第28話 スタンピードと暴君
少し余裕があるので、しばらく6日更新にする予定です。一応、一周して日曜更新になるまでは続けます。
仁:ちょっと田んぼの様子見てくる。
ミオ:この戦いが終わったら私と結婚して!
《《日本米?》》
さくらとミオの声が重なった。
《ああ、日本米の産地が壊滅的な被害を受けるなんて、そんなことは許容できない》
《ご主人様、そんな理由でスタンピードに向かうんだ。というかもしかして、村に着く前に全滅させる気?》
《当然だろ?俺が到着してからは、1匹たりとも魔物を村に入れないぞ》
田んぼを踏み荒すようなマネはさせないつもりだ。
《おコメたべられるのー?》
《ああ、俺が村を助ければその分おコメが食べられるぞ》
大分語弊のある言い方だが、わかりやすさ重視で言えばそうなる。
《ごしゅじんさまがんばってー!》
おお、ドーラからの応援でさらにやる気が上がったぞ。
《仁様、そんなことを考えていたのですか!危ないからせめて私だけでもお供させてください》
《そういうと思ったから、セラと2人を連れてきたんだ。どっちかが御者をやってもう1人が俺とともに戦うという選択肢がとれるようにな》
《私も戦いたいですわ!》
《さすがに2人は無理だな。御者が誰もいなくなる…》
マップ上で確認できた魔物はたったの200匹程度だ。俺たちがステータスを十分に使えば、余裕で倒せる範囲だろう。
念のため、というか体裁のためにももう1人には御者をやって村人たちを避難させてもらうつもりだ。
《はあ、わかりましたわ。マリアさん、ご主人様のことをよろしくお願いしますわね》
《もちろんです。任せてください》
俺に同行するのはマリアで決まりのようだ。というかマリアは俺の何が心配なのだろうか?マリアに心配されるようなことをした記憶もないんだが…。
《じゃあ、こっちは特にすることないのね?》
《そうだな。まあ、周囲の連中同様に戦闘準備だけはしておいてくれ》
《了解》
そう言って念話を切る。本当は全員で向かって経験値を稼ぎたかったが、人数が多いと馬車で出かける正当性に疑問が生じるのが難点だった。『ルーム』に入れるのも手だが、誰かに違和感を待たれたりしたら面倒だから、今回は最初から少人数で行くことにした。もっと言えば俺1人でこっそり行って全滅させても良かったんだけどね。
それから20分ほど馬車を走らせると、前から別の馬車がこちらに向かってきていた。恐らく、件の村から逃げてきた馬車だろう。
「そこの馬車。少し止まって話を聞かせてくれ!」
御者席に座っていた男が俺たちに向けて言い放つ。急いでいるとはいえ、ここで無視するのもまずいだろうから、馬車を止めさせる。話しかけてきたのは軽装だが鎧を付けたイケメンだった。簡単に言うと騎士のような姿だった。
「君たちはスタンピードに巻き込まれそうな村への救助か?」
「ああ、馬車を持っている冒険者は逃げてくる村人を救出するようにと言われている」
「と、言うことは冒険者ギルドは村を守らない方針か…」
これだけで瞬時に状況を判断した騎士(仮)。守るつもりなら、救助より戦力を送ることが重視されるからだ。馬車の中から悲痛な叫び声が聞こえる。
「そんな!冒険者は村を守ってくれないのか!」
「まだ村の方には大勢の人が!」
視認はできないがマップをよく見ると、馬車の中には明らかにキャパオーバーな人数が乗っている。女、子供、老人、体の不自由な人が中心だ。良いことではないが、馬に無理をさせてでもできるだけ多くの人間を乗せようとした結果だろう。
「冒険者ギルドは村とアタリメの間で防衛戦を行い、逃げてきたものだけを保護する方針だ」
「すまない。酷なことを言うようだが、出来れば村に近い人から順に乗せて行ってあげてくれ。そしてできるだけ多くの村人を乗せてあげてくれ」
「もとよりそのつもりで人数を減らしてきた。それに最悪、御者だけ残して残りは徒歩で戻るつもりだ」
「それは助かる。無理だと思ったらその場で引き返してくれて構わない」
村に近づけばその分だけ危険は増す。逆に言えば村に近い人間ほど逃げ遅れる可能性が高いということに他ならない。だからこそこの騎士(仮)も「出来るだけ」と注釈をつけたのだろう。
「引き留めてしまって悪かった。くれぐれも無理はしないように」
「ああ、そっちこそ急ぎ過ぎて馬をバテさせないようにな。ギルドの方もそろそろ準備が終わる頃だ」
「忠告感謝する。とは言え、馬にはもうしばらく頑張ってもらう予定だ。防衛ライン近くまで連れて行ったら、もう1往復する予定だからな」
「そうか、じゃあこれでも飲ませてやれ」
数本のポーションを手渡す。ドーラ謹製の効果1.5倍ハイポーションだ。売りには出せないから、あげてしまっても問題はない。珍しく真っ当そうなやつだからな。多少の手心は加えてもいいだろう。
「こ、これはハイポーション!すまない、恩に着る。私の名前はギルバート。この件が終わったら、しっかりと礼をさせてもらう」
「気にするな。これは俺の気まぐれだからな」
そう言ってギルバート(仮)、…じゃないギルバートと別れた俺たちは、速度を上げて村へと向かう。そうそう、俺たちの馬にも頑張ってもらうために<生殺与奪>によるステータス強化と薬品の投与を実行した。まさか馬にまで強化をすることになろうとはな…。
「頼む!もう少し村の方に行ってくれないか!まだ結構残っているんだ!」
「俺はいい。歩くのが遅い連中がまだ後ろにいるからそっちを優先してくれ」
驚いたことに、道中であった村人は1人も乗せて逃げてくれとは言わなかった。俺の中で日本米の村の評価がどんどん上昇していく。俺たちは言われるがままに村の方へと向かった。
スタンピードの判断方法の1つに砂煙というものがある。魔物が大量に移動するから、砂埃が舞って、遠目で見ても分かるということだ。今回のスタンピードは砂煙によって、ある程度遠くから確認されたのだろう。村と森の間は魔物の移動速度でも1時間以上はかかるようで、街までの馬での伝令、俺たちの移動時間を合わせても1時間も経っていなかったようだ。スタンピードは早期発見が勝負を分けるので、今回の件は運がよかったのだろうな。そして何より、俺たちが対処に来たということが1番運がよかったのかもしれないが…。
村付近まで来ると、砂煙がかなり近くに来ていることがわかる。マップを見ても後10分もしないうちに直撃するだろう。
最後尾の村人グループを発見した。本人たちが最後尾と言っているし、マップを見ても村に人は残っていないので、とりあえず一仕事終わった感じだな。これからセラ1人を御者に残して、俺たちは魔物の討伐をしよう。
「あの…、なんで馬車から降りているんですか?」
馬車から降りる俺とマリアにそう聞いてきたのは、病弱そうな女の人だった。村は農村だが、体の弱い人にも負担の小さい仕事を割り振っている。故に村には丈夫ではない人も一定数いて、さっきの馬車でも歩くのが遅い人たちは半数も乗せられなかったということだ。
「今から魔物に一当てして、多少間引こうと思ってね」
まあ、全滅させますけどね。
「き、危険ですよ!そこまでのことは依頼されてないのでは!?」
「まあ、そうなんだけどね。でも、できれば村の被害を減らしたいとは思わないか?」
「それは…、当然ですけど…」
「その村ってお米作っているんだよな?俺、お米大好きなんだ。村が荒らされると、俺が困るんだよ」
「ま、まさか、お米のために村の救援に来たのですか?」
驚愕を露わにする村人たち。まさかお米好きに救われるとは思っていなかったのだろう。
「だから、村に向かうのは俺の意思だ。御者は1人残していくんで安心してくれ。道中で村人を拾うから、俺たちがいない方が多く乗れるだろうしな」
「でも、あなたたちに何かあったら…」
「その心配も不要だ。腕には自信があるからな。危なそうなら回避するくらいはできる。上手くいけば村の被害も減らせるし…、やらない理由がない」
「ほ、本当にいいんですか?」
「ああ」
困惑顔の村人たち。
「でも、そこまでのことをしてもらっても、私たちには大した報酬は出せませんよ…。そこまでお金に余裕のある村でもありませんし…」
「お金はいらない。お米で払ってくれ」
きっぱりと言う。俺の要求はただ1つ、お米だ。
「…ふふ」
村人たちが笑う。半分くらいは苦笑だが。ここまで自分たちの米が評価されているとは思わなかったのだろう。
「わかりました。村が再興したらお米で払わせていただきます」
「任せとけ!最高の米で払ってやる!」
そう言ったのは、いかにも農家と言った体格のおっさん。なんでも、足の遅いグループに肩を貸すため、体力のある人間も最後尾に残ったとのこと。人情溢れるね。
無事契約が成立したので、俺とマリアはスタンピードに向かうことにした。
「セラ、後は頼むぞ」
「任せてくださいな。そちらこそ、無理はなさらないように」
「はい、私が何としてでも守ってみせます」
だから、なんでそういう扱いなの?
セラに馬車を任せ、出発する。村よりも森に近い位置で戦わないといけないからな。少し急ごう。馬車から見えない位置に移動すると『ワープ』により、ある程度の距離を一気に詰める。詠唱中は<縮地法>を使って進みつつなので、合計すると信じられないくらいの移動スピードだ。1分しないうちに村を飛び越え、魔物と村の間まで移動することができた。
「よし、ここならば問題はないだろう」
見晴らしがよく、奇襲なんかの心配はなさそうだな。まあ、マップ以下略。
「はい、武器の準備もできています」
俺は霊刀・未完。マリアは宝剣・常闇だ。ステータスはかなり高いところまで上げている。ここまでやって負けるなんてことは考えられない。
マップでスタンピードに含まれる魔物を確認する。ふむ、ゴブリンやオークなどの人型の魔物しかいないな。オークは豚人間とでもいうべき魔物だ。まあ、大方ファンタジーのお約束ともいえる生態をしている。ゴブリンよりはるかに強いが、今の俺たちには誤差のようなものだ。他にもオーガなどがいるな。こちらは一言でいえば鬼だ。人間風味は少ないけどね、かなり厳ついし…。腕力はオークですら比較対象にならない。
どうでもいい話だけど、鬼人種っていうのもいるらしく、こちらは人類種扱いだ。オーガと一括りにされることを酷く嫌うんだとか。
A:人間がサルと同じに扱われるようなものです。
あー、それはちょっと嫌だな。納得。見かけても、そのネタではからかわないようにしよう。
あ、オークとオーガの一例ね。
オーク
LV14
<身体強化LV3><棒術LV2><繁殖LV1>
備考:人型豚顔の魔物。
オーガ
LV16
<身体強化LV4><怪力LV4>
備考:腕力に優れた鬼の魔物。
そんな風にどうでもいいことを考えている内に、スタンピードの最前線が近づいてきた。砂埃が舞い、地面が振動している。この量の魔物が移動すれば、付近の地面くらい揺れるか…。
「さて、美味しいお米とステータスのためにちょいと頑張りますかね」
「お供します」
スタンピードに向けて走り出す。最前線にいたゴブリンに向けて刀を振るう。まとめて5匹ほどが真っ二つになった。
無詠唱でウォール系の魔法を連発し、スタンピードの進行を遅らせる。目の前にウォールがあっても、密集している個所で発動させてやったので、避けられず自ら火の壁や岩の壁に突っ込むことになった。当然即死だ。
たった200匹だ。良く味わってやらないと、すぐにいなくなってしまうからな。少しは強そうなオーガは足が遅いらしく、少し後ろの方に行かなければ会うことはできない。
マップで背後に気を付ける。俺の位置より先にはいかせない。マリアは俺が倒しきれなかった魔物を倒させている。こっそりついてきていたタモさんがマンイーターに擬態して、触手で魔物を捕まえる。
前の方にいた50匹ほどはほとんどがゴブリンだ。上位種もいるが、構わずに切り捨てる。冷凍ミカンは名前こそアレだが、伝説級の名にふさわしく俺のステータスを無駄なく威力に加えている。簡単に言うと、切り捨てる際の抵抗が恐ろしく少ない。豆腐でも切っているかのようにゴブリンを両断する。
「マリア、そろそろオークが混じってくるぞ!」
「問題ありません!村の方にはまだ1匹も近づいていません」
「そのままで頼む」
ゴブリンの群れにオークが混じり始めた。ゴブリンよりは固い。とは言え、俺のステータスと冷凍ミカンの力により、バターをナイフで切るくらいの抵抗だ。
特にこだわりがあるわけではないが、左手は魔法を使うために空けている。盾を持っていないので、攻撃を受けて防ぐ手段はない。とは言え、俺に対する魔物たちの攻撃は、届く前に本体が死んでいるから何の関係もない。
『ファイアボール』
『ウィンドバレット』
『ストーンウォール』
LV1の魔法は大量に<無限収納>に入れている。
『ファイアストーム』
『サンダーストーム』
これらはLV4の魔法だ。魔法のスキルはあまり上がっていないが、仲間全員分合わせればそれなりのLVになる。そこで、レベルを集めて詠唱し、発動直前に<無限収納>に入れることで、現在のスキルレベルが低くても高位の魔法を無詠唱で使うことができる。便利な範囲攻撃だから、事前に入れておいて正解だった。ほかにも色々魔法はあるけど、修行のために低レベル魔法によりがちとなっており、数少ない例外がこのストーム系魔法だ。
ストーム系魔法は1度に10~20匹をまとめて葬り去る。勿体無いからあまり使いたくはないが、密集していて防衛ラインを抜けられそうなときには使うしかない。
斬撃、魔法、斬撃、魔法。しばらく繰り返していると、徐々に振動が小さくなっていった。指揮官タイプのオーク・ジェネラルとかも混じっているんだが、スタンピードに秩序などほとんどなく、有象無象の集まりだ。<鼓舞>も<統率>も何の役にも立たない。
ついにはオーガも混じってきた。動きが遅い分、攻撃は強力だ。…一般的に見れば。
「オーガが来たぞ。時間を取られて村の方に行かないようにしてくれ!」
「はい!」
オーガはオークよりも固く、ハムを切るような感覚だ。なぜさっきから例えが食材ベースなのだろうか。料理なんてできないくせに…。
何が厄介かというと、1匹当たり1秒長く戦うと、それだけ村の方に行く敵が出やすくなることだ。田んぼを守るためには1匹でも通過させることは許されない。
最初から俺がやられる可能性など考えていなかった。俺たちの敗北条件はただ1つ。村への損害だけだ。
オークもオーガも上位種も、相手を問わずに切り捨てる。戦い続け、30分程度で全滅させることができた。
「村への損害なし。俺たちの完全勝利だな」
「はい。タモさんが意外と活躍してくれました」
《…》
討伐記録
ゴブリン×62
ゴブリン・ソードマン×39
ゴブリン・ナイト×32
ゴブリン・ジェネラル×23
ゴブリン・キング×2
オーク×29
オーク・ジェネラル×18
オーク・キング×1
オーガ×17
ブラッド・オーガ×7
グリーン・オーガ×6
合計236匹
オーク・ジェネラル
LV23
<身体強化LV4><棒術LV3><繁殖LV2><統率LV1><鼓舞LV1>
備考:オークの指揮個体。
オーク・キング
LV29
<身体強化LV5><棒術LV4><繁殖LV3><統率LV2><鼓舞LV2>
備考:オークの最上位個体。
ブラッド・オーガ
LV30
<身体強化LV4><怪力LV5><狂戦士化LV1>
備考:赤色のオーガ。攻撃力がさらに高くなっている。
グリーン・オーガ
LV30
<身体強化LV5><怪力LV4><強靭LV1>
備考:緑色のオーガ。耐久力が高くなり、倒しにくくなっている。
魔物の量が量だけに、どうしても俺の横を抜ける奴も出てきてしまう。そんな魔物をタモさんが捕まえ、マリアが討伐することで、村への被害を0にすることができた。連れてきておいてよかったな。タモさんは<擬態>のおかげでできることが多い。冒険者登録をしているわけでもないので、こっそり使う分には問題はないだろう。
「さてと、これからどうするかな…」
問題はこの魔物の死骸だ。200匹以上の魔物の死体をここに放置するわけにもいかない。しかし、<無限収納>を使うとなると、どこに入れたんだという追求が来るのは確実だ。
《おーい》
とりあえず、街にいるメンバーに念話を飛ばそう。
《緑茶!》
こんなふざけた返答をするのはミオだよな。
《こっちは片付いたぞ》
《もう終わったんですか。速いですね》
《こっちにはセラちゃんが到着したわよ》
《では今からそちらに向かいますわね》
《そうしてくれ》
念話を切る。今度は俺の援護ということで、全員馬車に乗ってくることになるだろう。後30分はここにいないといけないな。
それにしてもこのスタンピード、一体何が原因だったんだ?
A:大型の魔物です。
え?何それ?初耳なんですけど…、あ、ティラの森をマップで見るのを忘れてた。どれどれ…。赤い点が1つだけあるな。
ティラノサウルス
LV56
スキル:
<身体強化LV8><噛みつきLV7>
呪印:
<暴君LV-><凶星LV->
わー、恐竜だー。
いや、マジで何なのこの世界。普通に恐竜とかいるの?もしかしてティラの森じゃなくて、ティラノ森とか?
A:普通はいません。今回のスタンピードの原因です。
後、見知らぬスキル?呪印?<暴君><凶星>ってなんぞ?
Q:呪印って何?
A:祝福の対になるようなスキルです。祝福同様、<生殺与奪>で奪うことはできません。
<暴君>
テイミングが不可能になる。逃走が困難になる。他の弱い魔物が遠ざかる。
<凶星>
『勇者』称号を待たない者からの攻撃によるダメージを99%軽減する。『勇者』称号を持つものからの攻撃によるダメージを10倍にする。勇者が討伐した場合、10倍の経験値を与える。
なるほど、勇者にしか倒せず、テイミングもできないボス魔物ってことだね。厄介だね。
…恐らく、元学友たち、つまり『異界の勇者』が討伐するべき魔物なのだろう。どう考えてもタイミングが良すぎる。この世界の住人には倒せず、しばらく暴れた後に勇者によって討伐される。勇者は経験値と名声を手に入れる。
不愉快だな。そんなことのために村を滅ぼさせるわけにはいかないな。そのイベント、悪いけど先に潰させてもらうよ。
「マリア、今からティラの森に行くぞ」
「はい、わかりました。…ティラノサウルス。これが原因というわけですか…」
「ああ、恐らく結構強いんだろうな。コイツを討伐しに行く」
「この場はいかがいたしますか?」
「放っておけ、しばらくすれば仲間なり、ギルバートなりが来るだろう」
魔物の死体も多くは回収しておいたが、弱めの魔物は取りこぼしも結構ある。死体がないことについては、『格納』魔法に入れたことにして誤魔化すつもりだ。魔力に自信があると言えば大丈夫だろう。『格納』が使えること自体は事実だしな。
念話で他のメンバーにも一報入れておこう。
《ちょっとティラノ倒してくる》
《仁君、意味わかりません》
《ティラノってティラノサウルス?そんなのいるの?》
《いた。ティラの森にティラノサウルスがいた》
《駄洒落じゃないの!また勇者?》
A:勇者です。
《勇者だって》
《またか…》
《テイムはできないみたいだから、そのまま倒すぞ》
《テイムしても置き場に困るでしょうよ…》
《もう、ティラノサウルスに馬車をひかせればいいと思います》
馬車じゃなくてティラノ車を作るんだな。
《タモさんに食わせればそれもできそうだな…》
《本気で検討してる!?》
《すいません。冗談ですから、やめてください》
《あのー、ティラノサウルスって何ですの?》
《恐竜っていうドラゴンの仲間よ(適当)。後でご主人様が見せてくれるわよ》
《まけられないー》
ドーラが不思議な対抗意識を燃やしている。完全に枠違いだよ?
《じゃあ、そろそろ出発するんで、こうご期待》
《お気をつけて》
俺とマリアは、ワープ+縮地の高速移動コンボで、ティラの森まで数分でついた。魔物の足で1時間以上かかった道のりを、数分で移動できるこのコンボ凄いな。馬、いらなくね?
嘘です。こんなのなんの観光にもならねえよ。新幹線で通った場所を、『観光した』とは言わないだろ?
ティラの森はそれほど大きくなく、ゴブリンの森と似たようなサイズだった。
マップから確認した情報によると、ティラノサウルスは全長25mの巨体らしい。元の世界で発見された骨格にはそこまでのサイズはないはずだ。やはり異世界なのだろう、俺たちの世界のティラノサウルスとは別物として考えた方がいいな。
ティラノサウルスが見える位置に到達した。一応、茂みに隠れて見えないように注意している。しかし、肝心のティラノサウルスは寝ているようで、動く気配がない。
色は灰色、見た目はまんま映画とかに出てくる姿だ。最近は色や特長にも色々な説があり、映画そのものの姿ではないと言われることも多い。しかし、俺の目の前にいるのは、学説なんか知りませんと言わんばかりのテンプレティラノだ。恐らくだが、俺たちの世界と同じような経歴は辿っていないのだろう。
というかこの世界って、進化論を辿ってるのか?
A:不明です。
あ、進化の軌跡を踏んでなさそう。
この世界の成り立ちについては置いておこう。とりあえず、ティラノサウルスに関しては、戦うのは確定だ。
コイツが暴れたら、100%あの村が被害を受けるだろうし、1%のダメージしか与えられないのであれば、勇者が来るまでの足止めすら困難だろう。そして、さんざん被害を出した後で、勇者に美味しいところを持っていかれる可能性すらある。
さっきも言ったが、それはちょっと不愉快すぎる。異世界から召喚された勇者が倒すべき魔物を、横からかっさらう。これ以上に痛快なことはあまりないだろう。
悪いなティラノサウルス。お前自体はスタンピードの原因になった以外は何もしていないが、被害を出す前に退場してもらおうかね。
「では、私の攻撃が有効なようですので、私が行って瞬殺してまいります」
そう、こちらにはマリアがいるのだ。称号「獣人の勇者」、ティラノサウルスに10倍のダメージを与えられる勇者の称号を持つマリアが…。
本当はティラノのスキルを<暴星>にしたかったけど、丸パクリは嫌だし…。