チャプター・34 京一郎
朝、教室に入ると、ほーりゅうと夢乃はもう登校してきていて、日の当たる窓際にいた。ほーりゅうは相変わらず、夢乃の家に連日滞在中だ。確かに、一昨日の出来事を考えれば、一人暮らしのマンションへ帰す訳にもいかないだろう。
だが、一緒に登校しているはずの、ジプシーの姿が見えない。
「夢乃、奴は?」
「今日は用事で、午前中の学校は休むそうよ。家を出るのは一緒に出たけれど」
「ふぅん……で、奴の様子は?」
「本人は、いつものペースを取り戻しているから、心配ないって言っているわ」
「そうか。奴が本調子と言うなら、単独行動も問題ねぇな」
一昨日の出来事の為に昨日は臨時休校だったが、ジプシーと夢乃は事情聴取で警視庁に行っていた為、奴は殆ど動けなかったはずだ。昨日一日、身体は動けなくても、おそらく頭の中で計画を練っていたに違いない。実質的な事件の内容として奴の得意の範疇だから、俺は全面的に計画を奴に任す気になっていた。
隣で俺達の会話をおとなしく聞いていたほーりゅうが、教室に入ってきた女子を見つけて、嬉しそうに寄って行った。
「ほーりゅう、嬉しそうだな。何かあったのか?」
俺は夢乃に聞いた。
「昨日、ほーりゅうは街中で芸能人に会ったらしいわよ。それで、その芸能人のファンらしい明子ちゃんに、その話をしたいらしいのよ」
夢乃がそう言った途端。
「うっそぉ! 何て羨ましい!」
藤本明子の叫び声が教室に響き、さらに興味を持ったクラスの女子を引き寄せ、教室の中心で集団になる。
「芸能人ねぇ」
俺は、そうつぶやきながらぼんやりと、女子の集団の真ん中に混じる、ほーりゅうの横顔を眺めた。そして、同じように集団を眺める夢乃に、小さな声で言った。
「夢乃」
俺の方を向いた彼女に、言ってみた。
「意外とさ、ほーりゅうって、ジプシーと合っているような気がしねぇ? 天然と言うか癒し系と言うか、その辺の性格が奴とさ。ほら実際、ほーりゅうが俺達の前に現れてから、奴の感じ、いい方向に変わったと思うんだが」
俺の言葉の意図する所がわかったらしい夢乃だが、俺の期待する言葉を口にしなかった。
「残念」
てっきり夢乃は賛同してくれるものだと思っていた。だから、そう言った夢乃に正直驚き、どういう事かと顔を見つめる。
「否定じゃないの」
夢乃は、俺の表情を読んで言った。
「私も、あの二人は、結構お似合いだと思っていたんだけれど、それは、お互いの気持ちが、お互いに向いている時の話でしょう?」
「奴は、ほーりゅうを嫌っていないと思う。興味のない人間は眼中にない奴だ。むしろ、ほーりゅうの事を、からかう位に興味を持っていると思うが」
夢乃は、小さく笑った。
「ジプシーの方じゃなくて。……ほーりゅう、他に好きな人がいるから」
ピンと来なかった俺は、一拍遅れで驚いた。あのほーりゅうに、そんな艶っぽい話があったのか?
「あ、なるほど。相手は、こっちに転入して来る前の学校の奴か?」
「いいえ。こっちに来てから。出会ったのは文化祭の時らしいわよ」
文化祭から? 彼女のそんなそぶり、全く気がつかなかった。へぇ、あのほーりゅうが……。考え込んだ俺を見て、夢乃はさらに笑いながら言った。
「今まで気が付かなかったって思っているんでしょう。当然よ。私もほーりゅうから聞いたの、昨日だし。その相手とは文化祭で一度会ったそうよ。そして、昨日も街中で偶然に会って話をしたんだって。……本人曰く、昨日気がついた一目惚れだそうよ。京一郎の今の話、一日遅かったわね」
一目惚れ。本当にそんなものがあるのかと、俺は疑う方なのだが、考えてみたら今回の事件、高橋麗香がジプシーに、文化祭の舞台で一目惚れをした事から始まったんだ。
「奴は……ジプシーはこの事、知っているのか?」
「今はこの状況だから言っていない。この場で、こんな話が出たから私は京一郎に話したけれど、多分あえて周囲に言う事はないでしょうね。ほーりゅう自身がどれだけ周りの人に言うかにも、よるだろうけれど」
そうだ。この先どうなるかわからない。ほーりゅうの一目惚れってだけで発展なく、このまま済し崩しに消えていくだけの話かもしれない。
「夢乃、今の会話、忘れてくれ。こうなったら良いなと思った、ただの俺の希望の一つだから」
俺は、ため息をつきながら呟いた。
「どうも、人の想いってのは、上手くいかないものだねぇ。ほーりゅうにしても、あの高橋って女にしても」
ジプシーのそばに、ほーりゅうがずっといるとすれば。
生き急ぐ奴の未来も、変わる気がしたのに。
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