列伝第3話 B級冒険者クロードの冒険譚(5/5)
列伝3話の最終話です。
明日か明後日に登場人物紹介出して日曜0時に本編再開です。
基本的にクロード編のステータスは出しません。一応、設定はあります。ほぼネタバレなので……。
クラン申請は明日、全員が揃ってから行うということを決め、僕たちはカスタールの屋敷に戻った。
「クラン設立おめでとー!」
屋敷の扉を開けると、僕たちと同じく仁様の奴隷であるミオ先輩が、クラン設立を祝福してくれた。
でも……。
「あの、まだ設立していないんですけど……。明日、皆揃ってから申請するつもりです……」
「おーまいがー」
「あ、ミオ先輩!?」
「どしたの~?」
「大丈夫ですか!?」
崩れ落ちるミオ先輩。
ココとシシリー、ユリアさんまでオロオロしている。
料理上手で気さくなミオ先輩には、なんだかんだでお世話になっているから、頭が上がらないんだよね。
僕たちより年下のはずなんだけど、全くそんな気がしないし……。
「いや、最後の依頼を達成したって聞いたから、てっきりクラン設立までしたのかと思って、お祝いの料理を作っていたんだけど、まだだったのかー……」
「それ、誰に聞いたんです?」
「え、ご主人様だけど……。もしかして、わざと勘違いしやすい言い方をしたんじゃ……。あり得る……」
ないとは言い切れないのが、僕のご主人様の自由人たる所以だ。
「……ま、作っちゃったものは仕方ないわね。明日まで取っておくことが出来ないわけじゃないけど、作った日に食べるのが1番だし、今日振る舞うわ。明日は明日でお祝いの料理を作るから安心してね」
「やったね~。2日連続でミオ先輩の料理が食べられるよ~」
これは普通に嬉しい。
僕はこの世にミオ先輩の作る料理以上のモノはないとすら思っているからね。
「ミオ様、ありがとうございます」
「ユリアちゃん、様付けなんてしなくていいのよ?」
ユリアさんはミオさんを含め、仁様に近しい人のことを様付けで呼んでいる。
言われたミオ先輩は少し居心地が悪そうだ。
ミオ先輩は何回か止めるように言っているけど、頑としてユリアさんは呼び方を変えない。
「……に様付けされるのって、こそばゆいというか落ち着かないのよね。私、基本的に小市民だし……」
ミオ先輩が小声で何か言っていたが、最初がよく聞き取れなかった。
後、ミオ先輩は小市民じゃないと思う。小市民は女王様をちゃん付けで呼ばないから……。
ノットたち別行動組と一緒に夕食をとるため、食事の前にお風呂に入ることにした。
仁様のお屋敷には立派なお風呂が付いており、仁様の下についているものなら誰でも、いつでも入って良いことになっている。
Bランクが貴族に準ずる扱いと説明をしたと思う。
でも、大きいお風呂に入れ、ミオ先輩の至高の料理を食べられる僕たちは、下手な貴族よりもよほど贅沢なことをしていると思う。
時々、今の自分の境遇が、死ぬ間際に見ている夢なんじゃないかと不安になることがある。
本当の僕は今も盗賊のアジトにいるのではないか?冷たい床に寝転がり、死ぬのを待っている間に都合のよい夢を見ているだけなのではないか?と考えてしまうのだ。
1人になると、悪い方悪い方に思考が傾いてくる気がする。
こういう時、男女比の偏りでガランとした男湯を見ると、余計に心細くなってくる。
……早く出よう。
「ただいまー」
「ただいま」
「ただいま帰りました」
「帰ったわ」
風呂から上がってしばらくの後、ノット、アデル、ロロ、イリスの別行動組が帰ってきた。
別行動の4人は、僕たちの受けた依頼とは別の依頼を受けていたのだ。
「おかえり、どうだった?」
「ばっちりだ!やっと念願のクランハウスを手に入れたぜ!」
食堂にやってきたノットが答えたように、ノットたち4人の受けた依頼と言うのは、クランハウス、言ってしまえばクランの拠点となる家を入手するためのモノだったのだ。
とある依頼を達成する代わりに、格安でクランハウスに適した屋敷を譲り受けることが出来たのだ。
「ココちゃん、そっちはどうだったの?」
「もちろん、依頼達成してクラン設立の条件を満たしたわよ」
「はぁ、良かった。これで仁様に失望されなくて済む……」
アデルとココの話を聞いて、イリスが深く息を付いた。
イリスは仁様を恐れているからね。ちょっと過剰すぎる気もするけど。
さすがにちょっとクラン設立が遅れたくらいじゃ怒らないと思うんだけど、イリスは何を恐れているのだろう?
「明日、申請に行く前に一回クランハウスを見に行きたいんだけど、いいかな?」
「もちろん構わないぞ。ついでだから部屋の割り振りもするか?」
「賛成。でも……、正直出ていきたくはないわね」
「ああ、そうだな……」
ココがぼそりと呟いたセリフに、全員の顔が曇る。
僕たちはBランクになり、クランを設立することになった。
クランハウスの準備も出来た。
つまり、この屋敷から出ていかなければいけないのだ……。
もちろん、屋敷にはいつでも来ていいと仁様からは言われている。
それでも、この屋敷から出ていくというのは、大きな心理的抵抗がある。
僕たちにとって、この屋敷は既に帰るべき場所になっていたようだ。
奴隷になった時に、一度失ったはずの帰るべき『家』に……。
「どったの?皆暗い顔して?」
料理を持ってきたミオ先輩が、僕たちの様子に気付いて声をかけてくれた。
「ミオ先輩……。この家から出るのが寂しいって話です……」
「クロードたち、そんなこと気にしてたの?『ポータル』で繋ぐから、いつでも行き来できるのに?夕食もこっちで食べていくと思ってたんだけど……?」
「え?」×8
「あれ?違うの?」
仁様からは初めて行く場所には、『ポータル』を設置しておくように言われている。
冷静に考えれば、クランハウスに『ポータル』が設置されないわけはない。
人前で使うことは出来なくても、拠点と拠点を行き来することには制限はないはずだ。
「そっか!そうよね!」
「仁様の言っていた、『いつでも来ていい』って、そう言うことなのか!」
「良かった~。ほんとにいつでも来れるね~」
『出ていく』と考えるのが良くない。
『家が2つになった』と考えれば何の問題もなかったんだ。
心の中にあったモヤモヤが晴れ、心行くまでミオ先輩の料理を堪能した。
その日の夜、僕は仁様に吸血鬼の件を報告した。
若干気まずいけれど、そこにはミラさんも当然来ている。
「……と言う訳です」
「わかった。報告ご苦労様」
「そうですかぁ。あの吸血鬼の弟かもしれない吸血鬼がぁ、生きているんですねぇ……」
「はい。倒さなかったことは申し訳なく思います」
ミラさんが少し声のトーンを落として半目で言うので、思わず謝ってしまった。
しかし、その直後ミラさんは普通の笑顔になる。
「ふふ、冗談ですぅ。実は気にしていませんよぉ。だって、クロード君はその吸血鬼に悪意はないって判断したんですよねぇ?」
「ええ、彼は戦いだけが目的です。それ以外のことに興味があるようには見えませんでした」
吸血鬼ジオルドは間違いなく戦闘狂だし、人を殺している魔物だ。
でも、彼の目的は『戦いたい』、『強くなりたい』の2つだけで、そこに悪意はなかった。
「その話を聞いてぇ、少しだけ嬉しかったんですよぉ」
「嬉しかったんですか?」
「えぇ、だって、吸血鬼という種族が、無差別に悪意を振りまくような種族じゃないということがわかりましたからぁ……。これでぇ、吸血鬼全体を恨まないで済みますぅ」
悪意に満ちた吸血鬼にしか会わなかったら、吸血鬼と言う種族全体を悪意に満ちた種族と思ってしまうだろう。
「同じくぅ、親族だからと言って恨むつもりもぉ、ありませぇん。むしろぉ、あの吸血鬼の親族がまともと言うのはぁ、他の吸血鬼がまともである可能性をぉ、上げてくれますからぁ。できればぁ、悪い者の方が少ない種族だとぉ、私も嬉しいですぅ」
良い人がいれば、悪い人もいる。
それは人間でも吸血鬼でもあまり変わらないのだろう。
「戦闘狂がまともかと言われると、疑問が残るがな……」
「まぁ、それはそれで別の話ですねぇ……」
色々な意味でまともではなかったです。はい。
「だからぁ、クロード君にはぁ、感謝こそすれぇ、恨み言なんか1つもありませぇん」
「そう言ってもらえると僕も嬉しいです」
実を言えば、強力な魔物を殺さないという選択には、若干の後ろめたさもあった。
でも、少なくともミラさんに対しては、殺さなかったことがプラスに働いたはずだ。
それだけで僕の心の方も少しだけれど軽くなる。
その後、他の細かい報告をし終わったところで、僕とミラさんが部屋から退出する。
「それにしても、聞けば聞くほど面白い吸血鬼だな。道着を着て、髪を剃って、武器を使わない肉弾戦専門で、ドラゴンに変身するとか、キャラが濃すぎだろ……。『吸血鬼』の方がキャラ押し負けてんじゃねえか……」
僕が退出する直前、仁様がボソッと呟いたのが聞こえた。
次の日、僕たちは8人揃ってギルドハウスに向けて出発した。
ノットから話を聞いたところ、僕たちのクランハウスは仁様の屋敷から30分くらい歩いた場所にあるとのことだ。
冒険者の素晴らしい脚力を用いれば、5分もしないで到着できるだろう。
5分くらい歩いたところで、見知った顔を発見したので声をかける。
「シェリア。おはようございます」
「あ、クロード様!と皆さん。おはようございます」
彼女の名前はシェリア。
カスタールの隣国の1つ、ガシャス王国から来たお姫様であり、僕たちの友人でもある。
Bランク試験の帰り道で、魔物に襲われていたところを助けて以来の付き合いだ。
ちなみに護衛の騎士であるグートさんも一緒だ。
何も喋らないけど、凄い威圧感のある目で僕のことを睨んできている。
何か悪いことをしたのだろうか?心当たりがないのだけど……。
「皆さんが揃ってらっしゃるということは、これから冒険者ギルドに依頼を受けに行くのですか?」
「本日中に冒険者ギルドには行きますけど、目的はクランの申請です」
「まあ、と言うことはついにクロード様達のクランが設立するんですね。おめでとうございます!」
シェリアにはクラン設立が次の目的であることは話してある。
「ありがとうございます。それで、今からクランハウスの下見に行くんですよ」
「お師匠様のお屋敷を離れ、クランハウスで生活することになるのですか?」
「ええ、そうなります」
お師匠様と言うのは、当然仁様のことだ。
対外的には僕たちは仁様の奴隷ではなく、弟子と言うことになっている。
弟子だから、師匠である仁様のお屋敷に居候していてもおかしくはないということだ。
もちろん、実際に稽古を付けてもらっているし、師匠と言うのが間違っているわけではない。
「……これでクロード様に会いに行くのが簡単になります」
「何か言いましたか?」
「い、いえ、何も……」
シェリアが小さな声で呟いた気がしたが、気のせいだったのだろう。
「と、ところで、そのクランハウスの下見、私もついて行ってよろしいでしょうか?」
「? 別に構いませんけど、何か予定があったんじゃないのですか?」
「いえ、予定は……、無くなりましたので問題ありません」
「そうですか?では、一緒に行きましょう」
「はい!」
こうしてシェリアも一緒にクランハウスに向かうことになった。
グートさんは、シェリアから荷物を預かってどこかに行ってしまった。
グートさんがいない以上、シェリアは僕が責任をもって家まで送り届けないといけないよね。
さすがにお姫様が護衛もなしに行動するのは不用心だし……。
まあ、クインダムの治安は僕たちが来た頃から、急速に改善されているんだけどね。
今ではチンピラもほとんど見かけなくなった。……多分アルタさんの仕業だ。
それからシェリアと雑談をしながらクランハウスへと向かって行った。
何故か、シェリアがいると他の子たちはあまり喋らなくなって、僕にシェリアの相手を務めさせようとしてくる。
別にシェリアのことを嫌っているわけではないみたいなんだけど、何か理由があるのかな?
本当に徒歩30分でクランハウスに到着した。
「結構大きいのですね」
「そうね。思っていた以上には大きいかしら」
「お部屋も結構ありそうだね~」
昨日の段階でクランハウスを見ていない、ユリアさん、ココ、シシリーが感嘆の声を上げる。
「そうだろ!色々と考えたんだぜ、主に俺以外が」
ノット、それは自信満々に言うことじゃないよ。
ちなみに参考までに。
よく考える人:ユリアさん、ロロ、イリス
多少考える人:アデル、ココ
考えない人:ノット、シシリー
ノットも鍛冶のことになると結構頭を使っているみたいなんだけどね。
「一応、1人1部屋です。ロロとしては2人で1部屋でもいいのですけど、ルセア先生から幹部になる以上は1人1部屋くらい使うように言われたので、そのようになりました」
「今後は人の上に立つことになるから、必要な処置だよね」
新しく創るクランのリーダーは僕だけど、冒険者組の残り7人も幹部と言う立場になる。
アデルの言う通り、幹部が相部屋と言うのも締まらないだろう。
「部屋割りはどうするの?」
「クロード、お前はクランリーダーだから一番いい部屋だな。この角の一番大きな部屋だ」
「え、そんなことしなくていいのに……。女子の誰かが使いなよ」
正直言うと広い部屋って落ち着かないんだよね。
1人部屋になるだけでもあまり気が乗らないのに、この上大きい部屋なんて全く望んでいないんだけど……。
「そう言う訳にもいかないわよ。いくら幹部が身内だからって、対外的な体裁は整えないと駄目よ。そうでないと余計な疑いを持たれて、仁様に迷惑をおおお……ガクガク」
イリスが仁様に怒られるところを想像して震えている。
何がイリスをそこまでさせるのだろう。
「そうだよ~。クロード君は私たちのリーダーなんだから~」
「イリスとシシリーの言う通りよ。クロードがしっかりしないと、クラン全体が舐められるんだから」
「……わかったよ。受け入れる」
そこまで言われたら、さすがに断り切れないよ。
「……クロード様の部屋は角の大きな部屋、覚えました」
「シェリア、どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません。素敵なクランハウスですね。おほほ」
「?」
変なシェリア。
クランハウスの中を一通り見た後、いよいよクランの申請のために冒険者ギルドまで向かう。
シェリアも設立に立ち会いたいそうなので、そのままついてくることになった。
ギルドの受付にクランの話をすると、待ってましたとばかりに用紙を手渡された。
「こちらの用紙に必要事項をお書きください」
「はい」
僕たちは話し合った結果、クラン設立に必要な用紙の内、項目ごとに書く者を変えることにした。
「じゃあ、まずは俺からだな。設立メンバーに自分の名前を書いて、クランハウスの場所を記入っと」
「次は僕だね……。名前と、クラン設立の目的を記入……」
「次は私ね。『ココ』、クランメンバーの募集は『メンバー推薦のみ』っと」
「私だね~。名前と~、あ、ここも書かなきゃ~」
「私ね……。はい、はい……」
「ロロの番ですね。名前を書いて、幹部メンバーにチェックを入れます」
「では僭越ながら私がクラン名を書かせていただきます。『救う者』。クロード君、後は任せましたよ」
「はい。僕の名前を入れて、クランリーダーのところにも僕の名前を入れます。出来た。確認をお願いします」
そう言って受付嬢さんに用紙を手渡す。
「はい。はい。はい……。問題ありません。クラン『救う者』、クランリーダーはクロード君で間違いないですか?」
「はい。問題ありません」
クラン名については、クランを作るのが現実的になってきたころから考え始めた。
でも、中々良いアイデアが出てこなかったんだ。
そこで相談したのはミオ先輩だ。
ミオ先輩は『人々を救う者』と言う意味を込めて、『救う者』と言う名前を付けてくれた。
そこまで大げさなことが出来るかはわからないけど、名前に恥じないような行動を心がけていきたいと思う。
「はい。これで受付完了です。今後ともよろしくお願いしますね」
「はい」×8
そして、皆で顔を見合わせて……。
「やったー!」×8
8人でハイタッチを決めた。
Bランク冒険者、クラン設立、これでようやく目標の半分だ。
残るAランク冒険者、Sランク冒険者到達も絶対に叶えて見せる。
シェリアはストーカーではありません。
クロードのことが好きなだけです。
好きな人の家や部屋割り、間取りが気になるのは自然なことです。自然なことです。
どうでもいい話ですけど、この話の後、シェリアは引っ越しました。