チャプター・43 ほーりゅう
胸元に受けた衝撃で、私は多分数メートルは弾き飛ばされ、そのまま後ろの壁へ激突した。
やばいと思う間もなく、本当に一瞬の出来事で、私の頭の中は真っ白のまま何も考えられていなかった。
……あれ?
どこも痛くないや。
壁に背中をぶつけたまま、座り込む形で呆然としていた私は、ようやく頭が回り始める。
そしてジプシーが、私と後ろの壁の間に入って、受け止めてくれた事に気がついた。そうか、ジプシーは多分、防御が間に合わないってわかったから、とっさに身体を張って私が壁にぶつかるのを防いでくれたんだ。
でも、さすがにジプシーでも、今の衝撃はきつかったのでは。私はきっとすごい勢いで吹っ飛ばされちゃったよ。
「なるほどね。五感を使う術だから、触覚という事で接触しての衝撃波も使えるって訳だ」
そうつぶやくジプシー。
さすがに心配で顔を見た私に、ジプシーは、後ろから私を抱きかかえて立たせながら、相変わらずの無表情を保って言った。
「俺は心配ない。お前、彼女から直接受けた方の攻撃はどうなんだ?」
「あ、そうか」
麗香さんからの攻撃、直接胸元に受けて吹っ飛んだんだ。でも、衝撃はあったけれど、痛くない。そして、思い当たって首にかけていた鎖を引っ張り、トップについているロザリオを取り出した。
「多分、場所的には、服の中にあったロザリオに当たったんだと思う」
でも、大丈夫。ロザリオ本体にも中の石も、傷や歪みはない。
「なるほどね。カディアの石の力なら、それ位の衝撃も吸収するだろう」
ジプシーも、石を見ながらそう言った。
私はロザリオを握り締めたまま、前に立つ麗香に眼を向ける。そして、彼女が悔しそうな表情でつぶやくのを聞いた。
「そうやって、彼にずっと護ってもらえる訳ね」
違うんだけれど。
私はジプシーの彼女じゃないし、今回ジプシーが護っているのは、私と麗香さん両方なんだから、とは作戦上言えない。
言いよどんだ私に向かって、麗香は右手を頭上にあげ、私を見据えて言った。
「さあ、続きをやりましょうよ」
その台詞を聞いて、ジプシーが私から離れ、数歩下がる。
そうだよね。表面上、私と麗香さんの一対一の戦いだし。
何か作戦を考えているのか、しばらく手をあげたまま動かない彼女。
力をためる時間が必要な私にとってもありがたいので、無言で彼女を見つめたまま、集中する。慣れてきているのか、今度はすぐに、私の中で大きくなる力の存在がわかる。
どの位そのままでいたのか。急に彼女は、上げていた手を眼の前まで下ろし、手の平を上に向ける。
何が起こるのか訝しげに見た私に、麗香は親切にも、こう言った。
「私、火も扱えるのよ」
言葉と共に、途端に手の平の上で、ぼっと燃え出す炎。
「え? それって熱くないの?」
多分見当違いな私の言葉に、苦笑する彼女と、後ろにいるから見えないけれど呆れ顔であろうジプシー。
そして、そのまま彼女は笑いながら振りかぶって言った。
「熱いかどうか、自分で確かめてごらんなさい」
直球で、私に投げつけられた炎の玉。
え? もしかしたらやばい状況?
慌てて私は両手をあげ、今までと同じように炎の玉に向かって振り下ろす。上手い具合に力が炎に向かって飛んでいくのがわかった。まあ、これもきっと、ジプシーの軌道修正サポートが入っているんだろうなと思いながら。そして、跳ね返すというよりは力が炎と絡まって、彼女の方へ返っていった。
やった! 願い通りの力のラリーになる!
そう思った途端、跳ね返されるのを考えていなかったらしい彼女が、慌てて右手で振り払う。炎の玉は、大きくそれて、私の頭の上を通り越し、廊下の向こう遠くへ飛んでいった。あれ? 彼女もノーコンだったら、ラリーにならないじゃん!
そして落ちた所は、私やジプシーと、遠巻きに見ていた京一郎と夢乃との間の廊下の上だった。炎の性質のせいか、すぐに煙があがり、火が広がる。
「うわっ! 復元結界がはってあるって言っても、これは、やばいんじゃねぇ?」
そう叫んで、京一郎が廊下に設置されている消火器をすばやく引っ掴み、黄色い安全栓を引き抜く。夢乃も慌てて、他の消火器を取りに走っていくのが、炎越しに見えた。
「あら大変。早くケリをつけて逃げないと、炎と煙に巻かれちゃうわ」
余裕で微笑みながら、麗香は私に向かって、今度は横に右手を伸ばす。
麗香さん、火が怖くないんだろうか? そう一瞬考えがよぎったが、彼女のこの体勢はまた切り裂き系のかまいたちかな? 跳ね返しにくいなと思いながら、防御の構えを取る。多分ジプシーも、これに対しては前と同じ、防御結界をはってくれると思って。
でも、だから、彼女が手を真横に振り切ろうとした時、ジプシーが自分の身体を両手で抱きしめて、膝から崩れ落ちたのが眼の端に見えてしまって、私は彼の方を振り返ってしまった。ジプシーの異変に、私の集中が彼女からそれる。
それでも、慌てて彼女の方に向き直ったけれど、私は彼女の攻撃から逃げるタイミングを逃した。
さすがにこれは食らったと覚悟した途端に、渾身の力を振り絞って私に飛んだらしいジプシーに抱きかかえられて、私達は床に転がる。
「いったぁ!」
横向きに落ちて身体を床にぶつけた痛さに、思わず悲鳴を上げたが、私に覆いかぶさり抱きしめたままのジプシーから、反応がない。
「ちょっと! いつまでくっついてんのよ。また麗香さんが誤解しちゃう!」
助けてもらったのにひどい言い方になったけれど、そう言ってジプシーを押しのけようとした私の右手が、生暖かかった。ゆっくりと自分の両手を目の高さにあげる。暗い廊下、ちょっと離れた所で燃える炎の逆光になり、ゆらゆらと私の右手が黒く染まって見える。なんで?
そして、廊下の床上に広がり出した血溜まりに気がついて、ようやく私は、声にならない叫びを上げた。
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