チャプター・48 京一郎
「で、もう一つの罠が生徒会長って言うのは? 何で会長が、麗香さんの能力を消す精神的トラップになる訳?」
ほーりゅうの質問に、会長は楽しそうに笑った。
「見事に私もやられたよ。ほら」
そう言って、会長は右手で反対の手首の袖を少し、ほーりゅうに返して見せる。
服の下に隠れていたその手首には、墨で書かれたような梵字があった。
「外から見えなくて書ける場所、全身に江沼に書かれた。どうやら私自身が、彼女の術が効かない防御結界というものの塊にされたらしいな。彼女が実際、最後の時点で術が使えたかどうかわからない。だが、今までと同じ術の使い方をしているのに、ただの通りすがりの普通の人間に対してさえ術が使えない、相手に術が効かないと思わせる。それで彼女は、駄目押しの精神パニックを起こす。能力を狂わせる罠の一つとしては有りだな」
感心したように会長は言った。面白そうな計画なので、会長は話に乗る事を承諾したのだろう。
ジプシーは、俺との計画の打ち合わせ時点で、放課後、今回の事情を知っている会長に計画協力の為に頭を下げに行くと言っていた。何と言って了解を取ったか知らねぇが、会長の全身に防御結界。
ちょっと笑える。
今の会長の説明で、理解できたかどうか怪しいほーりゅうは、それ以上考える事を放棄したらしい。今度は、違う事を聞いてきた。
「ジプシー。あのさ、ジプシーが彼女に怪我をさせられる罠の方、あれ、本当にわざとだよね」
どういうことか言葉の真意がわからず、俺もジプシーも彼女を見つめる。そして、ほーりゅうは、言いにくそうにその名前を言った。
「ジプシー、今回も、……本当は前の文化祭の時も、我龍が近くで様子を見ていたんだよ。今日、我龍がジプシーの結界に触れたから、麗香さんの攻撃をジプシーが食らう原因になっちゃったんでしょ? それって偶然の出来事じゃないのかなって思ってさ」
我龍が見ていた? 奴は今も、この近くにいるっていうのか?
ジプシーは腕を組んで、しばらく考えていたが、これはほーりゅうに説明しないといけないだろうと思ったのだろう。己の感情を切り捨てたように無表情で淡々と言った。
「前回の文化祭の時、……確かに奴の気配を近くで感じた気がした。今回も、結界に触ってきた時は、一瞬誰だかわからなかったが。俺も、計画の一つだから、彼女から攻撃を食らうタイミングを計っていたし、だから、奴が現れたのは偶然だが、タイミングを利用させてもらった形にはなる」
そうか。本当に文化祭の日にも、我龍が近くにいたのか。
そう言えば、強盗犯が落ちた後、ジプシーが考えこんでいた様子を、ほーりゅうがやけに気にしていた。
あの時か。
それを聞いたほーりゅうが思い出したかのように、勢い込んで続けてジプシーに言った。
「そう言えば私、今日、三階の窓から落ちたよね。あれもまさか計画の内? 下まで普通に落ちていたらどうするつもりだったのよ! 今回も私、我龍に助けられちゃったから良かったけれど」
これはジプシーが答える前に、俺が先に口を開いた。
「こいつは文化祭の一件も今回は頭に入れていた。ほら、術を使う前に結界をはるようにするって文化祭の後に言っていただろう? 今回は窓の下全てに、防御結界をはっていたよ。なんせ、午前中から夕方まで、教師の眼を盗んで校内あらゆる所に、戦い場所が移動する事を想定して結界をはりまくりに動いていたジプシーだから」
こういう所は、抜かりのない完璧主義だ。
なるほどと考え込んだほーりゅうを横目で見ながら、今度は俺が気になった事をジプシーに言う為に、奴のそばに寄った。ほーりゅうには聞かせない方がいい質問だ。
「なあ」
無言で俺を見た奴に、俺は声を潜めて言う。
「お前が怪我をしているあの状況で、高橋麗香が攻撃を仕掛けてくるってわかった時、ほーりゅうがお前をかばって立ちふさがる性格だって事、初めから計算に入れていたのか?」
俺と眼が合った奴は、片方の眉を上げてみせて、俺から視線をそらした。
……いくら高橋麗香の攻撃が、実害のないものだとわかっていても、こういう時のお前って俺から見ても腹黒い、いい性格しているよ。情け容赦のない奴だ。人に対しても……それ以上に自分に対しても。
こいつは演技が上手いのだから、自分は術にかからず、彼女の攻撃を食らったフリをしていれば良かったんだ。彼女とほーりゅうさえだませれば。
大怪我に見えるのは、術を仕掛けた彼女と、術にかかっているほーりゅうなのだから。
なのに、彼女達を苦しめた償いに、あえて自分もぎりぎりまで痛めつける。
「これから、彼女と話し合ってくる」
話がひと段落した所で、ジプシーが言った。
「今から、俺一人で彼女と話し合う。能力のない普通の彼女とね」
それを聞いた俺は答える。
「そうだな。これからはお前個人のプライベートな話だもんな。俺達が口を出すことじゃない」
そして俺は、それこそ周りの皆に聞こえないように、ジプシーの肩に手を回し、抱きかかえる様にして、耳元でささやいた。
「お前、無抵抗で彼女に刺されてやるような真似だけはするなよ」
ジプシーは、一瞬動きを止めたように見えたが、すぐに俺を見返して言った。
「わかっている」
それを聞いた所で、俺は打って変わった口調で、ジプシーに言った。
「そう言えばさ、お前、今回の計画を会長に頼む時、見返りを要求されるかどうかって、なんか言っていたよな。あれ、本当に何か要求された?」
すると奴は、会長を一瞥した後、今までの無表情を崩し、明らかにムッとした様子で小さく言った。
「……携帯の番号とメアドの交換」
俺は思わず、腹を抱えて大笑いをしてしまい、会長やほーりゅう、夢乃から冷たい視線を浴びてしまった。
……いいじゃねぇか。今まで俺と夢乃の二件しか登録のなかったジプシーの携帯に、新しいアドレスが一つ増えたんだから。
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