列伝第3話 B級冒険者クロードの冒険譚(2/5)
話のバランスが悪いので、2/4以降を修正したら、どう考えても1話分増えてしまったのでナンバリングも修正します。
その後は予定通り、吸血鬼が現れるという森に向かった。
馬車を街に預け、ここからは徒歩での移動だ。
さすがに森の中には馬車は入れないし、誰もいない森の前に馬車を置き去りにするのも嫌だからね。
そこから30分以上歩き、無事に吸血鬼のいる森に着いた。
この辺りの魔物は大して強くないので、戦闘時間はほとんどかからなかったから、この30分はほぼ純粋な移動時間だ。
「深い森ね」
ココが呟いた通り、木が相当に生い茂っており、昼間なのに空が碌に見えず、かなり暗い。
吸血鬼は太陽が苦手ということだから、暗い森の中は丁度いいのだろう。
「怖いね~」
シシリーがのんびりとした口調で言う。
シシリーは余裕がないときには早口になるので、言葉の内容とは裏腹に随分と余裕があるのだろう。
「2人とも、気を抜きすぎですよ。もうここは敵の住処なのですからね」
「「はーい」」
やっぱり気が抜けている気がするけど、言わない方がいいかな。
森の中には舗装された道などなく、獣道のような場所を進んでいく。
先頭は僕、次いでココ、シシリー、ユリアさんの順番で一列になっている。。
森の中に入ってから、1匹の魔物とも遭遇しておらず、周囲にもその気配はない。
恐らく、吸血鬼に倒されたか、吸血鬼に恐れをなして逃げたかのどちらかだろう。
「そろそろですね……」
「そうだね」
「うん」
「は~い」
事前に確認した情報では、そろそろ獣道がなくなり、開けた空間に出るはずだ。
吸血鬼はそこを戦いの場としているという話だ。
「ここか……」
それからすぐ、話にあった通りの空間に出る。
100m程の円形で、そこだけ不自然に木の少ない空間があったのだ。
戦いを繰り返しているからだろう。かすかに空気に血の匂いが混じっている。
死んだ者が少ないとはいえ、結構な人数の人間が流血したのは事実だろうからね。
「ふむ、今回は4人か。少しは歯ごたえのある者だとよいのだが……」
そこで待っていたのは、当然吸血鬼だ。
目が血のように赤く、牙も伸びているので、吸血鬼なのは間違いがないだろう。
でも、正直に言うと僕の思っていた吸血鬼とは印象が違う。
黒とか紫の服を着て、マントとかを付けた長髪と言うのが、僕の持っている吸血鬼のイメージだ。
しかし、目の前の吸血鬼は禿頭で、白い不思議な服を着ていた。ベルト、なのかな?黒いヒモみたいなものを腰に結んでいた。
思っていたのとは違うけど、立ち姿に全く隙が無いので、対峙するだけで強いということはわかる。
「貴方が吸血鬼ですね。冒険者ギルドで貴方の討伐、もしくは森からの追放の依頼を受けてきました。クロードと言います」
「同じくココよ」
「シシリーだよ~」
「ユリアです」
「ほう、魔物である拙者相手に、先に自ら名乗るのか。……拙者の名前は吸血鬼ジオルド。今は武の頂を目指して修行している」
やっぱり戦いを目的にしているみたいだ。
「さて、ここに来たということは知っているかもしれんが、一応聞いておく。おぬしたちの中で、誰が拙者と戦うのだ?もちろん、4対1でも構わないぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて僕たち4人で戦います」
彼は多対1でも構わないらしく、普通にこちらが複数で挑むことを許可してきた。
舐めている、とは思わない。それだけの自信・実績があるのだろう。
「よかろう。降参するのなら、早めに言うと良い。戦う気をなくした者を襲うつもりはないからな」
「わかりました。貴方も、降参するのは早めにお願いしますね」
「くくくっ、拙者相手にそんなことを言ったのはおぬしが初めてだ!」
そう言うとジオルドは武器も持たずに足を前後に開き、半身になりながら腰を落とした。
どう見ても臨戦態勢なので、僕たちも武器を構える。
「勢いのある若者と話をするのは楽しいが、拙者としては戦いの方が好きだ。さあ、次は拳で存分に語り合おうではないか!」
「ええと、僕、剣を使うんですけど……」
「……行くぞ!」
僕の突っ込みは無視され、ジオルドはこちらに向かって走り出した。
「来ます!」
「僕が止める!」
パーティ戦の基本は、まずは盾装備の僕が前に出て攻撃を止めることだ。
ジオルドの進行方向を塞ぐように盾を突き出して視界と進行方向を塞ぐ。可能ならばその隙に仲間たちが攻撃を仕掛けてくれるはずだ。
「無駄だ」
「え?」
そう言うとジオルドは僕の盾に掌を合わせる。
「ふっ!」
「うわっ!?」
ジオルドが力を入れ、少し動いたと思った瞬間、僕は吹っ飛ばされていた。
「クロード!」
「クロード君!」
「クロード君大丈夫~!?」
「大丈夫、ダメージはそれほどないから!」
ダメージは少ないけど、何をされたかわからないというのは問題だ。
間違いなく盾に当ててきた掌が原因なんだろうけど、ジオルドの小さな動きと、僕の吹き飛び方が一致しなかった。
何か魔法でも使ったのかな?
ジオルド相手に、盾で防御するのは悪手なのか……?
……違う。まだ戦いは序盤も序盤、こんなところで選択肢を狭める必要はない。
「どうした?もうお終いか?」
「そんなわけないでしょ!」
牽制のためにココが短剣を投擲する。
「ふん」
真っ直ぐに顔面をめがけて進む短剣の腹を、ジオルドは裏拳で弾き飛ばす。
それでも少しだけ時間を稼げたので、その隙に体勢を整える。
「多分かなりの強敵だ。出来るだけ死角を作らない様に戦おう」
「ええ」
「はい」
「は~い」
先ほどのやり取りだけでも、近接戦闘に関しては相当の実力者であることが証明された。
個人戦闘力では僕たちよりも上かもしれない。
各個撃破されたら、勝ち目がなくなる。
「作戦は決まったか?では、再び行くぞ!」
先ほどよりも、仲間との距離を縮めた状態でジオルドを迎え撃つ。
1度失敗したからと言って盾役が必要なくなるわけじゃない。もう1度ジオルドの攻撃を盾で迎え撃つ。
今度こそ何をされたのか見極めてやる。
「今度こそ!」
先ほどよりも目を凝らした状態で盾を構える。
「態々2度同じ手は使わんよ」
「え!?ぐっ!」
ジオルドは構えた盾に跳び蹴りを放ってきた。
それを受け止めたところで、ジオルドは勢いそのままに僕の真上を飛び越えて行った。
僕よりも大分後ろにいたユリアさんに向けて蹴りを放つ。
「ぐうっ!」
腹に向けて放たれた蹴りを、何とか腕で受け止めるものの、大きく体勢を崩すユリアさん。
魔法職のユリアさんも接近戦は出来るけど、ジオルド相手に通用するかと言われると厳しいだろう。
「「「ユリアさん!」」」
「気にしないでください!この隙に!」
ユリアさんは自身の回復よりも、ジオルドに攻撃を加えることを要求した。
「え~い!」
「食らいなさい!」
少し離れている僕よりも、近くにいたシシリーとココが攻撃を仕掛ける。
「ふう!」
ジオルドは息を吸うと、自身に到達しそうなシシリーの槍を脇に挟み込むようにして受け止め、そのままシシリーの身体をココの方にぶつける。
「嘘~!」
「きゃあ!」
シシリーとココは悲鳴を上げながら転がっていった。
「思っていた以上に化け物ですね」
「魔物だから当然だろう」
僕の軽口にジオルドは普通に返してくる。
いや、普通の魔物はあんな技使いませんから。
これは相当気を引き締めて行かないと厳しいかもしれない……。
「それより、そろそろ魔法を使ったらどうだ?」
「何故……」
ジオルドの催促に対し、僕たちは驚きを隠せなかった。
確かに僕たちは魔法を使えるが、ここまで1度も使用していない。
この吸血鬼が知っているわけはないのだ。
「お前たちの戦い方の一部が、魔法が使いやすいように調整されていたからな。いつ来るか楽しみにしていたのだが、中々使ってこないから催促することにしたのだ」
「そんなことわかるの~?」
「戦っていればわかる」
参った。
確かに僕たちの戦い方は、魔法を組み込んでも良いようにしてあるけど、今の少しのやり取りでそれに気が付くとは……。
「とんでもないわね……」
「ええ、思っていたよりも相当戦い慣れしています。クロード君、魔法を使いましょう」
「そうですね」
「何を見せてくれるのだ?」
「お望み通り、魔法ですよ」
現在、僕たちは魔法の使用に関して制限を設けている。
もちろん、それにはいくつかの理由があるのだが、その中で1番大きな理由と言うのは『強すぎる』からだ。
僕たちの魔法は、主人である仁様から与えられた魔法だ。
ご主人様の能力により、僕たちの魔法は、魔法使いを倒せば倒すほど強力になっていく。
Bランク冒険者として数多くの戦いを乗り越えてきた僕たちの魔法は、気が付いたらとんでもない威力となっていたのだ。
どれくらいとんでもないかと言うと、一言で言えば『Sランク級』だ。
僕たちの実力よりも先に、魔法だけがSランクと呼ぶのに相応しいレベルに到達してしまったということだ。
正直に言って、それは僕たちの目的から大きく外れている。
僕たちは実力に見合わない大きな力なんて望んでいない。
だからこそ、僕たちは魔法の使用に制限を設けた。
・魔法を使わずに倒せる相手は、魔法を使わないで倒す。
・魔法を使う場合、相手の強さによって段階的に使用する魔法を引き上げる。
ジオルドを魔法無しで倒すのは困難だし、何よりも本人がそれを望んでいるのだから、僕たちは魔法を解禁することを選んだ。
もちろん、魔法を組み込んだ戦術に関しても、日々訓練しているので戸惑うことはない。
「そうか、やっと魔法を使うのだな。ああ、先に言っておくぞ。拙者は<光魔法>が苦手だ。吸血鬼だからな」
「弱点を自ら公表するんですか!?」
「うむ、もし<光魔法>を覚えており、使う余裕があるのなら、ぜひ使うと良い。それくらい打ち破れなければ、『最強』の座には程遠いからな」
まさか自分から弱点を公表するとは思わなかった……。
嘘だろうか?いや、そうは見えないし、もし嘘だったとしても試してみる価値はあるだろう。
そもそも、吸血鬼相手なのだから、使うなら<光魔法>が第1候補だったのは間違いがない。使うだけ使ってみよう。
「では行きます!『ライトボール』!」
僕は<光魔法>レベル1の『ライトボール』を発動した。
僕の<無詠唱>のレベルは1だから、『ライトボール』しか詠唱無しの発動は出来ない。
ちなみに、<光魔法>を所持しているのは冒険者組8人の中で僕だけだ。
「ほう!<無詠唱>か!」
さすがのジオルドも感嘆の声を上げる。
<無詠唱>までは想定していなかったらしい。
「ふっ!」
ジオルドが『ライトボール』を避ける。
どこかに飛んでいく前に『ライトボール』を操作して、もう1度ジオルドに当てようとする。
『ライトボール』には、魔法を発動した後も進行方向を操作できるという特性がある。
その代わり、弾速は他のボール系の魔法よりも遅いけどね。
「猪口才な!」
-バシュ!-
ジオルドはその場で跳躍し、手頃な木の枝を蹴りで斬り落とし、そのまま蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた木の枝が『ライトボール』にぶつかって相殺される。
普通だったら武器で斬り落とせばいいのだけど、ジオルドは己の肉体のみで戦うために、その選択肢をとることは出来ない。
「<無詠唱>で魔法が使えるのか……。くくくっ、やはり面白いな。礼を言う、この戦いにより拙者はさらに強くなることが出来るだろう!」
少しは慌てさせることが出来たのかと思ったけど、それすらも楽しんでしまうらしい。
実力のある本物の戦闘狂っていうのは厄介だね……。
それからしばらく、ジオルドとの戦いが続いた。
ジオルドの戦い方を一言でいうと、『隙が無い』だ。
ジオルドの攻撃直後に隙が出来たと思って攻撃してみても、攻撃が届く頃にはジオルドは態勢を整えており、こちらの攻撃を簡単にいなしてくる。
武器を持っていないというのも理由の1つだとは思うけど、攻撃動作、防御動作に一切の無駄がないんだ。見たことのない技で攻撃を受け流すし……。
多分、最初に僕の喰らった衝撃も、無駄のない攻撃方法の1つなんだろう。
切り札でも何でもなく、普通の攻撃だと知った時は少し焦ったよ。
ただ、<無詠唱>の魔法に関してはある程度警戒しているようで、特に<光魔法>に関しては丁寧に対応している。
失敗したのは、何も言わないで戦闘中に<無詠唱>の<光魔法>を発動すれば、当てられるチャンスがあったかもしれないということだ。
貴重な初見攻撃を無駄打ちしてしまったわけだ。
魔法に対する警戒があるせいだろう。
ジオルドは必要以上に追撃を仕掛けては来ない。追撃を重ねすぎて隙を作り、その隙に<光魔法>を当てられるのを嫌ったのだろう。
それとは別に、僕たちの実力を計るというのも目的のようだ。
もちろん、僕たちにだって切り札の1つや2つはある。そんな簡単に使うつもりはないけど……。
「ふむ、中々の地力だな。大抵の冒険者はすでに降参しているか死んでいる頃だ」
「褒めても手加減はしませんよ」
「そう言うことは拙者に傷の1つでも付けてから言うものだ」
未だに有効打をお互いに与えられていない。
盾役で被害の大きそうな僕も、ダメージはそれほど受けてない。
先ほどのユリアさんへの一撃も浅かったから、行動に支障はなさそうだ。
「ふむ、戦いが膠着してしまったな。そちらにもまだまだ札はありそうだし、ここらで拙者の方の切り札を1つ切らせてもらうとしよう」
次の瞬間、ジオルドは僕の目の前に現れて突きを放ってきた。
「くっ!」
大急ぎで盾を構える。
ジオルドは盾を殴る直前に手を広げ、最初に使ってきたのと同じように盾ごと僕を吹き飛ばす。
しまった。対策を考えていたのに、使う余裕がなかった。
「うわっ!」
僕は吹き飛び、そのまま地面に叩き付けられた。
「「「クロード(君)!」」」
「大丈夫だから!」
すぐに起き上がり体勢を整える。
どう見ても今のは<縮地法>だ。
マリア先輩の<縮地法>を何度も見せてもらったし、僕自身何度も使っているのだから間違いない。
しかも、ジオルドの<縮地法>は、確実に僕よりもレベルが高いだろう。
下手をしたらマリア先輩に匹敵するんじゃないか?
クロードは知らないので表現がわかりにくいかもしれませんが、ジオルドが着ているのは道着です。言及がないですが裸足です。黒帯です。
あえて言うなら「少林バンパイア」です。