第42話 躾と迷宮入口発見の褒賞
「シンシアの暴走を止める方法を色々考えたんだが何も思いつかなかったので、まずは根気よく躾けていくことにした」
カスタールの屋敷に『ポータル』で帰還しての第一声がこれである。あ、『ポータル』を使ったのは入り口まで戻るのも面倒だし、1層で相転移石を使うのも勿体無いからである。
「シンシアわんこじゃないのです」
シンシアが首を横に振って否定するが、俺の中ではすでにダメ犬ポジションで定着している。ダメ犬は甘やかしてもいい方には向かわないので、厳しめに躾けるのが吉だ。
「わんこなら躾で済むけど、言うことを聞かない奴隷は強制送還だぞ?」
「シンシアわんこでいいのです。わん」
諦めてわんこポジションを受け入れたようだ。折れるの早いな……。
「私が獣人の勇者なんですけどね……」
マリアが小さな声で呟く。どちらかと言えばマリアは忠犬だよね。猫の獣人だけど……。
「で、シンシアわんをどう躾けるかと言うと、はい、躾けドアー」
<無限収納>から『ルーム』の扉を取り出す。セリフの最後を少し高音にするのがミソだ。
「まさか、自分から寄せていくとは思わなかったわ……」
「<無限収納>と『ルーム』の組み合わせは流石に……」
ミオとさくらが驚愕の表情を浮かべている。……まあ、前にミオが余計なことを言おうとしたのを止めたのに、自分の方が率先して余計なことをすれば世話はないだろう。
大丈夫、俺が用意したドア、じゃなかった『ルーム』はツヤ消しの黒色だから。間違ってもピンク色じゃないから。
「冗談はさておき、この『ルーム』の中でシンシアを躾けようと思う」
「なんかこの『ルーム』不気味ですわね」
「まあな。躾だから厳格な雰囲気を出そうとしたらこうなった」
「余計な気の使い方なのです!?正直怖いのです!」
入る前からシンシアが怖気づいている。いや、怖気づこうが、ちびろうが躾けるのは確定なんだけどな。
「最低限今日中に『待て』は覚えさせたいな。そうじゃないと双子は飛び出したシンシアを追いかけるのが仕事になる」
「面倒だよね、カレンちゃん」
「本当だよね、ソウラちゃん」
「面目ないのです……」
普段のシンシアは素直だし、比較的大人しい性格をしているのに、どうして戦闘中だけ暴走するのか……。
あ、<激情>スキルのせいで興奮状態になりやすいのかな?
A:いいえ、元からです。
あ、そう……。
元々戦闘狂の気質があったということか。マリアが狂信者で、シンシアが狂戦士って事か……。今後の勇者に期待が高まるな。期待?
「で、ご主人様。この中ってどうなっているの?R15?」
「全年齢対象だ……。特に何もないぞ。外から見えないようにしたいだけだからな」
ミオの質問に答える。『ルーム』の中には特に何も置いていない。別に拷問部屋と言うわけでもないので、三角木馬とか鋼鉄の処女とかは置いていない。置いていない。
「他に誰もいない密室で女の子と二人きり……。はっ!ご主人様は何をするつもりなの!?」
「だから、躾だって……。とりあえず3時間は籠っていると思うから決して開けないようにしろよ。絶対だぞ?」
「仁君がそこまで強く言うのは珍しいですね。しかも長いです」
「そんなこと言われたら気になる!でも開けたら絶対私にも被害が来る!」
「止めといた方がいいですわよ……」
ミオは好奇心と俺からのお仕置きの間で揺れている。
「ミオ」
「はい!覗きません!」
一声かけたら恐怖心が勝ったようだ。
「さて、シンシア逝くぞ」
「はいなのです……」
とぼとぼと扉に向かうシンシア。後ろでミオがドナドナ言っている。いや、シンシアは帰ってくるからな?
3時間後、フラフラになりながら出てきたシンシアがその場に倒れこむ。とりあえず、キャッチ。シンシアは白目をむいて、ビクンビクン痙攣している。……やり過ぎた。
メイドたちに介抱を任せ、俺たちも今日は休むことにした。
と思ったら寝る直前、ミラから念話があった。
《私の住んでいた村に案内してぇ、廃村の方を案内したまではいいんですけどぉ、どうやらしばらくマスターの元へは向かえそうにありませぇん》
《どういうことだ?》
《私の村もぉ廃村もぉ、土地勘のある人間が私しかいませぇん。あ、私今魔物ですけどぉ》
渾身の自虐ネタである。止めろや。
《土地勘のある関係者がぁ、案内しただけで『はいさようならぁ』とはぁ、行かないですよねぇ》
《まあ、言われてみればそうだな》
《そもそもぉ、私の家は滅んだ村にありますからぁ、対外的にはここが私の帰るべき場所なんですよぉ》
《でも、村人はいないんだろ?》
村を出た人間がいるかどうかは知らないが、少なくともあの時点で村にいた人間はミラ以外死んでいる。
《ええぇ、でも家を取り壊すなりぃ、新しい住人を募集するなりぃ、とにかく関係者がいないと話が進めにくくてしょうがないそうなんですよぉ。そのせいで私が村の代表ってことにされてしまいましたぁ》
ただの村娘がいきなり村の代表か。大出世だな。……全く嬉しくない理由だけど。
《嫌なのか?》
《いいえぇ。いくらマスターの従魔になったとはいえぇ、村に愛着もありますしぃ、村の皆はしっかり埋葬してあげたいですからねぇ。一段落が付くまではということでぇ、代表になることを了承しましたぁ。一応、アルタ様には了承を取っておりますのでぇ……》
そういう理由があるのなら、俺としてもダメと言うつもりはない。そもそも、ミラに関しては何かしてほしいことがあって配下、従魔にしたわけではないので、ある程度の自由行動は許すつもりでいた。アルタもその意思を汲んでOKを出したのであろう。
A:そうです。
《わかった。じゃあ、ミラはしばらく村の方にいるんだな?》
《はいぃ。申し訳ありませんがぁ、よろしくお願いしますぅ》
《ああ、頑張れよ》
《はぁい》
ミラとの念話を切り、今度こそ眠ることにした。
次の日、迷宮の1層から探索を再開した俺たちは、早速躾の効果を見ることになった。
転送直後、歩いてすぐの場所にダンジョンゴブリンを発見した。その姿を見るや否や、シンシアが特攻しそうになる。
「『待て』!」
「はいなのです!」
俺の一言を聞いた瞬間、シンシアが『気を付け』の姿勢になる。
すぐさま俺の側に寄ってきて服を引っ張る。
「旦那様!早くなのです!早くなのです!」
そわそわと落ち着きがないし、服を引っ張り急かしてくるが、少なくとも何も聞かずに特攻を仕掛けるのは直った。直した。
「ソウラ、カレンとの連携を忘れるなよ」
「はいなのです!」
空返事な気がしないこともないが、まあいいだろう。そこから先は今後の課題だ。
「じゃあ、『よし!』」
「はい!行くのです!ソウラちゃん、カレンちゃん」
「シンシアちゃん、待ってよ!」
「シンシアちゃん、落ち着いてよ!」
凄まじい勢いでシンシアが走り出していく。単純に双子よりも足が速いからな。結局、双子はシンシアを追いかけることに変わりはないようだ。
走り出したシンシア達により、憐れダンジョンゴブリンは瞬殺されたのでした。
「とりあえず、少しはマシになったな」
「はいなのです。成長しているのです」
戦闘が終わり、迷宮を進みながら呟く。シンシアが自信満々に言うが、『酷いマイナス』が『少しマシなマイナス』になったくらいの差だと思う。
「ご主人様、シンシアちゃんに何したのよ……」
「俺の口からは言えないな。シンシア、言ってみるか?」
俺がそう言うとシンシアは必死に首を横に振る。よく見ると身体も震えている。
「言えないのです!絶対に言えないのです!」
「ご主人様が他の人の目の届かないところでやることは、あまり考えない方がいいですわよ」
「セラちゃん、なんか身に覚えがあるの?」
「……言えませんわ」
「やばい。気になる……」
「じゃあ今度俺と一緒に密室に入ってみるか?」
「遠慮します!」
全力で拒否られた。
数回戦闘をさせ、問題なさそうなので2層への階段を下りることにした。1層の天井は5mくらい上にあり、階段を下りている途中に高さをアルタに確認させたら15mだった。これにより床板は約10m迷宮の深さは750m位と言うことになるのだろう。もちろん、層ごとに高さが違う可能性もあるのだが……。
階段自体は迷宮の各地にあるが、層を進むにつれて階段の数が減っていくようだ。1層ごとに国と同じ面積のある迷宮で、数少ない階段を探すというのがどれだけ大変かは言うまでもないだろう。恐らくそれが到達階層がそれほど伸びない理由の1つだと思われる。
「で、シンシア。どっちに行きたい?どっちが正しいと思う?」
「えーと、あっちなのです」
2層に到達してすぐ、シンシア達には<迷宮適応>のスキルを与え、全員LV6まで引き上げた。一応、その気になれば1人だけならLV10まで一気に上げられるけど、足並みを揃えるためにここで止めている。
迷宮内では全ての魔物が<迷宮適応>を持っているので、スキルポイントを貯めるのが非常に楽だ。<身体強化>や<迷宮適応>のように多くの魔物が持っているスキルは、他のスキルに変換するときに非常に役立つので重宝している。
「2人は?」
「あっちだと思います、ね、カレンちゃん」
「こっちだと思います、うん、ソウラちゃん」
<迷宮適応>持ちの3人を少し離れた場所に立たせ、次の階層への階段の位置を確認させる。3人の指し示した方向をマップ上で確認すると、このエリア内で丁度交点となる場所に次の層への階段があった。
「これだな……」
<迷宮適応>は高レベルになると、迷宮内の正規ルート・最短ルートが分かるようになる。マップでは離れた階層のことは分からないため、先の事を考えると全体的な進行方向に関しては<迷宮適応>に従った方が良いと判断したのだ。
A:誠に遺憾です。
それに正規ルートがあるということは、次の層へ続かないようなハズレルートもあるのかもしれない。しかし、少なくとも高レベルの<迷宮適応>持ちがそれに引っかかることはないだろうという予測を立てている。
「もうしばらく戦闘はシンシア達に任せることにする。俺たちが戦いに出ても得るモノは少ないからな。ここらで出てくる魔物の行動パターンは基本的には外のベースとなる魔物に準拠するみたいだし、迷宮内の戦闘になれる必要はあるがここでは歯ごたえがなさすぎる。いい勝負ができるまでステータスを落とすのも不毛だし……」
「わかったのです!任せるのです!」
せめて見たことのない魔物ならいいのだが、色違い程度では訓練にならない。
シンシアと双子に戦闘を任せ、2層を進んで行く。俺のすることと言えばシンシアにGOサインを出すだけだ。
戦闘を繰り返すことによって、3人の連携も徐々に形になってきた。正確にはシンシアの突撃に双子が慣れてきたと言うべきだろうか。まあ、シンシアのポテンシャル自体は高いから、フォローされながらでも実力を出せればこの程度の相手なら問題にならないだろう。3層への階段が近づく頃には同数以上の相手にも安定して戦えるようになったからな。
「お、今までに見たことの無い魔物だな。GO!」
「「「はい(なのです)!」」」
メイズリザードマン
LV5
<身体強化LV1><迷宮適応LV1>
備考:2足歩行するトカゲ。
多分、外にいる魔物の亜種だとは思うけど、元となる魔物は見たことがなさそうだ。
武器も持っていないし、大して強くもないので3人が瞬殺した。後、ダンジョンなのかメイズなのか命名規則を統一してほしい。
迷宮内では階層が下に行くにつれて出てくる魔物の種類が徐々に変わっていく。メイズリザードマンは2層以降限定のようだな。ついでに言うと、10層ごとに内装が変わるらしい。1層から10層は一般的にイメージしやすい迷宮で、11層~20層は森の中のような迷宮になっているらしい。もちろん内装の切り替え前にはボスがいる。迷宮なら当然だろう?
午前中で2層、午後で3層を突破できた。え?途中で起きた出来事?シンシアの問題さえマシになったのなら、他に大したことがあるわけないじゃないか。あ、新規で出てきた魔物だけ挙げておくよ。
メイズバット
LV4
<飛行LV1><吸血LV1><迷宮適応LV1>
備考:コウモリ。空を飛んでいるので鬱陶しい。
レッサーミノタウロス
LV6
<斧術LV2><身体強化LV1><迷宮適応LV1>
備考:小型のミノタウロス。迷宮と言ったらコレ!の劣化種。
レッサーワーム
LV2
<迷宮適応LV1>
備考:ダンジョンワームの劣化種。デカいミミズ。
日も暮れる時間なので3層から4層へ移動する階段の近くで相転移石を使って帰ることにした。
まだしばらくは俺たち抜きでも戦闘が回りそうだったな。でも、今戦闘をしている3人は全員前衛タイプだ。一応シンシアは魔法を使えるが、聞いてみたら絶対に使わないと言っていた。なんでも、『魔法じゃ殴る感触がないから』だそうだ。肉弾戦限定の戦闘狂とかマジモンですね。
シンシア達もいずれは俺たち抜きの探索者として独立させる予定だ。今の内から魔法要員を加えておいても良いだろう。そうだな。折角だからエリンシアの紹介状を使って、リーリアの街の奴隷商で見繕うのもいいだろう。どうしてもいないのなら、メイド部隊から連れてきてもいいしな。
相転移石を使うと、入るときに使った入り口に転移した。そのまま建物を出ようとしたところを受付の人に止められる。
「えーと、仁様ですよね?」
「ああ、そうだ」
「エリンシア様から伝言を預かっております。『村と地下の件でお話があります』だそうです。明日、明後日は詰め所にいる時間が多いので、できればその間に訪問してほしいそうです」
「わかった」
まだ数日しかたっていないから、報酬の話じゃあないだろうな。まあ、聞いて損のあることではないだろうし、明日奴隷商に行く前にでも向かうか……。
「と言うわけで、魔法職の奴隷を加えようと思います」
宿に戻りそう宣言する。一応部屋には全員揃っている。あ、ドーラはもう寝てる。
《zzz》
俺のセリフに最初に反応したのはシンシアだ。
「魔法使いは必要なのです?私たちだけでも十分に戦えていると思うのです……」
「確かに現状ではそれほど困ってはいないが、俺たちと別れた後のことを考えると、今の内から魔法職を1人くらいは加えた方がいいと思うんだよ」
「別れるのです!?捨てられるのです!?」
「大変だよ!カレンちゃん!」
「どうしよう!ソウラちゃん!」
新人組が急に慌て始める。どうして奴隷たちは『別行動』と言うと捨てられると勘違いするのだろうか。
「違う違う、捨てるわけじゃない。別れるっていうのは、俺たちが迷宮を攻略した後の話だ」
「……どういうことなのです?」
とりあえず捨てられるわけではないと判断し、少し落ち着いたシンシアが聞き返してきた。
「まず、お前たち3人を迷宮に連れて行く理由が、正規ルートの案内だっていうのは知っているよな?」
「はいなのです」
「それとは別に、俺たちが迷宮攻略を終えた後にも役目があるんだよ」
「どんな役目なのです?」
「お前たち3人、後はこれから加える魔法職の合計4人には、俺たちが迷宮を攻略した後も迷宮探索を続けてほしいんだ」
はっきり言って迷宮の物資はとても魅力的だ。もちろん、俺1人で考えればどうしても必要なものではない。しかし、俺にはたくさんの配下がいるし、これからも増えていく予定だ。そんな中で物資を、魔物との戦闘経験を安定して取得できるという迷宮はかなりの価値を持つ。
「俺たちは迷宮を攻略したらまた旅に出ると思う。だから俺たちが旅に出た後も安定して迷宮の資源を活用できるようにしておきたいんだ。それには探索者の配下が必要になる」
「それが私たちなのです?」
「ああ、正確には今後増やしていくつもりだから、基幹メンバーってことになるな。その時のために魔法職も1人くらいは必要だと判断したと言う訳だ」
さすがに迷宮探索要員を近接戦闘オンリーにするつもりはない。基幹メンバーにも魔法職は1人くらい必要である。
「納得なのです!私は魔法は使わないのです!他に必要なのです!」
「魔法使ってみたいよね、カレンちゃん」
「専門じゃなくていいよね、ソウラちゃん」
双子は魔法が使いたいが、魔法専門職になるつもりはない様だ。
「でも仁様、新しく入れた子の訓練のために1層からスタートするわけにもいきませんよね?」
マリアの言う通り、メンバーを加えるたびに1層から始めていたら、いつまでたっても進まないだろう。
「そうだな。だからメイド教育+戦闘訓練をしっかり受けて貰うことにする。迷宮の魔物の予習もさせる」
「予習、ですか?」
さくらが首をかしげる。
「ああ、タモさんに迷宮の魔物を食わせて、姿を変えた状態で模擬戦をさせるんだ」
「タモさん、マジで便利よね」
「ああ、とりあえず困ったらタモさんか<魔法創造>だな」
「私の異能が、タモさんと同列に語られています……」
「あ、ごめん。さくら……」
さくらが少し落ち込んでしまった。でも、タモさんが役に立つのも事実なんだよな。異能ほど常識知らずではないけど……。
「そういえば旦那様、1層から3層では宝箱探しとか採掘とか一切してないのです。なんでなのです?」
そろそろ話が終わりかと言うところでシンシアが質問してきた。
迷宮内では唐突に宝箱が現れることがある。恐らく魔物の発生と似たような理屈だろう。アルタに聞けばわかるかもしれないが、迷宮に理屈を求めるのは無粋だろうからあえて放置している。
A:……。
「それで日銭を稼いでいる連中から仕事を奪わないためさ。上層で時間をかけてすることじゃあないって理由もあるけどな……」
「はー、そういうことなのですか」
上層でも迷宮に潜ってアイテムを採取すれば多少の金にはなる。駆け出しや実力の低い探索者はそうやって日銭を稼いでいる。そんな中で俺がマップを使って価値のあるモノを回収していったら、低層の冒険者は失業となる。
マップを見れば宝箱の中身も分かるのだが、上層で手に入るモノには大したものがなく、はっきり言えば食指が動かないのだ。
そもそも、目的は金稼ぎではなく踏破である。上層で時間をかけるなんて完全に無駄だろう。
次の日、朝からエリンシアのところに向かうことにした。マリアだけがついてきて、他のメンバーは自由行動だ。
「お待ちしていました。さあ、こちらにどうぞ」
騎士の詰め所では上機嫌なエリンシアが俺を迎え入れた。その様子から察するに廃村の方は上手くいったということだろう。
案内されるままに造りの良い部屋に入る。
「ここは上等なお客様用の応接室です。すぐに紅茶が運ばれてきますので」
俺たちがソファに座ると、向かいの席にエリンシアが座る。しばらくすると給仕が紅茶を運んできて、俺たちの前に置く。
給仕が一礼して戻るとエリンシアが話を始めた。
「お呼びしたのは他でもありません。隠し迷宮の褒賞のお話です」
「あれ、もうなのか?思っていたより早いな」
俺の疑問に微笑するエリンシア。
「ええ、多少の事ならもっと時間がかかると思います。ですが、事が事だけにすぐに王家の方まで話が行きました。もちろん緊急と言うことで対話石も使用しましたからね。そしたら、あれよあれよという間に話が進んで、今ごろは首都から学者の調査団や商人の一団が大急ぎで廃村に向かっていると思いますよ」
事は俺が思っていたよりも大きく動いているようだ。
「とにかく、その状況で発見者に何も与えないというわけにもいきません。大急ぎで会議が開かれ、仁さんへの褒賞が決定しました。その結果、仁さんには5千万ゴールドが与えられることになりました」
「結構な額だな」
「ええ、さすがにこの額の褒賞を与えるとなると、首都でそれなりの手続きを踏むことになります」
なんか、面倒くさそうな言葉が聞こえたぞ?とは言え、首都は観光コースから外せないし、行かざるを得まい。あ、首都の名前はエスタルカって名前だ。念のため。
「首都か……。ここからだと」
「約10日ですね。やることもあるでしょうから、期限と言うわけではないのですが、3か月以内に首都へ向かって頂けないでしょうか?もちろん、仁さんの都合次第では再調整できますが、3か月を超えると手続きが増えてしまいます」
「……それも面倒だな。わかった。3か月以内だな」
「こちらの方もしばらくバタバタするので、申し訳ありませんがお供することはできません。一応、書簡を用意いたしましたので、これをもって首都に向かって下さい」
「わかった」
そう言って渡された書簡を仕舞う。前に貰った封筒よりもさらに豪華だ。
「そういえば、お渡しした封筒は役に立ったでしょうか?」
「ああ、カードの方は役に立った。もう1つは、今から行こうかと思っていたところだ」
「まあ、そうなんですか。でしたらご一緒してもよろしいでしょうか?」
え?さすがに配下でもない女性を連れていくような場所じゃあないだろう。
俺が怪訝そうな顔をすると、それに気づいたエリンシアが否定する。
「ああ、別に選ぶところを見たりするわけじゃあありませんよ。ただ、奴隷商の方に最初に一言二言伝えるだけですから」
この街におけるエリンシアの一言二言の影響力を考えると、とても心強く、そして怖い。
「……わかった。準備は良いのか?」
「ええ、昨日迷宮入り口の受付から仁さんが今日来ると聞いた時点で、本日の予定を空けるようにしましたから」
「すまんな」
「いえいえ、国益への貢献度を考えれば、このくらい安いものです」
マリア、エリンシアを連れて奴隷商に向かう。いつものように街の視線を独り占めだ。エリンシアが。
奴隷商に着いた。かなり大きな建物で、騎士の詰め所と似たような造りだ。門番もいるし、扱いとしては高級奴隷商と言うことだろう。エントランスもきれいで、1流のホテルと言われてもおかしくない内装だ。
正面にいる受付に近づく。エリンシアの顔を確認するや否や、2人いる受付の1人が大慌てでどこかへ走り去った。
「店主を呼んでください」
「少々お待ちください。今、お呼びしています」
しばらくすると少し太り気味の男が走ってきた。恐らく店主だろう。汗だくになりながらエリンシアの近くまで来る。
「お久しぶりですね。お元気ですか?」
「ええ、エリンシア様のおかげで、無事今日も生きていくことが出来ます」
「大袈裟ですよ」
「いえいえ、これは私の本心でございます」
そんなやり取りを続けている。どうやら、エリンシアは店主の命の恩人だそうだ。この街にはエリンシアを恐れている人間とエリンシアを崇めている人間の2種類がいるようだ。
エリンシアはしばらく店主と話をしていた。その会話の中には俺を任せる旨も含まれていた。
「仁さん、店主の方には言い含めておきましたので、ごゆっくりとお選びください。では、失礼します」
「ああ、助かったよ」
一礼して去っていくエリンシア。最敬礼をしながら見送る店主。エリンシアが完全にいなくなってから顔を上げ、こちらに近づいてきた。
「貴方が仁様ですね。エリンシア様からお話は伺いました。奴隷をお探しとのことですが、私共のお店は愛玩用が1番の得意分野となっております。それに対し仁様は探索者をしてらっしゃるとの事ですが、どのような用途の奴隷をご紹介すればよろしいでしょうか?」
エリンシアの紹介でも、そっちが得意と言う話だったからな。とは言え、ここには魔法職の奴隷を探しに来たんだよな。今までと違って事前にアタリを付けているわけじゃないからな。
「戦闘も視野に入れた奴隷だな。とは言え、その辺の教育はこちらで行うので考慮しなくていい。時間がかかってもいいから、少女を一通り見せてもらえないか?」
「わかりました。今現在39人の少女奴隷がいますから、10人ずつお見せしましょう」
そう言って別室に連れていかれる。ここには死にかけとか犯罪奴隷とかを隔離しておくスペースがないようだ。愛玩用に絞っているから必要ないのだろう。
出てきた少女たちは5歳くらいから10代前半くらいまでで、皆仕立てのよい服を着ており、とても整った顔をしている。目的が愛玩用だから着飾った方がいいのだろう。
紹介されたときに品よく礼をしている。子供の奴隷はそれほど高く売れない。見た目が良くても限度があるので、教養などを身に付けさせて付加価値を高めていると店主が自慢げに語った。
さすがにマリアやミオ、セラ程の珍しさを持った奴隷はいなかったが、レアそうなスキルを持った奴隷たちは複数いた。魔法戦闘向きなスキルも含めてだ。
見ている途中で気になった奴隷は残ってもらい、全員見たところで10人の奴隷が残った。後はここから俺の目的にあった奴隷を探すだけだ。
「ふむ、10人候補がいらっしゃいましたか。よろしければ全員まとめて10万ゴールドでお売りいたしますよ」
いきなりとんでもないことを言う店主。10万って多分安いよな。
A:安いです。売値でしたら最低でもその10倍以上はすると思われます。
え?何このおっさん。自分のところの商品を90%OFFで売ろうとしたの?
「それは安すぎないか?理由があるのか?」
「もちろん、それはエリンシア様の紹介だからです。あの方にご恩返しができるのでしたら、この程度安いものです」
相当慕われているようだ。間違いなく赤字だろう。それは俺の求めることじゃないな。相手に負担をかけてまで何かをしてもらうのは好きではない。
「それでは赤字だろう。せめて多少は利益が出るくらいにしてくれ。俺の方が心苦しい」
ちゃっかり10人買うこと自体は了承している俺がいる。こうなったら10人全員ルセアに丸投げして、1番成長した子を連れて行こう。
「それではエリンシア様への義理立てが……」
「俺がいいと言っているんだから問題ないだろう?何だったら、俺がエリンシアにその旨を伝えてもいい」
「……それでしたら、60万ゴールドになります。その場合、もう少し減らした方がいいのでは?それでも1人6万ですよ」
幸い、いろいろあってお金には困っていないし、俺が奴隷を買うのはいつもの事なので文句も言われないだろう。
「大丈夫だ。では60万だな。すぐに払おう」
「毎度ありがとうございます……」
そう言って60万ゴールドを払う。店主は少し渋い顔をしたがそれを受け取った。
奴隷術師を呼んで契約を済ませた後、店主に見送られながら10人の奴隷を連れて、宿の横に止めてある馬車に向かう。
奴隷少女たちは教育が行き届いているようで、俺に買われた後も余計なことは喋らなかった。馬車に入った俺たちは、早速『ポータル』でカスタールの拠点に転移する。
カスタールの屋敷に着いた後はルセア達を集め、今後のことを説明した。
まず、新しく入った奴隷たちには、魔法中心の戦闘訓練を受けて貰う。ギブアップは認めているので、無理そうならメイド修行の方にシフトしてもらう。残った者の中から適性の高いものを迷宮に連れていくことを伝えた。
新人奴隷たちは自分たちが戦闘目的で買われたとは思っていなかったようで、かなり驚いていた。そりゃあ、愛玩用として教育を受けてきたのに、戦闘に駆り出されるなんて知ったら驚くだろうな。
ついでだから俺の能力についても多少教えておいた。俺から見た限りだが、こちらの方が余計に驚いていた。
俺は異能で知っていたが、新人奴隷たちに自己紹介をさせる。後回しにしていたエステア最初の村で買った奴隷たちの自己紹介もしてもらった。
ちなみにカスタールでマリアとルセアが買ったメイド・執事たちの自己紹介は済んでいる。全員覚えるのは大変だった。まあ、マップとステータスでいくらでもカンニングができるけど……。
それなりに込み入った話もした。1番驚いたのは愛玩奴隷少女の中にも戦ってみたいという者がいたことだ。魔法スキルの適性が高いから新メンバーの第1候補だな。
「じゃあルセア、よろしく!」
「はい、お任せください」
後の事はルセアに任せ、リーリアの街に戻ることにした。
カスタールの拠点にも大分メイドが増えてきた。もちろん、大きな屋敷だから居住空間に問題があるわけではない。しかし、さすがに自重せずに奴隷を増やし過ぎた自覚はある。そろそろ、奴隷を増やすのを一旦止めようと思う。もちろん、マリアやミオ、セラのような飛び切りの奴隷がいればその限りではないけど……。
自分が小説を書くときはプロットを立てずにとりあえず書き進めます。1つの章を書き終わったときに見直して、不要なエピソードを消し、必要な情報を追加します。その時にキャラが濃くなることもあります。
なので現在、第3章の見直し中です。更新には影響が出ないようにしますが、もしかしたらどこかで設定の矛盾(修正忘れ)が出るかもしれません。もし見かけたらこっそり教えていただけると幸いです。
20160223改稿:
シンシアたちに迷宮踏破後の予定を伝えるように変更。