第32.5話 第1回定例報告会
宗教的なお話が多分に含まれます。苦手な方はスキップ推奨です。
私の名前はルセア。元女王騎士で、今はただの一信者です。
「来ましたね。ルセアさん」
「お待たせして申し訳ありません。少々準備に手間取ってしまいました」
「いえ、まだ約束の時間まではあります。お気になさらないように」
この方はマリアさん。私よりも先に主様に信仰を捧げていた、いわば先輩です。マリアさんにも様付けをしようとしたのですが、不要だと仰ったのでさん付けと言うことに落ち着きました。
『我らが仰ぐべきは神である仁様ただおひとり、それ以外の信者同士で上下関係など不要です』
主である仁様はまさしく神の御業をお使いになります。そしてその力によって私やマリアさんは絶望の、死の淵から救い出されました。主様にも目的あっての事でしょうが、そんなことは関係ありません。大切なのは主様により、私が、私たちが救われたということなのです。
『人に救われたのだったら、恩返しをするべきでしょう。ですが、神に救われたのだったら、信仰を捧げるべきでしょう』
マリアさんにそう言われ、実際に主様に救われたとき、その言葉の意味を理解しました。その時から、私は騎士であることを捨て、1人の信者として新たな生を受けたのでした。
「では、第1回の定例会を始めましょう」
「はい、議事録は私がとります」
「よろしくお願いいたします」
今日は主様を信仰する者たち、と言っても今のところ私とマリアさんしかいないのですが…、の定例会です。主様に対するスタンスや、信仰の仕方、布教などについて話し合う場を設けることにしたのです。
「まず、第1の議題です。信仰を捧げる代替物についてです」
「代替物、ですか?」
「ええ、私は仁様と共に行動しているので、信仰を捧げる対象には困りません。ですが、ルセアさんのように、別行動をしている方は代替物への祈りが必要だと考えるのです」
「なるほど、主様ご本人への祈りができないから、代替物へと祈りを捧げるのですね」
一緒に行動できるマリアさんがうらやましい。というのは、口に出してはいけないのでしょうね。
「ええ、他には仁様のいる方向を指示し、その方角へ祈りを捧げるという手段もありますが、あまりお勧めはできません。方向と言うのはかなり曖昧な存在ですからね」
「そうですね。距離が離れれば少しの角度の違いが、膨大な誤差になってしまいます。よほど正確に向きを合わせなければ、信仰が届きません」
「はい。そこで代替物を何にするかと言うのが今回の議題です」
難しいですね。シンプルに像でしょうか。
「こちらでたたき台を用意してきました。まずは木像です」
そう言って取り出したのは、主様を模した木彫りの像です。かなり精工に作られています。マリアさんは様々な才をお持ちだと聞いているのでその1つでしょう。
「次に絵画です」
次に取り出したのは主様を描いた絵画です。木造も絵画も主様の特徴をよくとらえていて、素晴らしい出来です。
「ですが、この2つは却下したくもあります」
「何故でしょうか?とてもよくできていると思うのですが…」
「いえ、まだまだ未熟もいいところです。ご主人様の偉大さを1%も引き出せていません。せめて<彫刻>と<絵描き>と<美術>のスキルをレベル10にしてからでなければ、とてもじゃありませんが象徴になどできません」
マリアさんは素晴らしい向上心を持っています。そして主様への信仰心も私よりも高いです。そのマリアさんから見れば、中途半端な代替物を象徴として掲げることが許容できないのでしょう。
「ですが、いくらマリアさんでもスキルをレベル10にするのは簡単ではないのでしょう?」
「ええ、独力では時間がかかりすぎますし、仁様のお手を煩わせることになってしまいます」
主様でしたらスキルを上げることが出来るでしょう。ですが、それには目的を話す必要があります。
そうそう、主様は『神』と呼ばれることを嫌うそうです。他にも『勇者』とも呼ぶべきではないそうです。最初に会ったとき、主様をそのように呼び、お叱りを受けたと、マリアさんは沈痛な表情で仰っていました。人生最大の汚点だとも…。
「そこで代わりの案として、紋章という物を考えようと思っています」
「紋章、ですか?」
「ええ、仁様を象徴する形を組み合わせ、紋章とすることで擬似的に仁様への信仰を示そうというのです。これの利点は万が一仁様に見られても簡単には信仰に気付かれないというところにもあります」
「なるほど、それでしたらいつでも持ち歩けますし、量産も容易でしょう。見られても問題にならないといいことだらけですね」
「ええ、では早速案を練っていきましょうか」
「はい」
「では、次の議題です」
「はい」
「第2の議題は布教についてです」
「信者を増やすということですね」
「ええ、ですがこちらにはある種の行き詰まりを感じています」
「それは何故ですか?」
あれだけのことが出来るお方です。その気になれば信者を増やすことなど造作もないでしょう。
「その気にすることが難しいのです」
私の考えを読んだようにマリアさんが呟きます。
「悲しいことに我々の活動は仁様非公認です。この状態で信者を増やすのがどれほど難しいか…」
はあ、とため息をつくマリアさん。
「我々の共通点を考えてください。2人とも仁様に欠損を回復させられた奴隷です。恐らくこの条件が1番信仰を集めやすいでしょう」
「そうですね。あの瞬間に私は生まれ変わることが出来ました」
「ですが、それを意図的に再現するのは難しいでしょう。仁様は奴隷を購入することに躊躇はしません。ですが、その対象は仁様の興味を引いた者だけです」
私は女王騎士、マリアさんは勇者と言うステータスがあったから購入されたと聞き及んでいます。そうでもなければ欠損のある奴隷など買わないでしょう。そして、そこまで珍しい奴隷は極々稀でしょう。
「ですので、少しアプローチを変えましょう」
「どのようにでしょう?」
「それはルセアさんに欠損のある奴隷を買ってもらうということです」
この世界では奴隷が奴隷を買うことはできます。ですが、最終的な所有権、命令権は奴隷を買った奴隷の主人のモノになります。1番最後に買われた奴隷には、主人が2人いることになりますね。
「幸い、ルセアさんは今後別行動をします。その中でクランを作り、奴隷を追加していくことになるでしょう。その時に欠損のある奴隷を買い、教えを説き導くのです。ルセアさんも『リバイブ』を与えられていますからね。難しいことではないでしょう」
恐らくですが、新たに作成されるクランの中で、奴隷を買いに行く役目は私が担うことになるのでしょう。その時に一緒に信者を見繕うというわけですね。納得です。
「ですが、それだと新たな信者の信仰が私に向かってしまうのではないでしょうか?」
「ええ、その可能性はあります。ですから、ルセアさんはあくまでも神の代弁者であるというスタンスを貫く必要があります。本当に敬うべきは仁様であり、ルセアさんはあくまでもその中継地点であるようにふるまうのです」
「そのための紋章なのですね」
「ええ、その点では顔の分かる木像や絵画の方が優れているのですが…」
「ないものねだりはするべきではないでしょう。わかりました。そのお役目、全うさせていただきます」
これは非常に重要な役目です。何としても成功させなければいけませんね。
「お願いします。私は仁様をお守りする義務がありますので、この街を離れてからの事にはなかなか参加できないかと思います」
「その方がはるかに大切なお役目です。信仰にまつわる雑事は、私の方にお任せください。主様の事はよろしくお願いします。」
「はい、この身に代えても…」
「本日最後の議題です」
「はい」
「この団体、なんて名前にしましょうか?」
「え…」
言われてみれば、名前とか一切気にしていませんでしたね。信者がいて、主様がいる。それだけで完結していましたからね。ですが、今後も信者を増やすなら、何かふさわしい名前が必要になります。
「素直に仁教とか?」
「それでは仁様にすぐに知られてしまいます」
「では、仁様の力にあやかり、異能教と言うのはどうでしょうか?」
「同じです。仁様をあまりに前面に押し出し過ぎですね。異能と言うのは一般的な言葉ではありませんし…」
「では、異能とスキルからとって、…教と言うのはどうでしょうか?」
「ふむ、そのくらいなら仁様を強くは示さなそうですね。それでいて仁様の力を端的に表しています。良いですね。私1人ではそこまで思いつかなかったでしょう」
「ありがとうございます」
「私たち『…教』は、主である仁様を崇拝し、仁様を象徴する紋章に祈りを捧げます。目下の活動方針は欠損奴隷の救済と布教です。異論、質問はありますか?」
「いいえ、ありません」
「それでは第1回の定例会を終了します」
「「お疲れさまでした」」
こうして、本日の定例会は終了しました。
A:これ、マスターに報告した方がいいですかね。…いえ、マスターのためにやっていることですし、害にはならなそうだから放っておきますか。それにしても『リバイブ』がさくらさんの魔法だってことは完全に頭から抜け落ちているみたいですね。
「?ルセアさん、今何か言いましたか?」
「いいえ?なにも」




