第47話 乱心と追跡
今回、決闘イベントみたいなものがあり……ます?
「さて、3つ目の話だが、ワシはこれが1番重要だと思っておる」
何のことだ?今の2つよりも重大な話に心当たりがないんだが……。国王は酷く真面目な顔をして話を続けた。
「ワシはミオさんを正室として我が妻に迎え入れたいと思っておる。仁殿、ミオさんを奴隷から解放してくれぬか?」
「は?」
酷く真面目な顔で、全く意味の分からないことをほざいた国王。コイツ、何言ってんだ?俺の困惑顔を見て、国王はさらに話を続ける。
「一言でいえば、ワシはミオさんに惚れたのだ。勇者に刺され死を覚悟しているときに、ワシを必死に救おうとしてくれたミオさんはまさに天使だった」
どうやら本気のようだ。国王がミオを見る目に熱が含まれている。
言われたミオもポカンとしている。いや、ミオは確かに可愛いけど、天使と言われるとどうかと思う。それを言ったらドーラの方が確実に天使だ。白い羽生えるし……。
「お、お父様!いきなり何を言っているんですか!?」
カトレアが大声を上げた。周囲にいる臣下たちも驚いているところを見ると、誰にもその話をしていないのだろう。まあ、40近いオッサンが8歳のミオに求婚したいなんて誰かに言える訳もないんだけど……。
「大体、今がどういうときかわかっているんですか!?お兄様の件も勇者の件もあるんですよ!そんなことを言っている場合ではないでしょう!」
カトレアの言う通り、タイミングが最悪だ。何も今でなくてもいいだろうよ。
「ジュリアスの死はとても悲しいし、勇者を許すつもりはない。しかし、それとこれとは話が別だ。大変な時に人を愛してはいけないというルールなどないし、大変だからこそ愛によって乗り越えるという考え方もできる!」
真面目な顔で力強く宣言する国王だが、言っていることは色ボケである。
「前妻が5年前に亡くなり、家臣たちもそろそろ新たな王妃を迎え入れた方がよいと言っていたではないか。丁度良いだろう」
一部の臣下たちが顔をそらす。恐らく再婚を薦めていた者達だろう。
「もちろん、すぐにとは言わん。ジュリアスや勇者の件が落ち着いたころに婚約者として公表し、ミオさんが成人したら正式に王妃として迎えることになるな」
そんな未来予想図など聞いていないというのに……。
そういえばミオはどう思っているのだろうか?念話で聞いてみることにした。
《ミオ、国王と結婚したいか?》
《んー、ナイスミドルだし、お金はあるんだろうけど、正直パスかな。ご主人様の隣にいる方がいいから。それよりもご主人様的にはどう?私を王妃にしてこの国の黒幕にでもなりたい?》
ミオはどうしても俺を黒幕にしたいのだろうか。
《だから黒幕には興味ないって……。俺としては、ミオが王妃になりたいと言ってもダメと言うだろうな》
《独占欲?そうなら少し嬉しいかなー》
《まあ、そうなるのかな》
《うふふー》
ミオがニンマリ笑っている。もちろん、他のメンバー相手でも同じような反応はするだろうけど……。
《それに、国王様は私が毒を使った犯罪奴隷だったことまでは知らないでしょ?さすがに無理があると思うのよね》
《あー、ミオが売れなかった理由か。さすがに相手が悪すぎるな……》
普通に考えたら元犯罪奴隷の王妃とか、国王の余命が心配になる組み合わせである。
とりあえず、勝手に話を進めている国王をどうにかしよう。
「申し訳ありませんが、俺にミオを手放すつもりはありません」
「何故だ!愛し合う2人を引き裂くというのか!?」
誰と誰が愛し合っているというのか……。
国王ってこんなキャラだったっけ?なんか急に頭悪そうになったんだけど……。
「報酬ならもちろん出すぞ!魔力入りの大魔結晶でどうだ!」
3つの報酬を合わせて空の魔力結晶だったというのに、ミオ1人で魔力入りがもらえると……。先ほどの交渉はいったい何だったのだろう。
この発言に驚いたのはむしろ臣下たちだった。それも当然だ。大魔結晶は国家の要でもあるのだから……。
「お父様!何を血迷っているんです!そんなくだらない理由で、魔力の入っている大魔結晶をそんな簡単に渡せるわけないでしょう!」
「くだらないとは何だ!ワシの初恋が可哀想ではないか!」
初恋なのか……。まあ、王族だし恋愛結婚なんて簡単ではないだろうからな。
そういえば、この話題が1番重要とか言っていたよな。アホか……。
「こうなったら決闘だ!仁殿!ミオさんを賭けてワシとゴハァ!」
国王が馬鹿なことを言い出しそうになったところで、王子が兵士から借り受けた槍の柄で国王のこめかみにクリーンヒットを叩き込んだ。そのまま崩れ落ちる国王。
「すいません。父が馬鹿なことを言い出して。できれば、何も聞かなかったことにして勇者の討伐に向かって頂けないでしょうか?できるだけ早く正気に戻しますので……」
王子は兵士に槍を返しながら、朗らかにそう言った。あのまま話が変な方に行くと、話がどこに着地するかわからなかったので強制終了したのだろう。今まで、影が薄かったが、必要な時には躊躇なく行動する強い意志があるようだ。長男のジュリアス王子が亡くなって大変だけど、彼のような人間が王家にいるのなら安泰だろう。……俺は何故王家の評論をしているのだろう。
「それと、報酬の件はどうしましょうか?後で話すと言っておきながら、父がこの有様なんですけど……」
大の字で伸びているのでは話をするのは無理だろうな。
そうだな。1番欲しかった大魔結晶は手に入れた。魔力結晶をもう1つもらうのも有りではあるが、ここはもう1つの欲しいモノを頼むか。
「では、首都に家を、拠点となる場所を頂けないだろうか?」
カスタールにも拠点があるのだから、別に必要ないと言えば必要ないのだが、各国に一か所くらい拠点となる場所があってもいいと考えている。それと、この国で活動させる予定のシンシア達が住む場所を用意する必要もあるしな。
「屋敷ですね。わかりました。何カ所か候補を準備させておきます」
すぐに快諾する王子。
「よろしく頼む」
そう言って俺たちは謁見の間を退出した。カトレアもパーティについてきている。
「カトレア王女殿下は準備とかしなくていいのか?」
「呼び捨てで結構です。最初から皆さんについて行くつもりでしたので、既に準備を終わらせております。必要なものは全てアイテムボックスに入れてあります」
カトレアが持っていたポーチを見せる。<千里眼>で確認したところ、さくらが持っているのと同じくらいのサイズだが、10倍以上のモノが入る超高級品のようだ。<無限収納>に比べれば誤差みたいなものだが。……いや、<無限収納>と比べるのは可哀想か。
「わかった。じゃあ、このまま迷宮に入ろう。丁度リーリア側に戻った仲間との合流の時間も近いからな」
「わかりました」
王城から出る直前、エリンシアが走って近づいてきた。
「お忙しいところ申し訳ありません。マリアさんから聞いているかもしれませんが、カトレア様を救っていただいたお礼をしたくて追いかけてきました。こちらをどうぞ」
そう言って、エリンシアは封筒の束を差し出してきた。
「どこかで見たことがあるような封筒だな……」
「ええ、私の持つコネクションの中から、役に立ちそうなモノを紹介状としてご用意しました。必要なものがありましたら、ぜひご活用ください」
「わかった。ありがたく貰っておくよ」
エリンシアの紹介状はなんだかんだで役立っているからな。エリンシアが厳選したなら無駄になるものは少ないだろう。
王城を出た俺たちはそのまま迷宮の入り口へと向かった。その途中でカトレアが話しかけてきた。
「……先ほど、お父様は勇者殺害を私が行ったことにすると言いました」
「ああ、それがどうかしたか?」
「無理な願いであることは承知なのですが、勇者へのとどめを本当に私に譲ってはいただけないでしょうか?」
わかっていたことではあるが、カトレアの日下部への怒りは相当に根深いようだ。
「お兄様の遺品の剣を借りてきました。葬儀までにこの剣で勇者にとどめを刺し、お兄様とともに眠らせてあげたいのです」
カトレアの目は暗い決意に満ちている。こうなった人間には口先だけの説得なんてものは意味がないだろうな。元々説得する気なんてないけど……。
俺としてはむしろ適任だと思っているくらいだ。日下部は自らの行いにより追いつめられることになった。幕引きは縁、いや因縁のある者がするべきだろう。ティラノ?お膳立てされた因縁は悪いけど蹴散らすよ。
「わかった。出来るだけとどめをカトレアに刺させるようにする」
「ありがとうございます。勇者討伐の暁には、私に叶えられることならば何でもいたします」
「おいおい、王女様がそんなこと口走ってもいいのかよ……」
王女様が何でもしてくれるってさ。
「ええ、どうせこの件が終わったら、私は表舞台から消えますから」
「どういうことだ?」
「このような醜い姿になってしまいましたからね。どこかに嫁ぐこともままならないでしょうし、公の場に顔を出してもいい顔はされません。勇者を殺したとなればエルディアから狙われるかもしれません。どこか辺境で大人しく余生を過ごすことになるでしょう」
嫁ぎ先もない。政治に関われない。厄介な相手から狙われる。確かに表舞台から消えてこっそり生きていくしかないかもしれないな。
「どうです?夜のお相手でも結構ですよ?こんなボロボロの体でよければ、ですけど。……綺麗な子や可愛い子が周りに沢山いる仁様に言っても、私が惨めなだけですね……」
「大分自棄になっているな」
「当然ですよ……」
それきり無言になってしまったカトレアとともに迷宮の入り口を越え、相転移石で19層へと転移する。
「仁様、お待ちしておりました」
転移してきた俺たちを出迎えたのはマリアだった。シンシアと双子は少し離れたことろで魔物を狩っているようだ。
「3人とも!仁様が来ましたよ」
「「「はーい(なのです)」」」
丁度戦闘が終わったようで、3人もこちらに向かってきた。確認するとそこそこステータスが上がっている。結構前から戦っていたみたいだな。
A:1時間程度ですね。
本来なら怪しまれないようにマリアたちに事の経緯を説明しなければいけないのだが、上手くすればいろいろと話をすっ飛ばせる。
「さて、全員揃ったところでカトレアに話がある」
「何ですか?」
「カトレアは勇者にとどめを刺したいんだよな?」
「ええ、もちろんです」
強く頷くカトレア。兄の形見である剣を潰れていない左手で握りしめる。
「とどめだけでいいのか?戦って降したいとは思わないのか?」
「それは……、もちろん自分の手で倒したいです。でも、勝てる相手じゃありません。勇者の祝福がボルケーノゴーレムに通じなかったのは相手が固いからです。普通の人間相手には最強に近い能力のはずです」
最強ね。あの程度の能力で最強と言うのは笑えるな。
「勇者の祝福は高速移動みたいだな」
「そうですわ。国王様を刺した時にも使っていましたわ。それなりに速いですけど、眼で追えないほどではないですわね」
そうだ。セラの言う通り、俺にもしっかりと見えていた。どうやら、常人の3倍の速度で動けるようだが、実はその程度なら<身体強化>のレベルが5もあれば目で追えるし、7あればそれに近いことが出来る。もちろん、<身体強化>による底上げがあれば相乗効果があるのだろうが、日下部は祝福と<剣術LV2>しか戦闘に使えるスキルがなかったから関係ない。
「え、あの動きが見えていたんですか!?」
カトレアが驚く。カトレアの<身体強化>はレベル2だから見切れなかったのだろう。
「ああ、多分このメンバーは全員見えていたと思うぞ」
あの場にいたメンバー全員が頷く。俺とさくらは見てないことになっているから頷かない。
「あれくらいなら何とかなるかな。さすがに弓で狙い撃てって言われると、ちょっと厳しいけど……」
ミオが話を引き継ぐ。ちなみにドーラとケイトはあの場にいたが話せないので何も言わない。
「ミオさん達もですか……。わかってはいましたが、私が1番の役立たずなんですね」
「役立たずかどうかはともかく、戦闘能力が1番低いのは間違いないだろうな。だから、自分の手で勇者を倒すことを諦めたんだよな?」
「そう、です……。仁様たちだけで、十分にあの勇者を倒せるのでしょう?私が参加するのはむしろ足手まといになるんですよね……」
「ああ、本来ならばそうなるだろうな。ただ、ここで俺から提案がある」
「提案、ですか?」
カトレアは俺の言いたいことの意味が分からないのだろう。当然だ。これからしようとしていることは普通の事じゃないからな。
「カトレアは勇者を倒したら好きにしていいと言ったな。それを前倒しするつもりはないか?具体的に言うと俺の配下にならないか?」
「配下、ですか?」
「ああ、俺の配下になることを心から誓うというのなら、カトレアにあの勇者を倒せるだけの力を与えてもいいと思っている。そうすればカトレアも勇者との戦いに参加できるぞ」
「そ、それは本当なのですか!?」
驚愕の表情を浮かべ、俺に縋り付いてくるカトレア。冷静に考えれば荒唐無稽な話なんだが、そんなことも考えつかないほどに精神的に追い詰められているようだ。それだけ、勇者への憎しみが強いのだろう。
俺はカトレアを配下に加えてもいいと思っている。……いや、わかっている。王族女性をコレクションしているようにしか見えないよな。しかも、憎しみと諦めで正常な精神状態ではない女の子を口車に乗せる形で、だ。
「ああ、本当だ。だが、人には言えない内容も多いから、配下になるのだったら話した内容の多くは他言無用となる。ああ、勘違いするなよ。『言わないでくれ』ではなくて『言えなくなる』だからな」
もちろん、配下にならなくてもステータスやスキルを与えられるし、『リバイブ』による欠損の回復も出来る。しかし、配下にせずにそれを行うには、少なくはないリスクが付きまとう。少なくとも配下にしておけば『言うな』の命令はかなり強い影響力を持つことになるからな。
もし配下にならないというのなら話はここで終わりだ。あとは何を聞かれても答えなければいい。依頼の内容は勇者の討伐だ。その中にカトレアの指示に従うなんて話は入っていないのでどうにでもなる。どうとでもできる。
しばらく俯いて考えを巡らせるカトレア。顔を上げた時には暗い決意を宿した瞳で俺の方を見てきた。
「仁様。ぜひ配下にしてください。どうせ失うモノなんてもうありません。この手で勇者を討てるなら悪魔にでも魂を売ります」
神様呼ばわりの次は悪魔呼ばわりか。まあ、どちらかと言うとそちらの方が近い気もするけどな。さて、折角だからあのセリフを言ってみるか。
「力が、欲しいか?」
「ぶほっ!」
ミオが吹いて、腹を抱えて笑っている。雰囲気が台無しである。
「はい!力が欲しいです!勇者を殺せる力が!」
「ならば指を出して配下になることを誓え」
カトレアは俺の前につぶれていない左手を出してくる。俺も左手を出し、小指で指切りをする。<契約の絆>により、カトレアが俺の配下となった。それと同時にステータスとスキルをカトレアに譲渡する。
名前:カトレア
LV12
スキル:<剣術LV5 up><身体強化LV5 up><作法LV1>
「ち、力が身体中に溢れてくる!?」
急激に能力が上昇したためにそのような感覚を味わったのだろう。カトレアは身体を動かしながら驚愕している。
「これなら……、本当にあの勇者を倒せるかも……」
「さっきも言ったが、俺の力については他言無用だ」
「はい。わかっています。こんなことが出来ると知られたら、誰もが力を欲しがるでしょうし……」
少し冷静になって考え、この力の有用性に気付くカトレア。
「もちろん、国王にも言うなよ。俺はエステア王国に仕えるつもりなんてないからな」
「はい、少し残念ですけど、わかりました」
「それともう1つ。俺たちはお前の腕を治し、火傷の跡を消してやることもできるぞ」
「そんなことまで出来るのですか!?……出来れば、もう少し早く教えていただきたかったですけど、どう考えても他人に言える内容ではありませんよね」
まあ、言えるわけがないよな。基本的に俺たちの異能に関する秘密は、どれか1つだけでも十分に常識をひっくり返すものだからな。
「でも、今は結構です。もし、今この傷を治してしまったら、勇者への怒りが、憎しみが少し薄れてしまうかもしれません。それは到底許容できることではありません。まずはこの憎しみを抱いたまま勇者を倒します。そのあとのことはその時に考えます」
カトレアが欠損の回復を断ったのは少し意外だったが、続く言葉で納得させられた。カトレアの怒りは深く、「怒りが薄まること」すら拒絶するということだろう。その一貫性をむしろ好ましく思う。
そういう理由ならば無理にとは言えないな。片腕だから若干戦闘能力が落ちるだろうが、俺たちのフォローもあるし問題にはならないだろう。
「わかった。じゃあ、その話はまたにしよう」
「勝手なお願いですけど、勇者を倒した暁にはもう1度検討させていただけないでしょうか……」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます……」
まあ、勇者への復讐を別にすれば、治せるものなら治したいと思うのは当然のことだろうからな。
「じゃあ、そろそろ対勇者のミーティングをするか」
カトレアへの詳しい(ミオの)説明は後にして、まずは勇者を倒すことを優先しよう。
「まずは今回戦闘に参加するメンバーを決めようと思う」
「え?全員で戦うのではないのですか?」
カトレアが不思議そうに聞いてくる。
「それは勇者相手に過剰戦力過ぎるだろ。少なくとも、俺、ドーラ、マリア、セラ辺りは確実に1対1でも勝てるな」
「仁様たちの強さはそれほどなのですか……」
カトレアが苦笑する。そういえばカトレアは俺たちの戦いを直接見たことはないんだっけ。ボルケーノゴーレム戦では気絶していたからな。
「目で追うことはできたんですけど、身体がついてきそうにありません……」
さくらがぼそっと言う。ちなみにさくらの<身体強化>のレベルは10だ。もしかして、生産以外のスキルも異能者にはマイナス補正がかかるのか?
A:いいえ。生産系スキルだけです。彼女は生来の運動神経のなさがスキルの影響レベルを上回っているだけです。
……さくらさんの運動神経の無さはスキルの補正を越えているらしい。
「私は武器の相性がなー。弓と短剣じゃ素早い相手に1人で戦うのは分が悪いわね」
ミオも単独となると厳しいだろう。と言うか、さくらもミオも後衛なんだから、そんなことをする必要がないと言えばそれまでなんだけどな。
もちろん、ステータスを最大限上げてしまえば2人でも日下部程度の相手を瞬殺するのは簡単だ。しかし、日下部程度にそこまでするのも勿体ないし、カトレアの出番がなくなるから、今回の戦いではそれほどステータスは上げないつもりだ。
「今回の主役はあくまでもカトレアだからな。他のメンバーはあくまでもサポートだ」
「では、私が盾役として参戦しますわ」
「わかった」
最初に参戦を表明したのはセラだ。盾役のセラがいてくれれば、カトレアも大分楽になるだろう。
「シンシアたちはどうする?」
俺がシンシアたちの方に顔を向けると、シンシアと双子は困ったような顔をしていた。
「人と戦う覚悟がまだできてないのです。今回は遠慮したいのです」
「「私たちもです」」
シンシア、双子は随分と戦闘を繰り返し、それなりの実力にはなってきた。しかし、今のところ対人戦闘・殺人の経験はない。迷宮に潜っており、人と戦うような機会がないと言えばそれまでなのだが……。
マリア、ミオ、セラは殺人に対して意外なほどに躊躇がなかったが、本来はそちらの方が異常なのだろう。
俺は奴隷であろうとも殺人を強要するつもりは一切ない。それは、覚悟が決まった人間がやればいいものだ。覚悟の決まっていない人間に人を殺させても、誰も得をしないはずだ。
「ケイトはどうだ?」
《旦那様がお望みでしたら戦います。旦那様が望まないのでしたら戦いません》
「……じゃあ、他の3人と一緒に見学だな」
《わかりました》
ケイトは戦いを望んでいるのではなく、俺の役に立つことを望んでいる。俺の望まない戦いをしても無駄だと考えているようだ。その代わり、俺が望んだら躊躇せずに殺すんだろうな……。
「仁様はどうするご予定なのでしょうか?」
「うーん、態々戦いたい相手でもないし、得るものも少なそうだからパスだな」
マリアの質問にそう答える。謁見の間で王様を刺した時の動きは、とてもじゃないが洗練されているとは言えなかった。ただスキルの強さに頼っただけの素人を相手にしても、よい経験にはならないだろう。
「それでしたら、私が参戦いたします」
「マリアが?いいのか?」
マリアのことだから、俺を守るために近くにいると言うと思っていた。
「同じ部屋にいるのなら、近くにいなくても問題ありません」
なるほど、問題となるのは俺が『見えない場所』で戦っていることなんだな。
「そもそも、仁様に近づかせるつもりはありませんから」
「あ、じゃあ私も参加する!この2人が参加するなら私のとこまでは来ないでしょ。最低でも1人くらい後衛がいた方が動きやすいからね」
「当然ですわ。私の後ろには誰も行かせませんわ」
ミオも参加するようだ。全体のバランスを考えてくれたみたいだな。
《ごしゅじんさまがでないなら、ドーラもおやすみー》
ドーラは不参加と……。
さて、相手が勇者と言うこともあって、行動の予測がつかないさくらは……。
「さくらはどうする?会いたくないなら拠点に戻っていてもいいし、憎いなら参加してもいいぞ?」
さくらは俺以上に学校の連中を嫌っているからな。日下部に会いたくないのに無理してついてくることもないだろうし、鬱憤を晴らしたいなら戦闘に参加してもいい。
「私は……、見学します。戦いには参加しませんけど、帰るつもりもありません」
「理由を聞いてもいいか?」
「この国に来る前にも似たようなことを言いましたけど、今帰ったら逃げるみたいで嫌じゃないですか……。かといって戦闘に参加したら、勢い余ってとどめを刺してしまうかもしれません。仁君と旅を始めてから勇者に会うのは初めてですから、自分の行動に予測がつかないんですよ……」
「勇者を前にすると何をするかわからないから、離れたところで様子を見るってことか?」
「はい。なので今回は不参加と言うことでお願いします」
そう言った理由があるなら、さくらは参加させない方がいいだろうな。
「わかった。じゃあ、参加するのはマリア、ミオ、セラの3人にカトレアを含めた4人だな」
「「「「はい!」」」」
その後は陣形などの打ち合わせをした。基本通りにセラが盾役、マリアとカトレアがアタッカーで、ミオが後衛だ。
さて、そろそろ勇者の討伐に向かうかな。
「大した相手でもないし、そろそろ出発してさっさと倒そう。勇者はまだ18層にいるみたいだな。近場の階段から上がればすぐだ」
そう言って出発の準備を始める俺たち。カトレアだけは話についていけていない。
「え?なんで勇者の居場所がわかるのですか?」
「それも俺の能力だ」
「……」
俺の言葉に絶句するカトレア。
「仁様の事、『規格外』と言った記憶があるのですが、実際には『規格外以上』だったのですね……」
「まあ、まだまだ他人には言えないことがたくさんあるぞ。後で一通り(ミオが)教えてやるからな」
「まだまだ驚くことは多そうですね……」
「ええ、諦めた方がいいと思いますよ」
さくらがそう言うが、さくらもあんまり人の事言えないからね。同じ異能持ちなんだし……。
さて、歩きながらだが勇者の現状について少し話そう。勇者は朝から動いておらず、18層の安全地帯にいる。この安全地帯と言うのは魔物が発生せず、自発的には近づかないという大部屋のことだ。余談だが、ボス前の扉付近も安全地帯である。もちろん、いくら出てこないとはいえ、扉1枚向こうにはボスがいるという状況で気が休まればの話だが……。
タモさんが勇者から離れたところで観察しているが、一切動く気配がない。勇者もアイテムボックスを持っているから食料の心配はないかもしれないが、何をしたいのだろうか。
「もしかして、誰かが通るのを待っているのではないでしょうか?首都以外から入った探索者から、相転移石を奪うなり買うなりして逃亡するつもりなのでは?」
俺のそんな疑問に答えたのはマリアだった。それならば動かない理由も納得だが、そんなに人通りがあるのか?
「聞いたことがあります。18層には薬草類が群生しているエリアがあって、安全地帯の利用率が結構高いということを……」
カトレアがその解答を知っていたようだ。幸い、近くに探索者はいないみたいだけど、相転移石でいきなり出てくる可能性もあるからな。そして、日下部の行動を見るに、買い取りなんてことをせずに殺して奪うとかしそうだ。こんな深い層で他の地域の相転移石を欲しがるなんて、普通の探索者だったら怪しむだろうしな。
「では急いだほうがいいですわね」
「ええ、追いつめられている勇者が何するかわかんないものね」
セラとミオの言う通り、急いだほうがよさそうだ。ミーティングで結構時間を使ったからな。余計な被害を出した上で逃げられるとか洒落にならん。さっさと行って、さっさと勇者を討伐しよう。
魔物を倒しながら進み、18層まで到達した。カトレアはここまでの数戦で、上昇したステータスに慣れたようだった。対勇者の準備として、何度かカトレアたちだけで戦闘を行った。多少はぎこちないがパーティ戦の筋は悪くないので、足手まといにはならないだろう。
このタイミングで軽く走りながらミオの説明が始まった。とりあえず異能と俺たちの出自について教えることにした。出自は同じ異世界人と聞いて動揺させないためだ。勇者の仲間と思われたら面倒だからな。
「では、仁様たちは勇者として召喚されたけど、祝福を持たなかったから追い出された異世界人なのですね」
「そうよ。仲間だなんて勘違いしないでよね?」
「わかりました。そうでなければ討伐の手伝いなんてしないですよね。こっそり逃がすのなら、私を連れてくる理由もないですし……」
「そもそも国王様を治したのもご主人様の指示よ。私に惚れたのはご主人様にとっても予想外だったみたいだけど……」
「……帰ったら、治っているといいんですけど……」
国王が壊れたのは俺のせいじゃないからな。カトレアとしてもミオが義理の母になるのは勘弁だろう。
「と言うか、他の方々も皆さん変わった出自ですよね。この世界にも勇者がいるなんて、初めて知りました」
「仁様の話によると<封印>されていて、その実力が表に出てくることはないそうです。いたとしても誰も気づかないうちに死んでいるでしょうね」
「旦那様がいなければ、絶対に気付けなかったことなのです」
マリアとシンシアが言うように、今までに勇者がいたとしても<封印>のせいで気付かれることはなかっただろうな。もし気付いたとしても、俺のようにスキルを奪えなければ、<封印>は外せない。
後、カトレアとしてもこの世界の勇者に思うところはないようで普通に接している。まあ、あんなのと一緒にされたらそれこそ堪ったモノじゃないよな。
「それにミオさんの転生者とか、ドーラさんが竜人種だとか、信じられない話ばかりです」
《ドラゴンになろうかー?》
「お願いしてもいいですか?」
《うん!》
竜形態になり、俺の頭に着地するドーラ。
「か、可愛いです……。抱きしめたい……」
カトレアは抱きしめたそうにしているが、片腕だし武器を持って走っているので諦めたようだ。
そんな話をしながら進み、18層安全地帯に到着した。あ、ドーラは人型に戻ってもらっているよ。
安全地帯は体育館程度の広さがあり、小さな泉があり飲み水にも困らないという親切設計だ。日下部は泉の近くに陣取っている。飲み水の確保のために泉に寄る人間が多いと判断したのだろう。
前話までと国王が別人になってしまいました。
セラが回復魔法をかけていたら、まだ言い訳できていたんですけどね。
次回、勇者戦決着(約5500文字)。