第33話 女王からの依頼と真偽
ちょっと最近筆の進みが悪く、いずれ2週に1回の更新になってしまうかもしれません。定期更新と言うスタイルは変えないつもりです。意外と6日更新と言うのが負担だったのかもしれません。次からは日曜0時更新に戻します。
コーダ:アレ?次の更新って今日だっけ?
王都到着から10日。約束通り王城に入り女王からの発表を聞きに来た。同じ目的なのだろう、王城の門付近では手練れの冒険者っぽい連中をちらほら見かける。残念ながらSランク冒険者は見当たらないが、Aランク冒険者は結構な人数確認できた。
中にはレアなスキルを持っている者もおり、失敬したい気分に駆られるが何とか我慢した。誰彼構わず能力を奪うほど、この世界を嫌ってはいないからな。
俺が奪いつくすのは敵だけだ。1ポイントだけ失敬する条件はまだ自分の中で煮詰まっていない。とりあえずは貸しのある相手ならOKということにしている。その場合、1ポイント余分に返すのも忘れない。
ギルバートからもらった白い方の封筒を門番に渡す。武器や魔法の道具の持ち込みは禁止なので門で預ける。Sランク冒険者ともなれば高価な道具を持っているだろう。それらをただ門番に預けるというのは不安もある。そこで勇者製魔法の道具の出番だ。
その名も『貸金庫』。平たく言えば生体認証の金庫で、本人以外には開けることが出来ない収納スペースだ。ここに私物を収納してから、『危険物探査』という装置で武器や魔法の道具を持っていないことが確認される。ちなみに『危険物探査』は完全に空港のアレだった。勇者の発想が貧困であることが明らかになった。
とりあえずさくらから借りたポーチ型のアイテムボックスを『貸金庫』に預ける。いや、<無限収納>がある以上、何の意味もないんだけどね。ほら、ポーズって大事だと思うんだ。まあ、後でどうにでも誤魔化せるとは思うけど、一応はね。
「この間はこっちには来なかったけど、こっちにも同じようなオブジェがあるんだな…」
「ああ、『動かぬ美術品』のことか。この城の建造当時からあったそうだな。勇者の作品らしい」
今俺はこの間は通らなかった通路を通り、謁見の間近くの控室へと向かっている。門番に書状を見せたら、ギルバート自ら案内にやってきた。そこまでの話ではなかったはずなので、この間の一件が影響しているようだな。
それにしても『動かぬ美術品』か。ずいぶんと良い解釈されてるな。俺からしてみれば「阿呆」の一言で済ませるんだけど…。
「でも、邪魔じゃないか?」
「何を言う。勇者が御自ら作り上げた美術品だぞ。それを取り壊すなんてとんでもない。過去に取り外そうという案を出した大臣もいるが、全部却下されている。当然だ」
ああ、正常な大臣が、勇者の威光に潰されている。
やりきれない気持ちを抱えながら、ギルバートに案内されるまま控室に行く。
「わーお」
「どうしたのだ?」
どうしたもこうしたもあるか。控室には俺と同じように集められた冒険者たちが、すでに30名以上集まっていたのだ。その中には称号としてSランク冒険者と記載されているものが2名いた。
クライン
LV93
…<魔法剣LV8><神聖剣LV9>
称号:Sランク冒険者、真竜殺し
<魔法剣>
魔法を武器に付与する。魔法の威力を剣に乗せることが出来る。物理攻撃としても魔法攻撃としても扱うことができ、片方が無効化された場合でももう一方の効果によりダメージを与える。
<神聖剣>
魔族などの邪悪なものに特効となる剣術。真竜の血を浴びた者のみが修得できる血塗られし力でもある。時々左手がうずく。
アーネスト
LV89
…<無属性魔法LV9><魔道LV7>
称号:Sランク冒険者、導師
<無属性魔法>
基本属性に含まれない特殊な属性の魔法。かつては無能者の証として扱われていたこともあり、ほとんど伝えられていない。使える魔法は<透明化><気弾>など。
<魔道>
全ての魔法の効果を向上させる。呪われた刻印を刻むことで得られるスキル。そのせいで時々左手がうずく。
門で見たよりも多くの未所持スキルが俺の視界上に踊っている。どう見てもユニークスキルなモノもちらほらとあるし…。おっと、こいつ等から奪う理由はないんだ。自重自重。
「いや、何でもない。実力者ぞろいだなと思ってな」
「ふむ、やはり君の目から見てもそうか。よくこれだけ集まってくれたよ」
そういえばそうだな。高ランク冒険者なんて、クセの強そうな連中をよく集められたよな。それだけ女王騎士たちの交渉が上手かったんだろうな。
それからもちょくちょく扉が開き、予定時刻の前には全員がそろっていた。
全員がそろい、予定時刻となったところで謁見の間に向かう。高ランク冒険者に無理を言って集まってもらったということで、女王に臣下の礼を取らなくてもいいとのことだ。うん、跪くのとか嫌な人間が多そうだよね。俺?絶対に嫌だね。
そうは言っても、女王が待っている部屋に礼もせずに入っていくのはマズいので、俺たちが集まった部屋に女王の方が後から来るという形になった。そのタイミングで女王が「臣下の礼を取らなくてよい」と宣言することで、体裁を整えるということらしい。とんだ茶番である。
俺たちは予定通り謁見の間に集められた。ふと疑問に思ったことをギルバートに聞いてみる。
「そういえば、冒険者なんて荒事をやっている連中の前に女王陛下が来ても平気なのか?防犯というか護衛というか、相手が高ランクなのは間違いないし…」
「ああ、そのことか。もちろん対策は十分にとってある。まず、王宮魔術師10名が女王に常時結界を張っている。彼らは全員冒険者ランクで言えばAランクに匹敵するだろう。さらには王家の者にしか装備できない『守護の威光』という魔法の道具を装備している。詳細は言えないが、これにより女王陛下の守りは鉄壁と言っても過言ではないだろう」
自信満々に答えるギルバート。多分、本当は言っちゃいけない内容だと思う。あれ?気遣いができるイケメン、意外と抜けてる?
A:そういう点が女心をつかんで離さないのでしょう。
ちくしょうリア充め。
A:マスター。自覚ないんですか?
?
「それこそ、Sランク冒険者を含めた全員が敵にでもならない限り、女王陛下が脅かされることはない」
あー、言っ、ちゃっ、た。フラグにしか聞こえないよ。つまり、「万全(ただし大丈夫とは言ってない)」ってことですね。わかります。
「ギルバート、あまり余計なことを言うな」
「も、申し訳ありません。ゴルド団長!」
いつの間にか近くにいたゴルドにたしなめられるギルバート。全く気付かなかったようだ。俺はマップで知ってたけど。
「実力的には問題がないというのに、見た目に反して口が軽いというのが評価を下げるのだぞ。…まあ、説明不足の私が言うのも褒められた行為ではないが…」
足して2で割ればいいと思うよ。
「は!以後気を付けます」
ビシッと効果音が付きそうな勢いで頭を下げるギルバート。
「君も、今聞いたことは忘れてくれると助かる。仮にも女王陛下の身の安全に関わることなのでな」
「はは…」
苦笑いすることしかできない。
「おっと、女王陛下が来るようだ。礼はしなくてもいいが、無礼なことはしないでくれよ」
言ったそばから女王が入ってきた。女王は十二単のような和装をしていた。さすがに12枚も着ていないと思うけど、数枚ってことはなさそうだ。髪は腰まで伸びた黒髪、目も黒だ。まさしく和風美少女といった感じだ。10歳という幼さだが、和装でしっかりと化粧をすれば、大人っぽさを演出できるだろう。
一歩ずつ、ゆったりと歩いてくる。周囲には先ほど聞いていた王宮魔術師もいる。聞いていた通り、全員『王授の首飾り』を付けて魔法を使用しているのが窺える。
「臣下の礼は不要なり」
女王が鈴を転がしたような美しく、それでいて幼さを感じる声で宣言する。
「冒険者諸君、本日は妾のかけた招集に応じて頂き、感謝するのじゃ。妾はこの国の女王であるサクヤと申す」
のじゃ、だと。思っていたのと違うベクトルだったので、らしくもなくフリーズする。馬鹿な。のじゃロリ女王だったというのか。一粒で二度三度おいしいとはこの事か。
「諸君には、内容も知らせず招集したことを申し訳なく思う。しかし、少々外に漏れては困る話をするのじゃ。理解いただきたく思う」
まあ、そのくらいの予想は立っているよな。女王が自ら話すというのだから。
「内容はある種の依頼じゃ。じゃが、この話をした後で依頼を受けていただけなかった場合には、しばらく王城に逗留していてもらうことになる。外に出て話を漏らされてはかなわぬからな。それに了承できぬものは申し訳ないが、この段階で退出いただけぬだろうか?」
依頼を受けない可能性。受けないと決めた後で逗留するのが嫌な冒険者を先に弾こうということか。数名の冒険者が謁見の間を後にしただけで、ほとんどが残ることにしたらしい。本当に優秀だな。女王騎士たち。
多分帰った冒険者たちにはこの段階で依頼達成になるんだろうな。
「うむ、残ってもらった面々には感謝をするのじゃ」
少々「のじゃ」がぎこちない気がするな。まあ、言い慣れてないのだろう。
「では、詳細な説明に入る。まず、今我が国はある脅威にさらされている」
ずいぶんと平和な国だったと思うけど…。
「その脅威とは、隣国エルディア王国の事じゃ。エルディア王国は最近勇者召喚に成功し、800名ほどの勇者を召喚した」
それは知っているな。
「そしてエルディアは勇者召喚の直前に、近隣の小国に戦争を仕掛け滅ぼしておる」
周囲の冒険者からも声が上がる。そんな噂一切聞いたことがないからな。
「エルディア王国はその件について、徹底的な情報操作をしており、話が外部に漏れぬようにしておる。その国は街が数個、村も10個程度しかなく、上手く話が広がらないようにした様じゃ。知っておるのは密偵を放っておるいくつかの国の上層部くらいじゃろう」
あー、勇者召喚の時、碌な人材がいなかったのって、そっちに出払ってたからなのか。
「王家はほとんど死亡、民もほとんどが奴隷になるか死亡するかのどちらかじゃ」
あの国、本当に碌なことしないよな。
「糾弾したくとも勇者を召喚したということもあり、周囲の国としても強くは出れぬと来たものじゃ」
どう考えても、そのタイミングを狙ったとしか思えないよな。勇者召喚をある種の免罪符として使ったわけだ。その前にしたことを勇者召喚でチャラにする。
「魔王との戦いに勇者は必須。だからと言ってそのような暴挙を許していいはずもなし。下手をすれば明日は我が身。この国が脅かされるかもしれぬ。そこで諸君にはエルディア王族討伐への参加を依頼したい」
先ほどよりも大きなざわめきが冒険者の間に広がる。それはそうだ。戦争参加を依頼されているのだから…。通常、冒険者は傭兵と違い戦争への参加を強制することはできない。スタンピードのような突発的な危機への参加を強制することはできるが、戦争のように明確な利権が絡む戦いへの参加を強制することはできないような契約となっている。
もちろん、参加を強制できないだけで、参加してはいけない理由も、参加を依頼してはいけないということもない。ただ、それを女王自ら高ランク冒険者を集めて依頼するというのが、1番の異常だ。
1人の冒険者が手を挙げる。
「女王陛下、それは我々に勇者と戦えと言うことですか?」
さらにざわめきが大きくなる。魔族に対する希望である勇者。それに剣を向ける。それに戦いを挑むというのはこの世界の住人にとってかなり大きな意味を持つ。
「いや、そこまでは言わん。独自の情報ではあるのじゃが、最近勇者たちは個人活動に移行したらしく、王都周辺にいる勇者はそれほど多くはないとのことじゃ。諸君らには内々に王都に向かい、直接王家を叩いてほしいのじゃ。もちろん勇者を避けて」
結構な無茶を言うな。
「これも独自の情報であるのじゃが、近々魔族の軍がエルディアを攻める。そのタイミングに合わせれば挟撃となり最小限の被害でエルディアを打ち取れるじゃろう。その後、勇者を手厚く迎え入れ、ともに魔族を討ち滅ぼせば万々歳じゃ」
大胆な作戦だな。魔族を利用するというのか。人類の敵である魔族を…。
魔族の名前が出たときに冒険者の多くが嫌悪感を露わにした。敵の敵は味方。違うな漁夫の利の方が正しいのか?とにかく1番美味しいところをかっさらおうということだろう。
「エルディアのような非道な国に勇者を任せてはおれん。魔族を共に討ち滅ぼすのはこの場にいる勇士たちじゃと信じておる!」
なるほど、勇者とともに魔族と戦う。それはある意味この世界の住人にとって最高のステータスだろう。高ランクの冒険者であろうとそれは変わるまい。それを餌にちらつかせ、邪魔で非道なエルディアを潰す。人類にとって共通の敵である魔族を自らの国が倒したという栄誉まで得られるとなれば、美味しい話ではあるのだろう。…でも。
「その話、ちょっと待つのじゃ!」
扉を開けて入ってきたのは、女王と瓜二つの顔をした少女だ。美しい髪と目はそのままに、こちらは白いワンピースを着ている。
「何奴!」
「妾の顔、見忘れたとは言わせぬぞ!妾こそ本当のサクヤ!この国の女王じゃ!」
な、なんだってー?女王様が2人いるー?どっちが本物なんだー?
「何を言っておるのじゃ。そんなことあるわけなかろう。顔が似ているだけで女王面とは片腹痛いわ。女王騎士たちよ。その者を捕えよ」
女王が命を下すも、流石の女王騎士たちも困惑する。
「何をしておるか。そんな世迷言に惑わされるではない。この『守護の威光』を付けられるのは王族だけ、妾を偽物呼ばわりしたところで、この国宝が妾の身代を証明しておるのじゃぞ」
「妾も当然それを付けられる。妾に返すのじゃ!」
「何を馬鹿なことを。わざわざ賊に国宝を貸す道理などない。さっさとせい!」
女王騎士たちも困惑しながらもワンピースの方の女王に向かう。
それはちょっと困るんだよな。俺はワンピースの女王の前まで走り、立ちふさがる。
「ぬ?おぬし、その者の関係者か?」
女王が怪訝な声を上げる。
「ええ、本物の女王陛下を連れてきたのはこの私ですよ」
「ふざけたことを!その冒険者をひっとらえよ。抵抗するなら殺しても構わん。偽物の女王は殺すな!」
女王陛下。言葉、崩れてきてますよ。ゴルドとギルバートもこちらに向かっている。さすがに冒険者主導でこのようなことを起こしたとなれば、騎士たちも立ち上がらざるを得ない。
「君がそんなことを考えていたとはね。やれやれ、私の目も鈍ったものだ。君には悪意などないと思っていたのだが、このような場でこのようなことを企てるとはね」
ゴルドが失望したような、自分を責めるような口調でそういう。どうでもいい話だが、先ほどゴルドには『ギルバートの言った女王の防衛について忘れてくれ』と『無礼なことをしないでくれ』と言われたが、俺はそのどちらにも「はい」とは言っていない。
「俺の知り合いの言ですけど、悪意を持ってない相手から被害を受けるっていうことは普通の事らしいですよ」
「これに悪意がないと?君の行いの方が正義だと?」
「正義なんかじゃありませんよ。ただ、俺の幸せのためにはこうするのが1番というだけです。ついでに言えば、コレが1番幸せになる人間が多いとも思います」
「そこまで言うのだから、何か理由があるのだろう。ついでだから言ってみるといい」
「早くとらえるのじゃ!賊の言い分に耳を貸すでない!」
女王(偽)がわめいている。そろそろ鬱陶しくなったな。俺は女王(偽)を指さし、大きな声で宣言する。
「うるさい!黙れ魔族!」
―ざわざわ―
今までで最大級のざわめきが謁見の間に広がる。
「な…」
「そんな、馬鹿な…」
ゴルドとギルバートも驚愕を顔に張り付かせる。
ああ、そうだ。この女王(偽)は魔族が擬態したものだ。本物は俺の後ろのワンピースを着た方の少女だ。
「何を馬鹿なことを!この妾が魔族じゃと!『守護の威光』を持つこの妾が魔族であるわけなかろう!」
「それがお前の呪印だ。相手の種族、性質、記憶、能力までを奪い去る<存在剥奪>の力だ」
「な、なぜそれを!」
あ、語るに落ちてくれた。
いや、なぜって<千里眼>以外にあるわけないじゃん。最初に女王を検索した時から、魔族やこの呪印が見えていたんだから。ほれ。
ロマリエ
LV48
性別:女
年齢:19
種族:魔族
スキル:<闇魔法LV7><氷魔法LV6><身体強化LV6><飛行LV6>
呪印:<存在剥奪LV->
<存在剥奪LV->
対象の種族、性質、記憶、能力を奪い去る。奪われたものは一時的にスキルを使用不能にされる。対象が死亡した場合には効果が解ける。『所有』を欺くことも可能。
「いや!そのような妄言に付き合うことはない!早くそいつを殺せ!」
完全に言葉遣いが変わった女王(偽)改めロマリエ。さて、もう敵役の出番は終わりだ。ご退場願おう。
「さて、そろそろ終わりにするかな」
「何をするつもりだ」
ゴルドも判断に迷っているようで、最大級の警戒はしているようだが、手を出しては来ない。Sランクを含めた冒険者の皆さんは空気になっている。あれだけSランクとかユニークスキルとかで引っ張ったのに、この扱いですよ。
「何って偽物はばれたら退場するべきでしょう?」
「ふむ、だがどうやってそれを証明する?状況的には君の言い分も気になるが、女王として扱っている方への手出しをさせるわけにも…、え?」
ゴルドさん、いつまで誰もいない空間に向かってしゃべっているんですかね。俺はもうとっくに駆け出していますよ。
ゴルドを無視してロマリエに向かって走り出す。出し惜しみはない。あ、<縮地法>は出し惜しんでるよ。ステータスの話ね。
「無駄なことを!結界と『守護の威光』を越えられるわけがないだろう!」
「せーの」
握り拳を作ります。後ろに振りかぶります。全力で前に出します。これが腹パンだ。嘘だ。
-バリン-
それだけでAランク相当の王宮魔術師10名の張った結界を含む、王国最大の防御は跡形もなく粉砕された。
「ば、馬鹿な!」
ロマリエも驚愕の顔を見せる。
「や、止めるのだ」
ゴルドも止めようとこちらに向かってくる。遅いけど。
Sランク冒険者とかもそれなりに驚愕してくれてますね。
「せーの」
「ひ、ひい!」
逃げようとするロマリエ。なんてことだ。後ろを向かれたら腹パンができないじゃないか。
「ふっ」
<縮地法>を使ってロマリエの進行方向まで移動し、正面にいるロマリエに腹パン。相手は死ぬ。
腹をぶち破られ、HPが0になるロマリエ。あ、サクヤ(本物)が苦い顔をしている。仮にも同じ顔をした相手に容赦ない腹パンが決まったからね。
その瞬間、ロマリエの<存在剥奪>が消失し、元の姿に戻る。肌の色は紫色で髪は金髪。サクヤとは全く違うが、端正な顔には死相を浮かべていた。と言うか、死んでいた。
「ほ、本当に魔族じゃあないか!」
「馬鹿な。王家が乗っ取られていたというのか!」
側近や騎士団はてんやわんやの大騒ぎだ。それはそうだろう。今まで自分たちが付き従っていた相手が、人類の天敵だったのだから。
「と、言うことはそちらにいるのが本物のサクヤ女王!」
サクヤに注目が集まる。それはそうだろう。2人の女王がいて、1人が魔族であり偽物だった。となれば本物はもう1人に決まっている。いや、決まっていないけど、大体の人はそう思う。
俺は魔族の首から『守護の威光』と呼ばれる首飾りを取り外すと、サクヤのもとに向かい跪き、それを掲げる。
サクヤはそれを受け取り首にかける。王家の者しか装備できない『守護の威光』を装備できたことで、このサクヤも王家に名を連ねる者であることが証明できた。まあ、ロマリエみたいな例外もいるんですけどね。
「落ち着くのじゃ。こちらの冒険者殿の手によって魔族は滅びた。今我々がすることは慌てることではない。今後のことを考えることじゃ。魔族の魔の手がどこまで伸びていたかを調べる。どの情報を公開し、どの情報を隠匿するかを決める。することはいくらでもある。慌てている暇などあると思っているのか!」
そう一喝し辺りを鎮める。俺からしてみるとワンピース姿なのでほほえましさの方が前に来るんだけど…。
「冒険者の諸君には対応が決まるまで控室の方で待機していただきたい。軽食の方を用意させるのじゃ」
あれで結構なカリスマがあるようなので、とりあえず一段落と言ってもいいだろう。
ふと、サクヤが俺の耳元まで近寄ってくる。跪いたままだからちょうどいいだろう。サクヤは小声で耳打ちしてきた。
「ありがとね、お兄ちゃん!」
さっきまでの威厳を意識した声ではなく、まさしく年相応の少女の声と笑顔でそう言った。
その笑顔を見て、俺はサクヤを助けた晩のことを思い返していた。
2章の本編は後2話で終了です。と言うかコレが実質のボス戦です。