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外伝第6話 ダンジョンマスターの転移

58話記載の通り、本編をお休みして東の短編です。


58話あとがきで感想、評価、ブクマのお願いをしたら、日刊3位になっていました。笑いました。

感想、評価をくれた皆さま、ありがとうございます。

 僕の名前は東明あずま あきら。現在、海外で行われる学会に参加するために、飛行機に乗っています。

 ああ、少し語弊がある言い方だったかもしれませんね。正確には、『墜落中の飛行機』、というのが正しいですから。


 翼が折れ、エンジンが完全に止まった飛行機は『飛行中』ではなくて『墜落中』と呼ぶべきです。

 飛行中に急に機体が大きく揺れ、窓の外を見たら翼が折れているところでした。さすがの僕も、飛行機の翼が折れるところを見るのは初めてなので、貴重な経験が出来ました。


 機内は当然のように阿鼻叫喚の地獄絵図となっています。

 泣き叫ぶ者や神に祈る者も大勢います。今、冷静に『生き残るための努力』をしている人間のなんと少ないことでしょうか……。

 僕?僕は持っていた酸素ボンベ(私物)を口に当て、パラシュート(私物)を背負い、クッション(私物)をかぶり、機体の最後尾で頭を低くしてじっとしています。

 正直、これで死ぬのなら仕方がないでしょうね。


 そもそも、今回のフライトが墜落という結末を向かえる可能性は、決して低くはないと思っていました。

 出発の前日、親友の1人である進堂仁しんどう じんとこんなやり取りがあったからです。



あずま、これ持っていけ」


 そう言って進堂が手渡してきたのは、透明なガラス玉のついたキーホルダーでした。


「これは何ですか?」

「お守り、みたいなものかな。俺が1年間着けていたキーホルダーだ」

「何故そんなものを僕に渡すんですか?」

「少し嫌な予感がするんだよ。東、学会に行くために明日飛行機乗るだろ?だから念のためと言う奴だ」


 進堂はとても運がいいのです。いや、「とても」なんて言い方では全く足りませんね。異常なほどに運がいいのです。天才と呼ばれるこの僕が『確率論』と言う学問を捨てるくらいには……。直感も優れており、進堂が『嫌な予感』と言ったとき、それが外れることはありませんでした。


「わかりました。ありがたく受け取っておきます」


 進堂が1年間身に着けていたというのなら、下手な交通安全のお守りよりもよほど効果があるでしょうね。


「後で返せよ」

「わかりました」


 進堂が飛行機について言及していた以上、『飛行機の墜落』と言うのが現実的な問題となりました。

 それからすぐ、大急ぎで生存率を高める方法を探したのは言うまでもないことです。そして、酸素ボンベ、パラシュートを購入し飛行機の座席を最後尾に移しました。

 ちなみに、酸素ボンベの機内持ち込みは不可だったのですが、そこは色々としました。色々と……。

 しかし、さすがに『飛行機が落ちるかもしれないから行かない』とは言えませんからね。キャンセルはしませんでした。



 そんなわけで僕は今、冷静に生き残るための努力を続けているところです。

 進堂に事前に忠告されておきながら死んだら、僕はただの馬鹿ですからね。なんとしても生き残って、進堂にお守りを返さなければいけません。


―ズドオオオオン!!!!!―


 墜落と判断してからしばらくした後、とてつもない衝撃が機体を襲いました。何とか、胴体着陸できたのでしょうか?翼が折れていながらよくそこまで立て直したと思います。

 それよりも気になるのは、思っていたよりもずいぶん着陸が早かったことと、衝撃が弱かったことです。顔を上げて見た限り、ほとんどの人は気絶しているみたいですが、死者はそれほど多くなさそうです。まあ、少ないだけで明らかに死んでいる人もいることはいるんですけどね……。不用意に立ち上がっていた人がそれに該当します。


 それよりも、今後のことです。飛行機事故で胴体着陸の後、次にしなければいけないことは、何よりもまず『脱出』です。今回のように機体が破損していたり、燃料が漏れているといったときには二次災害で火災・爆発が起きる可能性があるからです。

 幸いと言うかなんというか、すぐに動けるのは僕だけのようです。シートベルトを外し、非常出入り口を開けます。これも昨日のうちに勉強しておきましたから、スムーズに行えました。

 気絶している人を起こそうかとも思ったのですが、起きた人が出入り口に殺到する事態になるのも嫌ですから、まずは僕が脱出することを第一とさせてもらいます。



 扉を開けた時に外の様子が見えたのですが、……森?そうですね。森です。

 辺り一面、見渡す限りの森です。墜落の場合、大きく航路からずれる可能性があるので、不時着場所の予測が付きません。


 とりあえず、脱出用の滑り台で機体から脱出します(勉強済みです)。

 滑り台さえ用意しておけば、他の人も後から出てくるでしょう。


 飛行機から脱出し、少し離れてみたのですが今のところ炎上はしていない様です。……念のため、もう少し離れておきましょう。


 機体から離れ、周囲の様子を観察していたのですが、少々不自然です。森だから当然多種多様な植物があるのですが、その内いくつかが全く見たことがないものなのです。植物は前に勉強したから、図鑑等に載っている植物の99%以上は覚えている自信があるのに、です。

 その段階である仮説が立ちました。非常識で、幻想的ファンタジーな内容です。少し前にゲームをやっていたせいですかね……。異世界転移なんて、普通起こるわけないですよね。まだ、『未開の地の未知の植物』の方が可能性が高いはずです。


 どういう訳かGPSも現在位置不明となっていますが、異世界転移なんてことはないですよね?手持ちの機器すべてが通信不能になっているんですが、ここは地球ですよね?

 近くを見て回ったところ、崖の下に泉がありました。動物(見たことない奴)が飲んでいるから、飲めないということはないでしょう。しばらくはこの辺りで行動する必要がありそうですから、色々と覚悟をしなければならなそうです。しかし、中々後続の乗客が降りてきませんね……。


 さて、そろそろ酸素ボンベが切れそうですね。火災の場合もあるから付けっぱなしにしていましたけど、さすがにもう不要でしょう。

 僕は酸素ボンベを取り外し、大自然の空気を目いっぱい吸い込みます。


「ぐああああ!!!」


 体中に痛みが走りました。まるで血管と言う血管に電流が流れたかのようです。

 蹲り、のたうち回ります。


「が、は……」


 何とか酸素ボンベを付け直しました。そうすることで少しだけ痛みが和らぎましたが、まだ体中が痛いです。

 どう考えても空気がいけないみたいですね。酸素濃度が高すぎたりするんでしょうか?……さっき動物が普通に生活していたから、その可能性は低そうですね。

 もちろん、環境に適した進化を遂げていた場合は、その限りではありませんが。


 酸素ボンベはそれほど数がありません。このままではまたあの激痛に襲われてしまいます。どうにかしなければいけないのですが、痛みで頭が回りません。

 立ち上がり、ふらつきながら移動します。この場で大人しくしていても何も変わらないと思ったからです。


 少し歩いたところで、進堂から借りたキーホルダーが、カバンから外れてしまいました。運の悪いことに、地面に落ちたキーホルダーは跳ねて崖の方に転がっていきました。


 危機的状況とは言え、進堂のお守りを放置してはいけません。拾おうとキーホルダーに近づきます。

 キーホルダーを拾うためにしゃがみ込み、立ち上がろうとしたときにまた痛みが強くなりました。足をもつれさせた僕は、不運にも崖の方に倒れこんでしまいました。


「ぐうっ!がはっ!げほっ!」


 崖を転がり、その衝撃で酸素ボンベも外れ、外と内の両方からくる痛みで死にそうになっていきます。


 僕の不運はまだ終わりません。崖の下にある泉に、そのまま落っこちてしまったのです。

 あ、死にましたね。これは。


 服を着たまま泉に落ち、激痛で泳ぐことも出来ない現状、溺死から逃れる術がありません。

 そのまま、泉の底まで沈んでいきます。


 おかしいですね。進堂のお守りが不運を運ぶなんて不自然極まりないです。やっぱり、異世界だから進堂の幸運も消えてしまったのでしょうか?

 僕はそんなことを考えながらさらに沈んでいきます。


 ……あれは何でしょうか?泉の底に青く光る玉があるみたいです。

 何かに惹かれるように、その玉に近づいていきます。不思議な話ですが、この泉の中では痛みが酷くはなっていない様です。

 手を伸ばし、その玉に手を触れた瞬間、頭の中に何かが入ってくる感覚を味わいながら気絶しました。



 気が付いたら、僕は泉の横で倒れていました。

 どうやら、ダンジョンコアによる、ダンジョンマスターの救助が行われたようですね。


 僕が触れた宝玉はダンジョンコアと呼ばれるものでした。

 ダンジョンコアに触れたものは、ダンジョンマスターとなってその知識を得ることが出来ます。先ほど、僕の頭にいろいろな情報が流れ込んできました。


 どうやら、ここは本当に異世界のようですね……。そして、先ほどの痛みはこの世界に来たことによる拒絶反応だったのでしょう。空気の成分が違うのか、それ以外の要因なのかはわからないですが、ダンジョンマスターとして身体を作り変えられた僕は、この世界に適応できたようです。

 飛行機に残った人たちのことは、考えない方がよさそうですね。道理で誰も降りてこないと思いました……。


 そう考えれば、僕は幸運だったのでしょう。ダンジョンマスターにならなければ遠からず死んでいました。進堂から渡されたお守りは、本当の意味で僕を守ってくれたということですね。疑って悪かったと思います。


 それでは、今後のことを考えましょう。

 ダンジョンマスターとなった僕は、色々なことが出来ます。当面の目標はこの世界で生活できるようになること。その後、元の世界に帰る方法を探しましょう。


 まずはダンジョンを作りましょう。幸い、この付近は未開の地らしく、ごくごく小さな村が数個あるだけのようです。いくらでもダンジョンを作れるでしょう。


 そうは言っても、自分の力の把握と言うのは大事です。まずは小さなダンジョンを作ってみましょう。


「『クリエイト・ダンジョン』」


 ダンジョン創造魔法を使います。ゲームなどでは魔法使いを使うことが多かった僕ですが、まさか異世界で本当の魔法を使うことになるとは思いませんでしたね。

 余談ですが、『人のモノ』である土地には許可なくダンジョンを作れません。

 未開の地で助かりました。


 さて、出来上がったダンジョンですが、地上から見たらただの階段です。地下にダンジョンが作られるのだから当然ですけどね。

 階段をしばらく降りていくと、それなりに広い空間が出来ていました。壁が淡く光っています。一応、設定どおりにはなっているようですね。

 とりあえず、安全地帯を確保できたので一段落です。ダンジョンマスターはダンジョンの中ならかなり強力な力が使えますからね。



 さて、僕がこの世界に転移し、ダンジョンマスターとなってから3日が経過しました。


 人間が生きていくのに最低限必要なものは食料、水、寝床の3つだと考えています。そしてこの3つに関して、僕は全てダンジョンマスターの能力で解決しました。


 ダンジョンマスターは、ダンジョンコアのリソースを使って能力を使います。基本的にダンジョンコアのリソースはダンジョンの中に生物が入ることで溜まります。しかし、現在のダンジョンには僕しかいないので、リソースが増えることはありません。

 そのため、元々ダンジョンコアが持っていた貴重なリソースをどう使っていくかがカギになります。そして、僕はこのリソースを使って、最初に魔物を創造しました。


 この世界には魔物と呼ばれる存在がいるようです。そして、ダンジョンマスターの能力でそれを作り出すことも出来るみたいです。

 普通に魔物を作り出すことも出来ますし、ダンジョンにポップ設定を与えることも出来ます。

 この能力により生まれた魔物に、ダンジョンマスターは襲われることはないですし、命令にも従ってくれるというのは特に助かりました。


 まずはこの小規模なダンジョンを、正しく安全地帯にするために門番としてゴーレムを召喚しました。ダンジョンの門番と言ったらこれでしょう。

 僕は2体のゴーレムを召喚し、1体を入り口に配置しました。侵入者は魔物なら倒すように、人間なら捕えるように命令しています。

 もう1体は僕の護衛です。ダンジョンマスターになった段階で、ある程度戦うための力は得ていますが、それでも見知らぬ土地で1人で生きていくのは大変ですからね。


 これで安全な寝床は確保できたといえるでしょう。


 次に水です。これはもっと簡単でした。<水魔法>って便利ですね。泉もありますし……。


 最後に食料です。最初は飛行機に積まれていた食料を当てにしていました。しかし、いざ飛行機に戻ろうといったところで、飛行機が炎上していることに気が付きました。

 中の食糧を含め、乗員、乗客も恐らく全滅でしょう。

 早くに逃げていて良かったと捉えるか、モノを持ち出しておけばよかったと捉えるかは判断が分かれるでしょう。異世界とわかっていたら、無茶をしてもモノを持ち出していたかもしれませんね。


 痛ましい出来事ではありましたが、生きていくためには立ち止まってはいられません。


 食べられる木の実や植物(既知の物)を探し、急場をしのぐ食料としました。そして、ゴーレムを使って、角の生えたウサギを殺し、血抜きをしてから捌き、<火魔法>で火を出して焼き、食べることにしました。意外とおいしかったです。

 どう見てもゴブリンとしか言いようがない魔物も倒しましたが、これを食べる気にはなれませんでした。


 ダンジョンコアのリソースを確保するため、角の生えたウサギを殺さずに捕らえ、ダンジョン内に檻を作ってそこに入れておきました。非常食とも言います。

 ウサギ数匹程度でもリソースは順調に増えていくようですね。新しいゴーレムを召喚する余裕も出ました。こいつは看守です。


 この3日間で、ある程度この世界で生きていくための地力が付いたと思います。尤も、ほとんどのことはゴーレムにやらせているのが現状と言う奴です。


 ゴーレムは優秀ですが、これに頼りきりで僕が何もできないというのは行けません。ダンジョンマスターの能力には戦闘能力を有するモノもあるので、バンバン使っていきましょう。

 そもそも、<水魔法>も<火魔法>も攻撃手段になるのに、飲み水と火種にしか使っていない方が問題なんですけど……。



 あれからさらに4日が経過しました。

 ダンジョンの拡張工事も実行し、階層を増やしました。

 ダンジョンに捕らえた魔物も順調に増えています。その内1匹の角付きウサギが僕に懐いてくるようになりました。まるでモンスターテイムですね。

 それでもリソースは増えるので、全く問題はありません。


 増えたリソースで、ついには物品の創造をすることにも成功しました。恐らく、本来はダンジョン内に設置するためのアイテムを創造する能力でしょう。ですが、今はそんなことを言っている余裕もないので、僕が使うことにします。あまり扱いが得意ではありませんが、護身用に剣を創造しました。ファンタジーと言ったら剣でしょう。


 折角なので、最近やっていたゲームで進堂が使っていた剣に似せることにしました。ゲン担ぎと言う奴です。もう1人の親友の浅井は大剣を使うので、参考になりませんからね。


 少し抵抗はありましたが、この4日の間で僕は魔物を直接殺しました。最初は魔法で倒したのですが、最終的には剣で切り殺しました。色々と覚悟も備わってきたので、本日は少し遠出して、近くにある村に行こうと考えています。


 ダンジョンコアの知識では、この世界はまだ中世以下の文明しかない様です。まあ、異世界転移だから当然と言えば当然ですね。現代人的には、耐えられないような環境かもしれませんが、適応力は人並み以上にあると自負している僕にとっては、大したことではありません。


 近くの村と言っても、歩いて1日はかかると思われます。しっかりと準備をしていかないといけませんね。

 ゴーレムは……、村から離れた場所で待機させておけばいいでしょう。連れて行かないというのも危険ですし……。


 捕らえた魔物は放しておくことにしました。いくら魔物でも、捕らえたまま死ぬまで放置とかはしたくありません。

 懐いた角付きウサギは連れていくことにしました。放してもついてくるんですから、連れていくしかありません。名前はシロです。……もう、角付きウサギは食べられそうにありませんね。


 1日歩き、目的の村の付近に到着しました。これから村に入るので、ゴーレムには近くで待機していてもらうことにしました。

 角付きウサギは僕がゴーレムに待機を命じると、その横にちょこんと座って同じように待機していました。


「出来るだけ早く帰ってきますので、ここで待っていてください」

「きゅい!」


 この数日で随分頭がよくなったようです。ウサギに数日分の食糧を残し、いざ村へ向かいます。



「これは……」


 村からは全くと言っていいほど生活臭が感じられませんでした。心なしか空気も淀んでいます。

 正直、入るのにはかなりの勇気が必要でしたが、ダンジョンマスターは毒への耐性もあるようなので、警戒しつつも入ることにしました。


「すいません!誰かいませんか!」


 叫びますが、反応がありません。

 粗末な木製の家がいくつもありますが、人の気配はありません。


―ガタン―


 物音がしたのでそちらを振り返ると、そこには中年女性が倒れていました。


「大丈夫ですか?何があったんですか?」


 本来ならば不用意に近寄るべきではなかったかもしれません。ですが、1週間ぶりに人に会ったということもあり、思わず近寄って声をかけていました。


「あな……たは……?」

「旅の者です。何があったんですか?」


 ダンジョンコアからの知識で知っていましたが、本当に日本語が公用語なのですね。驚きです。


「流行り……病で、ほとんどの……村人が死んだのよ……」


 よく見ると中年女性の身体には黒い斑点のようなものがいくつも浮かんでいます。

 流行り病と言っていますが、疫病のようなものなのでしょう。


 毒耐性、本当に持っていて良かったです。


「私も……、もう死ぬわ……。せめて、カナちゃんだけでも……助けて……あげて……」


 そう言って中年女性は静かに息を引き取りました。

 彼女が言っていたカナちゃんとは誰でしょうか?生き残りだったら、助けてあげたいですね。


 彼女が出てきた家を探し、向かってみることにしました。扉が開きっぱなしだったので、すぐに見つかりました。


「ケホッ、ケホッ……」


 そこにいたのは布団に横たわる10歳くらいの少女でした。

 この子も先ほどの女性と同じように黒い斑点に侵されています。

 正直言って、遠からず死ぬようにしか見えません。


「お兄ちゃん……、誰……?」

「旅の者です。君も流行り病にかかっているのですか?」

「うん……、お兄ちゃん……、早くこの村から出て行った方がいいよ……。お兄ちゃんも病気になっちゃう……」

「安心してください。僕は簡単には病気にならないみたいですから」


 この少女を救うために、僕に出来ることを考えます。

 <回復魔法>はこの世界にあるみたいですが、残念ながら僕には使えません。

 ダンジョンコアによる物品創造には、あらゆる病を治すような薬もありますが、リソースが足りません。

 ダンジョンをいじるより、出したことのないアイテムを創造する方がリソースを使うみたいです。


「カナ……、死んじゃうほど悪いことしたのかな……。女神さまは……、助けてくれないのかな……」


 少女が力なく呟きます。


 この世界では女神が信奉されているようです。元々僕は無神論者です。いえ、正確にはいてもいなくても変わらない、と思っています。

 もし神がいて、慈悲があるのなら、少なくとも無垢な子供が死ぬことを許すわけがないのです。

 子供が死ななければいけない世界など、神がいないか、いたところで役に立たないかの二択でしょう。どちらでも全く変わりません。


「神は君を救いません。もし、生き残るために人であることを捨てなければならないとしたら、君はどうしますか?」


 ダンジョンマスターの能力の1つを使えば、この子を助けることが出来るでしょう。ですが、それは人を作り変えるということに他なりません。

 いるかいないかは置いておきますが、それは神の領分に他なりません。

 この世界で生きていくには、神の領分を侵す覚悟すらも強いられるようです。


 僕に打てる手は、現状それしかなさそうです。だから、後はこの子の気持ち次第です。


「死にたくない……。どんな形でもいいから……、生きていたい」


 少女は泣きながら声を絞り出しました。

 少女にその覚悟があるのなら、次は僕が覚悟を見せる番です。


「わかりました。しばらく待っていてください」

「え……?」


 そう言うと早速僕は家を出て、適当な空き地に向かって魔法を使います。


「『クリエイト・ダンジョン』」


 いつぞやと同じく、そこに階段とダンジョンが作られました。中の設定は何もいじっていません。ただの明かりのついた空洞です。


 僕は少女の家に戻りました。


「どうしたの……?」

「君は、本当に人であることを捨てていいのですね?恐らく自由も失いますよ」

「……うん」

「失礼します」


 少女が答えた段階で、僕は布団の中にいる少女を抱えました。


「きゃっ!?」


 そのまま少女を連れて、先ほどのダンジョンに入っていきます。


「こ、ここは……?」

「ダンジョンの中です。今から君には迷宮保護者キーパーになってもらいます」

「きーぱー?」

「人を捨て、このダンジョンで生きるものになるということです」


 少女は少しだけ考えるそぶりを見せたが、すぐに頷いた。


「お願い……します」

「わかりました」


 僕はある魔法の詠唱を開始します。

 ダンジョンマスターと迷宮保護者キーパーだけが使える、『承諾した者を迷宮保護者キーパーにする魔法』です。

 詠唱が完了すると、少女の下の地面が光り輝きます。


「心の中で良いので、迷宮保護者キーパーになることを承諾してください」

「う、うん……」


 そう言うと少女は目を瞑りました。

 その直後、地面の光が少女全体を包み込みます。


 契約完了ですね。

 少女の身体から、黒い斑点はきれいさっぱりなくなっていました。


「……痛いのが、治った?」

「そうですか。それは良かったです」


 知識として問題ないはずだということは知っていても、実際に確認しない限りは安心できませんからね。


「お兄ちゃんは神様なの?」

「いいえ、ただのダンジョンマスターです。名前は東明、東でも明でも好きな方で呼んでください」

「ええと、アズマお兄ちゃん。ううん、アズマ、様、私の名前はカナって言、います。助けてくれてありがとう、ございます」


 少女は話し方をたどたどしい敬語に切り替えてきました。


「そんな畏まらなくてもいいですよ、カナ。今はまだまともに迷宮も持っていませんしね」

「ううん、あ、いいえ。アズマ様はカナの命の恩人、です。けいいを払、います」

「……わかりました。無理はしなくていいですからね。それで、カナはこれからどうしたいですか?僕は一度拠点に戻るつもりですけど、別にこの村を拠点にしてもいいと考えています」


 あまり縁起は良くないですし、疫病のことは気になりますけど、僕たち2人が生活する分には問題ないでしょう。


「……アズマ様のお家に行きたい、です。ここにいるのは、辛い、です」

「そうですか。わかりました。でも、せめて村人の埋葬だけはして行きましょう」


 村人の死体を放置してもいいことはありません。

 もう少し余裕が出来たら、飛行機の乗客も埋葬してあげたいですね。


「いいの?あ、いいのですか?」

「ええ、カナがどうしても埋葬したくないというのなら別ですが」

「いいえ、お願い、します」

「わかりました」



 村人の埋葬をするために1度迷宮を出ようとしたところで、頭の中に侵入者を知らせる警告のようなモノが鳴りました。

 ダンジョンマスターだから、迷宮内のことは直感的にわかるようです。


「ぐるおおおおん!」


 階段の上から降りてきたのは体長2mを超える大きな犬です。

 狼ではなく、ドーベルマンのような犬ですね。

 普通の人間からしてみたら、狼もドーベルマンも脅威であるという点では変わらないでしょう。


「ひっ!」


 横を歩いていたカナが腰を抜かします。


「カナはそのまま下がっていてください」

「で、でも、アズマ様が……」

「僕は大丈夫です。これでも少しは戦いの経験もあります。VRゲームですけどね」

「?」


 僕は剣を構えてドーベルマン(仮)と対峙します。

 カナは腰を抜かしたまま徐々に後ろに下がっていきます。


 ゲームでは専ら魔法使いで、剣なんてこちらに来るまでろくに振っていませんでしたけどね。それは言わぬが花でしょう。


「ぐるる……」


 よく見ればこのドーベルマン(仮)、カナや中年女性と同じように全身に黒い斑点があります。

 それなのに、全く苦しそうには見えません。

 ……違いますね。この犬が感染源なのです。


 ダンジョンコアから知識が流れ込んできます。

 この魔物は「疫病狂犬」と言うみたいです。まんまですね。

 噛んだ相手に病を伝染させる厄介な魔物のようです。


 どう見ても僕たちのことを敵として認識していますね。

 行き止まりのダンジョンですし、逃げることもかなわないでしょう。

 そもそも、カナの村を滅ぼした元凶を、態々放置するつもりもありません。ここで倒してしまいましょう。


-ザッ……-


「ぐるおん!」


 僕が足を一歩前に出した瞬間、疫病狂犬が飛びかかってきました。


「『ファイアボール』!」


 僕は<無詠唱>で掌から『ファイアボール』を放ちます。

 現れた火の玉は真っ直ぐに疫病狂犬に飛んで直撃します。


「きゃいん!」


 疫病狂犬が大きく仰け反って地面を転がります。

 疫病狂犬は僕の持っていた剣を警戒していましたからね。利用させてもらいました。


 ですが、剣は得意でないのですから、態々使う必要もありません。

 魔法使いなのですから、魔法を使うのは当然です。


「『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』」

「きゃいん!きゃいん……、きゃい……、きゃ……」


 疫病狂犬が立ち直る前に連続で『ファイアボール』を撃ち続けます。

 徐々に疫病狂犬が弱っていきます。


 もうほとんど動く力がなくなるまで、『ファイアボール』を連射しました。

 既に疫病狂犬はぴくぴく痙攣しているだけで虫の息です。

 やっぱり、疫病とか細菌は、焼却処理が1番ですね。


 僕はカナに向き直り告げます。


「カナ、この魔物が村に疫病、流行り病をもたらした元凶です。カナが望むなら、とどめはカナが刺してください」

「え……、この犬が……?」

「ええ、この犬は疫病狂犬。カナたちと同じように黒い斑点が身体にあったのに、元気だったでしょう?」

「そう言えば……、最初に病気になった人が、犬に噛まれたとか言っていた気が、します」


 当たりですね。


「アズマ様……、カナに、とどめを刺させて、ください」

「わかりました。この剣を使うと良いでしょう」

「ありがとう、ございます」


 僕がカナに剣を渡すと、カナは危なげもなく剣を持ちました。

 あの剣、それなりに重いはずなんですけどね。


「えい!」



 それから2人で村人たちの埋葬を始めました。

 カナは泣きながらですが、最後までしっかり手伝ってくれました。


 どうやらカナは迷宮保護者キーパーになったことで、腕力が多少上がっているようですね。明らかに重いものを楽々持ち上げていました。


「待たせて申し訳ありませんでしたね」

「きゅい!」


 全員分の埋葬を終え、準備を整えてからゴーレムと角付きウサギの元に戻りました。


「わー可愛い!」

「きゅ?きゅい!?」


 カナは素早くシロを抱きかかえました。

 思ったよりもカナの動きがいいですね。


 シロは困ったように僕の方を見てきます。


「すいませんが、我慢してあげてください」


 アニマルセラピーではないですけど(魔物ですし)、傷心のカナの心を癒すため、シロには尊い犠牲になってもらいます。死にませんけど。


「きゅいー……」


 僕がそう言うと、シロは諦めてなされるがままになりました。


「では、そろそろ行きましょうか」

「はい!」

「きゅい!」


 カナがシロを一通り撫でて、満足したあたりで話を切り出します。


 歩きながら話を聞いたところ、カナは村から出たことがなく、村の周囲にどんな魔物がいるのかも知らない様でした。


 そして、1つ致命的な問題が……。


「カナ、どうしてパンツをはいていないのですか?」


 段差を乗り越える時に偶然見えてしまったのですが、カナはノーパンでした。

 おかしいですね。中世くらいの文明なら、形はともかく下着の文化くらいはあるはずなのですが……。


「え……、あ……、病気で、苦しいから外したままに……」


 カナも少し顔を赤くし、慌てて村から持ってきた荷物からパンツを取り出してはきます。

 持っては来ていたのに、はくのを忘れるとか、カナは結構なドジのようですね。

 ちなみにカナがはいたのは、俗にいうかぼちゃパンツと言うヤツでした。


 それから1日かけて歩き、元のダンジョンまで戻ってきました。

 迷宮保護者キーパーになるって便利なんですね。

 幼いカナでも1日歩き続けられるようになるんですから。


「ここが、アズマ様のお家なんですか?」

「ええ、そうです。これからはカナのお家でもありますからね。大切にしていきましょう」

「は、はい!」


 こうして、僕と最初の迷宮保護者キーパーのカナによる本格的なダンジョン運営が始まりました。


「きゅい!」


 あ、すいません。シロもいましたね。

 僕とカナ、ペットのシロと数体のゴーレムによるダンジョン運営が始まりました。


 まずはこの過酷な世界で、しっかりと生きていける力を付けていきましょう。

 全てはそれからです。




「アズマ様?どうかしたんですか?」

「……カナですか。いえ、少し昔のことを思い出していたんですよ」

「また、元の世界のご友人のことですか?妬けてしまいますね。アズマ様からそこまで想われているなんて……」

「きゅい」


 最も古くから一緒にいる迷宮保護者キーパーのカナと、この世界で最初にテイムした角付きウサギホーンラビットのシロが少しむくれる。

 迷宮保護者キーパーとなったことで、出会った時から一切姿の変わっていないカナですが、口調だけは生きた年月に相応しく、大人っぽいものになっています。


「そう言わないでください。あの頃はとても楽しかったんですから。こちらの世界でも大切なものは出来ましたが、彼らのことを忘れたことは1度もありません」

「本当は、戻りたいんですよね。元の世界に……」


 僕は首を横に振ります。


「いいえ、友人とは言え道が分かたれることもあるでしょう。ただ、進堂にお守りを返せなかったことだけが悔やまれます。申し訳ないですが、キャロに期待しましょう」

「本当に、アズマ様のご友人はこの世界に来るのですか?それに、もし勇者として来てしまったら、40層の反逆者が……」

「心配は不要です。彼は必ずこの世界に来ますし、勇者にはならないはずです。もし、勇者としてこの世界に呼ばれたとしても、彼がそんな下らないことに力を貸すわけがありません」


 この世界を生きてきてわかったことですが、浅井は既にこの世界に来ていますし、進堂は絶対にこの世界に来ます。僕はその時まで生きてはいられないようですが、それでも残せるものはあります。

 進堂がこの世界で自由に生きられるよう、全力を尽くしたつもりです。


「それよりも、本当にいいのですか?僕が死ぬのに合わせて、君たちまで死ぬことはないのですよ?」

「それこそ今更です。アズマ様と共に生きることを決めた時から、死ぬときはこの方と一緒だと決めていたのです。アズマ様を1人で逝かせるわけにはいきません」

「きゅい!きゅい!」

「他の子たちも同じ気持ちです。キャロにだけは辛い役目を託すことになりますけど……」

「一応、進堂にも後は頼んでいますけどね……」


 進堂なら、僕のメッセージに気付いてくれるはずです。

 キャロのことは進堂に任せたので大丈夫でしょう。

 迷宮をあげますから、キャロ1人くらいの面倒は見てくださいよね。


 そろそろですか……。


 大切な者たちに囲まれて、大切な思い出を思い浮かべながら最期を迎える。

 ああ……。


「僕は幸せ者みたいですね……」


 ……。


「アズマ様?……そうですか。お休みなさい。お疲れさまでした」

「きゅ……」




「ここが東の墓か?」

「はい、そうですピョン」


 迷宮の隠しエリア。その中でも一際大きなモニュメントの前で呟く。

 そこには、レプリカではない本物の『支配者の杖』と、ボロボロになったガラス玉のキーホルダーが置かれていた。間違いなく、異世界転移の前日に東に預けたものだった。


「はあ……、相変わらず律儀な奴だな」

「先輩に聞いたんですが、何度もアズマ様の命を救った、幸運のお守りだそうです……ピョン」

「……役に立ったのなら、渡した甲斐があったというものだな」

「それで、『支配者の杖』はどうしますか?ピョン。ジン様なら、アズマ様も使っていいと言うと思いますピョン」

「今は止めておく。もし、俺が本気でダンジョンマスターをやっていくと決めたのなら、東の跡を継ぐことを決めたのなら、その時にこの杖も引き継ごうと思う」

「わかりました。ピョン」


 俺は『支配者の杖』の横にあったキーホルダーだけを手に取る。


「だから、今はこれだけ返してもらうことにするよ」



*************************************************************


裏伝


*本編の裏話、こぼれ話。


・隔離迷宮

 リーリアの近くの廃村にあり、ミラを配下に加えた隔離迷宮。ここはカナを迷宮保護者キーパーにするために東が作り出した迷宮である。

 カナを迷宮保護者キーパーにした後、この村は村人が1人もいなくなり廃村となった。

 少なくとも計2回は滅んでいる呪われた村と言うことになる。どんな店舗が建っても、しばらくすると必ず潰れてしまう呪われた区画のようなものである。

 ただ、仁が訪れたことでその呪いが霧散したことを知るものは誰もいない(アルタ除く)。

気付ける訳のない伏線① カトレアの名字、「アズウェル」は東が適当につけた。

気付ける訳のない伏線② 仁がカトレアを躊躇なく助けたのは、東の血族かもしれないから。


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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
東もロリをヒロインにしてるのか、作者の趣味かな? 女神は何が目的なんだろうな?やっぱり魔王とこの世界を使ってチェスでもやってんのかな?主人公は唯我独尊だから駒にはならないってことだろうか? 東は幸…
[気になる点] トーメイは浅井の行方しってるの? [一言] 読んだだけで涙が
[良い点] 何周かしてるけど、東の話がやっぱり好き。
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