チャプター・20 ほーりゅう
「ほーりゅう、詳しい待ち合わせ場所、電話の時に聞かなかったの?」
下校時間はとっくに過ぎている為、生徒の姿のない暗い校内は、昼とは違う雰囲気をかもし出す。
静か過ぎて妙に響く空間の為、夢乃にそう聞かれた私は、さすがに声をひそめて言った。
「学校へ来てくれってだけだったよ。前にここで待ち合わせた事あるし、てっきり同じ場所でいいんだと思ったしさぁ」
二日前の土曜日に、ジプシーと待ち合わせをした生徒棟一階の階段下で、私と夢乃は立ち尽くす。
ここから眺める事の出来るテニスコートは、土曜日はクラブの交流試合があったせいか賑やかだったのに、今はひっそりとして人影がない。
「でも、多分待っているはずのジプシーがいないって事は、ここの場所じゃないって事よね。……教室かしら?」
「今日、最後に別れたのが教室だもんね。そうかも」
私と夢乃は階段を上がり、四階にある一年の教室へ向かう。
教室には、鍵がかかっていた。
「当然と言えば当然か。たいてい私が毎朝職員室へ、鍵を取りに行くものねぇ」
夢乃がつぶやいた。私は思いついて言う。
「鍵がかかっているって事は、ここでもないよねぇ。それじゃあ、お昼にお弁当を食べてる自習室かなぁ? 色々打ち合わせって、よくそこでしているしさ」
そう言いながらも私は、廊下から窓にはり付き、教室内に動くモノがないか、目を凝らす。
その時、耳が、音を捉えた。
「……夢乃、ピアノの音が聴こえる」
夢乃も頷いた。夢乃は、神経を集中させるように俯いて呟く。
「多分音楽室からだよね。……それに、この曲、聴いた事がある」
そのまま耳を傾けていた夢乃が、はっとした。
「この曲! 私、初めの十六小節ほどだけれど、昔、小学生の頃にピアノの練習曲として弾いた事がある!」
口を押さえて、そう言った夢乃に、私は聞いた。
「何? そんなに驚くような曲なの? どんな曲?」
夢乃は、小さな声だけれども、はっきりと言った。
「リヒナー作曲の『ジプシーダンス』」
ジプシーに呼び出された学校で聞こえるピアノ曲・『ジプシーダンス』。
私は妙な胸騒ぎを覚えた。
「……これって、もしかしてジプシーが弾いているの?」
「ん〜。ジプシーはピアノを弾けるけれども、この曲を知っているかどうかは、わからないなぁ」
「え? 本当にジプシー、今聴こえている曲のレベルは弾ける訳?」
本当に、何でも出来る奴なんだ。
半分は冗談で言ったのに。
「そうね。最近は殆どピアノに触っていないみたいだけれど。一時期は一年位続けて、『幻想即興曲』ばかり練習しているのを聴いた事ある。基礎は習っていたみたいだけれど……なんて言うか、その後は我流で練習を続けていたみたいだから。弾き方は結構荒っぽかった気がするな」
「……『幻想即興曲』。夢乃、私、その曲も知らないかも」
「多分聴いたら、何処かで耳にした事のある曲だと思うけれどね。……どうする? 音楽室まで行ってみようか」
「うん。何となくだけれど、無関係って感じがしないもんね」
そう言って、私と夢乃は音楽室のある方へ身体を向けた時、周囲を複数の人影に囲まれている事に気がついた。
「え?」
私は一瞬、状況が把握できなかった。
下校時間の過ぎた暗い校内で、数人に囲まれるって。
……もしかして、これって、とってもまずい状況? |