第39話 廃墟と吸血鬼
タイトルはホラーっぽいですけどホラーではありません。
この作品は異世界転移ファンタジー(ときどきブラック)
この世界には吸血鬼と言われる種族がいる。より正確に言うと、吸血鬼と言う名の魔物がいる。人間から血を吸い、太陽が苦手、と言うか日の下では焼け死ぬ。ニンニクや十字架は特に効かないようだ。後、杭を心臓に打ち込まれたら、大抵の生き物は死ぬ。
それと血を吸われ過ぎたら死ぬだけで吸血鬼になったりはしない。若干メジャーなイメージからずれている部分もあるが、気にするほどでもないだろう。
知能は人間並みにあるようなので、何故魔物のくくりなのか疑問に思う点はある。それを言ったらドーラを含めて竜人種も不思議なのだが……。
軒並みステータスも高く、高ランクの冒険者でなければ返り討ちに会うのが関の山だろう。ついでに言えば魔法も使える。得意なのは<闇魔法>と<幻影魔法(new)>だ。これは欲しい。
受付嬢さんが頭を下げて頼み込んできた。
「お願いです!この依頼を受けてください!」
「まず理由を話してくれ。話はそれからだ……」
気まずそうな顔をしながら説明する。
「この国の人が冒険者の活動をあまりしないというのは知っていますよね?」
「ああ、迷宮が国の屋台骨だから、どうしてもそちらに人が流れるんだろ?」
「ええ、ですがそれだけではないのです。この国では、古くから探索者は冒険者依頼を受けるべきではないという暗黙のルールがあるのです。それにも理由があって、迷宮内で名をはせた探索者でも、普通の冒険者依頼を受けると死にやすいらしいのです」
凄く心当たりがあるな。<迷宮適応>……これだ!つまり迷宮適応によって迷宮内の活動が補正されている探索者が、迷宮外で冒険者の依頼を受けた場合に、補正がなくて感覚が狂って死んでしまうということを発端にしているのだろう。
「そのせいで探索者は極力冒険者依頼を受けないようにしています。幸い、高難易度の冒険者依頼はほとんど出ませんからね。ですが今回のように突発的に高ランクの依頼があると、誰も受けてくれないんです。迷宮用のアイテムが使えないのもそれに拍車をかけていますね……」
「でも、俺たちはCランク冒険者だぞ?ランク違いは良いのか?」
「う……、そうなんですよね。上位ランクの依頼を薦めるなんて、受付嬢にあるまじき行為でした。すいません……」
受付嬢さんがすごいしょんぼりしている。
一応補足しておくと、1ランク上までの依頼だったら、ギルド側の許可があれば受けられる。もちろん、滅多に許可なんて下りないし、わざわざ適正ランク以上の依頼を受けようなんて言う奴は早死にしやすいらしいが……。
「ちなみに今の被害とかってどうなっているんだ?」
「ええと、この街より西にある廃墟に降り立ったのを目撃した人がいます。今のところ被害は出ていないですけど放置はできません。でも、こんな高ランク依頼とか出したことないからどうしたらいいのかと……」
「目撃……?吸血鬼を?」
基本的に吸血鬼が行動するのは夜だ。暗い中で空を飛ぶ吸血鬼を見つけるのは並大抵のことではないぞ。
「ええ、ですから異常種の可能性が高いです。日の光を克服しているのでしょう」
ちなみに異常種と言う考え方自体はこの世界でも比較的一般的だ。もちろん、それがはっきりと詳細までわかるわけではないが……
「なるほど、日の光を克服しているとなると、戦い方も大きく変わるな」
「ええ、ですからこの依頼はAランク寄りのBランク依頼。言ってしまえばB+ランクですね」
ないけどね。
「ちなみに相手は魔物だよな。テイムしたらどうなるんだ?討伐じゃなくなるけど……」
「ええっと、テイムする気なんですか?」
「場合によっては」
ファンタジーだからね。要所要所のテイムは押さえておきたいよね。異常種だし……。女性型、もしくは老執事型ならテイムする可能性が高いですね。気障なイケメンだったら瞬☆殺ですね。
「その場合はギルドの方で安全確認を行った後、依頼料が半分支払われます。どうしても危険性は残りますからね。後、従魔の犯した罪は主人も同罪になります。もちろんテイム前の罪は別ですが……。テイム前でも個人特定ができて、被害が大きい場合は処分されることもあります」
まあ、テイムしたから無罪放免と言うわけにもいかないだろうしな。それは当然か……。
「わかった。ではその依頼を受けよう」
「本当によろしいのですか?自分で言っておいてあれですけど、吸血鬼はかなり強いですよ」
「ええ、まあ何とかなるだろう」
「……ちょっと不安ですけど、すいません。よろしくお願いします。あ、特別処置の方は私の方でしますのでギルドカードをお貸しください」
「ああ。って勝手に進めちゃったけど皆は……」
俺が言い切る前に全員が受付嬢さんにギルドカードを手渡していた。
「まあ、仁君が思いつきで行動するのはいつもの事ですから」
「そうよね。何も言わずに支えるのが良妻よね」
「いや、ありがたいが妻はないな」
「無念……」
ミオがガクッと崩れ落ちる。その背中にドーラが乗っかる。ミオの人間椅子の出来上がりだ。
「え?なんで乗られているの?」
《?》
首をかしげるドーラ。特に何も考えていなかったらしい。
ミオとドーラを放置して、受付嬢さんに向き直る。
「全員受けるようなので処理を頼む」
「はい」
しばらくすると受付嬢さんから呼ばれ、ギルドカードと用紙を手渡された。
「処理が終わりました。こちらがギルドカードと詳細が書かれた用紙です。……すいません。ご迷惑をおかけして……」
「まあ、冒険者としても活動するつもりだったし、迷宮探索は2日後からなので丁度良かったよ」
「お気遣いありがとうございます。よろしくお願いします」
冒険者ギルドを出た俺たちは早速吸血鬼のいる廃墟へ向かうことにした。渡された用紙を確認しつつ、マップで大体の方角を定めて馬車を走らせる。
「丁度良く依頼があってよかったですね」
「ああ、それに吸血鬼だ。ファンタジーの王道の1つ、女性型か老執事型ならテイム候補だな」
「まあ、いつものことですよね」
「あ、老執事型なら私にテイムさせてよ!拠点も手に入ったし、そろそろいいでしょ?」
「それもそうだな。そろそろミオもテイムを開始してもいい頃だよな」
「よっしゃー!老執事来いー!お嬢様と呼べー!」
《おじょーさまー!》
ドーラの方は姫様の呼称が正しい気がする。皇女だし。
廃墟までは馬車で約半日、その近くに小さな村がある。この村はこの国においては珍しく、迷宮への入り口がない村らしい。今日はその村まで馬車を進めて、明日吸血鬼討伐もしくはテイムをしようと思う。
3時間ほど馬車を進めたところで、アルタから報告があった。
A:これから向かう村に人がいません。件の廃墟に死者が大量にいます。生きているのは吸血鬼が1匹と人間の女性が1人だけです。
丁度マップが切り替わったのだろう。隣接エリアに村と廃墟が含まれたようだ。
「マジか……」
「仁様、どうされました?」
俺はアルタからの報告内容を皆にも伝えた。
「それって、これから向かう村が襲われたってこと?」
「多分な……。急いだほうがよさそうだな」
そう言ってマリアに視線を送る。マリアが馬車を止め、俺について来ようとする。いつもの<縮地法>+『ワープ』の高速移動コンボで廃墟に向かうつもりだ。
A:そこまで慌てなくてもよさそうです。様子を見る限り、残った女性に直接的な手出しはされていないようです。寄り道はできないでしょうが、MPに負担をかけてまで急ぐ必要はないと思います。
時間があるわけではないが、1分1秒を争うほどではないということか。
「アルタが女性はしばらく大丈夫だから、このまま進めばいいとさ」
「わかりました。ではこのまま馬車を走らせます」
そう言ってマリアは御者台に戻り、再び馬車を進めた。
吸血鬼のステータスを見せてくれ。
A:はい。どうぞ。
ジオルグ
LV52
性別:男
年齢:129
種族:吸血鬼
スキル:<闇魔法LV7><幻影魔法LV4><身体強化LV7><夜目LV6><飛行LV5><吸血LV7><散歩日和LV7>
……これ、B+ランクどころじゃないよな?
A:最低でもAランク、状況によってはSランクとして扱われる可能性もあります。
恐らく、<散歩日和>が日光を克服したスキルだろう。名前は穏やかなのに物騒なスキルだよ。
とは言え、やることは変わらないし、負けるつもりもない。
行こうとしていた村が全滅したみたいだから、このまま廃墟に向かうことになるだろう。時間的に夜の戦いになってしまうが、日中に戦いたい理由も多少のステータスダウンを期待してなので、無かったところでそれほど影響はないし……。
そんなことを考えていると、ミオが一言……。
「あ、そういえば大量殺人してたら、テイムしても処分されるわよね……」
「あ……」
完全に失念していた。……こうして、俺とミオの吸血鬼テイムの野望は儚く崩れ去ったのだった。
《ドーラわるいどらごにゅーとじゃないよ?》
いや、ドーラが何かやったとは思ってないから大丈夫。ミドリも平気。タモさんは……、人間には変身できなかったし、多分大丈夫。
さらに馬車を走らせ、日も落ち切るころに廃墟に着いた。正確には廃墟と言うよりは廃村だ。ほとんど朽ちている家しか残っていない。人がいなくなってから数年と言う感じではないな。とりあえず、馬と馬車は『ポータル』で返しておいた。ここに放置するのは嫌だ。
「うわー不気味ねー」
「ミオちゃん、顔色悪いですけど、今からこれで大丈夫ですか?」
そう言って俺にくっついてくるミオをマリアが心配する。
「正直ヤバいわね。出来れば拠点で大人しくしていたい……」
「良妻はどうした?」
「賢母危うきに近寄らずってね」
「君子ですよね?」
「そういえばさくらは平気なんだな?」
さくらに話を振ると、さくらの目からハイライトが消えた。あ、やばい。
「夜の学校に閉じ込められれば、幽霊なんかより人間の方がよっぽど怖いってわかりますよ。肝試しで墓場のトイレに閉じ込められたりもしましたね。トイレだから漏らす心配がなくて気が楽でしたね」
やっぱりトラウマスイッチだったか……。ドーラが飛んで頭を撫でている。可愛い。
さくらもドーラを抱きしめて癒されているようだ。可愛い。
「うー、マジでやばいわね。ネクタールちびりそう」
「いや、ミドリのネクタールの製造方法は確定してないからな?」
ミオの冗談を全力で否定する。正確には『絶対に確定させない』である。
「本当に厳しければ、拠点に戻ってもいいけど?」
「うー、本気で悩むわね……。うん、ギリギリまでは我慢します!でも、いついなくなるかわからないから、戦力には数えないで!」
「戦いません宣言は潔いのかわからんな……」
「『清浄』の準備はできているわ!」
それは宣言してはいけないよ。乙女として……。
しばらく進むと洋館が見えてきた。ここが件の廃墟だろう。いや、洋館って……。らしいと言えばらし過ぎるだろう……。
薄暗く、カラスが鳴いている洋館。正門は鉄格子の門が外れた状態になっている。正直、ファンタジーからホラーゲームにコンバートした気分だ。『雨宿り』とか、『迷子』とかのキーワードが抜けているのが救いか……。
外から見える窓には何もいない。マップを見ればわかるが、地下室があるようだ。
「あ、アカンです。無理です」
そう言ってミオは『ポータル』を使い、拠点に帰っていった。本当にダメなようで、帰る直前に『清浄』を使っていた。無理は、言わんよ……。よく考えたら、ドーラも全然怖がらないよな。
《みえてるからこわくないよー》
なるほど、ドーラちゃんには見えているんだね。わかった。うん、わかった。
とりあえず、ミオを除いた5人で洋館に入ることにした。
-ギギギ……-
らしい効果音で開いて行く、木製の扉。ここでホラーだったら、閉じた後は開かなくなるので、一応開け閉めを繰り返す。……よし、まだ俺たちはファンタジーの住人だ。
「何をなさっているんですの?」
「ああ、ジャンルの確認だ」
「はあ……?」
洋館の中には光源などないので、ランタンに火を灯す。魔法でも良いのだが、雰囲気作りを優先した。
外観同様に中もボロボロで、2階に行くための階段は半壊しているし、部屋の扉も壊れている。階段はエントランスの真ん中ぐらいにあり、そこから突き当たりまで進むと左右に分かれて、それぞれの2階に繋がるようになっている。その分かれ目に大きな肖像画らしきものがあるのだが、当然のように朽ち果てており、元の姿など分からない化け物のような絵になっている。
もう1度扉を確認する。よし、開く。ホラーじゃない。
2階へ上る階段の裏側には、地下へと続くであろう階段があった。その階段は元々は金属製の扉で施錠されていたようだが、今はその扉は破壊されて近くに落ちていた。階段の周囲の壁もやたら分厚いし、本来は開かずの間のような場所だったのではないかと思わせる。
階段は螺旋状に地下へと向かっていた。俺たちはそのまま地下へと向かっていく。って地下?この国って地下には迷宮があるんじゃないのか?
A:ええ、迷宮ですよ。この屋敷の地下は迷宮に繋がっています。確認した結果、他の場所には繋がっていませんね。魔物も出ないようですし、隠しエリアとでもいうべきでしょう。
何かに利用できるのか?
A:強いて言うなら迷宮用アイテムの実験とかですかね。
そんなことをアルタと話していると、そろそろ最下層へと着きそうだった。
《そろそろ最下層だ。戦闘の準備をするぞ》
《《《はい》》》
《はーい》
最下層に到着した。そこはかなり広い空洞になっており、壁が全体的に淡く光っているようだった。なるほど、迷宮内の光源はどうなっているのかと思っていたが壁自体が光っているのか。ちなみに壁はレンガのようなブロックが積み重ねられている。
A:壁を削ると破片は光りません。
あくまでも壁として光っているので、懐中電灯みたいな使い方はできないということか……。
奥の方に進む。マップを見れば吸血鬼は1番奥から動いていないようだ。さらわれた女性や死んだ村人もその辺りにほとんどがいるようだった。
「全く、記念となるべき素晴らしい日に無粋な客がやってきたものだよ。今去るのなら追わんよ。死にたくなければ帰りたまえ」
空洞内に声が響く。若い男の声だ。吸血鬼の見た目年齢と実年齢の対応がわからなかったが、129歳と言うのはまだ若いのだろうか。
A:若造ですね。
奥まで進んで行くと、所々に村人の死体らしきものが見える。敵の前なので不用意に確認したりはしないが、恐らく間違いないだろう。
1番奥の壁が見えることに、ようやく吸血鬼の姿も明らかになった。
「全く、折角忠告してやったのに、馬鹿な者達だよ」
吸血鬼は20代後半くらいの容姿で、顔は整っていた。ギルバートと同レベルとか……。くそう、死ね。髪は金髪で男にしては少し長く、軽いパーマがかかって肩まで伸びていた。
その横には立てられた棺桶。どうやらその中に生き残りの女性がいるようだった。特にその周辺に他の村人の死体が多いようだった。
「悪いな。討伐依頼が出ているんだ」
「なるほど、冒険者と言うわけか。この国は地下ばかり見て、地上の脅威を放置する傾向にあるはずなのだがね」
そこまでわかって行動していたということか。やはり、知性が高い。と言うか、人間と話しているのと変わりないだろう。
「この国の冒険者じゃないのさ」
「それなら納得だよ。しかし、なんでまたよりもよって今日なのかね。折角の結婚式が台無しだよ」
「結婚式?攫った村人の事か?」
「おや、そこまで知っているとはね。その通り、やっと見つけた。私の花嫁にふさわしい娘だよ」
そういうと吸血鬼は棺桶を開けた。
そこにいたのは、金髪の美しい女性だった。しかし、その女性を表現するのには、それだけでは足りない。より正確に表現するのなら金髪で『巨乳』の美しい女性である。そう、巨乳、いや爆乳なのである。薄手の黒いドレスのような服を着ており、胸元が露出している。いや、はみ出さんばかりに盛大に主張している。女性のバストを測る技術など持ち合わせていないが、それでもわかる。ウチの最大戦力であるセラよりもはるかに大きい。金髪で爆乳。つまりセラの上位互換と言うわけだ。
「ご主人様、なんか変なこと考えていませんこと?」
「イヤ、ソンナコトハナイ」
なぜばれたし……。あ、俺の視線が女性の胸部とセラの胸部を交互に移っていた。
「君にもわかるようだね!そう、このこぼれそうなほどのバディ!素晴らしい!まさに私と共に歩むのにふさわしい!フハハハハハ!」
ハイテンションになった吸血鬼が笑いながらそんなセリフを吐いた。巨乳好きの変態らしい。
「いや、それなら同種で探せよ……」
「ハハハハ……、いや、アイツらは気位だけ高くて扱いにくいのだよ。胸もそこそこだし……。だったら、下等な人間でも引き上げた方がマシだよ」
嫌な思い出でもあったのか、急にテンションを下げながら意味ありげなことを言う。
「引き上げる?」
「そう、このようにね!」
そういうと懐から短剣を取り出し、女性の胸元に刺した。
「な!?」
「うがあああああ!」
魔剣・ブラッドハート
分類:片手剣、呪い
レア度:秘宝級
備考:刺した人間を吸血鬼に変える。そのためには多くの人間の血液と、1滴の吸血鬼の血液が必要。
かつて人間を愛した吸血鬼が自らを人間に変えようとして作り出した。しかし、出来上がったのは真逆の効果を持つ魔剣だった。その後、吸血鬼と人間がどうなったかは不明。
花嫁と言うくらいだから、まさか傷つけると思わなかったので、女性への攻撃を許してしまった。と言うか、魔剣の説明を読む限り、正確には攻撃ではなさそうだけど……。
刺された女性はその場でのたうち回り、叫んでいる。よく見ると牙が伸びており、眼が不自然に赤くなっている。元々の色は分からないが、あそこまで白目が充血しているようなことはないだろう。
「人間を……、魔物に変える?そんなことが出来るのか?」
A:一応、出来ます。普通の手段では、出来ません。
「そんな矮小な言い方をしないでくれたまえ、下等な人間を吸血鬼と言う高尚なる存在に昇華させるのだよ」
「うあああああ!」
叫ぶ女性が手を振り回す。その手が近くにいた吸血鬼にぶつかる。その、腹部へと……。
「ぐふっ」
きれいな腹パンが決まり、そのまま勢いよく吹っ飛ばされる吸血鬼。こちらの方に高速で飛んできた。
避けようと思った次の瞬間、俺の目の前にマリアが出てきて、宝刀・常闇を一閃させてジオルグを縦に両断した。その瞬間、ジオルグのHPは0になった。両断された半身は勢いそのままに後ろの方まで飛んでいく。
「あー……」
吸血鬼のスキルが俺の方へ移動してきた。
「仁様、吸血鬼を討伐いたしました。これで依頼達成ですね」
マリアが何でもないことのように言う。
なんか、色々とバックボーンとかあるだろうに……。真っ当な戦闘シーンすらなく死んでしまった吸血鬼に同情を隠せない。
「うがあああああああああああああああああああ!」
おっと、まだ女性が残っていたんだ。吸血鬼のあまりの最期に頭から抜け落ちていた。短剣を外せば元に戻るか?
A:無理ですね。1度刺されてしまえば、短剣を抜いただけでは元には戻りません。途中で引き抜くことで中途半端な化け物に変わる可能性すらあります。
この状態からは手を出せないということか……
女性の腕力はこの時点でかなり上がっていることは、先ほどの吸血鬼を見れば明らかなので、1度距離を取ることにした。女性は5分以上のたうち回り、叫び続けた後で急に動かなくなった。刺さっていた剣が床に落ちる。
A:終わりました。
「終わったみたいだな……」
ミラ
LV40
性別:女
年齢:18
種族:吸血鬼
スキル:<闇魔法LV6><幻影魔法LV3><身体強化LV6><夜目LV5><飛行LV4><吸血LV6>
元々はレベルの低い普通の女性だったが、吸血鬼化したことでレベルもスキルも変化している。ジオルグよりはあらゆる点で劣るみたいだけど、ほとんどのスキルを引き継いでいるみたいだな。だからまあ、不意をつけばああなると……。
しばらくすると起き上がり、こちらの方を見てきた。しかし、この女性、ミラの目からは知性が感じられない。簡単に言うと獣のような目をしている。そして俺たちを見る目は完全に獲物を見る目だ。
「ぐるる……」
……どうしたものかな。明らかに正気じゃないよな……。と言うか、彼女は今どういう状態なんだ?
A:吸血鬼化による肉体の変質に耐えられず、精神の方が崩壊・変質してしまった状態にありますね。<魔法創造>なら、人間に戻すことは可能かもしれませんが、精神の方は無理でしょうね。
前にさくらと話したのだが、さくらの<魔法創造>は肉体的な損傷は回復できるし、条件さえそろえば死者すらも蘇らせることが出来る。しかし、精神に関する部分に影響するような魔法は創造がしにくい、いや、ほとんどできないようだった。
死者蘇生に関しても時間が経っている場合は記憶に欠損が生じるし、その欠損に関しては魔法で治せないようだった。
つまり彼女は人間に戻ることはできても、正常に戻ることはできないということか。
A:あ、余談ですけど彼女はテイムできますよ。
え?吸血鬼化って、そんな部分まで変質させるのかよ。
奴隷を所有している俺が言うのもなんだけど、元人間をテイムするって中々に凄まじいよな。でも、殺すかテイムするくらいしか大人しくする方法を思いつかない。よし、力の差を見せてテイムすれば大人しくなるだろう。……もしかしたら、俺たちが知らないだけで元に戻す手段があるかもしれないからな。
A:……。
「あの女吸血鬼、元人間みたいだがテイムできるみたいだ」
「そんなことが可能なのですか?奴隷にするのとは違うんですよね?」
「ああ、吸血鬼化は完全に魔物に変質するみたいだな」
さくらが不思議そうに聞いてくる。
「それでご主人様。あの吸血鬼はテイムするんですの?」
「ああ、そのつもりだ」
「では、お任せしますわ」
セラがそう言うと他の子たちも後ろに下がった。その段階でミラが俺の方に襲い掛かってきた。
「ぎぎゃー!」
俺は前に出て、飛び込んでくるミラの爪を剣で切り飛ばす。これだけではダメージが与えられないようだ。切られた爪はすかさず伸びてくる。その間に<魔物調教>の陣をミラにぶつけた。後は<手加減>でダメージを与え続ければいい。
そんなことを考えていると、ミラの背中から蝙蝠のような羽が生えてきた。そりゃ、吸血鬼だし、<飛行>スキルを持っているんだから、空も飛べるだろうよ。だけどココ地下だよ。一応、天井まで5mくらいはあるけど、屋外よりは効果が薄いだろう。
「ぎりゃああ!」
……違った。空を飛んで優位性を上げようとかじゃなく、単純に突進力を高めるブースターとして使ってきた。速度が増しているので、慌てて避ける。実は<手加減>は剣を使った場合には上手くいかないことがある。それは当然だ。剣で真っ二つにしておいて、手加減も何もないからな。
剣で受けたら両断してしまいそうで怖いので霊刀・未完を仕舞う。最近、剣を使うよりも拳を使う方が多くなっている気がするからな。剣と魔法の世界だから、剣を優遇してあげないと……。
ミラは俺に避けられた後、そのままさくらたちの方に向かおうとした。お前の相手は俺だぞ?俺は『ワープ』を使い、ミラとさくらたちの間に転移する。驚愕を顔に張り付かせたミラはそのまま爪を振るってくる。俺は爪に当たる前に腕を掴み、背負い投げのように地面に叩きつける。
「ぐぎゃっ!」
背中から地面に激突したミラは悲鳴のような声を上げる。今のでHPは3割減ったようだな。片方の手を掴んだ状態で、もう一方の手で仰向けとなったミラの腹部を一発殴る。HPがさらに2割減る。掴んだままの腕を引っ張り、元いた方に投げつける。倒れた状態でふらつきながら起き上がろうとしている。
この隙に皆に話しかける。
「すまんな。折角皆で来たのに、マリアと俺だけが戦うような形になってしまって」
「いえ、割といつもの事ですから大丈夫です。私は別に戦闘が好きなわけではないですから、仁君が良ければ何の問題もありません」
元々さくらは自衛手段としてスキルを上げただけで、戦闘要員にしたいわけじゃないからな。
「それにしても、魔法スキルを一向に使いませんわね」
「ああ、ある種の興奮状態みたいで、力任せの戦いしかしてこないようだな」
「仁君に力任せで挑むとか、無謀としか言えないですよね……」
「……まあな。おっと、立ち上がったみたいだから行ってくるわ」
ミラが立ち上がり、こちらを睨み付けている。しかし、すぐには攻撃をしてこないようだ。さすがに警戒しているのかな?今度は俺の方から駆け寄る。目標は腹部、腹パンだ。
しかし、ミラはその場で羽ばたき、空中へと飛び上がった。今度こそ空中からの強襲か?……違った。空中からこちらの様子を見ているだけだ。その眼には明らかに怯えの色が混ざり始めている。おい、興奮状態と評価した直後に怯えて冷静になるなよ。俺が予想を外したみたいじゃないか……。
冷静に考えれば、ミラの攻撃はこちらに1度も当たっていないし、受けた1撃1撃が大ダメージなので、怯えて警戒するのは当然だよな。
……空を飛ばれると、俺の攻撃手段が限られてしまうじゃないか。魔法、投擲、ワープ、スキル強奪、……結構多いな。よし、じゃあ今回はこれにしよう。
俺はミラの下付近まで近づくと、しゃがみ込み、そのまま高く飛び上がった。そう、本邦初公開<跳躍>スキルさんの出番である。ホーンラビットから入手し、スキル欄にずっとあったのだが、実質<身体強化>で十分のために役立つことのなかったスキルである。
効果は『高く跳べる』、『遠くまで跳べる』、以上。<身体強化>だけでも十分だよね。だからこそ今使ったんだけど……。実はステータスをガン上げすれば同じくらいは飛べる。強いて利点を上げるとスキルで跳んだからあまり力を入れていないことだ。
驚き、逃げようとするミラに素早く踵落としを決める。そのまま落ちていくミラ。落下と合わせて残りHPは1割を切った。そのまま俺も無事着地する。
倒れているミラはこちらを見上げている。その眼はもはや獣の眼などではなく、勝つことを諦め、怯えた小動物の目だった。
>吸血鬼をテイムしました。
>吸血鬼に名前を付けてください。
名前付きの魔物を倒しても、名付けってできるんだな。
A:はい。基本的に名付け前についていた名前は無効になります。
よくわからんな。ドーラにも前の名前があるのかな?今度聞いてみよう。
とりあえず、ミラのままでいいだろう。
ミラはテイムが成功した瞬間から仰向けになり、腹を見せている。獣のような目と言ったが、完全に獣じゃねえか!
「無事にテイムできたみたいですね」
「まあ、あの格好を見ればわかりますわよね」
目の前には服従のポーズを決めた吸血鬼がいるんだからな。
>生殺与奪がLV5になりました。
>新たな能力が解放されました。
<生殺与奪LV5>
能力の射程距離が常時30mになり、LV4までの10倍の速さで能力を奪える。範囲内の相手から同時に能力を奪える。1日1度だけ、射程距離100m、速さ100倍にできる。
>多重存在がLV2になりました。
>新たな能力が解放されました。
<多重存在LV2>
精神・記憶の保全、保護が可能となる。条件によっては復元も可能。
ステータス
進堂仁
LV69
スキル:
<格闘術LV10 up><奴隷術LV6 up>
装備:なし
木ノ下さくら
LV51
スキル:<火魔法LV7 up><水魔法LV7 up><風魔法LV7 up><土魔法LV7 up><雷魔法LV7 up><氷魔法LV7 up><闇魔法LV7 up><回復魔法LV7 up><MP自動回復LV4 up>
装備:ミスリルワンド
ドーラ
LV48
スキル:<竜魔法LV5 up>
装備:ミスリルスタッフ、ミスリルの円盾
ミオ
LV39
スキル:
装備:ミスリルの弓
マリア
LV55
スキル:<魔法剣LV2 up><神聖剣LV2 up>
装備:宝剣・常闇
セラ
LV36
スキル:<HP自動回復LV6 up>
装備:守護者の大剣、守護者の大楯
共通:
<火魔法LV4 up><水魔法LV4 up><風魔法LV4 up><土魔法LV4 up><雷魔法LV4 up><氷魔法LV4 up><闇魔法LV4 up><回復魔法LV4 up><索敵LV3 up>
タモさん
LV25
やっと仁たちも迷宮に入りました。これで迷宮王国編の面目躍如ですね。
基本的にマトモな戦闘シーンは期待しないでください。セルディク戦が限界です。仁たちのステータスが高すぎて、ステータスを下げた舐めプになるか、瞬☆殺になるかの二択なのです。だからこそクロード編で接戦を書きたくなるんですけど……。
20160131改稿:
異能のレベルアップを次話から移動。救済があることを明示的に……。