第53.5話 復活の魔族
35.5話と同じく、「死者蘇生」がテーマのお話となっています。
苦手な方は読み飛ばしてください(読まなくても平気とは言わない)。
「やっとここまでMPが溜まりましたね……」
「ああ、でも、思っていたよりも早かったのかな?」
さくらの呟きに、俺も一言返す。
「そうですね……。迷宮では戦闘が多かったですから、結果的に多くのMPを入手する機会に恵まれましたからね……」
「それもそうだな」
MPを集めて何をするのか?
それは当然死者蘇生である。
迷宮で多くの魔物を倒し、奪ったMPの総量がついに死者蘇生の魔法を強化するのに十分な量となったのだ。
さくらに聞いた『アンク』の強化点は以下の3つ。
・勇者、異能者を蘇生可能(ただし、スキルはロスト。異能は多分残る)。
・激しい欠損であっても蘇生時に修復可能(真っ二つでも蘇生可能。頭部が残っていることが望ましい。片方を蘇生させると、もう片方は蘇生不可能になる。当然である)。
・勇者、異能者以外ならばスキルを保持したまま蘇生可能(記憶は保証しない)。
正直言って、かなり重要な強化である。
ようやっと俺とさくらも蘇生の対象になることが出来たのだ。
「じゃあさくら、頼んでもいいか?」
「もちろんです……」
そう言ってさくらはいつも通りに魔法の創造を始めた。
……長い。
既に1時間以上が経過している。魔法の創造だけでここまで時間がかかるのは初めてのことである。
今回も用意したギリギリまでMPが減ったあたりでようやくさくらの魔法が完成した。
「<魔法創造>「アンク」!」
そのまま倒れ込むさくら。完全に気絶している。
この世の理を変える魔法は、強化するのにも大きな負担を強いるようであった。
それからしばらくして、さくらが気絶から目覚めた。
「ん……、仁君、おはようございます……」
「ああ、おはよう」
寝ぼけているのか、頭をフラフラさせながら起き上がる。
そのままぼーっとした状態で5分くらいさらに待つ。
「はっ!」
ようやくさくらが再起動したようだ。
「すいません……。結構負荷が大きかったみたいです……」
「気にしてないよ。見てればわかるから」
普通の人間では扱わないレベルのMPを消費したのだ。精神的に相当な負担であることは明白だった。
「それで、強化は上手くいったのか?喋るのが厳しいようなら後でもいいけど?」
「もう大丈夫です……。はい、上手くいきました……。予定していた機能はすべて盛り込めました……」
「それは良かった。俺とさくら、非常用に後数個創ってもらえるか?今すぐじゃなくてもいいから」
さくらの魔法は、1度創れば再作成はかなり容易になる。それでも、気絶から起き上がったばかりのさくらにそんな負担はかけさせたくはないからな。
ちなみに、屋敷のメイド長であるルセアにも『アンク』を与える予定である。万が一、億が一俺とさくらが同時に死亡した場合、2人を蘇生させるために他の者にも『アンク』を与えておく必要があるからである。
マリアでもいいのだが、俺が死んでいてマリアだけが生きている状況はありえないと本人が言っていたので、少し離れた場所にいるルセアに与えることになったのだ。
「じゃあ、予定通り魔族を蘇生させようか」
「危険じゃないですか?」
「何故?」
ロマリエからは<生殺与奪>によって全てのステータスとスキルを奪ってある。万が一襲い掛かってきたとしても、その場で返り討ちである(HPも1だし)。
問題の呪印だが、これに関しても全く問題はない。
何故ならばロマリエの死亡と同時に、ロマリエの持っていた呪印は消滅しているのだ。祝福の時は祝福の残骸となって現れたが、呪印は持ち主の死亡とともに消滅するのだ。これに関してはティラノサウルスも共通だった。
故に、現在のロマリエは脅威度としては完全な0なのである。赤ん坊でも倒せる。
「言われてみれば、仁君の隣ほど安全な場所もないような……」
「それでも死ぬかもしれないから『アンク』を強化したんだけどね……」
「あ……」
少し考えこんで、さくらが再び喋り出す。
「すいません……。ロマリエを蘇生させるのはもう少し待ってもらえますか?」
「どうかしたのか?」
「はい……。念には念を入れて、人数分、最低でも3つは『アンク』を創ってからにしたいんです……。この瞬間だけは失敗したらどうにもならなくなってしまうので……」
「なるほど……」
確かに、現在『アンク(完全版)』は1つしかない。この状態で俺とさくらが死ぬと、蘇生は出来なくなってしまう。危険はほぼ0だが、さらに念を入れたいのだろう。
「後、マリアちゃんを呼ばないと、マリアちゃんが泣きます……」
「そだね……」
万が一でも俺が傷つく可能性のある状態で、自分が近くにいなかったと知ったら、多分マリアは泣くだろう。
「わかった。じゃあ、この『アンク(完全版)』も念のため、ルセアに渡しておこう」
「はい……」
ちょっと念を入れすぎだとは思うが、それでさくらが安心できるのなら、迷わずにその選択肢をとる。
次の日、朝早くから残り2つの『アンク(完全版)』を創り出したさくらと共に、ロマリエ復活の準備を進める。
ロマリエの死体はまだ取り出していない。<無限収納>の外に出しておくと、記憶の消滅が始まってしまうからだ。
「じゃあ、始めるぞ」
「はい……」
「どうぞ」
本日はちゃんとマリアも呼んである。
昨日の段階で説明をして、「来るか?」と聞いたら、「来」の辺りで「行きます!」と返してきたからな。
さくらから渡された『アンク(完全版)』の詠唱を開始する。<無詠唱>スキルの対象外であるさくらの固有魔法は、全て詠唱が必要だからな。
余談だが、よく使う『ワープ』や『ポータル』は<無限収納>内にストックを用意している。そして、このストックを増やすのはメイドの仕事になっている。聞いたら、『そんな些事に仁様の時間を使わせるわけにはいかない』だそうである。
話が逸れたが、仕方のないことだろう。何故なら、詠唱開始から既に1時間近くが経過しているからだ。
通常の『アンク』で30分だったのだから、詠唱時間が延びるのも当然と言えば当然なのだが……。
さくらは流石に飽きたようで、横で文庫本のようなものを読んでいる。
マリアは身じろぎ一つせず俺のことを見つめ続けている。
ようやく詠唱が終わり、『アンク(完全版)』を発動させる準備が整った。
それに気づいたマリアが<無限収納>から(胴に穴が空いた)ロマリエの死体を取り出す。
「『アンク』!」
『(完全版)』の発音は不要である。
(胴に穴が空いた)ロマリエの死体が光に包まれる。光が収まった時、そこには胴に穴の空いていないロマリエの姿が目を開けていた。
当然、記憶や知識は残っているが、意識は残っていない状態での蘇生である。襲い掛かってきても問題ないとはいえ、無駄に襲われる趣味もないからな。
「じゃあ、まずは恒例の質問だ。お前の名前は何だ?」
「あうー?」
ロマリエは首を傾げながらそう返してきた。
「「「は?」」」
思わず変な声を出してしまう俺たち3人。
「えっと、自分の名前がわからないのか?」
「えうー!」
言葉が通じている気がしないな。
どういうことだ?ロマリエの死体は殺した直後に<無限収納>に格納したから、記憶の損傷がそこまで激しいわけはないぞ?
A:マスター。奴隷術と<契約の絆>を使用してください。
「わかった」
アルタに言われるまま、<奴隷術>を発動する。レベル差のせいか、全くの抵抗なく成功する。そのまま、<契約の絆>を使用して俺の配下にする。
A:どうやら、呪印と共に知識・記憶も失っているようです。それも、ユリーカとは異なり、一般的な知識、さらには言語まで失っているようです。
「そんなことがあるのでしょうか?」
アルタの声はさくらとマリアにも届いているようで、さくらがそんな質問をした。
A:今、ロマリエの精神状態を確認したから間違いありません。『知識』、『記憶』に類するものが一切存在しませんでした。
アルタは<契約の絆>の対象の状態をある程度把握できる。
そのアルタが言うのだから間違いはないのだろう。
「言ってしまえば、赤ん坊のような状態と言うことでしょうか……」
「そうだな。知識も記憶もない。いや、奪われた以上、赤ん坊と出来ることは大差ないだろうな」
そう、これは奪われたのだ。恐らくは魔王に。
昨日相手取ったゼルベインは、『殺してから記憶を奪う』ことが出来ると言っていた。ゼルベインが落とした魔剣の中にそんな効果のあるものがあったのだから、間違いはない。
俺も『アンク』を使えば、似たようなことが出来る。
そして、魔王はそれを許すつもりはない様だ。
死んだらすぐに記憶ごと呪印は失われる。まるで、記憶も呪印も、何一つ他者に渡すつもりはないかのように……。
「これは、失敗だな……」
ロマリエを蘇生させて、魔王の情報を喋らせるという作戦は、完全に失敗した。
殺した段階で、そもそも作戦が成り立たなかったのだからどうしようもない。
ゼルベインの死体も一応持っているが、これでは何の役にも立たないだろう。
修復とか、そんな次元ではなく、ごそっと抜け落ちているのだからな……。例えるなら、HDD外付けの録画機から、HDDを外したようなものだ。これはどうにもならない。
「では、次から魔族は生け捕りですね。その後で拷問にかけましょう」
マリアの言っていることは物騒だが、本当に魔王の情報を集めようとするのならば、それ以外に手はないだろう。
「いや、そこまでして隠したい何かがあるのかもしれん。ネタバレ禁止なら、それはそれでいいさ」
「わかりました」
そう。実を言えば、俺がそこまで魔王にこだわる理由はないのだ。
目の前をうろうろしている魔族は鬱陶しいから即排除するが、魔王自体には大した恨みはない。そもそも、恨むほどの何かを成し遂げてはいない。
たまたま、丁度よく魔族の死体があったから確認しようと思っただけで、それに執着する理由は何一つないのだ。
少しだけ、出し抜かれたみたいで気分がよくないが……。
「それで、この子どうしましょうか?」
「「……」」
「えうあー」
さくらの質問に言葉を失う俺とマリア。
魔族とは言え、生き返らせた者の命を再度奪うのもどうかと思う。それも、記憶を失ってほとんど赤子同然となった者の……。
「ルセアー!」
「はい。主様、お呼びでしょうか?」
呼んでから5秒もしないで現れるルセア。
「こいつ、魔族、記憶ない。育てろ」
「はい。わかりました」
何も聞かずにロマリエを連れていくルセア。
うん、優秀な配下を持って、俺は幸せ者だね。
幼児退行魔族美少女のロマリエちゃんが配下になりました。
かなりニッチなジャンルだな。
ゼルベインで試していたら、幼児退行魔族おっさんになっていたので、もっと酷いことになっていたのですけどね……。