列伝第2話 冒険者クロードの冒険(5/5)
感想欄を見ると、クロード編にも賛否があるのがわかります。
作者としては賛否両論を覚悟の上で色々な試みをしていく、と言う方針ですので温かい目で見て頂けたらと思います。変わったことをやるときは、前書きで一言入れるよう心がけます。
シェリアが叫んでからしばらくたった。最初は驚いていたけど、その内に僕たちの料理の虜になったようで、何も言わずに黙々と食べ続けている。シェリアとはよく目が合うんだけど、そのたびに赤くなるし、しばらくは食事に手を付けない。僕が目線を外してしばらくするとまた食べ始めている。
「ごちそうさまでした」
いつものようにあいさつを終え、食器を片付ける。
夜とはいっても、まだ日が落ちてからそれ程経っていない。シェリア達が強行軍でヘトヘトになっていたから、予定よりも早めに休むことにしたからだ。
「クロード様、少しお話をしてもよろしいですか?」
火の番をしていた僕にシェリアが話しかけてきた。
「構いませんよ。どうかしましたか?」
「いえ、大したことではないんですけど、クロード様とお話がしたくて……」
僕と話しても面白いことなんてないと思うんだけどな……。僕の真横にシェリアが腰掛ける。
「その、本日は助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ」
「でも、普通の冒険者さんだったら、あれだけの群れに襲われた見知らぬ人間は、見捨ててもおかしくないと聞きました。どうして態々危険を冒してまで助けて下さったんですか?」
確かにあの状況なら見捨てる冒険者も少なからずいると思う。ファングウルフ自体はそこまで手ごわい魔物ではないけど、群れとなると話が変わってくるからね。
「まあ、大した理由じゃないんですけどね」
「お聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、それはシェリアが心から助けを求めていたからです。そして、僕たちにファングウルフの群れを簡単に殲滅できるだけの力があったからです」
「え?どういうことですか?」
これはご主人様からの受け売り、と言うかご主人様に聞いて決めた基本方針だ。
「まず、僕たちは冒険者ですから、基本的には依頼を受けて人を助けます」
「まあ、それはそうですよね……」
「もちろん、依頼を出すような余裕がないこともあるかもしれません。さっきのシェリアのように……」
「ええ」
シェリアが頷く。さすがにあの状況で報酬の交渉とかは無理だからね。
「そういう場合も含め、僕たちが助ける、助けないを決めるのはそれが心からの叫びかどうかで判断します」
「心からの叫び、ですか?」
「はい。あの時のシェリアは僕たちを利用してやろうとか思っていましたか?」
「……いいえ、生きたい。助けてほしいとしか考えていませんでした」
「そう言うことです。それが純粋な善の願いだと判断したら助けます。利用したいとか、悪意が見え隠れする場合、助けを求めている者の方が悪人の場合には絶対に助けません」
冒険者として活動する中で、人の悪意というモノがわかってきた。そんなときにご主人様からの方針に照らし合わせてみたら、驚くほど納得できることが多かった。
「そして、僕たちの手に負えないような内容だった場合にも、残念ですが助けることはしません」
「私の場合は、ファングウルフならどうにかなるから助けたということですか?」
「ええ、見知らぬ人間を助けるために命を懸けるのはとても難しいことです。でも、こちらに十分な実力があり、ある程度の余裕を持って人助けができるのなら、それはするべきだと思うのです」
人助けと言うのは本当に難しい。誰かのためを思ってしたことでも、当の本人からは余計なお世話だと言われたり、むしろ悪い方に事が進んでしまうことすらある。
だから、無理して、無闇に、無秩序な人助けをするのではなく、自分たちの基準を設けた上で人助けをすることに決めたんだ。
「そうだったんですか。皆さん、私よりも年下なのに、色々なことをしっかりと考えているんですね……」
凄い感心されているけど、半分くらいは受け売りだから少し気恥しい。
「うん、やっぱり、決めました。クロード様がいいです」
「どうかしましたか?」
何かを決心したかのようにシェリアが頷いた。僕が質問するとシェリアはグイッとこちらに顔を近づけてきた。
「お聞きしたいことがあります!」
「な、なんですか?」
シェリアの顔は決意に満ちているような印象を受けた。
「クロード様には!心に決めたお相手とかはいらっしゃるのですか?」
「えーと、どういうことですか?」
シェリアの言いたいことがわからずに聞き返す。
「将来を誓い合った方、好意を寄せている方などはいらっしゃいますか、とお聞きしています」
ああ、つまり好きな人か婚約者がいるのかと言う質問なんだね。何で僕に聞いてくるのかはよくわからないけど……。
「いえ、そのような方はいませんよ」
「本当ですか?パーティの方たちも綺麗な方、可愛らしい方が多いですけど……」
確かにパーティメンバーの女の子たちは皆可愛いとか綺麗とかよく言われているけど、僕にとってはそう言った対象ではない。
「彼女たちは、仲間で、家族です。大好きなのは間違いないですけど、恋愛とかそう言った対象ではないんです」
奴隷商にいた時も、盗賊に捕まった時も、ご主人様に拾われた時にも一緒にいた仲間だから、身近になり過ぎている。
「そうですか。良かった……」
安心したように微笑むシェリア。
「何が良かったんですか?」
「いーえ、何でもありませんよ。今はまだ何でもないことです」
「?」
「それより他にもお話をしましょう?今まで、どのような冒険をなされたんですか?」
「ええと、それでは風の精霊を助けたときのお話を……」
それから少しの間話を続け、グートさんがすごい形相でやってきたので、話を終えることにした。
「お話、ありがとうございました。そろそろお暇いたしますね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
シェリアと別れ、火の番をしながら少し考える。シェリアには『好きな人がいない』と言ったけど、それは正しくなかったかも知れない。正確には『好きな人を作らないようにしている』と言うべきだろう。
通常、奴隷は結婚できない。モノ扱いで結婚と言う権利を持っていないのだから当然だ。奴隷と結婚をしたい場合には1度奴隷契約を解除しなければいけない。まあ、解除した後でも元奴隷の意思が変わらなければ、だけど。
僕は、僕たちは対外的には奴隷ではないということになっているけど、あくまでもご主人様の奴隷だ。僕たちの結婚について、ご主人様の意向を無視することはできない。少なくともご主人様に反対されてしまったら、僕たちには何も言うことはできないだろう。
そんな状況で人を好きになってしまったら、辛いだけだと思う。だから僕は、人を好きになるつもりはない。親愛以外の恋愛的な好意を受け取るつもりもない。
だから僕は、見えないように、見ないようにするしかないんだ。
次の日、道中では何事もなく王都へと到着した。シェリアは初めて来た王都に驚いていたけど、僕が見ているのに気づくと、急に背筋を伸ばし綺麗な姿勢で歩き始めた。でも、シェリアの向かっている方向は、本来の目的地である王城とは反対方向なんだけど……。
グートさんが慌てて連れ戻した時にはシェリアは耳まで真っ赤にして俯いていた。方向音痴なのだろうか?
「では、ここまでで依頼達成だな。付き人の1人に依頼票を書かせるから、ギルドの方で報酬を受けとれ」
「はい、わかりました」
王都をしばらく歩き、王城に到着した。依頼はここまでだったので、これからシェリアの護衛を事後報告の依頼として登録することになる。
「クロード様!約束、忘れないでください!」
「ええ、わかっています。また会いましょう」
「約束ですよ!」
シェリアからの強い要望で、数日後に会う約束をすることになったのだ。
シェリアはこれから女王様と交易についての会談をし、それからしばらくは王都に滞在するという話だ。で、その間に縁談とかを進めてカスタールに嫁ぐつもりだと、グートさんが説明してくれた。
グートさんは僕の事があまり気に入らないみたいだけど、最後に『お嬢様に対して馴れ馴れしいのは許せんが、お前のおかげでお嬢様が随分と元気になった。そのことにだけは礼を言う』と言っていた。何の事だろう?
そんなシェリアに僕と会っている時間があるのかはわからないけど、約束したということは多分平気なのだろう。僕としても約束を破るつもりなんてないしね。
僕たちはそのまま冒険者ギルドに向かった。受付のお姉さんに挨拶をして、無事メタルタートルの討伐を完了したことを伝える。シェリアの護衛の事後報告も一緒に手続きをしている。しばらくするとギルド長がやってきた。
「おお、無事に討伐できたみたいだな」
「ああ、こいつら全員文句なくBランクだ。と言うか早くAランクにするべきだ」
クーガさんが苦笑いをしながら返す。
「何があった?」
「コイツ等だけでブライト・ファルコンを討伐しやがった」
「何!?」
ギルドの受付付近で話をしていたため、周囲にいる人たち全員が驚愕する。
「ふむ、詳しい話は奥で聞こう」
そう言って踵を返すギルド長。
「待ってくれ!そんな大ニュースを持って行かないでくれよ!」
「そうよ。クロード君の武勇伝を私たちも聞きたいわ!」
「そうだ!1人だけ先に聞こうなんてズルいぞ!」
しかし、周りの人たちがそれを許さない。それにギルド長に説明した後に、皆からも質問攻めに遭うのは目に見えているよね。
「むう、仕方あるまい……。クーガ、説明しろ」
足を止めたギルド長はクーガさんに説明を促した。
「そうだな。せっかくだから皆も聞け!コイツ等がメタルタートル討伐に向かって……」
それからしばらく、クーガさんが僕たちの戦いについて皆に聞かせた。周りの人たちは驚愕したり納得したり忙しそうだった。
「さすが王都期待のルーキー。することがでっけえな!」
「当然よ!私たちのクロード君よ!」
「いつからお前らのクロードになったんだよ……」
顔見知りの面々がそんなことを言いながら祝福してくれる。
ブライト・ファルコンとメタルタートルの死体については、ギルド側から買い取りを打診されたけど、珍しい魔物の死体は持ち帰るように言われているから、お断りすることにした。
「メタルタートルもついでに倒したようだし、文句なしにBランク昇格だ。カードの更新をするから明日までこちらで預からせてもらうぞ」
「はい、よろしくお願いします」
ギルド長からもBランク昇格の言葉が聞けた。全員分のギルドカードを提出し、Bランクのカードに更新してもらう。報酬は明日の受け取りの時に一緒に渡されるそうだ。
これで、僕たちは明日から名実ともにBランク冒険者となる。
ギルドのみんなからお祝いの言葉をかけられながら、僕たちは屋敷へと戻った。
「Bランク試験合格おめでとー!」
「ありがとうございます」
帰ってすぐにミオ先輩がお祝いの言葉をくれた。
「今日は皆の好きなミオちゃん特製ナポリタンよ。シャーベットもあるからね」
この2つのメニューは僕たちがご主人様の奴隷になって、最初に食べさせてもらったメニューで、いまだに僕たちの大好物となっている。
ご主人様が言ったのかミオ先輩が言ったのかはわからないが、Bランク到達という節目に相応しい料理だと思う。
「よっしゃー、ミオ先輩のナポリタンとか久しぶりだぜー!」
「そうだよね……。最近は人数が増えてあまりミオ先輩が主導で料理はしてないから……」
「レシピ通りにやっているのに、ロロの実力ではミオ先輩ほど美味しくはできません」
「いやー、料理でミオ先輩に追いつくのは難しいわよ」
皆のテンションも上がっている。
「さ、皆さん、早く片づけをしてご飯にしましょう」
「そうね」
「ふふ~、お腹ペコペコだね~」
ユリアさんの号令で僕たちは着替えたり手を洗ったりして、食卓に着く。
「お代わりはいっぱいあるから、気にせず食べなさい!」
「いただきます」×8
うん、美味しい。やっぱりミオ先輩のナポリタンは僕たちの1番だ。あれから色々あって、それなりに高級な料理とかを食べる機会もあったんだけど、いまだにこのナポリタンを越える料理には出会えていない。そう言えばナポリタンってどういう意味なんだろう?そんな料理、他では聞いたことないんだよね……。
「あ、こらイリス!取り過ぎだろ!」
「うるさいわね。早い者勝ちよ」
「ふふ~」
「あ、シシリー、寝るんならちゃんと寝なさい!テーブルに突っ伏すくらいならさっさと寝なさい!」
「ココちゃん……、シシリーちゃんに注意するのはいいけど、唾飛ばさないでよ……」
「あ、ごめん。でもアデル、そんな細かいこと気にしてたら大きくなれないわよ!」
「酷い……、謝ってきたのに貶された……」
Bランク試験合格の嬉しさもあり、その日はいつも以上にはしゃいだ夕食となってしまった。体型を気にしているロロ以外は最低でも3回はお代わりをしている。少々食べ過ぎってしまって、お腹が苦しい。
少し動いて腹ごなしをするために中庭に向かおうとしたら、途中でご主人様と出くわした。
「クロード、少し話がある」
「は、はい。何でしょうか?」
ご主人様から僕に話……。一体何の事だろう。最近では多少良くなってきたけど、いまだにご主人様との会話をするときは緊張する。僕にとってご主人様は雲の上の存在だ。圧倒的な上位者にして、絶対に逆らってはいけない相手だ。イリスほどではないけど、その点に関しては僕たち全員の共通認識である。
「座れ」
「はい」
ご主人様について行き、中庭に置かれた椅子に座る。
「クロード、お前に2つ質問がある」
「はい」
「1つ目の質問だ。クロード、お前は今の環境についてどう思っている?」
「今の環境とは?」
「奴隷として、冒険者として活動している現在の環境だ。不満があるなら聞くぞ」
今の僕があるのはご主人様のおかげだ。奴隷であることには不満などない。もしご主人様の奴隷になれなかったら、どこかで死んでいただろうし、冒険者と言う夢を叶えることもできなかっただろう。仲間とも一緒には暮らせていなかっただろう。
そういう意味では、現在の僕は非常に充実していると言えるのだろう。人を好きになれないくらい些細なことだと思える程度には……。
「はい、十分すぎるくらいには幸せです。仲間もいる。夢も叶った。不満なんてありません」
「そうか。それは良かった。じゃあ次の質問だ。俺に力を与えられることについてはどう思っている?」
ご主人様は他者に力を与えることが出来るという話だ。僕たち自身がその力を目の当たりにしているから、今更疑う余地などない。
言ってしまえば僕たちの力はご主人様からの借りものだ。自分の力と言いきれないのだから、そもそも増長の余地なんかなかったりする。
「俺の力ははっきり言えばズルい。その力で強くなることに抵抗とかはあるか?」
確かにご主人様の力はズルい部分も多いだろう。当然だ、一か月前まで死にかけの奴隷だった僕が、あっという間にBランク冒険者になったのだから。とてもではないが真っ当な方法とは言えない。でも……。
「僕は……、ズルいとは思いません。力は力です。大切なのはどう使うかだけだと思います。力がなければ何も守れません。僕は皆を守るためなら、ズルいと言われても与えられた、借り物の力を使うことに躊躇はしません」
そもそも、与えられた力が悪いというのなら、生まれついての境遇の差や、才能の差についてはどう説明するというのだろう。それもある意味では与えられた力じゃないのだろうか?誰に、と言うのは置いておくとしても……。
才能だろうと、運だろうと、努力の結果だろうと、力はそれ単体では何の意味もない。どんな力であろうと、僕は僕の家族を守るためにその力を使う。
「そうか。その点に関してしっかりと自分の意見を持っているのなら、何の問題もないだろうな……」
ご主人様が薄くほほ笑んだ。そのまま椅子から立ち上がり、本館の方に向かっていく。
ご主人様の望む答えだったのだろうか。僕にはご主人様の真意までは見通せない。
「参考になった。っと……、そうだ。まだ言ってなかったな。Bランク冒険者試験、合格おめでとう」
「はい!ありがとうございます!」
僕の名前はクロード。奴隷だけど、今は冒険者をやっている。
本来、クロード編は日刊クロードとして本編の間、一週間以内に終わらせる予定だったんですよね。本編の筆が進まなくて、伸ばし伸ばしになりましたけど。あ、短編書くなら本編書けよって意見もありましたが、意外と短編かくと気晴らしになって本編が進んだりもしました。執筆ってわからないものですね。
クロードは自覚系鈍感主人公借り物チート無双という訳の分からないジャンルになりました。頭が良いという設定のクロードが、本当に自分に向けられている好意に気付かないのか、と言う部分に切り込んでみました。
主人公視点の物語で自分を騙すっていうのも新しいと言えば新しいかも。