地味で存在感のない同級生・小口さん。その隠れ巨乳に幻惑されたメガネくんは……。
第二話 小口さんちのきれいなお姉さん
その晩、家族が寝静まった頃を見計らって、ボクはパソコンを立ち上げて、小口記念総合病院のホムペを開いた。
諏訪湖のほとりに建つ、白くてきれいな大病院―――それが小口さんの実家だ。
将来、勤めるなら、こーゆー新しくてきれいな病院がいーなー。
そんなてきとーな未来図を思い描きながら、院長一家のプロフィールを開いてみる。
「……出た」
冒頭にあらわれたのは、小口さんの両親の写真―――
ふぅーん、これが小口さんのお父さんとお母さんかぁー……ケッコーふつーじゃん(オイオイ)。
なになに、
● 病院長 小口善太郎(京都大学医学部卒)
● 院長の持論 副作用をきちんと伝える服薬指導が……
どーでもいーや、次。
カチッ
次に出てきたのは、若いイケメン医師。
● 長男 小口史明(東大医学部卒、同大医学部附属病院勤務)
● 博士課程学位取得論文『ハンタウィルス肺症候群のナントカ……』
す、すげー、諏訪盆地から東大理3スか!?
画面をスクロールさせると、そこには、髪を背中まで伸ばしたきれいな女の人の画像が―――だ、だれ!?
● 長女 緋菜子(京大医学部卒、当院勤務)
うっわー、すっげー美人……モデルさんか何か!?
『ひな子先生より』と題されたコラムを読んでみる。
なになに、「小児科医の感染症に対する関心は、以前よりもかなり薄れています。ベロ毒素をもつO157は、かつての……」
むずかしーんで、パス。
で―――ここからが肝心なところなんだけど、小口さん本人のプロフィールって、どうなってるんかやあ?
ボクはドキドキしながらページをめくった。
カチッ
● 次女 千佳 諏訪湖畔高校3年生
―――って、コレだけぇ?
ンなアホなーっっ!?
ムダな努力と知りつつも、スクロールバーをスライドさせまくるボク―――
な、なんなんだ、この差別待遇は!?
それとも秘密主義者!?
「くっそぉぉぉぉぉぉーっっ」
思わず叫び声をあげるボク。
それに呼応して一斉に遠吠えを始める近所の駄犬ども―――
「うるさいだよ、ミキオ!! いま何時だと思ってるだ!?」
ハァ、親まで起き出してきて、もぉ最悪……。
けっきょく、眠れない一夜を明かしたボクは、割り切れない思いを抱えたまま登校することに。
ハァ、このずしっとくる徒労感……。
「よぉ、メガネ、ちょー、見ろや、見ろや!」
朝っぱらからテンション全開のバンダナ―――
ハァ、これだでバカは悩みがないとか言われるだわ。
「ほう、メガネ、いーもん見せたるでな、ほう、ほう」
ったく、メガネ、メガネって、人のことを何だと思って……
ムカっ腹が立つのを抑えながら、ボクは手渡された写真週刊誌を開いた。
―――現役スッチー・B95の衝撃フェロモン“私、脱いでもすごいんですッ”―――
「のわ――――っ、フ●イデェェー!?」
よせばいいのに、媒体名を口走ってしまうボク。
「やだー、白昼堂々、フ●イデーだよぉーっっ」
「うっそー、エロッ」……
クラスの女子の白い視線―――軽蔑の眼差し。
「ほう、いいら? 目の保養ずら?」
カラカラと笑うバンダナ。おかげでボクはいい迷惑だ。
ハァ、どこまでKYなんだ、このバンダナは……。
でも、今日のボクには、この品性下劣な野獣を飼いならす絶好の切り札がある。
それでうまいことバンダナの目をそっちに引きつけて、あとはうまいこと……うふふ。
「そ、それよりも木村クン」
ボクは、機嫌を取り結ぶような口調で、バンダナにすりよった。
「あん?」
「ここに貴重な資料があるだけど、見る?」
「見る見る、見るに決まってるだねーか、メガネ!!」
思わせぶりなボクを床に突き飛ばし、バンダナは資料をもぎとった。
「ほう、貸せ!!」
「だぁほ!?」
もんどりうって倒れるボク。
荒い息づかいで不気味な笑みをたたえるバンダナ。
鬼!! 悪魔!!
「こっ、これはぁっ」
奪い取ったそれを見て、ケダモノじみた声を上げるバンダナ。
「誰だや、このゲロマブいお姉さんは!? おまけに白衣って、超フェチぢゃん?」
時代感覚ナッシングの死語攻撃を連発するバンダナ。
「いいですか、木村クン」
得意げに説明を始めるボク。
「この写真の人は、小口さんのお姉さんの緋菜子さんですよ」
「お、小口のねーちゃん!? に、似てねえ……」
あまりのギャップに絶句するバンダナ。
スラリと伸びた長い手足、サラサラの栗色の髪、まつげの長いパッチリとした二重の目、そして肉感的な唇―――
どこか物憂げな表情が、本当にきれいで……。
ボクたちは、改めて緋菜子さんの写真に見惚れた。
「んっ?」
バンダナの目が、教室の出入口に向けられた。
入ってきたのは、小口さん―――グレーの横縞が入った無造作なシャツが、とにかく地味だった。
無言のまま席につこうとする彼女を、能天気なバンダナの声が呼び止めた。
「よー、小口!」
立ち止まった彼女は、ぎこちない素振りで、ゆっくりと振り返った。
「な、な……何の用、木村ク……ン?」
全身をこわばらせ、どもりながら訊ねる小口さん。
「昨日は、そーじサボって悪かったな」
心にもないウソを爽やかに口にするバンダナ。
「ま、おめはまちがったこと言ってねんだから、気にすんなや。なっ」
「う……うん、わかった……」
てか、気にするのはオマエ自身だろ、バンダナ……。
ったく、誰にでもすぐ色目使うんだから。やだやだ、お調子者は。
「ところでよ、小口」
バンダナは切り出した。
「この人、おめんちのねーちゃんずら?」
ボクが印刷した緋菜子さんの写真を見せながら、バンダナは言った。
「いやー、小口。オレ、実はよォー、医者めざしてるんだわ」
バンダナは、妙なポーズを作りながら宣言した。
な、な、なんだ、コイツわーっっ!?
「おめんち、病院ずら? いちど見学してもいーかや? できれば、おねーさんにも取材を……」
うげぇーっ、バンダナ、おめ、文系ずら?
小口さんは黙っていた。
おかまいなしに、一方的に話を進めるバンダナ。
「なっ、小口?」
「別にいーけど……」
小口さんの表情に翳がよぎる。そのさみしげな唇が、小さく動いた。
「でも、ウチなんか、やめたほうがいーよ」
「えっ」
思わず固まるボクとバンダナ。
「じゃー……ね」
そう言うと、彼女は静かにその場を離れていった。
フゥ、何はともかく作戦は予想通り大成功。
緋菜子さんという餌に食いついた、バンダナという名のドブネズミ―――
ボクはそれにくっついて、小口さんの実家をあやしまれずに見て歩くことができる。
あわよくば、緋菜子さんの前で、このドブ人間の化けの皮をはがして、小口さんからバンダナの奴を永遠に隔離する―――すばらしい。
ボクは内心でほくそ笑んだ。
でも―――ボクは思った。
ウチなんか、やめたほうがいいよ―――彼女のあの言葉。
彼女が見せた最後の表情―――それが少し気がかりだった。
第二話 終
きれいな緋菜子先生に夢中のバンダナ。でも、メガネくんは、小口さんの表情が気になって……。
【りさこのお知らせ】天才美少女エステルをめぐる奇妙な事件を描いた『エステル・アシュケナージの冒険』、今日で最終回です。ぜひご覧になってくださいねm(__)m(08/10/05)
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