チャプター・33 ほーりゅう
目の前の彼は再び、今度はゆっくりポテトに手を伸ばす。そして、一本つまんで食べている彼の後ろに、人影が立った。
「お前がファーストフード店に入って、ものを食べている所なんて、初めて見た!」
本当に驚いたような声が上から急に降ってきたので、私はびっくりして振り仰いだ。そこには長身の男性が、端整な顔に驚いたような表情を浮かべて、こちらを見ていた。
「お、待ち人が来た」
そう言って振り返った彼に、長身の男性が言った。
「ファーストフード店に入っている事も驚きだが、お前が女の子と一緒にいるのを見るのも初めてだな」
そう言ったあと、長身の男性は、私に向かって右手を出して来た。
「はじめまして、東条ツバサです」
「あ、どうも」
私はそう言って中腰になり、慌てて右手を出して握手した。
すると東条さんは、なぜか不満げな表情になり、握手をしたまま私の顔を見返してきた。
?
私、何か失礼な事、したかな?
その時、面白そうに成り行きを見ていた彼が、突然はじける様な大笑いをした。
「女子高生で、東条ツバサを知らない子がいる!」
え? と言うことは、この人、有名人なんだ。そう言えば、見覚えがあるようなないような。芸能人? ……と言えば、情報通で芸能界大好きなクラスの明子ちゃん。……あ、もしかしたら明子ちゃんが、よく学校に持ってきている雑誌!
「……ファッション雑誌のモデルをしている?」
東条さんは、ようやく嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「思い出してもらえて嬉しいよ」
なるほど! 本当にそういう業界の人なんだ。確かに背が高くてカッコイイ、芸能人的なオーラがある。……あ、だとしたら。
「ねえ、高橋麗香って、知ってる?」
私からのいきなりの質問で、ちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに東条さんは答えてくれた。
「知ってるよ。何回か撮影現場で会って仕事も一緒にした事がある。でも、お互いにあまりそりが合いそうに思わなくて、特に個人的な話をした事はないね」
そうか。そう簡単に、彼女の新たな情報が手に入る訳でもないか。
「ちぇ。ついにツバサを知らない子がいると思ったのに」
そう言いながら彼は、勢いよく立ち上がった。
「それじゃあ、またね」
笑顔で私に手を振りながら、彼は東条さんと連れ立って、お店の出入り口に向かう。
「あいつ、今日は出て来ないのか?」
「大学の研究室に泊り込みだってさ。現在進行中の仕事の詰めが近いって言っていた」
会話する声が遠くになっていく二人の後姿を、私はじっと眺めていた。そして、二人がお店を出て、通りの向こうへ信号を渡って行く頃、私は重大な事に気がついた。
私、彼の名前を聞いていない!
でも前に、うちの高校の文化祭に来た位だし、ここでも偶然会った。近くに住んでいるのかもしれない。だとしたら、また次に会う機会がすぐにあるような気がするし、その時に名前を聞けばいいかぁ。よく考えたら、私も名乗っていないや。
今の二人の様子を見ていると、東条さんがモデルの仕事をしているって事は、彼も同じようにモデルをしているのかな。それなら、男の子なのに髪を伸ばして三つ編みしているのもわからないでもないし、スタイルも良さそう。なんてったって、私好みに見た目がカッコいいもんね。早速、明子ちゃんに雑誌を借りて、探してみようかなぁ。
あ、でも今の会話、大学がどうこう言っていたな。もしかして同じ位の年と思っていたけれど、二人とも年上の大学生だったりして。東条さんはどう見ても年上っぽいし。それならこの平日の午前中に、講義の合間に街中にいるっていう設定もおかしくないよなぁ。
ぼんやりとガラス越しに街の風景を眺めながら、黙々と目の前のポテトを食べ、私、すごく彼の事を考えていた。
もう一度会いたいって思うのも、彼の事を考えるだけで楽しいって事も、やっぱり、これって一目惚れなのかな……。
私は、なんだか今、ジプシーに一目惚れをした高橋麗香の気持ちが、手に取るように理解出来る気がした。
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