バー
仕事を終えてから、バーで酒を飲んでいた――ひとりで飲みたい気分だった。
「お隣、いいですか?」
振り返ると、初老の、太目のヒト。
見回すと、店はこんでいない。
断る間もなく、そのヒトは指を鳴らして、
「いつもの」
バーテンダーがグラスを運ぶと、語りがはじまった。
「ごめんなさいね――邪魔をして。もう一人酒はうんざり。パートナーもいなくなってだいぶ経って――話し相手もいない。ここのマスターも相槌を打つだけ――それがいいって人もいるんでしょうけどね…」
そして、指に嵌めた、指輪に触れていた。
薬指にある指輪――長年つけているのだろう――肉の中に埋まっている。
「もう、うちに帰りたくない――」
そして、グラスに口をつけた――
その時、
「うぅぅ」
と喉を押さえ、苦しみ出した。
スツールから転げ落ち、床をのた打ち回る。
「救急車!」
悶え、生死の境を彷徨い――最期に、
「こ、これを…」
――渡された。
鍵だった。
身元を調べてから、死んだそのヒトの家へ行く。
チャイムを鳴らした――誰も出ない。
鍵を取り出した――玄関には合わない様だ。
というか、玄関には鍵がかかっていなかった。
「お邪魔します」
家を徘徊すると、仏壇があった。
死んだヒトのパートナーらしき写真がある。
さらに探索を続けると、金庫があった。
鍵を挿すと、合った。
扉を開けると――
鍵があった。
新たに手に入れた鍵を持って、家をもう一度、彷徨う。
家じゅう探しても、その鍵が合う錠はない。
諦めて、帰ろうとする。
玄関を出てドアを閉める時、ふ、と鍵を挿してみた。
嵌って、まわった。
それは、勘ではなかった――鍵の形でわかったのだ。
職業――泥棒。
家がないから、そこに住み始める。
何か獲物がないかと畳を引っくり返すと、地下への階段があった。
明かりを点けて降りていくと、最下層に扉があった。
扉に手をかけるとき、
「帰った?」
躊躇ったが、開けた。
そこには、子供がいた。
「アイツは何処?」
と訊いてくるから、
「前のヒトは死んだよ」
「あっそう」そして、「研究所に全然帰ってこないんだもの」
確かに、その地下室は研究所になっている様だ。
部屋の真ん中で、金属らしき塊が、宙に浮いている。
「ねぇ」
そして、手を握ってきた――その、緑色の皮膚をした掌。
「はやく次の飛行実験をしようよぉ」と、腕を揺する。「もうあれの整備はもうとっくに終わっているよ。はやく惑星ショーペンアワーに帰らなきゃ」
躊躇うと、
「あなたでいいよ、もう」
とのこと。
「でも、自分は科学者じゃないし…」
「大丈夫――人間なんてみんな大差ないから。ボクが言ったことをただ聞いていればいいんだよ」
その目が、ぎらり、と光った――そして、握っていない方の手には、金属製の筒の様なモノがあることに気がついた。
逃げようとすると、光線が飛んで、壁に穴が開いた。
「じゅわ」
と音を立て――煙が立ち上る。
「わかっているよね?」
泥棒は、うごけない!
「ほら、これを嵌めて」
そして、何かを取り出した――指輪だ。
嵌めると肉に吸い付いた――外せない!
初老となった元・泥棒は、今日も仕事を終え、バーでひとり、飲む。
ひとりでは飲みたくない気分なのだ。
ポケットには金庫の鍵と――毒薬をひとつ。
そのうち、こねる音がします。
そして、音が止みます。
痛みは、ありません。
声がします。
「人間が地獄に行く時は、必ず新しい身体にならなければならない――その人物、その人格に相応しい身体」
続いて、泡が発生して泡が膨れ上がっていく――そんな音がします。
水のせせらぎも混じっています。
最後に、
「出来た」
と声がします。そして、
「あ、間違えた!!! <失敗>だ!!!」
朧気な意識の中で、動く歩道が止まっている――その様に、"摂"氏には感じられました。
「まぁ、いいや――じゃあ、頑張って」
と声がして――床が――スライド式に開いて――落とし穴へ。
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