第43.5話 フードファイト!セラ(下)
セラの短編後編です。
作中では明言していませんが、サラはセラの偽名(仁考案)です。
ニノは新キャラですが、まあ、後編でおおよその想像ができると思います。本編には登場しません(人気があれば別)。
こういった、番外編でのみ活躍するキャラとか意外と好きです。ガリオンとか。
「武戦、全試合終了しました!勝利した選手は再び食戦会場に移動してください!」
武戦の試合が終わり、40名が20名になったところで、再び勝負の舞台は食戦に移る。
「第3回戦の料理!今度はカスタール側の料理です!えーと、『ミオちゃん特製コロッケ改』?何だこりゃ?」
マイク(人名)が、カンペを見ながら不思議そうに呟く。
「それは今カスタール王宮で流行っている料理です。はい。まだ、一般販売はされていません。はい。今回特別にメイ、こほん、知り合いに頼んで大量に作ってもらうことになりました。はい」
それを説明したのは料理実況のニノである。まあ、そのために呼ばれているのだが……。
「えーと、そもそもニノさん?貴女は何者なんですか?例年通りだとカスタールの料理実況は王宮料理人のクゼット氏のはずなのですが……」
「はい。クゼットさんとサっちゃ、こほん、サクヤ女王陛下から直々に代理を頼まれました。はい。私が何者か、ですか?そうですね。ただの信、こほん、料理人ですよ。はい」
「えーと、ニノさんの謎は深まる一方ですね!」
あまり説明する気がないことを察した司会が強引に話を終わらせた。
「で、この特製コロッケですが」
「『ミオちゃん特製コロッケ改』です。はい!中途半端に呼ばないでください。はい!」
「で、この『ミオちゃん特製コロッケ改』ですが、2個で1皿となりますのでご注意ください」
少し怒りをにじませてニノが言うので、司会のマイクの方が折れる。
こだわりのある人間と言い争うことほど不毛なことはない。譲らないのだから。
「お代わりはいっぱいあるので、皆さん頑張ってください。はい!」
「ニノさんもこう言っていますので、皆さんガンガン食べちゃってください!つーか、王宮で流行っている料理食えるとか羨ましいな、おい!」
「あ、後で向こうの方に限定販売の屋台を出すので、よかったら来てください。はい」
「焼きそばパンの屋台も一応出る予定だ」
当然と言えば当然だが、この手のイベントでは関わった料理の出張店舗が用意されることも多い。特にコロッケは、こほん、『ミオちゃん特製コロッケ改』は一般販売していないため、大量に売れることが確約されている。
「はい、宣伝ご苦労様です!それでは気を取り直して、第3回戦、食戦!開始!」
宣言とともに『(前略)コロッケ改』を食べ始める参加者たち。
しかし、すぐにその手が止まる。
「これはどういうことだ!ほとんどの参加者の手が止まった!止まっていないのはサラ選手だけだー!」
サラ以外、驚くべきことにガリオンも動きを止めている。
仮定の話ではあるが、もしもコロッケに毒が仕込まれていた場合、ガリオンはその嗅覚や危機感知能力によりコロッケを食べることはなかっただろう。
「うまい……」
参加者の1人が呟く。つまりはそういうことである。
「何ていう美味さだ!」
「肉汁が飛び出てきやがる!うめえ!」
「だが、肉の味で誤魔化しているわけでもねえ。ジャガイモが!衣まで完全に一体となっていやがる!」
「これは!大地を感じる。同じ地域でとれたものだけを使ったに違いない!ワオーン!」
「おい、獣人、穴を掘るならよそでやれ」
ほぼ全員、あまりの美味さに手が止まっていたのだ。
そこからは一種のパニック状態だった。次々とお代わりが叫ばれ、お代わり係もてんてこ舞いである。
大食い大会であることを忘れ、ただただ、『もっと食いたい』と言う本能によりお代わりを叫んでいるのである。
「皆美味しそうに食べてくれて嬉しいです!はい!」
「……」
観客はその様子を羨ましいような怯えたような目で見つめていた。Sランクの、美味いモノもある程度は食べているはずのガリオンですら、1回戦以上に必死に食べているのである。
そして、何よりも、参加者全員のテーブルがきれいな状態のままなのである。まるで、衣の一欠けらでもこぼすのが勿体ないと言わんばかりに……。
サラだけが『ミオさんのには若干劣りますわね』と小さな声で辛辣なセリフを吐いた以外……。
「だ、第3回戦終了!でも、これどうすればいいんでしょう……」
そこには、限界を超えて食べ過ぎ、満足そうな顔で動けなくなった参加者たちの姿があった。
当然、吐いている者はいない。そんな勿体ないことを本能が許すはずがないからだ。しかし、まともに動ける者は誰も……、2人だけ残っていた。ガリオンとサラである。
ガリオンもサラも最後まで食べ続けた。そして勝利したのはサラだった。今度はガリオンも丁寧に、と言うかこぼさないように食べていたためにその点で差はなかった。勝敗を分けたのは最初、ガリオンの手が10秒止まったことだった。それにより1皿差でサラが勝利することになった。
「カスタールは恐ろしい料理を完成させたのだな」
「屋台で限定販売するので、良かったら買って行ってください。はい」
余談ではあるが、この試合を見て買わないことを決めた観客も少なくはなかった。しかし、圧倒的なリピーター率により、そんなことは関係なく、過去最高の販売個数を記録するのだった(売り上げは価格が低めのため過去最高にはならず)。
「えーと、確認した結果、ガリオン選手とサラ選手以外は全員リタイアだそうです。変則的になりますけど、次のガリオン選手とサラ選手の武戦が決勝となります。尺……」
全6回戦が4回戦にまで減ってしまったのである。その影響は馬鹿にできない。
具体的に言うと5回戦である食戦の準備が無駄になってしまったのだ。ちなみに5回戦では激辛のハバネルカの実を大量に使ったスープだった。一応、屋台でも出すのだが、あまり売れることは期待していないタイプの一品である。
「お待たせしました。いよいよガリオン選手とサラ選手の武戦の決勝が始まります!」
ずれてしまったスケジュールに焦りを覚えつつ、それを表に出さないプロ根性で司会を続けるマイク(人名)。
余談だが、現在客から見えない位置でスポンサーとか、第5試合の料理を出す店などがゴタゴタしていたりする。選手には全く関係ない話だし、面白くもないので割愛する。
「さあ、まずはSランク冒険者のガリオン選手の入場です!」
武戦の舞台が一つだけ準備された会場にガリオンが入ってきた。
舞台へとゆっくり進んでいくガリオン。その姿は2つ名である『神獣』に相応しく、覇者の風格を漂わせていた、が……。
(やべえ、普通に食いすぎた。満足に動けやしねえぞ……)
内心は冷や汗だらだらだったりする。
「対するは、2回戦の武戦で瞬く間に勝利をつかみ取ったサラ選手です!変則的な試合形式になってしまいましたが、決勝戦に女性が残るのは史上初の快挙となります!これはまさかの優勝も有り得てしまうのかー!」
女性初の決勝到達者、そして第2回戦で暴漢相手に見せた勝利により、意外とファンがついていたりする。
「あの姉ちゃんヤベえな。サイン下さい。嫌いじゃないどころか大好きです」
「ふ、この俺の鍛え上げた胃袋に勝利したんだ。Sランク冒険者ごときに負けることなど許さん」
「お前、ガリオンが相手だからって棄権したんじゃなかったか?」
「ふ」
ジャンキーな連中も大体ファンになったようだ。
サラの方はガリオンとは違いスタスタと歩いてくる。
決勝戦だけは実力者が残っているのが確定しているため、20m四方の舞台を使用する。この舞台の準備にも時間がかかるので、第3回戦の食戦後、スタッフは大忙しだった。
「さあ!両者舞台の上に揃いました!栄えある第25回大会の優勝はどちらの手に渡るのか!第4回戦決勝!武戦開始ー!」
試合開始の合図はあったが、サラもガリオンも動かない。正確にはサラは動かず、ガリオンは動けなかった。満腹で。
しかし、そこは流石Sランク冒険者と言うべきか、余裕の態度を崩さずに『動かない』を装っている。もちろん、並の相手だったら動くのが多少辛かったところでガリオンが負けることはない。しかし、暴漢戦を見たことによりサラが手加減して勝てる相手ではないことを悟ったガリオンは、少しでも優位性を崩さないようにしているのだ。
「おーっと!2人とも動かない!どうしたことだー!?」
サラは余裕の表情を崩さず、ガリオンは余裕のある振りを崩さない。どちらも動かずに1分が経過したとき、おもむろにサラがガリオンに向かって歩き始めた。
(来るか!)
身構えるガリオン。しかし、サラはガリオンから5mくらいの距離で立ち止まった。
「提案があるのですけど、聞いていただけます?」
「何だ……?」
よく通る声でガリオンに尋ねるサラ。
ガリオンは少し訝しげに思いながらも、時間が経つことは(消化的に)悪いことではないのでそれに応じる。
「ええ、見ればお腹がいっぱいで動けないようですし、格闘戦は厳しいのではないですか?」
「何のことだ?」
サラの言葉にも表情を崩さないガリオン。しかし内心では……。
(バレてやがる!だが、何でさっさと攻撃を仕掛けてこないんだ?)
もしも、ガリオンの現状に気が付いているのであれば、素早く攻撃を仕掛けるべきだろう。時間が経つほど消化が進み、ガリオンが動けるようになる可能性が増えるのだから。
「まあ、簡単には認めてくださいませんわよね。では、お聞きしたいのですが、『力』と『速さ』、今自信のあるのはどちらですの?」
「……『力』だ」
獣人であるガリオンは、『力』も『速さ』も自信はある。しかし、満腹で動きにくい現状、どちらかと言えば『力』が上に来るのは仕方のないことだろう。
「まあ、奇遇ですわね。私も『力』の方に自信があるのですわ。そこで、どうでしょう?単純な力比べで勝敗を分けるというのは?」
「どういうことだ?」
「そうですわね。お互いに両手を合わせて相手を押し込んだ方の勝ちと言うのはどうですか?」
サラは左手と右手を組み、押し合うような振りをする。
これは「手四つ」と言い、過去に勇者の持ち込んだ力比べの方法の1つである。
2人の人間が向き合い、右手と左手を組み合わせる。そのまま相手側に押し込み、膝をつくなり、降参なりで勝敗が決する。
ガリオンも名前までは知らなかったが、力自慢としてその戦い方自体は知っていた。
(どういうつもりだ?この状態の方が有利なんだぞ?)
相手が動けないという圧倒的優位を手放そうとするサラの思考が理解できないガリオンだったが、ふと自分が逆の立場だったらと考えたところで、あっさりとその理由がわかった。
(……そうか、この状態の俺を殴り飛ばしても面白くないって訳か)
つまりは単純に戦いを楽しみたいということだ。相手が万全ではないというのなら、せめて影響の少ない領域で勝敗を決しようというのだろう。
フードファイトとしては若干趣旨から外れるが、その考えはガリオンも嫌いではない。
「いいぜ。その提案乗った」
「決定ですわね。では司会者さん、そういうことですわ」
そこで司会者の方に振るサラ。司会者も話は聞いていたが、本当にいいのかわからないので、運営委員の方を確認する。そこでは運営委員が頭の上でマルを作っていた。
「わかりました!運営委員会からのOKも出ていますので、ルール変更を認めます!変則的なの多いなあ……」
司会の許可をとったサラとガリオンは舞台の中心で向かい合い、お互いの手を組み合わせる。
(こんな華奢そうな手をしていながら、芯がしっかりしていやがる。日常的に武器をふるっている手だな……)
すでにガリオンはサラのことを見た目通りの女性とは考えていない。組み合わせた手もそれが正しいと伝えてきている。
こうしてガリオンとサラが手を合わせていると、まさしく美女と野獣である。尤も、これから始まるのは舞踏ではなく、武闘なのだが……。
「それでは、変則的になりましたがガリオン選手とサラ選手の試合を再開します。よーい、ドン!」
開始の合図とともに力を入れるガリオンとサラ。
「うお!?」
声を上げたのはガリオンだ。試合が始まり、ガリオンが最初に思ったことは『負ける』だった。
(明らかに押し負けてやがる!それになんて余裕のある顔をしていやがるんだ!)
ガリオンは必死に押し切られないようにしているため、顔には全く余裕がない。しかし、サラの方はまだまだ余裕があるようで、穏やかな顔のままである。
「ぐ、ぐぎぎぎぎ……」
徐々にガリオンの態勢が崩れていく。
Sランクになり、数々の戦いを乗り越えてきたガリオンだが、人間相手に力負けをしたことは今までに1度もない。もちろん、力自慢の魔物相手なら話は別だが、その時は態々力勝負など挑まないので別の話である。
「これは何ということだー!サラ選手がガリオン選手を押している!このままサラ選手が勝ってしまうのかー!?」
司会のマイク(人物)も驚愕を隠せないようだった。
「何が凄いって、あれでステータス上げてないことなんですよね。はい」
マイク(機材)も拾わないほど小さな声で、料理実況のニノが呟く。
「ごががががが……」
崩れた態勢もほとんど限界が近づいてきている。
その時、ガリオンが思ったのは『勝ちたい』や『負けたくない』ではなく、『全力を出さずに負けたくない』だった。
フードファイトとしての負けは認めよう。食戦の時点で限界だったのだから、真っ当に戦っていたとしても勝てはしなかっただろう。
だが、ただの力比べで全力を出さずに負けるというのは我慢が出来なかった。
(<神獣化>……)
「おーっと、これはどうしたことだ!?ガリオン選手が光に包まれていく!これは!まさか!」
光が収まると、そこには黄金に輝く虎がいた。いや、正確にはほとんどが虎だが、若干人間に寄っている部分もある。例えば手だ。5本指の人間の手でないとこの試合は成立しないためである。
<獣化>、<神獣化>と呼ばれる秘術には段階がある。通常、獣人は人間の体に耳やしっぽなど一部分だけが対応する獣と同じものとなっている。しかし、これらの秘術を使うと人間と獣の割合が変わる。1番変化が大きいのが100%獣になる場合である。
今回ガリオンが行ったのは80%程獣になる<神獣化>である。100%の獣化時に1番能力は高くなるが、実際には80%も獣化していれば頭打ちとなる。
つまり、80%<神獣化>をしたガリオンは、サラと戦う際に最も力を発揮できる形態となっているのだ。
「っつ!」
(勝てる!)
サラの顔が驚きを帯びる。それを見てガリオンは勝利を確信した。事実、ガリオンはサラの手を徐々に押し返し、中心まで戻すことに成功したのだ。
「これは<神獣化>!いくら変則ルールとは言え、『変身禁止』のルールまでなくなったわけではありません!これはガリオン選手の反則負けだー!」
ルールである『変身禁止』により、ガリオンの反則負けとなる。これはガリオンも承知の上である。それでも、試合を捨ててでも勝負に勝ちたかったのだから、どうしようもないのである。
そんなガリオンを見て、サラは少し微笑んだ。
(なんで笑った?)
―ドオオオン!―
次の瞬間、ガリオンは仰向けに倒れていた。
「何が起こった?」
倒れたまま、ガリオンが呟く。いや、本当はわかっている。自分は負けたのだと……。
「申し訳ありませんですわ。<神獣化>まで使って勝負を決めに来た以上、こちらも本気を出さないと失礼だと思いましたので……」
少し視線をずらすと、サラが汗をぬぐっているところだった。本気を出したといいつつまだ余裕があるようで、少し荒い息をしているくらいだった。ガリオンは疲労により全く動けない。
(試合に負けて、勝負にも負けたってことか……)
完敗である。何の言い訳もできないくらいには完敗である。
「しょ、勝者はサラ選手だー!ここに初の女性チャンピオンが誕生したー!」
―わあっ!―
司会の宣言に会場中が沸く。
最後の押し合いを見れば<神獣化>の有無に関係なく、サラが勝者であることは明らかだったからだ。
その後、興奮冷めやらぬうちに表彰式が始まり、優勝者であるサラには賞金の100万ゴールドと、世界大会が開催されたときに参加する権利が送られた。
「ちなみにリラルカの街の大会優勝者はエルディア、カスタールどちらの代表になるか選べるんですけど……。あ、受けられるサポートも変わります」
「カスタールでお願いしますわ」
司会に聞かれて即答するサラ。
「これで、カスタール側の世界大会出場予定者が3名、エルディア側は王都戦優勝のオリファー選手1名だけですか、若干偏りが出てしまいましたね」
他の大会の優勝者も世界大会の出場資格を得るため、世界大会ではかつてなくハイレベルな戦いが予想されている。現在は大規模な設備を準備できる土地を持った国の選定中である。当然、これが1番難航している。どこの国も自分の国でやりたいに決まっているからだ。
「これで大会の方は終了になりますが、しばらくは出張店舗も出ていますので、お食事等をお楽しみください!最後に参加者、および優勝したサラ選手に惜しみない拍手をお送りください」
―パチパチパチパチ―
会場中の人間が拍手をし、無事第25回フードファイト選手権リラルカ杯が終了した。
その日の夜。カスタール王国のとある屋敷。
「太りましたわー!」
「そりゃ、あんな大会に出てたら当然でしょうに……」
「こ、これがバレたらご主人様に嫌われるかもしれませんわ!ミオさん!黙っててください!」
「まあ、それは構わないけど、アルタもいるし、調べればわかるしで隠す意味ってあるのかな?」
「気持ちの問題ですわ!」
「で、体重いかほどなの?」
「180kgですわ」
「ほぼ200kgかー、本当に重いわね……」
「まだ!200kgはありませんわー!」
「あ、そこは怒るんだ……」
書いていてとても楽しい短編でした。構想は前からあったのですが、ほぼ3日で書ききりました。見たら、普通に本編1話分以上書いていたという不思議。
作成したのが投稿の直前と言う珍しいパターンです。ええ、見直しができていません。ごめんなさい!