を述べようと思ったところ、王太子様は手でそれを制し

「少し話がしたい。」

とおっしゃった。


私は傍にいた者たちを先に行かせ、王太子様は貴族達にここで待つように命令したあと、空いている部屋へ私を誘導した。



「クロ。従兄弟が恐ろしい顔で私のところへ来たぞ。」


王太子の従兄弟とは、私の弟子のことだろう。

恐ろしい顔とは・・・まあ、隈ができた顔で何かおねだりでも必死にしたのだろう。


「王子。あれが甘えた子に育ってしまったのは私の責任です。どうか、弟子の発言は聞かなかった事にしてくださいませ。」


頭を下げると、王太子の笑う声が聞こえた。


「従兄弟が甘えた子?似合わない言葉だな。油断をしていると食われそうなほど恐ろしい男だと言うのに。」


「確かに力はあるでしょう。呪われながら生まれたというのに、呪いに正面から向き合い、私の弟子に推薦されるほどまで成長したのですから。」


私の弟子は、母親が海や山を越えてまで噂されるほどの美貌を持っている。

そのため知らぬ間に様々な恨みや妬みを買い、多くの呪いうけていた。

母親のほうは前の”クロ”、私の師匠が守りきれたので、害は無かったが生まれた子供は師匠では守れなかった。


当時、師匠から”クロ”の座を奪いたかった私は、強い呪いを受けて苦しむ赤子を師匠を押しのけて解呪したのだ。

弟子を呪った呪術師は力のある集団だったらしく、師匠の指揮では防ぐことは出来ても、相手を特定すること、倒すことは出来なかった。

まあ、呪いは仕掛けるほうより、防ぐほうが大変なので師匠の力は相手より強いことは分かるのだけど。


私の師匠は私との力の差を認めざるを得なくなり、”クロ”の名前は私に譲られることになった。

もちろん私はその後、ちゃんと呪術師集団を捕獲することに成功した。


「生まれてからの幼い期間、ずっと呪術の魔術に触れていたから黒髪黒目になってしまって・・・。

その事を哀れに思った私が教育をまちがえてしまっただけで、あの子は優秀な優しい子ですよ。」


弟子が不躾な態度を王太子にしてしまったがための苦情を私に言いに来たと考えた私は、弟子をフォローする。


が、王太子様は私の言葉を笑って否定した。


「黒髪黒目になったのは、憧れのお前と同じになるために、頑張って黒の魔力を身に浸したのだ。

知らなかったのか?」


初耳だ。あっけにとられる私を置いて、王太子は続ける。


「まあ、金髪金眼だったから、どの魔力にも適応は出来ただろうが、黒に変えるほど努力をしたのだ。」


「そ、そうなのですか。そこまで憧れられていたとは。光栄ですね。」


普段の様子を見ると、尊敬や憧れなどといった目で見られているのは分かっていたが、自分の予想以上だったようだ。


「それならば、なおさら手を離さねばいけませんね。

憧れではなく、そろそろライバルや目の上のたんこぶとして見られなければ、彼の成長が難しくなってくる。」


目標が無くても成長することは出来るだろうが、私は彼に”クロ”の名前を持つものとして、大きく成長して欲しいのだ。


「いや。従兄弟は貴方をそんな眼で見ることは無いように思うが。」


確かに、今の彼からは闘争心などといったものとは無縁の甘えっこに見える。


「ですので、今回私は彼を突き放して、子供のような考えから抜け出させようと考えたのです。」


おおもとは私がベットでゆっくり寝たいからだけども、そこは置いておく。

もう、話は終わりと頭を下げる。


「・・・貴方の考えはわかった。」


王太子の方も言いたいことが言えたのか踵を返して、扉に手をかけた。

そして、出て行く前に私へ忠告めいた一言を残していった。


「私は従兄弟と貴方の関係に深く口を出そうとは思わない。が、従兄弟はもう子供ではないと忠告しておく。」




王太子様と別れた私は草や花が溢れる庭園にやってきた。

”ミドリ”と待ち合わせをしたから。

”ミドリ”の名前は、土や草や大地の魔法を扱う頂点に立つ存在に与えられる名前だ。

土や草や大地の魔法と聞くと、穏やかな魔法を扱う、優しげな魔法使いと大体の人は考えるらしいが

実際の人物は真逆だ。



「隙あり!」


待ち合わせの庭園に中央まで来たところで、後ろのほうから女の声が聞こえた。

”ミドリ”の魔法使い様だ。


足元に大きな魔法陣が広がり、そこから土が盛り上がる。

きっとゴーレムでも作り上げるつもりなのだろう。

ゆっくりと形になるのをただ見ているつもりは無い。


左手にはめている中で中指の指輪の宝石を右手の人差し指ではじく。

すると、私が宝石の中にしまいこんでいた魔法陣が目の前に現れる。


時間を止める魔法陣だ。

というと、綺麗に聞こえてしまうな。

実際は神経を麻痺させるためのもの。意識も奪ってしまうので、この魔方陣に触った人は時間が止まったように感じる。


「そんなもの、当たらなければ意味が無いわ!」


”ミドリ”が何か言っているが、植物のツタや土に守られた女に向かって私に何が出来よう。

わざわざ足元に作ってくれた物体に魔法陣を向ける。


私が作った魔法陣に触れたゴーレムは形になる途中で止まった。

本当は魔方陣を作った人にかけるのが一番なのだけど、少し止まってくれればいいので問題ない。

そして、首元にかけていた宝石をまた人差し指ではじく。


解析の魔方陣だ。呪術師にとっては要となる魔法。

「さて、土にかけられた”呪い”をといてあげようか。」


「だーかーらー!呪いじゃないわ!私の魔法は祝福っていってるでしょ!」


言葉を無視して、土と”ミドリ”の魔力をはがしていく。

ぽろぽろとはがれていく魔力。それを見て”ミドリ”は悔しそうにする。


「私の魔法は、土にとって呪いなんかじゃないのに!」


私に勝ちたいなら、物理で攻撃すればいいのに。

ミドリの場合は魔方陣なんか使用せずに土とか岩の魔法をぶつければ、私なんか一発で倒せるのに

いつもそうしないのは、魔方陣をつかって私に解呪されずに勝ちたいかららしい。


呪いじゃないことを証明したいからと言うが、私にとっては祝福も呪いも同じ原理だ。

そういつも説明しているのに、ミドリは納得してくれない。


私が呪いを解析してゴーレムをただの土に戻し終わると、ミドリはガックリと項垂れた。


「あんたが出て行く前に勝ちたかった・・・。」


だから物で殴ってこい。

”クロ”の魔法使いに魔方陣で勝とうと思うな。



この国で大魔法使いを表す特別な名前は”クロ”、”シロ”、”ミドリ”、”アカ”だ。

ミドリのほかの2人もミドリのように魔方陣を仕掛けてきたがすべて解呪してあげた。


皆悔しがっていたが、だから、物で殴って来い。

それかその場で怪物を作ろうとするな。私との勝負だからワザとそうしているのだろうが・・・。



大魔法使い3人にお別れの挨拶をした後、弟子の部屋の前に来るとやはり魔力の匂いと

魔方陣を描く音がしていた。


・・・物で殴ってこない様子なので有難い。



”クロ”の名前を渡すまであと5日まで迫ってきたのだが、とうとう食事係と弟子の使用人から泣きつかれてしまった。


「部屋から2日出てきてないんです。お風呂や水は部屋についているから大丈夫だと思うんですが

食事は絶対、まともに取っていないはずです!」


助けてください。と訴えられたので、弟子の扉をノックして様子を窺ってみた。

返事が一向に返ってこないので、今度は声をかけてみる。


「私だ。お前、食事を取っていないそうだな。」


今度は扉の向こうで何かが動く音がした。


しばらく待ってみると、ゆっくりと扉が開いて・・・。


「ひどい様子だな。」


目の下の隈もひどいが、艶のあった髪がボサボサで、頬がこけている。

それでも、はかない美少年に見えるのは悔しいが。



「・・・師匠。助けてください。」


まだ成長期である弟子だが、今の所、身長はやや弟子が高い程度だ。

しかも今は痩せすぎていることもあって、体重をかけて寄りかかられても、なんとか受け止めることができた。


「仕方ない弟子だな。ほら、食堂まで一緒に行ってやろう。それとも、食事を運ばせようか?」


優しく問いかけた私の言葉に弟子は首を振る。


「・・・自分でも。自分が抑えられなくなって・・・。僕は・・・。」


私が、落ち着かせるように弟子の髪をなでると、弟子は私に腕を回して抱きついてきた。


「・・・僕は、あなたを・・・傷つけようと・・・。そうじゃなくて、大切にしたいんです。」


その言葉を私は宣戦布告と取り、ニヤリと笑う。


「私は傷つかない。お前が、どんな手を使おうとも。」


弟子は才能が確かにあるが、私よりもまだ実力は下だ。

どんな呪いを用意しようとも私が負けるわけが無い。

私の言葉に弟子ははじかれたように反応を返す。


「傷つかない?本当に?僕がどんなひどいことをしても?」


一体どんな手を用意しているのやら。非常に楽しみになるじゃないか。


「ああ。むしろ全力でぶつかって来い。お前のもてるすべてを使ってな。そうじゃないと、私には到底届かないぞ。」


顔を上げてこちらをじっと見つめた弟子に向かって挑発的に微笑む。


と、なぜか弟子が顔を傾けて・・・。


「おい。」


近すぎて口と口がぶつかったぞ、と文句を言う前に、また弟子が私の口に合わせてきた。今度は舐められている気がする。

弟子の体重がさらに私に寄りかかってきたために、とうとう支えることが出来なくなり、倒れてしまった。


「いった・・・。ちょっ。」


2人そろって廊下に倒れこんでしまったので、お前のせいだと弟子に文句を言おうとしたところ

気にせず起き上がった弟子は私の手首を掴み、無言で部屋の中に引きいれようとした。


「おい。」


弟子の部屋をちらりと見ると、魔方陣が壁や床一杯に広がり、さらに、紙にか書かれた魔方陣が机やたんすに貼り付けてあるのが見えた。


詳しく魔方陣を解析する余裕は無かったが、ぞくりとした薄気味悪い感覚が体に走る。

この部屋に入れられたら、さすがにやばい。

手持ちの宝石では対処することは出来ない。


疲労と空腹で弱った弟子の手を払うのは簡単だった。

私が手を払ったことでバランスを失った弟子は床に座り込む。

そんな弟子を見ながら私はゆっくりと自分が身につけた指輪を、魔方陣を含んでいる宝石をなでる。


「お前。いいね。師匠が私の前に立ちはだかっていた感覚を思い出したよ。」


久しぶりに感じた体が震える感覚。

そういえば、師匠は今どうしているだろうか。

私に”クロ”をとられた後、悔しそうにしていたから、まだ研究を続けて力を付けているだろうか。

会いに行ってみるのもいいな。


そう考えた時、足元で何かが触れてきた。


「・・・僕を見てください。僕だけを見ていてください。」


立つ力も無くなったのか、私の足を抱きこんでいた。

情けない様子にため息を付く。


「とにかく、ご飯を食べろ。」


ご飯を食べて、元気になって、あと数日までぎりぎりまで頑張って、私を倒す準備をしろ。

私も、後数日だが迎え撃つ用意をしようじゃないか。


あれだけベットで休みたい気持ちがあったのに、今は一つもわいてこなかった。





それから、私も弟子を迎え撃つべく、部屋にこもりがちになった。


ただ、弟子とは違い、さよならの挨拶をする人がまだ何人かいるため、完全に引きこもりになるわけにはいかなかったが。


仲が良かった図書室の人たちに挨拶をした帰り、昨日、王になった元王太子様とまた廊下で合った。


私は廊下の脇で跪き、王になられたお祝いの言葉を贈った。

すると王は少し不安な面持ちで私に尋ねてきた。


「お前は私に従ってくれるか?」


王の周りにいるものたちは以前よりも多く、厳しい目をして若い王を見つめていた。

この新人の王様は不安なのだろう。

その思いを少しでも払拭して上げようと頷く。


「私が”クロ”であるかぎり、貴方の命令に従います。」


後数日しかないが、”クロ”の名前を持つ限り、反抗することは出来ない。

魂でも契約したのだから。

ただ、契約後は国を離れない限り、すべての命令を聞く必要はないけども。




その日から2日後、約束の日が来た。

”クロ”の名前を渡す時だ。


譲り渡す儀式は、当人達と見届けるための呪術魔法使い数人で行われる。


儀式の内容は簡単だ、代々身につけていたマントを弟子にはおらせ、私が弟子に”クロ”と呼びかければいいだけだ。


だけど、私と弟子はこの日を決戦の場と考えていた。


部外者がいない魔法使いだけの場であることと。

私は”クロ”を譲ると直ぐに城を出ようと考えていたから。



私が跪いた弟子の前に立つと、相変わらず隈がひどい弟子が顔を上げた。



「師匠。”クロ”の名を継ぐのはそこまで嫌ではありません。

あなたが、離れていくのが嫌なのです。

僕は貴方についていきたくとも、王族なのです。

城を離れることができないのです。

僕を哀れに思うのなら、城にとどまってください。」


王族はこの国と魂の契約を生まれた時に行っている。

国を捨てて逃げることが無いようにと。


その中の一つで、少しの間はなれることは大丈夫らしいが行動を制限されているらしい。かわいそうなことだ。



「哀れとは思うが、城にとどまる気にはならないな。」


本音を言うと、ベッドでゆっくりさせてくれるのなら、城にとどまってもいいと思っていたりする。

が、それよりも早く、弟子が作った”贈り物”が見たくてたまらないのだ。


私はこの1ヶ月それを楽しみに生きてきたのだから。



「・・・。」


「泣くな!」


目を赤くして、泣くとは卑怯だ。涙は女の特権じゃなかったのか!?

美青年が上目使いで頬を染めて目を赤くして泣くなんて・・・!


身をかがめて、弟子の顎を掴み顔を上げさせる。

弟子が不思議な顔をしてこちらを見つめるが、かまわず顔を寄せて涙を舌で舐め取ってやった。


すると、我慢しきれなくなったのか、儀式じゃない雰囲気を察したのか。

周りにいた魔法使い達が扉からそそくさと出て行ってしまった。


その様子を無言で見つめていた私は、体に手が回るのを感じた。


「師匠・・・。」


私の体に腕を回し、息を少し荒くした弟子がいた。

だから、色仕掛けとか!乙女の行動を全部もって行きやがったな。

半目になって、弟子を見つめる。


「僕はお師匠様のものです。好きにしてください。」


さらに頬を染めるな!


「だーーー!」


私は体をひねり腕で払い、抱きついた弟子を振り落す。


「分かった。お前が私を魔方陣で倒すことが出来れば、お前の願いを聞いてやろう。

城にとどまってやる。だから早く、1ヶ月間の成果を見せてみろ!」


私がそう叫ぶと、弟子の目が変わる。


「・・・本当ですか?」


「ああ、お前が満足するまでずっと傍にいてやってもいい。」


私のその言葉に弟子が今までの乙女振りが嘘のように、覚悟が決まった顔立ちで、すっと立ち上がる。


「私を倒すことが出来ればの話だが。」


挑発的な言葉を贈った後、弟子は身につけていた指輪すべての宝石をはじく。


とたん、壁や床に隙間なく大小さまざまな魔方陣で埋め尽くされた。


一つ一つが緻密な構成で出来上がっているのが直ぐに分かる。

ほぼすべてが精神に作用するものらしいのが笑えるが。


普通の人間なら、精神を犯され一瞬で廃人になるだろう。


いつもの私なら、ここでもう一度相手を挑発するのだけど、そんな余裕も無い。


左手の小指にある宝石をはじく。相手を麻痺させる魔方陣だ。

とにかく、一度すべての魔方陣の発動を止めなければいけない。

そうするには、大元の意識を奪うこと。

弟子の位置に魔方陣を調整して放つが、弟子は首にかけた宝石をはじき、事前に用意していたのだろう、対抗魔方陣で麻痺の魔方陣を分解させ消滅させる。


私が相手を麻痺させてから、解呪を行う事は弟子は当然ながら知っていることなので、対策は万全なのだろう。


だが、私が扱う麻痺の魔方陣は1種類ではない。次に薬指と人差し指の宝石をはじく。

弟子の足元に先ほどより複雑な魔方陣が広がるが、弟子はその魔方陣を観察した後、首の宝石と右腕の宝石をはじいていた。


これも駄目か。

そう思ったとき、私の左腕に付けていた大きな宝石が砕けてなくなってしまった。

防御を担う片方の宝石が一つ消えてしまった。


これは、もう遠慮している場合じゃない。

かわいい弟子なので相手を気遣って行動していたが、自分の危機だ。


そんな場合ではないのに、笑い出してしまいそうなほど気分が高揚しているのが分かる。

私を本気にしてしまったよ。甘いと思っていた、私の弟子が。


私は右手掲げ、その指にあるすべての宝石をはじく。

もしも、弟子がこの中の2つ以上の魔方陣を防げなかった場合、目が覚めない事態になるだろう。


さあ、どうだ。


弟子は足元に並んだ5つの魔方陣を見て顔をゆがめる。

4つだ。最低4つ消さないと、弟子は死ぬだろう。


弟子は首の宝石と左手首の宝石をはじく。


とたん3つの魔方陣が消えた。さあ、あと2つ。


弟子にとっては対抗手段を用意していなかった考えもしない魔方陣だったのだろう。

私が考えたオリジナルの新作だったりするからね。


私の放った魔方陣は弟子の防御の宝石を粉々にして、足元に移り始めた。


どうするかとみていると、弟子は首の宝石をはじき、用意してあった解呪の魔方陣の中から対抗するのに向いた魔方陣を取り出しその場で書き換え始めた。

本気か?間に合うのか?


さて、私は自分のことに専念するとしよう。

弟子はあの状態から2つも消すのはムリだろう。

麻痺にかかるか死ぬかのどちらかだが。

どちらにせよ、弟子が放った魔方陣は確実に止まる。

弟子が死ねば魔方陣は消えるが、麻痺ならば起きるまでの制限時間がある。


ドタッ。と倒れる音が聞こえたので、そちらを向くと、弟子が意識を失っていた。

周りの魔方陣が消えないことから、弟子は1つは無事解くことが出来て、死ぬことは免れたらしい。


すばらしい弟子に笑みを向けた後、私は袖をまくる。

弟子にかけた麻痺が解けるのは約1時間。

今度は私が弟子の魔方陣を消す番だ。






そして、40分後。私は汗をぬぐいながら、扉を開けた。


「実に晴れやかな顔をしているな。”クロ”。」


私に声をかけてきた人物を見ると、新しく王になった元王太子様がいた。


「いえ。私はもう”クロ”ではありません。」


扉の中に視線を向ける。視線の先には弟子が床に転げていて、その上に”クロ”に代々伝わるマントがかけてあった。



見届け人がいなかったが、かまわないだろう。


王に視線を戻すと、目の前に一つの紙が出される。


「???」


不思議に思いながら紙を受け取り、文字を読む。


「私が王になった日。名前を持つ魔法使いに対しての法律を変えさせてもらった。」


・・・は?


「たったの1ヶ月で、しかも簡単な儀式で引き継げるとは前々から議会で問題視されていたのでな。」


・・・・・・は?


「引継ぎは1年。その後もアドバイザーとして10年は勤めてもらうこととなった。」


はぁ!?


「ちょっと待ってください。王様。」


私が反論しようとすると、王がさえぎる。


「”クロ”であるかぎり私の命令に従うのではなかったのか。まあ、魂の契約をしているから元からそむくことは出来んがな。」


そうだ。魂の契約をしているんだ。それなのにこうも簡単に契約を変えられるなんて!

私が唖然としていると。


「もちろん国側の勝手な判断で変えたわけではない。魔法使いのことに関して契約を変える場合

名前を持つ魔法使い3人以上と魔法使い100人以上の賛成を得る必要がある。

もちろん、賛成を得ての改正だ。」


「!」


「ということで、よろしく頼むぞ。」


私の肩をたたいた王は去り際にポツリと私に聞こえる声で小さくささやいた。


「だから、”恐ろしい顔できた”と忠告してやっただろう。」




・・・。



余りの急な展開に、数十分間も呆然としたままだったらしい。


後ろからふわりと抱きしめられた。


振り向かなくても誰か分かる。意識を戻した弟子だ。


「・・・。」

「・・・。」


お互いしばらく無言でいたが、弟子が話しかけてきた。


「師匠が、僕に名を譲るって言ったときのことを良く考えてみたんですが。師匠はずっと寝ていたいんですよね。」


「・・・ああ。」


確かに最終目標はそれだった。


「僕。もう、お師匠様の邪魔はしません。寝ている時こっそり顔を見たり、一緒に寝るだけで我慢します。」


「・・・。」


「でも、時々、本当に時々でかまわないので。ちょっとでも起きたら、僕と一緒に過ごしてくれませんか。」


「・・・却下だ。」


弟子の意見を否定すると。弟子は私を抱きしめたまま肩口に顔を押し付けて泣き始めてしまった。

だから、乙女の必殺技を使うなと言うのに。


「寝るのは止めだ。」


「・・・え!?」



先ほどの戦いで、眠り続けていた闘争心が呼び起こされてしまった私はもう寝るどころではなくなっていた。


「まだまだ、お前に負けるわけには行かないからな。魔方陣を一から勉強し直す必要がある。」


私の戦い方ではいつかきっと弟子に負けてしまうだろう。

その場で私の魔方陣を見事に打ち破った弟子を思い出す。


「それに、お前は興味深いよ。」


くるりと抱きしめられた状態から向きを変えて、正面で向かい合う。


涙を流した弟子が首を傾げる。私も同じように首をかしげ

弟子の涙をぺろりと舐めてやると、顔を真っ赤にした弟子が固まってしまった。


「ああそうだ。お前の部屋は以前見た時のままか?」


あの、魔方陣だらけのぞくりとした部屋のことだ。


「はい・・・。すみません片付けます。」


「いや。お前の部屋に今度行ってもいいか。」


あの魔方陣だらけの部屋に入ってすべて解呪をしてみたい。

そんな気持ちで聞いたのに、弟子はどう受け取ったのか全身を真っ赤にして、慌てながら返事をした。


「もちろんです!部屋を綺麗に片付けてお待ちしております!」


「そのままでいい!」


「はい!!」


数日後、戦闘体制で赴いた弟子の部屋は綺麗に片付けられていて、ベットの上できっちり正座をして寝巻き姿で真っ赤な顔をした弟子がいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 説明し過ぎないで読者に感じさせる文章が素敵でした。 [一言] とても面白かったです。 ラストの弟子の勘違いが最高でした。 その後の、たいそうガッカリしたであろう師匠と、勘違いに気が付くまで…
[一言] 面白かったです(*´◇`*) 物理では押し負けてしまうのであれば「男勝り」より「漢」の方が似合うかな、と思いました。真の乙女は強いものですよね(笑)
[一言] 時間旅行さんの久々の投稿で思い切って感想を書きました。 今回も楽しく読ませていただきました! いつものようにテンポが良くてスラスラと読めました。 それではこれからも応援しています。
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