第54.5話 復活の音楽家
短編です。
実験的に本編更新と共に短編を投稿してみました。
こうすると最新話が本編になり、見たい人だけ「前の話」を押せばよくなるかなと。
その日、仁はエステア王国首都にある屋敷の一室を訪れていた。
目的は意識を取り戻したガーフェルト元公爵の娘、フィーユと話をするためである。
ガーフェルト公爵は仁の持つ『神薬 ソーマ』で、音楽家である娘のフィーユが失った腕を取り戻そうとした。しかし、そのために取った手段は仁の暗殺という、おおよそ真っ当とは言えないモノだった。
命を狙われた仁は、その仕返しとしてガーフェルト公爵の悪事を暴き、公爵家を没落させた。没落の際、腕を失ったことで茫然自失状態となっていたフィーユは、奴隷として仁に引き取られることになった。
その後、仁はガーフェルト公爵の目の前でフィーユに『神薬 ソーマ』を使い、欠損を回復させることで、自分がどれだけ愚かな選択をしたのかを突き付けたのだ。
欠損が治った以上、遠からずフィーユの目は覚めるだろうと考えられていた。しかし、経緯が経緯だけあって、仁に対する恨み言を言う可能性は決して低くはなかった。
そんなことを仁の信者が許すはずもなく、フィーユが寝かされた部屋は常にメイドたちの厳しい監視下にあったのだ。そして、起きた後も仁に会わせる前にメイドたちの入念な事情聴取が行われた。
その結果、仁が面会しても問題なしと判断したからこそ、仁にその旨が伝えられることになったと言う訳である。余談ではあるが、仁に会うのに不適切と判断されていた場合、こっそり亡き者にされていた可能性すらあった。
仁が部屋に入ると、ベッドの上にいた美少女がお辞儀をしてきた。
ベッドの上にいるのを見た限りではあるが、フィーユの背は低く、凹凸も少ない。それでも印象は可愛いではなく美人、綺麗と言った評価になる。肩まで伸びた綺麗な金髪と西洋風の顔立ちから、アンティークドールのようなイメージが近いだろう。
『あなたが仁様ですか?』
少女はスケッチブックのようなものに、凄い速さでペンを走らせてこちらに見せてきた。
「ああ、そうだ。……喋れないのか?」
仁がステータスを見た限り、そのような記載はなかった。むしろ<歌唱>スキルがあるのだから歌えて当然だと思っている。
仁の問いに再びすさまじい速さでペンを走らせるフィーユ。
『いいえ、歌を歌うこと以外に喉を使いたくないので、筆談で失礼いたします』
「うん?」
言っていることを理解出来なかった仁が、首をかしげてメイドの方を見る。
「彼女は音楽に全てを捧げているそうです。声を出すことを喉への負担ととらえ、声を出すのは発声練習と歌を歌うときのみと決めているそうです」
「……理解には苦しむが、言いたいことはわかった」
メイドが事情聴取で確認したところ、『音楽家』は『音楽家』でも随分と重度の『音楽家』らしく、その行動はかなり極端だった。ちなみにペンを使うのは腕の運動、リハビリとしてOKらしい。
『仁様、腕を治してくださって本当にありがとうございます』
そうスケッチブックに書いて頭を下げるフィーユ。
「ガーフェルト元公爵の件で恨み言とかはないのか?」
『ありません。いえ、私には言う資格がありません』
「どういうことだ?」
『父の不正行為を知っていながら、音楽が続けられればそれでいいと放置していた私に何かを言う資格はありません。裁きが来るべき時に来た、ということなのでしょう』
音楽に全てを捧げたフィーユは、音楽以外にはとことん無関心だった。父の不正を知っていながらも、自身の音楽活動に悪影響が出ないと判断した後は完全な無視を貫いていた。
「じゃあ、その件で俺の奴隷になったことについてはどう思う?」
『運が良かった、としか思えません』
「奴隷になったのにか?」
『腕が治りましたから』
そう言ってスケッチブックを見せてくるフィーユの目は真剣そのもので、悲しみや怒りなど負の感情は一切浮かんでいなかった。
『仁様、お願いですから音楽を今後も続けさせてください。もし、ダメだというのならば一思いに殺してください』
スケッチブックにそう書いて見えるように立てかけると、フィーユはベッドの上で土下座をした。
奴隷になった以上、今後の自分の役割について注文を付けられる立場でないことはフィーユも理解している。当然、『死ぬこと』すらも主人の許可が必要であることもだ。
それでも『音楽を続けたい!』と『そうでなければ死んだほうがマシだ!』と伝えたのはまさしく全てを捧げているからだろう。
「音楽を続けるのはいいが、俺の奴隷である以上は仕事もしてもらうぞ」
仁がそういうと、フィーユはガバッと顔を上げ、何かを思いついたような顔をして、すぐさま服を脱ぎ始めた。ワンピースのような服1枚しか着ていなかったフィーユはあっという間に全裸になり、再びスケッチブックにペンを走らせる。
『音楽に必要のない部位でしたら、どうぞお好きに使ってください』
照れたり恥ずかしがったりせずに、フルオープンでスケッチブック(とその他諸々)を仁に見せるフィーユ。
「違う違う、そっちの仕事じゃなくってだな……」
自分の一言で勘違いをさせたことを悟った仁は、慌てて説明を始めた。
「基本的に俺の奴隷にはメイドか冒険者をしてもらっているんだよ」
「両方行っている者もいます」
仁の横にいたメイドの1人が補足する。
「フィーユにもこのどちらかをやってもらうつもりだ。どっちがいい?」
『メイドでお願いします』
迷わずに書き込むフィーユ。当然である。
さすがの仁もこの選択肢で冒険者を選ぶとは思っていなかった。
「メイドって結構過酷だぞ?洗濯物で手は荒れるし、掃除で喉はやられるし……」
もちろん、対策出来ないものではないが、とりあえず脅してみる仁であった。鬼畜である。
―ポトッ―
フィーユがスケッチブックを落とす。音楽活動に必要不可欠な部位へのダメージを示唆され、結構な精神的ショックを受けたようだ。
「洗濯は魔法で行うのでほとんど水には触れませんし、手荒れ防止のクリームもあります。毎日掃除をしているから埃なんてほとんどありませんし、掃除の際にはマスクをしています。今のところ手と喉に問題を抱えたメイドはいません」
実際の現場を知っているメイドからのフォローである。
『脅かさないでください』
少しすねたように仁を見つめるフィーユ。
奴隷であることも、音楽以外の仕事をすることも覚悟はできているが、やはり音楽に必要な部位へのダメージは出来るだけ避けたいというのも無理はないだろう。
「話は変わるが音楽活動って何をする予定なんだ?」
『しばらくはリハビリをします。それなりに長い間、楽器にも触っていませんし、腕がなくなった瞬間から発声練習もしていませんので』
冷静に考えれば、腕がなくなってもまだ歌うことは出来たはずである。しかし、自分の音楽に関して妥協しないフィーユは、<演奏>、<歌唱>のどちらが欠けても生きていく気力を失う程度にはショックだったのだろう。
『奴隷という立場では表舞台には立てないと思いますので、その後は屋敷の中で演奏を続けるくらいですね。時々皆さんの前で弾かせていただければ嬉しいです』
フィーユは、『音楽は人に聞いてもらってこそ意味がある』と考えており、1人で練習だけを続けることを良しとはしていない。
しかし、奴隷になった以上は表舞台での発表は難しいと考え、せめて屋敷の住人にだけでも聞いてもらいたいと願い出たのである。
「え?別に表舞台に立ってもいいけど?」
仁の返答は非常にあっさりしたものだった。
「…………」『え?』
今の『え?』はフィーユがしばらく呆けた後に出したモノである。珍しく書くのに時間がかかっていた。
「今のところこの国限定だけどな。少なくとも国王の前で奴隷の宣言と欠損の回復をしているわけだから、立場を隠す必要はないぞ」
大々的に奴隷である宣言をした以上、奴隷紋を隠すことはできない。しかし、奴隷であることを隠す必要もないのだから、外的な活動を阻害することもない。もちろん、奴隷であることによる多少の偏見に目を瞑ればの話ではあるが……。
「まあ、フィーユが奴隷として人前に出るのが嫌だというのなら、無理にとは言わないが……」
『表舞台に立てるのなら何の問題ありません!』
一応、フィーユは元貴族令嬢である。しかし、音楽以外に関するプライドは皆無らしく、表舞台に立つ際の肩書が『奴隷』であっても全く気にならないようだった。
過去にフィーユは何度もコンクールで優勝しており、……訂正、優勝しかしておらず(八百長を除く)、何度も単独コンサートを行っていた。
そのため、フィーユが病気により表舞台から姿を消した時は多くの音楽ファンが嘆き悲しんだのだ(ガーフェルト元公爵が本当の理由は伏せ、回復する可能性のある病気ということにしていた)。
実を言えば、音楽ファンはエステア王国の貴族にも大勢存在している。というか音楽などという金のかかる趣味を持つものは多くが貴族である。
仁がフィーユに『神薬 ソーマ』を使ったとき、あの場には王族の他にも多数の貴族が立ち会っていた。当然、その中には音楽ファンが複数名存在していた。彼らはフィーユの様子を見て、表舞台から姿を消した本当の理由を察し、それが解消されたことを理解した。
緘口令により詳しい話は広がっていない。しかし、音楽ファンの間ではひっそりと『フィーユ復活』の報が広がっており、耳ざといファンが今か今かと待ちわびているのだった。
冷静に考えれば、何故こんな脇役に1話を当てたのか疑問が出てくる。
仁の「配下のことを考えてますよ」アピール?