レターセット
『私は野間くんのことが好きです。
西森 若菜』
一昨日、お母さんと一緒に買い物に行った先で見かけた、可愛いレターセット。学校をテーマにした手描きの絵が、便箋の隅にちょこちょこある。シンプルすぎず、可愛すぎず、一目で惹かれた。
これなら、男子が持っていても違和感がない。私は前から大好きだった野間くんに、これで告白しようと思った。お母さんに強請って買ってもらう。
最初の一枚は野間くんの良いところを書きなぐった。私はこんなに貴方を知ってるの! こんなに貴方の良いところが言えるの! 使った便箋は二枚になった。
しかし読み返して恥ずかしくなる。通っている小学校の国語の授業の作文では、先生は私に「貴方はすぐ話が脱線する。何を言いたいのか分からない」 と苦言を呈した。確かに「だから何?」 と言われたら恥ずかしいかも……。しかもストーカー染みてると言われたら終わりだ。私は便箋を破く。
二枚目はどれほど好きか書いた。学校より好き。給食より好き。……ふと、友達が「すぐ何かと比べる人って無神経。出来のいい兄弟と比べられて苦労してるの」 と言っていたのを思い出す。性格、悪いと思われるだろうか。また破く。
シンプルイズベスト。主語と述語のみで『私は野間くんのことが好きです』 と書いた。漢字の間違いがないか何度も辞書を引いて調べた。けれど、レイアウトが気になる。広い便箋の上のほうに一行だけ……。空白が多すぎてバランスが悪すぎるような。慌ててもう一枚書く。
『私は野間くんのことが好きです。
西森 若菜』
真ん中くらいに二行。用件も、誰が書いたのかもこれならすぐ分かる。使った便箋は何枚にもなった。最初の校舎の絵とか無難だったんだけどな。あと次の理科室の人体標本をイメージした絵とか、漫画にそういうのいるから男の子受けは良かったかも。成功したのは、グラウンドにあるシーソーの絵の便箋だった。……まあいいや。これはこれで可愛いし、絵柄もダサくないし、無難だし。私は明日に備えて早く寝ることにした。
◇
小学校が近くて感謝した。六年生で通学班の班長やってるけど、遠かったら一年の子を早歩きに付き合わせるのは至難の業だもんね。私は一番に学校に着いた。他の学年の子はそれぞれの下駄箱に歩いていく。
野間睦月くんの下駄箱は、一番下。しかも隅のほう。さらに私と結構近い。奥に入れれば、まず本人以外誰にも見つかることはない。漫画で見た方法、一度試してみたかった。そっと奥に手紙を入れる。
入れちゃった……。何だか体温が上昇するのが分かって、妙に恥ずかしくなって走り出す。
教室で自分の机に座りながら、幸せな気分だった。きっと野間くんは何だろうって思うよね。すぐ見るかな? もしその場で中身を見たら……無いよね。野間くん、六年一組みんなが認める優等生だもん。きっと教室ついてこっそり見るんだ。それで私の気持ちに気づいて、一時間目の休み時間くらいには返事くれるかな? 楽しみだなあ。……例え振られても、頑張った結果なら大丈夫。
時間が立って、教室に人が入りガヤガヤしてきた。野間くんも入ってきた。入ってくるなり、他の男子から囲まれていた。
「野間ー! 昨日の妖怪わんこ見たか?」
「俺ついにわんこいんのレアのやつ手に入れたんだぜ!」
男子の間では、妖怪わんこなるゲームが大ブームだ。女子にはいまいちよく分からないけど。野間くんは聞き上手だから、皆が話したがって囲まれる。……とても一人の時なんて見つからない。だから私は手紙という手段に頼らざるをえなかった。それでも先生が来れば、席で一人になるし。ああ、休み時間が待ち遠しい。
◇
一時間目の休み時間。何もなかった。拍子抜けにもほどがある。や、やっぱり朝の間はそんな暇なかったのかな。もしかしたら今読んでるのかもしれない。だったら二時間目の休み時間くらいに呼び出されるかなあ?
◇
二時間目の休み時間。何もない。で、でもさっき野間くん、トイレ行ってたみたいだし。生理現象なら仕方ないよね。絶対返事くれるよね、野間くんは真面目だから。じゃあ三時間目の休み時間ね。
◇
三時間目の休み時間。何もない。どうしたんだろう? いや待てよ、私が焦りすぎてるのかも。野間くんがもらった物をいつ読むかなんて自由だよね。それに封筒には名前書いてなかったし……あれ? もしかして不審な手紙って思われてる? で、でもそんな大層な仕掛けが出来るほど分厚いものでもないのに……。
◇
四時間目が終われば給食だ。それが終われば昼休みだ。私は手紙が気づかれていない可能性を考えて、外に遊びに行くふりをして野間くんの下駄箱を除く。手紙は、無い。……誰かが持ってった、なんてことはないよね。そんな意地悪い人だったらとっくにイジメの種に使ってるだろうし。そもそも、野間くんはきちっと靴を奥に入れるタイプだから、パッと見、使われているようにも見えないのだ。
教室に戻る。残る問題は……もしかして、私の字、汚い? それで読めなかったなんてことは……。
ずっとぐるぐるしている。告白が成功するより失敗するより、生殺しの状態が一番つらい。
ふと、グラウンドを見る。野間くんはサッカーをしていて、GKだった。走りたがる男の子達は、地味なGKはやりたがらない。体育の時なんか、それで喧嘩になったこともある。でも野間くんが申し出た。それ以来、「経験者だから」 って言ってずっとやってる。本当は野間くんだって走りたいんじゃないかな。でも、他の皆のことを考えてGKをやってるんだと思う。……そういうとこが大好き。
五時間目の休み時間。スピーカーとあだ名されてる友達がとんでもないことを教えてくれた。
「知ってる若菜、隣のクラスでさ、今時手紙で告白しようとした女子がいたらしいの! それで、受け取った男子ったら、黒板にそれ貼っちゃったんだって~!」
声を失う。え、私じゃなくて、隣のクラス? 私の同様に気づくことなく、友達は喋り続ける。
「それで二組じゃ五時間目の最初の十五分が緊急学級会! でもあの先生、熱血入ってるじゃん? その女子が可哀相だろ惨めだろって連呼して、かえってその女子泣いちゃったんだって。こういうの晒し上げっていうのかな?」
「へ、へえ……それで、受け取った男子は、何でまたそんな、イジメみたいなこと」
「んー、お笑いで弄る感覚だったとか言ってるよ。でも私的には、嫌いな人間に告白されたから拒否る意味でやったんじゃないかと思ってる。どっちにしろデリカシーなさすぎでサイテーだけどね。嫌ならきっぱり断るか、それで角が立つなら遠まわしにするとか距離置くとかしないと」
距離を置く――もしかして、そういうことなのかな。ふと、野間くんを見る。彼は、友達と笑っていた。手紙を見ている風には、全然思えなかった。
そんな私の気持ちを知らない友人は、「さー、学級新聞が賑わうぞー!」 と張り切っていた。
◇
放課後。私はまだ野間くんの返事を待っていた。真面目な野間くんが読まないはずがない。だからきっとひと気がなくなる放課後なんだ。そのため、日直だった私はペアの男子を何とかして先に帰らせようと思った。何せ告白の返事だもん。こっちも一人のほうがしやすいに決まってる。今までは私も、友達といたり教室内だったから返事がしづらかったのかもしれない。
「あ、長沼くん。今日は予定とかない?」
隣の席の長沼くんは、背が高くていかつい風貌で、クラス一の乱暴者と評判だ。けど、私はそんな乱暴って思ったこと無いな。そういうシーンを見たことないからかな。そうなると、見てないのに決め付けるのも変だし……と思って普通に接している。
「予定? ああ、今日は珍しく、父ちゃん母ちゃんがそろって休みで、夕飯はどっか食いに行くかって……」
ラッキーだ。これを見逃すわけにはいかない。
「へー、良いね。あ、じゃあ残りの日誌、私が書いておくよ。先に帰りなよ」
「……なんだよ、女子にやらせるなんて恥だろ」
「女子の好意を無駄にするほうが恥ずかしいよ。ほら」
長沼くんは、少し考えたあと、がたっと立って教室を出て行った。……と思ったら戻ってきた。手には何かを持っている。それを私に差し出して言った。
「これ、やる」
「え?」
「やる」
長沼くんが持っていたものは、妖怪わんこの……あれ、これ結構話題のわんこいん(レア)じゃなかったっけ? でも私の勘違いかも? 妖怪わんこよく知らないし。第一そんなの人にあげるはずない。ならありふれた物だろう。よく分からないけど、くれるなら貰っておこう。
「もしかして、お礼? いいのに。私が勝手にしてるんだから」
「……やる」
「ふふ、ありがとう」
「言っとくけど、お前だからやるんだ」
そう言って、彼は何故かダッシュで振り向いて帰った。どういう意味なんだろう? 同じ日直だからってこと? よく分からないけど、日誌一つで律儀だなあ。
◇
日誌はすぐに書き終わった。それからいつ野間くんが現われてもいいように待っていた。……けど来なかった。下校時刻の放送がなる前に、日誌を職員室に持っていって、帰る。下駄箱を見た。野間くんは帰っているようだった。
家に帰った。母親に泣きついた。初めての告白が、まさか無視で終わるなんて思わなかった……。
翌日、泣きはらした目で学校には行きづらいので、休んだ。病気といえば病気だもん。心の。
共働きだから両親は居なくなり、一人で一日ぼんやり教育番組をみていた。やがて学校が終わった頃、家に誰かが訪ねて来た。インターホン越しに確認すると、野間くんだった。
「あの、ごめん。俺、手紙なんて貰うの初めてだったから、後で読もうとランドセルに押し込んで、そのまま忘れて……。昨日帰って気づいた。本当にごめん!」
脱力した。そもそも気づいてなかったって……。でも確かに、今時手紙なんて、って感じだよね。レターセットの可愛さの前に忘れてたけど、メールや電話で全部用事が済む時代に、手紙とか渡されてもって感じだよね。
重い、とか。暗い、とか。オタクっぽい、とか思われたかな。それでも返事しようと学校終わって駆けつけてきてくれたのかな。
私はばかだ。野間くんの都合なんて、全然考えてなかった。
「それで、その返事なんだけど……」
びくっとする。振られることが分かっていても。出来ればもう結果なんて見えてるから、無かったことにしてほしいけど、野間くんは真面目だからそうさせてくれないだろう。初めて、ちょっとだけ嫌いになった。
「手紙なんて、ほんとに初めてだったから、その、何て言っていいのか分からないけど」
「……」
「嬉しかった。それに、何か、こういうの、いいなって……。古風っていうか、奥ゆかしいっていうか。手紙ってぬくもりが伝わる感じで良いと思う。俺、あんまり女子と話したことないけど、でも、これからは西森さんと話してみたい」
「……!」
「こんな理由だけど、西森さんはいい?」
◇
翌日、スピーカーの友人には隠せるはずも無く、学級新聞のネタになった。『ラブレターカップル誕生!』 だって。ひやかされたりもしたけど、クラスの皆からは祝福されてるみたいです。
手紙の告白は、色々あってけど、して良かった。