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第48話 対勇者と祝福の残骸

エイプリルフールネタの外伝。確かに勇者戦直前と言う微妙なタイミングだったという自覚はあります。どうしてもやりたかったんや。

それはそれとして本編は普通に投稿。毎週本編更新は基本です。そうじゃなくなる時はストックがないか、章と章の間(クロード編とか)です。

 日下部が見えてきた。俺、さくら、カトレアはフードを被って後ろの方にいる。ある程度近づく前に俺たちが顔を晒していたら、逃げ出す可能性があるだろう。謁見の間にいたとはいえ、ミオやセラ、ドーラの事は覚えていないだろうから、顔を隠させてはいない。さすがに11人中6人が顔を隠した集団は不自然だからだ。


 俺たちに気付いた日下部が立ち上がり近づいてくる。正直言うと、メンバーが多いとはいえ、美少女ばかりで構成されたパーティに不信感を持たれる可能性も考えていたのだが、何も気にしていないかのように近づいてくる。


「何か御用ですか?」

「はい。少しお聞きしたいことがありまして……。どちらの街から迷宮に来たのでしょうか?」


 マリアが話しかけると、日下部はイケメンスマイルを浮かべて質問をしてきた。迷宮では危機的状況でもなければあまり他の探索者と関わらないというマナーは無視のようだ。まあ、そんなモノ期待していないんですけどね。


「リーリアの街ですが……。それを聞いてどうするんですか?」

「ええ、それは……」


A:来ます。


「こうするんだよ!」


 アルタの忠告とほとんど同時に日下部は<加速アクセラレーション>を発動し、アイテムボックスから取り出した剣で切りかかってきた。


「甘いですね」


 通常の3倍の速度で進む日下部の剣だが、目の前にいるマリアの<身体強化>のレベルは10だ。マリアは迫りくる剣を自らの宝刀・常闇で受け止めると、剣を受け止められたことに驚愕して動きの止まった日下部の無防備な腹に蹴りを加えた。


「ぐべっ!」


 いい声を出して吹き飛ぶ日下部。正直に言えばこの展開は予想できていた。だから念のためセラとマリアを前に出し、ミオをドーラの後ろに配置した。さすがにマリアとセラとドーラを突破して後衛を狙うのは無理だろうからな。


「予想通りとは言え、相当な下衆男ですわね。自分から話しかけておきながら切りかかってくるなんて……」


 セラも呆れ顔だ。あれ?でも……。


《そういえば、セラ達カスタールで遭った盗賊を話の途中で切り殺したことがあるよな?》

《あ、あれは相手が盗賊だからいいんですわ!》

《さすがにこれと一緒にされるのは心外なんだけど……》

《あの時は話しかけてきたのが向こうですから……》


 セラ、ミオ、マリアの順に弁解してくる。まあ、言ってみただけなんだけどね。


《ミオさんも言っていましたけど、コレと同じ扱いはあんまりですわ》

《悪かったな。冗談だよ》

《あ、勇者が起き上がるわよ》


 ミオに言われたので目を向けてみると、日下部が起き上がろうとしていた。若干足がプルプル震えているけど、マリアの蹴りがそんなに効いたのかね?かなり手加減してたし、HPもほとんど減っていないのだけど……。

 そんな日下部に向けてカトレアが歩き出す。日下部の前まで出るとフードを脱ぎ、素顔を露わにする。


「いい気味ですね。ですが私の怒りはこの程度では収まりませんよ」

「な、何でカトレア王女がここに!?」


 驚愕を露わにする日下部。


「何でって……、あれだけの事をして追手がかからないとでも思ったのですか?」

「だが、こんな早くここが突き止められるわけ……」

「ああ、それは俺が教えたんだよ」


 俺もフードを取り、日下部の前まで近づく。


「お前、進堂か!?なんでこんなところに!?」

「そりゃあ、カトレア、というか国王にお前の討伐を依頼されたからだよ」

「なっ!?」


 立て続けに出てきた情報に脳の処理が追いついてない様子で、口をパクパクさせている。


「国王から受けた依頼は捕縛、もしくは討伐。つまり殺すってことだな。一応、捕縛で済ませる可能性も0ではなかったんだが、先制攻撃は討伐固定ルートだ。残念だったな」


 その点はカトレアにも了解させている。話し合いに応じ、素直に投降する場合は殺さずに捕縛で済ませると約束していた。もちろん、可能性は0%ではないだけで、ほぼ0%だと思っていたけどな。逆に言えば、ほぼ0%だからカトレアも了承したんだが……。


「ふざけんなよ!こんなところで落ちこぼれとブサイク王女に殺されてたまるかよ!さっきはまぐれで俺の剣を受け止めたみたいだけど、本気を出せばそうはいかないんだからな!」


 おうおう、俺の事を落ちこぼれだってさ。まあ、『勇者的に』落ちこぼれなのは間違いないんだけどな。あ、俺のことを馬鹿にしたから、マリアが静かに殺気をみなぎらせているな。

 それよりも、自分のせいで火傷だらけにしたカトレアを不細工呼びか……。救いようがないな……。見ればカトレアも怒りで震えている。


「喰らえ!」


 日下部がカトレアに向かって切りかかってくる。3倍の移動速度はある程度脅威ではあるが、今のカトレアならば受け止められるだろうな。


「そんな攻撃には当たりません!」

「何!?」


 日下部が上段から振り下ろしてきた剣を、カトレアは斜め後ろに躱す。

 どちらかと言うと武器で受け止める方がおススメなんだけどな。躱すだけだと動きが速いから次の攻撃がすぐにくるから……。

 思った通り、振り切った体勢からすぐに追撃として切り上げを放ってきた。今度はそれを剣で受け止めようとするも、わずかに遅れて腕を浅く切られる。


「くっ……」


 カトレアは少し顔をしかめつつ日下部に返しの1撃として剣を横薙ぎに振るったが、その時には既に日下部は10mほど離れていた。まあ、あんな祝福ギフトを持っていたら、ヒットアンドアウェイに走るのは当然と言えば当然だよな。

 <加速アクセラレーション>の効果時間は5秒。日下部はその能力が切れる大分前に離脱してクールタイムをやり過ごすつもりなのだろう。


「カトレア様、私たちがいることを忘れないでください!」

「すいません。先走りました……」


 マリアの忠告に対し、ばつが悪そうに言うカトレア。そのセリフに反応したのはカトレアだけではなかった。


「卑怯だぞ!10人もの人数で1人を襲うなんて!」

「ああ、安心しろ。実際に戦うのはその4人だけで、俺たちは見学しているから」

「そんなこと信じられるか!この卑怯者!」


 日下部がそんなことを言ってくる。まあ、確かに卑怯と言えば卑怯なんだけどさ……。


「そもそも、これは『決闘』じゃないんだぞ?『討伐』なんだから複数人で当たるのは当然だろ?」

「クソ!ふざけたことばっかり言いやがって!俺は勇者だぞ!討伐されるのは勇者の邪魔をした奴に決まってるだろ!」


 そう言って性懲りもなく<加速アクセラレーション>を使い、切りかかってくる日下部。正直ワンパターンすぎる。いや、どちらかと言うとそれしかできることがないと言った方が正しいのかもしれない。ある意味で必勝パターンだったわけで、それしか使ってこなかったし、それが効かない相手からは逃げていたのだろう。


 前に出たセラがそれを難なく受け止める。3倍とは言ってもこんなものだろう。<身体強化>で上がっていなくても、セラとマリアは特に動体視力が高いようだからな。

 そのまま日下部を力任せに押しつけるセラ。大楯に押された日下部が体勢を崩したので、すかさずカトレアが切りかかる。今度は避けきれなかったようで左腕を浅く切り裂くことが出来た。


 追撃をしようとしたところで日下部は先ほど同様に大きく離れる。


「いてえ!チクショウ!何故だ!?なぜ俺の攻撃を受けることが出来る!?3倍の速度だぞ!受けきれるわけがないだろう!他の勇者だって見切れた奴はほとんどいないのに!」


 日下部が叫んでいる。本当に必勝パターンしか使ってこなかったようだ。正直戦闘に参加しなくてよかったと思っている。あまりにもつまらない。こんな相手と戦うことになったら、思わずとどめを刺してしまいそうだ。


「いや、確かに速いが、反応できないほどじゃあないからな」

「そんな馬鹿なことがあるか!落ちこぼれがそんなことできるわけない!勇者でもないのにそんなに強いわけがない!何かズルをしているに決まっている!」


 まあ、それは否定のしようがないんだけどね。


「で、ズルをしていたら何だって言うんだ?」

「め、女神様から天罰が下るに決まっているだろ!勇者とエルディアと敵対したズル野郎に女神さまが天罰を与えないはずがない!」

「……お前馬鹿か?女神にそんなことが出来るなら、なんで魔王が天罰を受けないんだよ。なんで異世界から勇者なんか召喚なんかさせているんだよ……」

「し、知るかよ!と、とにかく女神様や勇者の……、俺の邪魔をするな!大人しく死んで相転移石を寄越せ!落ちこぼれが戦えるわけがない!まずはお前から死ね!」


 今度は離れている俺に向かって切りかかってくる日下部だが、それが上手くいくことはなかった。ミオが放った矢が日下部に迫っていたからだ。慌ててそれを避ける日下部、しかしミオは最初から牽制のつもりでしかなく、避けた先には<縮地法>で移動していたマリアがいる。


「仁様を狙う不届きモノに罰を!」


 そう言って日下部の脇腹を深く切り裂くマリア。とどめさえカトレアに譲ればいいと考え、それなりの深手を与えることにしたようだ。まあ、俺が狙われたのが1番の理由だろうな。


「ぐがあああ!いてえええ!」


 叫びながらも距離を取ろうとする日下部だが、マリアたちを避けて俺の方に近づいたせいで、距離を取れる方向が限られてしまう。

 逃げる先を予測していたセラが先回りして武器を振るう。それを引くことで避けた日下部はカトレア、マリア、セラに囲まれる形になる。さらにはそのタイミングで<加速アクセラレーション>の効果が切れた。


「クソ!なんで俺がこんな目に!ここに来れば勇者として美味しいおもいができるんじゃなかったのかよ!」

「そんなくだらない理由でエステアに来たのですか。呆れてものも言えませんね」

「あー、カトレア。態々そいつの話に耳を貸す必要はないぞ」

「え?」

「そいつの祝福ギフトには時間制限と待ち時間がある。待ち時間を潰すためにそいつは俺たちに話しかけてきているんだよ。だから話を聞かずに攻撃を加えることをお勧めする」

「そうだったのですか。道理で話が長いと思いました……」


 カトレアも納得してくれたようだ。1回切り合うごとに長々と話をしていたからな。ワンパターンだし、気付くのは難しいことではなかった。


「な、何故それを……」

「教えてやる義理はない」


 確かコイツ<話術>のスキルがあったよな。ある意味ではスキルと祝福ギフトがかみ合った戦術ともいえるけど、正直言って下らない。


「ほら、もう10秒経ったぞ。次はどうするんだ?」

「ぐぐ……」


 ネタバラシまでされてしまい、いよいよ打てる手がなくなってきたようだ。唸るだけで攻撃に移ってこない。


「お、おい!ほ、本気で俺を殺す気じゃないよな!?」

「何を今更……。最初に殺しに来たって言っただろう?」

「そ、それでも俺は同じ学校の生徒だぞ!元の世界に戻ったときになんていうつもりだ!?」


 思い出したかのように吠える日下部。そんな理由で止まるようなら、そもそも殺しになんて来ないという話だ。


「別に?言う必要もないだろ?こっちで何をしていたかなんて、誰にもわからないんだからな」


 そもそも帰れるのかという話である。勇者と一緒に帰るなんて甘いことは考えていない。帰る気も大してない。


「それにお前を殺すのは俺じゃなくてカトレアだぞ?」

「カ、カトレア王女!こ、殺すなんて冗談ですよね!?ご、誤解があるだけです!前に言った愛しているという言葉に嘘はありません!」


 俺のセリフに反応して、すぐさま日下部はカトレアに懇願する。

 カトレアの顔からは表情が抜け落ちている。相当怒っているな、あれ。


「仁様、もう殺してもよろしいでしょうか?いつまでもこの男の戯言を耳に入れるのは苦痛ですので……」

「ああ、構わないぞ。カトレアの好きなようにしろ」


 俺とカトレアの会話を聞き、日下部の顔色が悪くなる。カトレアが1歩ずつ近づいて行く。


「く、来るな……」


 そう言うと日下部は<加速アクセラレーション>を使い、マリアとセラの間を抜けようとした。当然、マリアたちがそんなことを許すはずもない。


「「させません(わ)!」」


 セラが盾を前に出し、動きが一瞬止まったところをマリアが蹴飛ばす。


「ぐあっ!」


 マリアは狙ってやったのだろうが、蹴飛ばされた日下部は丁度カトレアの正面に来た。


「これで終わりです!」


 態勢の崩れた日下部の腹部にカトレアの剣が刺さる。崩れ落ちる日下部と勢いのままに倒れこむカトレア。


「がふっ!」

「やったか!?」


 止めろミオ。変なフラグを立てるんじゃない。


「ち、チクショウ……。こんなところで……」


 フラグは無事折られ、倒れた日下部のHPが0になり死亡が確認できた。


「終わりました……。お兄様、仇はとりましたよ」


 カトレアはその場に座り込んだ状態で力なく呟いた。眼からは暗い覚悟が消え、何も映していないようだった。


 正確にはカトレアの兄ジュリアスを殺したのは、ボルケーノゴーレムであって日下部ではないが、死ぬように仕向けたという意味では同じだろう。

 そう言えばボルケーノゴーレムに対する恨み言は一言も言っていないな。恐らくだが、迷宮で魔物相手に傷つくのは当然と理解しており、覚悟が出来ているからだろう。多少のイレギュラーがあることも含めての迷宮だからな。もっとも、味方に裏切られるというイレギュラーを許容する気はないみたいだが……。



 そんなことを考えていると、日下部の遺体から白い靄のようなものが立ち上った。


名前:祝福の残骸ガベージ

備考:詳細不明


 鑑定してみたら祝福の残骸ガベージと言うことだけは分かった。名前からしても祝福ギフトに関連するものだろう。日下部の遺体からスキルは奪ったが、祝福ギフトは残っていた。しかし、今は日下部のステータスから祝福ギフトは消えている。


 祝福の残骸ガベージは揺らめきながらマリアに近づいて行く。


「な、何ですかこれ!?」


 思わずバックステップで距離をとるマリア。マリアが一定距離まで離れると、今度はシンシアの方に近づいて行った。


「シンシア!下がれ!」

「は、はいなのです!」


 俺が叫ぶとシンシアも祝福の残骸ガベージから距離をとる。しばらくその場で揺らめいていたが、急に動き出してマリアに接近する。


「マリア!<無限収納インベントリ>に入れろ!」

「はい!」


 近づいてきた祝福の残骸ガベージが触れる直前に<無限収納インベントリ>に収納した。

 生物ではないようで無事に<無限収納インベントリ>に入れることが出来たが、一体何だったのだろう。


A:私の方で解析いたします。


 わかった。任せる。


 アルタに任せておけば、ある程度のことは分かるだろう。


「ふう、今のは何だったのでしょうか?」


 距離を取っていたマリアが近づいてくる。


「とりあえずアルタに解析してもらうことにしたが、勇者の方に向かっていたことからいくつか予想ができるな」

「新しい宿主を探しているって感じだったわよね」


 ミオも俺と似たようなことを考えていたようだ。


「あれが祝福ギフトの本体で、勇者が死ぬと別の勇者に乗り移る、とかかもな……」

「私があれに触れていたら、祝福ギフトを宿すことになっていたのでしょうか……。正直、祝福ギフトなんていらないのですけど……」

「私もいらないのです。旦那様に嫌われてしまうかもしれないですし……」

「……それは嫌ですね」


 勇者2人も祝福ギフトに魅力を感じていないようだった。まあ、俺とさくらの反応を見た上で日下部を見たら、魅力なんて欠片も感じないだろう。


《あのもやもや、なんかきらいー》

「何でだ?」

《わかんないけどきらーい!》


 ドーラは祝福の残骸ガベージがお気に召さないようだ。いや、俺も気に入っているわけではないけど……。

 とりあえずドーラを撫でて落ち着かせる。ちなみにドーラを撫でると俺も落ち着く。横にいたさくらもドーラを撫でたそうにしていたので、さくらにも撫でさせる。


「そう言えばさくら、日下部との戦いを見ていてどうだった?気が晴れたか?恨みが増したか?」


 俺は気になっていたことをさくらに尋ねた。実際に勇者との戦いと死を見て、さくらはどう感じたのだろうか。


「そうですね……。直接見た時には嫌だな、とは思いましたけど、それ以上の感情はあまり出てきませんでした。死んだのを見ても、盗賊とかが死ぬ時とあまり変わらないですね」


 確かに日下部と戦っている間に少し見ていたが、特に感情を露わにしたりはしなかった。そして、それは日下部が死ぬ場面でも同じだった。


「多分、今が結構幸せだからだと思います。前は恨みに近い感情だったんですけど、今はただの嫌な思い出になった感じですね」

「まあ、断片的な話を聞いているだけで、恨むのは当然だと思っていたんだ。それが減った、というか一区切りついたというのなら、俺としては喜ばしい限りだよ」


 今が幸せだと、過去の辛い出来事もある程度は薄れる。もちろん、完全には消えないかもしれないが……。


「ありがとうございます。これも仁君が一緒に旅をしてくれたおかげです」

「気にするな。何度も言っているだろ?」

「はい」


 カスタールにいるときはサクヤともちょくちょく話をしているみたいだし、友達と呼べる間柄の相手もいるのだろう。俺と旅をしたことでさくらの負の感情が減ったというのなら、それは喜ばしいことだ。



 最後に祝福の残骸ガベージに驚かされたが、勇者を倒すという目的は果たしたので、この場で行うべきことはもう多くない。


「カトレア。腕と火傷はどうする?」


 その内の1つはカトレアの治療だ。迷宮の外で行うとなると人目もあるし色々と面倒だからな。治すならこっそり迷宮の中だろう。


「……治してもらってもよろしいでしょうか?」


 少し考えてからカトレアが答えた。


「いいんだな?」

「はい」


 俺は『リバイブ』を詠唱し、カトレアの傷を治す。『リバイブ』の光が収まると、そこには火傷の跡なんてどこにも残っていない、道を歩けば誰でも目で追ってしまうほどの美少女がいた。いや、カトレアなんだけどさ……。

 本来のカトレアは15歳ながら若干幼く見える顔立ちで、どちらかと言えば儚げな印象を持つ少女だった。青い髪は肩より少し下まで伸び、軽くウェーブがかかっていた。

 当然腕も治っており、不思議そうに握ったり開いたりを繰り返している。

 さくらが鏡を手渡し、顔とかも確認させている。


「本当に完治しています……。凄いです……」

「これに関しては隠しようがないから、俺たち秘蔵の秘薬を使ったことにしよう」

「と言うか、ミドリちゃんの秘薬でも治せるのよね……」


 まあ、ミオの言う通り、ミドリ製の秘薬でも欠損は治せる。ただ、『リバイブ』で済むからわざわざ作らせるメリットが少ない。


「え?そうなんですか?」

「……まあな。『リバイブ』じゃなくても、治せる秘薬があるんだよ」

「聞いたことはありますけど、あれっておとぎ話では……」

「あるぞ。正確には『神薬 ソーマ』って言うんだけど、俺の従魔のドリアードが作れるのを確認してるぞ」

「何で部位欠損を治す手段を2つも所持しているんですか……。それだけで富も名誉も思いのままですよ……」

「まあ、そのつもりはないんだがな……」


 俺たちに『リバイブ』を含めた手の内を公表する予定はない。しかし、『リバイブ』に関してはあまりにも有用性が高いので、何らかの隠れ蓑を使って世に広めるのはありかもしれない。まあ、今すぐどうこうと言う話でもないので置いておこう。


「わかりました。じゃあ、その神薬を使ったということにして、対価の話が出たらどうするんですか?正直、私個人で払える額では済まないと思いますよ?」

「簡単だよ。俺がカトレアの事を気に入ったと言えばいい。気に入った相手に貴重な品を使うのはおかしなことじゃないだろ?」

「でも、それって普通に考えたらプロポーズですよね。少なくとも周りの人はそう判断すると思います……」


 確かにそう取られてもおかしくないな。よっぽど好きな相手でなければ、貴重な神薬を使ってまで治したりはしないだろうからな。


「そして治されたということは、私もそれを了承したという風に思われるはずです」


 治されるだけ治されて、後は知らん顔をするのは中々に難易度が高いだろう。そんなことをすれば、まさしく男に貢がせる悪女だと思われるよな。


「とは言え、俺にエステア王家に婿入りするつもりはないけどな」

「まあ、王様になりたいんなら、サクヤちゃんに言えば二つ返事でカスタールの王様にしてくれますけどね。あ、女王が統治者だから副王になるのかもしれませんけど」


 さくらの言う通り、サクヤは『プロポーズいつでも受付中』と宣言していた。そんなんでいいのかと近くの重鎮に聞いたらOKされた。それでいいのか女王国。


「ま、まさか私以外にもカスタールの女王まで配下に従えているんですか!?」

「あ、言ってなかったわね。そうよ、カスタール女王サクヤちゃんはご主人様の忠実なしもべなのよ!」


 驚愕するカトレアに説明するミオ。しかし、『忠実なしもべ』とはまた大袈裟な言い方だよな。どうしても『忠実なしもべ』と言われるとマリアが浮かんできてしまう。次点でルセア。あ、ダメだ。基本的に信者しかいない……。


「そ、そこまで!」

「当然、サクヤちゃんもご主人様の命令なら何だって聞くわよ。それに他にも2名ほど王族の女性を配下にしてるわよ。ドーラちゃんもそうね」


 そこまで言われた段階でカトレアの目は点になっていた。ちなみにその2名はドーラとユリアだ。どちらも現在は権力を持っているわけじゃないけどな。


「あ、あの、私は王女ですけど王位には就けませんよ。弟が次の国王になる予定です。私を配下にしてもエステアは支配できませんよ」

「いや、だから王家に入る気も、王家を支配する気もないからな?サクヤにだって国に関する命令は出したことないし……」

「そうよ!ご主人様は王女とか女王とかをコレクションしているだけなんだから!」

「おい、人聞きの悪いことを堂々と言うな!」


 否定はできないけど、堂々と言っていいことでもない。それも本人の前で……。


「そんなコレクション聞いたことありませんよ!……でも、仁様は規格外ですから、それくらいできるのかも……。それに、勇者よりもはるかに強い仁様に守られるというのなら、それくらいのことは受け入れるべきなのでしょうね……」


 驚いた後に納得するするカトレア。まあ、なんだかんだでサクヤも俺(やアルタ)の力を借りているからな。俺としても配下を守るのは当然だし……。


「1つカトレアに聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「怪我が治ったカトレアが城に戻った場合、その後の扱いってどうなると思う?怪我があるから表舞台から姿を消すって話だったろ?」


 正確には怪我をしたことと、勇者を殺したことの2つを理由に隠居生活を送ると話していた。勇者の件はともかく、怪我の方を治した以上、その予定には見直しが入る可能性がある。


「そうですね……。公務に顔を出すことは問題がなくなったと思います。でも、勇者殺しの件があるから、隠居することを勧められると思います」

「まあ、エルディアから守るくらいなら大した手間じゃないんだがな……」

「そこなんですよね。仁様の庇護下に置かれた以上、隠居してもしなくても変わらないと思うんですよ。仁様の守護を突破してくるようなら、隠居していても同じ結末でしょうし……」


 随分と買ってくれているな。


「そうだな。で、カトレアはどうしたいんだ?」

「はい……。私はもう少し表舞台に立っていたいです。いえ、立つ必要があると思っています。お兄様が亡くなって、後継者となれるのは弟だけになりました。その状態で私まで隠居すると公務の負担が父と弟だけにすべて集中してしまいます。しばらく、せめて弟が成人するまでは私も公務に参加して負担を分散するべきだと思います」


 この国は男にしか王位継承権がないから、次の王はカトレアの弟ということになる。今現在、12歳ということなので、後3年は公務に参加したいようだ。


「でも、私はすでに仁様の配下です。仁様がダメというのなら、それに逆らうつもりはありません」

「そんなことを言うつもりはないな。カトレアが望むのなら、今まで通りに王女として公務に参加すればいい」

「いいのですか?」

「ああ、問題ない。それにさっきも言ったが、基本的に国の運営に関するような命令をするつもりはないからな。余程の不都合がない限りは……」

「わかりました。では弟が成人するまでの3年だけ、今まで通りに公務を続させていただきたいと思います」


 そういってカトレアは深々とお辞儀をした。


「ところで、プロポーズ扱いに関しては結局どうするのがいいのでしょうか?」


 ああ、大分脱線したけど、元々はそんな話だったな。


「そうだな……。正確に説明しようとすると言えないことが多すぎるからな。作り話をなんか考えるか、ノーコメントでごり押すかの二択だろう。俺的には態々作り話を考えるのも面倒だし、ノーコメントがおススメだ」

「それで済むでしょうか?」

「まあ、納得はされないだろうな。じゃあ、カトレアは何かちょうどいい作り話を思いつくか?」

「……ごり押しで行きましょう」


 カトレアも思いつかなかったようだな。

 と言う訳で、2人揃ってノーコメントを貫いて、追及は無視する方針に決まりました。……まあ、勝手な憶測、噂が流れるのは仕方ないと思って諦める予定だ。



 その後、日下部の遺体等を<無限収納インベントリ>に格納し、ついでだから薬草の群生地に採取をしに行くことにした。


「これをミドリちゃんに食べさせるんですの?」

「ああ、そうすれば<栽培>によっていつでも生やすことが出来る」


 ミドリの<栽培>スキルの効果には、食べた植物をMP消費で再現するというものがある。迷宮産の植物は生やせるレパートリーになかったから、ついでに回収しておくことにしたのだ。


《ドーラもたべたーい》

「いや、基本的にここにあるもののほとんどが不味いぞ?」

《ドーラいらなーい》


 あっさりと興味を失うドーラ。セラもその言葉で興味を失ったようだ。……お前も食べたかったのかよ。


名前:マナリーフ

備考:MPを大量に含んだ薬草。ポーションなどの魔法薬に混ぜると劇的に効能を上げることができる。


 アルタが寄れと言ったから来てみたが、いいものが見つかった。これがあれば、俺の作るポーションの品質が上がる。目指せ店売り平均品質。……虚しい。


 しばらく採取し、<無限収納インベントリ>に適当に放り込んだところで迷宮から帰還することにした。


 余談ではあるが、マナリーフを用いて俺が作ったポーションは、店売り品の90%の効果を得るまでに至った。マナリーフが1枚1万ゴールド以上し、1枚でポーション5本分くらいになる。で、ポーション1本2000ゴールドくらいと……。うん、コレ、売ったとしても完全に赤字だよ。と言うか、それでも90%程度って……。


??「今、勇者支援国への使者を募集しているエステアの王女って美人らしいですよ。使者としていけば、お近づきになれるかもしれませんね」

日下部「ふーん……」

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
剣の聖女は暗黙の了解を全力で踏み抜いた勇者を再起不能にして祝福の残骸を吸収して強化されてしまったのかも?
現地人勇者の力を封じてわざわざ異世界からの勇者を呼ぶのは、呼ぶ際に女神の力のギフトを与えることで洗脳も行えるからとかなのかな?勇者を都合のいいコマにしたいのだろうか?
[一言] 織原め…余計なことをwww 後の展開を知ってると「らしい」行動ではあるんだけどw
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