第43話 愛玩奴隷とボスの扉
前回の短編で入れた本編影響度は次回以降入れないことにしました。入れなくてもいいという意見が大多数でしたので。あ、42.5話のだけはそのままにしておきます。
宿に着いたのは正午過ぎになったので、そこから迷宮探索に向かうことにした。
「じゃあ、新しい奴隷の子は2日後に合流するのですね」
シンシアが聞いてくる。
「ああ、後衛予定だから立ち回りと魔法の練習をしたら合流だ。余裕があれば1層で軽く戦わせてみるつもりだ」
「いい子だといいね、カレンちゃん」
「仲良くできるといいね、ソウラちゃん」
「仲良くするのです。後輩なのです」
3人は新しい奴隷の話で盛り上がりつつも4層の魔物を屠っていく。
「拠点の方に仁君の配下がどんどん増えていきますよね」
《なかまがいっぱいいるのはいいことだよー?》
「でもそろそろいったんストップする予定だ。あの拠点に対してメイドの数が過剰すぎる気もするし……」
「まあ、拠点の管理だけならあそこまでの人数はいりませんものね」
「ああ、そうだな……」
セラの言う通りだ。明らかに人数が多い。
今日の昼前にカスタールの屋敷に行ったときに知ったのだが、俺の知らない内にメイドたちがいろいろやっているようだ。交代でメイドの仕事をさせ、それでも余るメンバーにはポーションなどの薬品や雑貨などを生産させているらしい。生産物については店舗を構えて売りに出しているようだ。メイドと呼んではいるが基本的に俺の奴隷なので、その収入は俺のものとなる。
さらに驚いたのは、奴隷が増えていたことだ。もちろん俺の奴隷として登録されている。以前に渡した俺の血を使って、新たに奴隷を購入したらしい。何をさせるのか聞いたところ、各地に派遣するそうだ。俺の旅の目的の大きな部分を観光が占めることはルセア達も知っている。そこで俺の旅をサポートするために事前に各地に配下を送り、旅先での案内や手続きをスムーズにできるよう手はずを整えるのが目的だという。そのために馬車も何台か買っているそうだ。それで見覚えのない馬車が何台か屋敷に止まっていたのか……。
俺は知らなかったがそれらの事は全てアルタに了承を取っているとのことだ。俺に知らせずに何をやっているのかと問いたい。
A:裏方の作業ですので、マスターにわざわざ伝える必要はないと判断しました。必要な時にこちらから提示するつもりでした。
まあ、俺のためにやったことなら文句を言うこともないか……。
そんなわけで『俺は』奴隷を買うのを控えるが、ルセア達が勝手に配下を増やすのを禁じてはいないので、最終的にはズルズルと増えていくような気がする。……大丈夫、俺の異能は配下がいくらいても大丈夫だから。……むしろ、その分強くなるから。
「今後はマリア、ミオ、セラと同じくらいの奴隷じゃなきゃ買わないことにするよ」
「元々、クロードたちを拾う前はそういう基準でしたわよね。マリアさんとミオさんほど私が特別かは別にしますけど……」
大丈夫、セラもかなり特殊だから。
「そういえばそうでした。仁君がスキルを与えれば、特別じゃない人でもかなり使えるようになることがわかってからは、あまり意識されなくなった基準ですよね」
「そんなことはないぞ。ルセアも結構変わっているし、シンシア達を買う口実として他の子も買う必要があっただけで……」
そんな言い訳をしていると双子から声がかかった。
「旦那様、これ固すぎます!どうしましょう?」
「旦那様、これ大きすぎます!どうしましょう?」
ストーンゴーレム
LV6
<硬化LV2><迷宮適応LV1>
備考:石でできた人型ゴーレム。2mくらいの大きさ。物理攻撃が効きにくい。
あー、固いのか。みればストーンゴーレムのHPはほとんど減っていない。それに対して双子の武器である剣と槍は刃こぼれしていた。シンシアだけはテンションが上がったのか、ストーンゴーレムをアイアンロッドで殴り続けていた。
物理攻撃ではなく魔法を使えば簡単に倒せそうだが、魔法使いがいないパーティも少なくはない。動きは遅いから、魔法使いがいないパーティでは避けて進むのが正解なんだろうな。
「魔法なら簡単に倒せるはずだ。魔法職とまではいわないが、ソウラとカレンにも1つくらい魔法を与えておこう」
「魔法が使えるね!カレンちゃん!」
「やっと使えるね!ソウラちゃん!」
ソウラには<氷魔法>、カレンには<火魔法>のLV1を与えた。これが後に『氷槍のソウラ』『炎剣のカレン』と呼ばれる双子のS級冒険者の始まりの物語だった。嘘だ。
俺たちはソウラとカレンに魔法についての説明を簡単にしておいた。その間もシンシアがストーンゴーレムを引き付け続けていた。
「シンシアちゃん。少しどいて!」
「シンシアちゃん。そこどいて!」
魔法の準備をした双子がシンシアに退くように言うが、ハイになっているシンシアには届かない。
「「シンシアちゃーん!」」
声は届かない。ちょっとイラッとしたので、縮地でシンシアの背後に回り、頭にチョップを決める。
「ぷぎゅあっ!」
変な声をあげてシンシアが気絶する。大人しくなったので小脇に抱えて元の位置に戻る。
「さあ、邪魔者は消えたぞ。魔法を撃て」
「「は、はい」」
気絶したシンシアを見て若干引いている双子に指示をする。
「ファイアボール!」
「アイスボール!」
双子はボール系の魔法を交互に撃ちだしている。一緒にぶつけたら相殺しそうだから交互にしている。相手が金属だったら、『熱したところを急激に冷やすことで金属を脆くするのだ!』とか、ドヤ顔で解説したんだけどな。岩だと効果が薄そうだ。残念。
魔法に対してはほぼ無力なストーンゴーレムはそれからほどなくして倒れた。やっぱり魔法要員は大切だよな。……人間の勇者は脳筋だし。
目を覚ましたシンシアを叱り、また迷宮を進むことにした。何とかその日のうちに4層を攻略することが出来た。
その日の夜、俺はさくらに新しい魔法を作ってもらうことにした。その名も『サモン』だ。名前からわかる通り、対象を召喚する魔法である。その条件は自分の配下であることだ。簡単に言えば、シンシアを呼び戻すための魔法と言うことである。
『ポータル』、『ワープ』に引き続きまた転移系の魔法である。しかし、他の魔法と違い移動するのは魔法の発動者本人ではない。そのため、危機的な状況にいる配下を緊急脱出させることが出来る。『ポータル』をセットする余裕がないときに念話で頼まれればすぐに逃がしてあげることが出来るのだ。
これでシンシアが正気を失っているときでも、問答無用で回収できる。
「アルタの時も思ったけど、どんどんプライバシーがなくなっていくわよね……」
「あ、仁君、お願いですからお風呂とトイレにいるときは呼ばないでくださいね」
「さくらは俺を何だと思っているのか……」
さすがにそこまでオープンに変態的なことはできない。出来る手段を持っていることと、それを実際に実行することの間には大きな隔たりがあるのだからな。いつでもできると思っているだけで十分である。ヘタレである。
「仁様、私はいつ、いかなる場合でもお呼びくださって構いませんので……」
《ドーラもー!》
マリアとドーラが全く躊躇せずに言う。まあ、マリアは呼ばなくても大体近くにいるんだけどな。
「私は……、食べているとき以外ならいつでもいいですわ」
「……トイレの時は良いのか?」
「構いませんわ」
躊躇なくセラが言い切った。羞恥心はどこへ行ったのだろう。そして、唯一呼ばないでほしいのが食事中と言うのセラらしいな。
次の日も1日迷宮にこもり、2層分進んだ。これで明日からは7層の攻略となる。今のペースでは半日で1階層の攻略が出来ている。ちなみに『サモン』の使用回数はこの日1日で5回だった。内4回はシンシアの暴走時に使用した。残りの1回は層を下りる階段でミオがすっころんだときだ。
最初の予定では1日2層攻略の予定だった。今のところは予定通りだが、次の層への階段は下の層へ行くほど少なくなるので、より時間がかかるようになってくるだろう。いつまでもこのペースと言うわけにはいかないかもしれないな。
逆に言えば現時点では階段の数も多いので、上層をできるだけ急いで攻略し、ある程度の余裕を持っておくのがいいだろう。
「と言うわけで、明日からは俺たちも戦闘に参加するからな」
シンシア達だけでも十分に戦えるが、俺達が参戦すれば戦闘終了のスピードは目に見えて速くなるだろう。
「もちろん、ステータスを落として、よね?」
「ああ、ミオの言う通りステータスは大分落とすぞ。そうしないとシンシア達が手を出す余地がなくなるからな」
「旦那様はそんなに強いのです?」
そう言えばシンシア達の前でまともに戦ったことはないな。一応、シンシア達の村が襲撃されたときに戦ったけど、あの時周囲にはシンシアも双子もいなかったからな。
「ええ、ご主人様は強いですわよ」
「セラお姉ちゃんよりもなのですか?」
シンシアはセラの事をセラお姉ちゃんと呼んで慕っている。夜、シンシアがセラに戦い方の指導を受けているのをよく見かけるから、その時に仲良くなったのだろう。後、戦闘特化の配下同士で気が合うというのもあるかもしれない。
「それはもちろんですわ。私なんて『飯抜き』の一言で倒せますわ」
「それはきっと意味が違うのです……」
確かに『飯抜き』と言えばセラは泣いて謝るだろうな。それを強さと呼んでいいのかは知らないが。
「まあ、明日になれば嫌と言うほどわかりますわ」
「楽しみにしてるのです!」
《また、戻るのが遅くなりそうですよぉ》
寝る前に再びミラからの念話があった。
《今度はどうしたんだ?村人の埋葬が難航しているのか?》
《いえぇ、それは騎士団の方の協力もあって早くに終わりましたぁ》
《と言うことは村の代表者の仕事か?》
《えぇ、何でも王都から調査団が派遣されてくるそうですよぉ》
《ああ、なんかすごい勢いで調査団が組まれたとか聞いたな》
エリンシアがそんなことを言っていたな。後は利に聡い商人も向かっているのだとか。本当に価値のある発見だったようだな。
《はぁい、どうやら私もその調査に立ち会わなければいけなくなってしまいましたぁ》
《それってミラは必要なのか?》
《わかりませぇん。ただぁ、状況的に断り難かったのでぇ、やむを得ず受けることになりましたぁ。遺体埋葬を大勢で手伝った後に言うなんてぇ、卑怯ですよぉ》
《それはまた何とも……》
確かに大勢に遺体の埋葬を手伝ってもらった状態で頼まれたら断りにくいだろうな。うん、やっぱり不用意に借りなんて作るモノじゃないな。
《だからぁ、まだしばらくは帰れませぇん》
《首都からは馬車で10日近くかかるからな。少なくとも戻ってくるのはそれ以降か……》
《重ね重ね申し訳ありませぇん……》
《気にするな。理由や状況はどうあれ、1度やると決めたのなら、最後まで責任をもってやりきるんだぞ》
《もちろんですよぉ。少なくとも誰か相応しい人に引き継ぐまでは私が村の代表ですからぁ》
そこまで話して念話を切る。意外とミラは代表者と言う立場があっているのかもしれない。戻れなくなることは嘆いているが、仕事自体に文句は言っていないからな。
ただ、ミラは吸血鬼になり、老けるのが遅くなって、寿命も長くなったからな。同じ場所に留まり続けるというわけにはいかないだろう。……ミラが望むのなら、安全に人間に戻る手段を探してあげるべきだろうな。
次の日、俺たちは朝から迷宮に潜っていた。今日の昼で約束の2日、新しいメンバーが加わることになる。
俺たちメインパーティは1人か2人が戦闘に参加し、シンシアと双子は固定メンバーとしている。
メインパーティの方はステータスは大分落としているが、まだまだかなりの余裕がある。具体的には物理攻撃の効きにくいストーンゴーレムをワンパンで倒せるくらいだ。霊刀・未完なら芋羊羹のように切れる。『効きにくい』と『効かない』は全く違うからね。
「旦那様……、それで本気じゃないって本当なのですか?」
俺がストーンゴーレムを一撃で両断していると、シンシアが質問してきた。
「ああ、今は攻撃力を1%以下に抑えているぞ」
「ストーンゴーレムを倒せない私と比べると、100倍以上は攻撃力に差があるということなのです……」
シンシアがしょんぼりと肩を落とす。
「シンシアちゃん、ご主人様と比べちゃダメだよ?あの人は勇者を羽虫呼ばわり出来るんだから」
「羽虫……」
一緒に戦っているミオが、矢を敵に命中させながらシンシアを慰めている。もしくは俺を化け物呼ばわりしている。まあ、否定はしないがな。
昼まで探索を行い、無事8層まで攻略できた。俺たちが入っただけで半日当たり2層攻略できるようになった。その気になればもう少し進めたんだが、新規加入のメンバーにいきなりボスのいる層を戦わせるのも可愛そうなので、ここまでにしておいた。
昼になり、カスタールの拠点に戻る。
「愛玩用奴隷と聞いて、半分くらい残ればよい方だと考えておりましたが、意外と根性があるようで、全員戦闘訓練を最後までやり遂げました」
ルセアからの報告を聞き、俺も少し驚いた。前に並んでいる少女たちはやり遂げた顔をしている。
「恐らく、戦闘訓練中は良い食事を出し、メイドになるとレベルが落ちるという脅しをかけたのも影響したのでしょう」
自慢ではないが、我が屋敷の料理はとんでもなく美味い。ミオ直伝の地球料理を料理スキルを持った料理人メイドが丁寧に作り上げるのだからそれも当然だ。一応、ミオの料理スキルが1番高いけど、人数が人数だけにいつでもミオが作れるわけじゃあないからな。
余談だが、カスタールの女王であるサクヤもよく食べにくる。本当によく食べにくる。曰く、王城の料理の4倍美味いらしい。やけに具体的だが、王城における最高の料理を食べているはずのサクヤがそこまで言うのだから、相当なモノなのだろう。王城の料理人は泣いていい。
時々、サクヤに頼まれて王城で料理人の指導をしたり、貴族や客に対してもてなしの料理を振る舞うことを依頼されているらしい。そして、その客などにスカウトされることもあるが、サクヤが直々に断りを入れているというのだから、その扱いの高さがうかがえるというモノだ。王城の料理人はガチで泣いていい。
そんな王家御用達の食事を味わってしまえば、自然と戦闘訓練にも身が入るというモノだ。いくら愛玩奴隷と言っても、そこまでいいものを食べたことはないだろうからな。
最初に見た時よりも肌ツヤがよくなっているし……。うん、元々可愛かった子たちがさらに可愛くなっている。
「さて、どの子を連れていくか……」
俺がそう言うと奴隷少女たちは息をのんだ。これ、行きたいのかね、行きたくないのかね?
A:両方います。マーキングしますね。
そういうとマップ上のアイコンの上に「行きたい」、「行きたくない」と言う吹き出しが付いた。何気に新機能だ。6人に「行きたい」が、残りの4人に「行きたくない」がついている。わざわざ「行きたくない」子を連れていくつもりもないので、行きたい子から選定する。
第1候補だった子は「行きたい」に含まれているな。ステータスを確認する。全員それなりにレベルが上がっているし、スキルポイントもわずかだが成長している。その成長率も第1候補の子が1番高いな。まあ、奇をてらうこともないし、この子で決まりかな。
他の「行きたい」子たちにはしばらく戦闘訓練とメイド修行を続けてもらおう。いずれはカスタール女王国のクロードたちのように、エステア王国でも探索者のグループを作るつもりだ。その時に中核になるのはシンシア達の予定だが、それ以外のメンバーを育てるのが早くてダメな理由はないからな。
「じゃあ、この子を連れて行こう」
「わかりました。ケイト、主様に迷惑をかけないように努力するのですよ」
《はい、旦那様。これからよろしくお願いいたします》
お辞儀をしながら挨拶をする、飛び切りの美少女であるケイト。
それでは肝心のステータスを見てみよう。
名前:ケイト
性別:女
年齢:12
種族:ハーフエルフ
スキル:<身体強化LV2><火魔法LV1><水魔法LV1><風魔法LV1><土魔法LV1><回復魔法LV1><空間把握LV5><演算LV5><迷宮適応LV1>
称号:仁の奴隷、盲目
新しい配下のケイトは、生まれつき眼が見えず、喋ることもできない。その代わりと言うには酷だが、あまりにも強力な能力を与えられている。
それが<空間把握>と<演算>である。見てわかる通りに魔法を使う上で有効そうなスキルだ。当然、見えない、喋れないことで台無しになっているけどな。
緑色の髪を伸ばし、見た目は愛玩奴隷少女たちの中でもトップクラス。まあ、あれだ。見た目が良い以上、眼が見えなかろうが、喋れなかろうが、愛でる分には困らないというヤツだ。もちろん、ハーフエルフだから人よりは長寿で若い姿のまま愛でられるというのも高得点なのだろう。
高い知能を持っているけれど、それを表現する術を持たないし、そもそもまともな教育すら受けてはいない。それでも彼女はその卓越した知能により言語を理解した。ちなみに与えた魔法は<水魔法>だけだ。この数日で他の属性の魔法まで自力で習得したのだ。とんでもない天才だな。
予想は簡単だと思うが、<契約の絆>によって、マップやステータスを閲覧する力を与え、念話も使えるようにした。もちろん買ってきたその日の内に、だ。
念話は言語の概念さえあれば、喋れない人間でも使える。それはドーラの件で分かっていたからな。
マップは不思議な話だが目を閉じていても見ることが出来る。つまり目が見えない状態でも使えるという事だ。さらにこれは俺も知らなかったことなのだが、俺たちが今使っているのは簡易マップらしい。本当は俯瞰視点ではなくて3次元情報のかなり詳細なマップのようだ。普通の人間の脳ではそんな情報は処理しきれないので、簡易版になっている。ちなみにアルタは詳細マップを見ている。
そしてケイトも詳細マップを見ている。驚くべきことに<空間把握>とマップは相乗効果があり、狭い空間に至っては下手したらアルタに匹敵する処理能力を発揮できるらしい。
そんなことを皆に説明した。ちなみにパーティメンバーだけで集まっている。
「でも、今まで何もしていないのに、急に戦うなんてことが出来るんですか?」
さくらがケイトに質問する。まあ、そもそも愛玩奴隷に戦えと言うことが無茶振りなんだがな……。
《大丈夫です。メイド長からしっかりと戦闘訓練を受けておりますし、カスタール側で魔物を実際に討伐することも経験済みです》
「魔法要員としての参加だが、その点はどうだ?」
《はい、旦那様。そちらも十分に訓練をしておりますので、LV1のボール系、バレット系、ウォール系の扱いでしたら問題ありません。LV2以降の魔法についても、使えはしませんが予習済みです》
「なんでそんなにやる気に満ち溢れているのよ」
ミオが苦笑するのも無理はない。ルセアに話を聞いたのだが、ケイトは寝る間も惜しんで勉強と訓練を続けていたらしいからな。何としてでも俺について行きたかったようだ。
ちなみに肉弾戦の訓練もそれなりに実施したとルセアが言っていた。そこでもケイトは高い成績を収めていたらしい。これにより、3次元表示されるマップを100%使いこなせれば、眼を閉じていても戦いに勝てるということが明らかになったわけだ。多分、俺にも無理。正確にはアルタなしじゃ無理。
《それはもちろん、旦那様のお役に立つ為です!愛玩奴隷として、非生産的にベッドの上で過ごし続けるのだと諦めかけていたところで、旦那様に出会えたことはまさに奇跡としか言えません!》
手を広げ感激のあまり歌いだしそうなケイト。歌えないけど。あ、一応補足しておくと、『リバイブ』は使えなかった。生まれつき出来ないことは、『欠損』として扱われないようだった。
つまり、ケイトは初めて俺の異能だけで生まれた信者と言うことになる。……ああ、そうだよ。ケイトの表示は黄色だよ。<千里眼>とアルタを教えた段階で黄色に変わったよ。早いよ。
「ケイトは即戦力と考えて問題ないと思っている。いきなり9層からだけど、大丈夫か?」
《平気だと思います。アルタ様から頂いた、8層に生息する魔物の情報から考えても、余程急激に魔物が強くならない限りは問題ないハズです》
凄い自信だな。まあ、そこまで言うのならその力を見せてもらおうじゃないか。
と言うわけで冒険者登録と探索者登録をしてそのまま迷宮へと潜る。当然いきなり9層スタートだ。
……結論から言おう。ケイトを戦わせることによって、俺たちメインパーティは戦闘に参加しなくてもよくなった。
《ファイアボール!》
そう言って放ったファイアボールは、レッサーミノタウロスの足に当たる。丁度踏み出そうとした足に衝撃を受けたレッサーミノタウロスは体勢を崩し、丁度構えていたカレンの槍に吸い込まれるように刺さっていった。それによりレッサーミノタウロスのHPはほぼ丁度0になる。
ケイトの戦い方は一言でいうならば「最高効率」である。無駄なことの1つもない洗練された戦術とでもいうべきか。魔法の使い方もダメージを与えるというよりは体勢を崩すとか前衛の動きを補助するといった方面に特化している。そしてオーバーキルは無駄だと言わんばかりにジャストキルを狙う。それも自分の攻撃ではなく、仲間の攻撃でジャストキルになるように調節するという徹底ぶりだ。
《シンシアさん!そのまま右に武器を振りぬいてください!》
シンシアは言われた通りにアイアンロッドを右に振る。そこにケイトが撃ち込んだアイスバレットが着弾する。砕け散ったアイスバレットの破片がシンシアの後ろから攻撃しようとしていたメイズバットの羽の根元に直撃する。同じく近くにいたダンジョンゴブリンの目に刺さる。
1発の魔法で2匹の魔物の戦闘力を大きくそぎ落とした。その隙に他のメンバーがすかさずとどめを刺す。
「……正直ここまでとは思っていませんでした」
うん、俺もまさかここまでとは思わなかったね。
「私、あそこまではとてもじゃないけど無理です……。同じ魔法使いなのに……」
さくらさんが落ち込んでしまいました。いや、あれは普通に無理だから。
「もうあの子1人いればいいんじゃないかな」
《いえ、私が得意なのはあくまでも閉鎖空間における集団戦闘だけですから。外で戦うと外乱が多くて効率は落ちると思います》
ミオのつぶやきに律義に返すケイト。もちろん戦闘中だ。
ちなみに閉鎖空間における集団戦闘って、簡単に言えばダンジョンの事だよね。つまりダンジョンに特化しているということだね。
ほどなく戦闘が終了した。
「凄いな、ケイトは。ここまで戦えるとは思っていなかったぞ」
《お褒めいただき、光栄です》
優雅に礼をするケイト。でも、ハーフエルフ特有の長い耳がぴくぴく動いて、興奮を隠せていない。
「この調子で今日中に10層ボスを討伐しよう」
《お任せください》
自信満々に言うケイト。一応ボスくらいは参戦するつもりなんだけど……。
9層、10層のボス前まではそれから2時間ほどで到着した。
俺たちメインメンバーはその間一切戦闘に参加していないが、もし参加していたとしてもそれほど時間は変わらなかったと思う。
層を進むにつれ、出てくる魔物も増えてきた。新規の魔物でもケイトは素早く対策を導き出せるようだ。なんでも、空いた時間でアルタから講義を受けているとのこと。多分、現時点でケイトの方が俺よりもこの迷宮のことを詳しく知っていると思う。それでいいのか、俺?
ミミック
LV8
<擬態LV1><噛みつきLV1><迷宮適応LV1>
備考:宝箱に擬態した魔物。石をぶつければ判別可能。
ダンジョンゴブリン・ソードマン
LV4
<身体強化LV1><剣術LV1><棒術LV1><迷宮適応LV1>
備考:ゴブリン・ソードマン(ダンジョン用)。外のと同じくらいの強さ。
ダンジョンゴブリン・ソーサラー
LV7
<火魔法LV1><氷魔法LV1><迷宮適応LV1>または
<水魔法LV1><雷魔法LV1><迷宮適応LV1>または
<風魔法LV1><土魔法LV1><迷宮適応LV1>
備考:ゴブリン・ソーサラー(ダンジョン用)。外のと同じくらいの強さ。どれが出るかはランダム。
ダンジョンオーク
LV9
<身体強化LV2><棒術LV1><繁殖LV1><迷宮適応LV1>
備考:人型豚顔の魔物(ダンジョン用)。外にいるのより少し弱い。
迷宮は広く、離れた場所に行けば他にもいろんな種類の魔物がいるけど、挙げて行ったらキリがないから、直接戦闘をした相手だけ挙げていくことにする。
ボス部屋の扉は頑丈そうな金属製で(壊せないとは言わない)、観音開きになっている。
まさしくボス部屋と言った風情で大満足である。扉にはレリーフっていうのかな。10と言う文字とミノタウロスが彫られていた。横には文字のようなモノが書かれている。もしかして、中にいるボス魔物を示しているのかな?あ、うん、そうだね。中にミノがいるね。親切だね。
「見ている子もいるかもしれないけど、中にはミノタウロスがいる。前に出てきたレッサーミノタウロスの大きい奴だろうな。もちろんそれより強いだろう」
《私も確認しております。私たちだけでも十分に倒せると思います。旦那様達が参戦するまでもありません。私たちに任せて頂けないでしょうか?》
ケイトは余裕だと判断したようだな。
A:ケイトの判断は正しいです。マスターが軽く戦ってもなお余裕です。
「……わかった。本当は参戦するつもりだったが折角だ。新人組だけで見事倒して見せろ!」
《はい。仰せのままに》
「頑張るのです!」
「「はい!」」
余談だが、10層から11層に下りる階段もいくつもあるが、その全てにボスがいるわけではない。ボスのいない階段ももちろんある。ただし、その階段を下りても、次の層で行き止まりになり、その次の層にはたどり着けない仕組みになっているようだ。少し先の魔物相手に腕試しくらいはできるけど、次の10層攻略にはつながらない。
後、ボスは倒すとしばらく復活しない。そのサイクルは1日程度。よほど運がよくないと、ボス部屋が無人と言うことはない。一応、10層のボスは無人になる可能性がなくはないが、20層以降だとほぼ0%だな。
ソウラとカレンが観音開きの扉を左右で1つずつ押して開く。こういう時に双子だと絵になっていいよな。うむ、実は双子キャラは結構好きなのだ。こう、凄い似ているんだけど、ちょっとした部分で差が出るあたりとかが素敵だね。
シンシアが徐々に開く扉をまだかまだかと待ちわびている。
《シンシアさん、落ち着いてください》
「あ、はいなのです」
ケイトにたしなめられ、少し落ち着くシンシア。
「そういえば、暴走中のシンシアもケイトの言うことは聞くよな」
戦闘開始直前なら『待て』で動きを止めることが出来るが、戦闘が開始して興奮状態が続くと、いつの間にか指示を聞かなくなる。しかし、その状態でもケイトの指示だけは聞いていたのだ。
「あ、それなのですけど暴走中でも念話なら届くみたいなのです。暴走中も意識が飛んでいるわけではないのです」
「……それを早く言えよ」
俺がシンシアを止めるときは必ず声に出していた。まさか念話で伝えれば届くとは知らなかった。
そんなことを考えている内に双子が扉を開ききった。中で待ち構えているのは、もちろんミノタウロスだ。
次回、ボス戦!短編がなければ。
あ、ボス戦はワード3ページ分で終わります。