口伝第2話 ミオの事情
昨日投稿の縦ロールの話で紛らわしい後書きを書いたことをお詫びいたします。
詳しくは「活動報告・補足(5)」をご参照ください。
今日はミオの過去話です。連続投稿はそろそろ切れると思います。
目が覚めたら、知らない部屋にいた。
あれ?私、トラックに轢かれたはずじゃなかったっけ?もしかして助かって、今病院なのかな?
辺りを見回すと、自分の勘違いにすぐに気付いた。明らかに病院じゃない部屋、明らかに日本じゃない部屋、明らかに日本人じゃない人達。
かつて病弱で大量の本を読んでいた私は、この状況が何なのかを理解するまで、それほど長い時間を必要としなかった。
あ、これ転生だ。
そうと分かった私は、自分の体を確認する。手、…小さい。体、…小さい。どうやら私は今、1才くらいのようだ。ふと思いついて、あることを確認する。よかった、ついてない。前世と同じみたいだ。
次に周囲を見渡す。家はあまり裕福ではないようで、結構ボロい。両親っぽい人たちの見た目は、父親の方はイマイチだけど、母親の方は結構美人だ。母親似であることを切に願う。
ざっと見た限り、文字や言語は完全に日本語だ。言語系のチートがあって、勝手に翻訳されているとか考えたが、その可能性は低そうだ。親が呼んでいるのを聞いて、私の名前がミオだということも分かった。
物語においては、転生者は大体主人公だ。最悪でもメインキャラクターには含まれる。そして、多くの場合は何かしらのチートを先天的、もしくは後天的に得ることになる。
簡単に言えば、私もチートが欲しい。流石にこの姿で試せることは多くないが、もう少し成長したら自分の性能というものを確認してみるとしよう。
3才になった。もう歩くこともできるし、普通に喋れるようになった。正確には記憶のある限り最初から喋れたのだが、不自然にならないように少し早いくらいから喋り始めることにした。
転生者であるということは家族にも内緒にしている。当然だ。最悪の場合、子供の体を乗っ取ってここにいるかもしれないのだから、不用意には話せないだろう。
私の容姿は黒髪黒目と前世と同じだった。父親から黒髪を、母親からは黒目を受け継いだようだ。私的には前世と全く違う容姿というのも面白そうだったが、実際に黒髪黒目と判明した時は、ホッとしたのを覚えている。3才なので、まだはっきりとは言えないが、容姿は悪くはなさそうだ。
さて、そろそろ私のチートを確認しようかな。
まずは魔法だ。この世界は所謂ファンタジー世界で、魔法も当然のようにあった。さて、私の才能は…。いや、魔法の使い方がわからなかった。関連する本もあるみたいだが、見せてはもらえなかった。折角魔法が使えると思ったのに、お預けとは酷い…。
次に身体能力だ。前世で格闘技術とかを持っていれば、こちらの世界でそれを応用して強くなれる。当然のことながら私に武術の心得はない。その場合でも、生まれつき高い身体能力を持っている可能性もあるので期待していた部分はある。
冷静に考えればわかることだが、3才の子供の体が自由自在に動くわけがなかった。物語では、かなり幼いうちから自由に行動している主人公たちだが、私の場合そこまで簡単にはいかないようだ。くそう、体が重い。というか、頭のイメージと実際に動く体のバランスが悪すぎる。
さて、ここまでノーチートとなると、もう最後はあれしかない。その名も現代知識チート。現代日本の優れた技術力と知識を駆使して、異世界で成り上がるというものだ。幸いにも、病弱という名の引きこもり生活のおかげで、様々な知識に精通しているという自信がある。
しかし、ここでも問題が発覚した。先立つものがないのだ。知識と技術があっても、物がないから何も得られない。知識だけを売るにしても、子供だから相手にされない。うん、3才で成り上がろうなんて、さすがに無茶が過ぎたか…。
8才になった。現在は家の手伝いをして生活している。前世の知識により料理は得意なので、それなりに活躍できている。容姿の方は順調に母親似で成長している。もっと言えば、母親よりも美人になりそうだ。これは素直に嬉しい。私が主人公の可能性が上がったからね。
チート能力を探す作業も再開した。
村長さんの家にあった魔法の使い方に関する本を読んで練習してみたけど、私に魔法は使えないようだった。ちくしょう。
身体能力に関しても同様だ。8才時点で、周囲の子供と身体能力的な差は見られなかった。他にも何かしらの尖った能力がないか試してみたが、見事に全滅した。いよいよもって現代知識チートしか後がないようだった。
最初に披露する現代知識はもう決めてある。マヨネーズだ。いきなり物騒なものは作れないし、作り方が比較的簡単で、材料集めもそれほど苦労しなさそうだからだ。もちろん、この世界にマヨネーズがないのは確認済みだ。
ちなみにこれだけで大金を稼ぐつもりはない。作り方は安値で教える予定だ。まずはマヨネーズのような、新しいものを作れる人材だということを理解してもらうための一手ということだ。それにマヨネーズを作るのは疲れるから、独占してもメリットが薄いんだよね。
材料の方はいろいろなお手伝いを経て、何とかかき集めることに成功した。もちろん新鮮なものだ。
卵、酢、油。本当は他の材料も使って味を調えたいんだけど、そこまでは難しそうだ。材料が簡単にそろうコンビニの偉大さを改めて実感中。
さて、実際にマヨネーズを作ってみた。衛生面では怖さがあるので、しっかりと注意したし、味見もした。うん、これなら問題ないな。
街のみんなに配ってみた結果は…、大盛況だった。
あっという間になくなって、お代わりを求める人に対応するために、マヨを作りっぱなしの1日となった。
その結果、マヨラーが数名生まれてしまったのはしょうがないことだ。
数日後、私は衛兵に捕えられていた。
え、なんで?何?マヨネーズを食べていた人が何人も倒れた?毒だった?いや、そんなことないって。新鮮な材料を使わなかったんじゃないの?食べすぎ注意を守らなかったんじゃないの?え、倒れた人が多すぎて検証できない?いや、ちゃんと調べてよ。そうだ、お母さんとお父さんは?え、逃げた?私を見捨てて?そんな馬鹿な。
こうして私は、犯罪奴隷として連行されることになった。唐突過ぎるだろう。
どうしてこうなった。マヨネーズ作りを教えた人たちには、新鮮な材料を使うことと、食べ過ぎないことを徹底的に言い含めた。守らない人が多かったのだろうか…、わからない。
本当にマヨネーズが毒だったのだろうか。…その可能性はあるかもしれない。ここは異世界だ。現代知識のすべてが通用するとは限らないじゃないか…。迂闊だった。もっとしっかり検証するべきだったかもしれない。いまさら言っても後の祭りだけど…。
まだ、大丈夫だ。主人公なら、多少の逆境は乗り越えていける。幸い、私の見た目は悪くない。奴隷として売られても、すぐに買い手がつくだろう。そこからが勝負だ。まだ、諦めるには早い。
そんな私の希望を打ち砕いたのは、馬車のなかで聞こえた2つの話だった。
1つ目は毒を扱った犯罪奴隷が売れることはないということだ。毒を扱った犯罪奴隷は多少見た目が良かろうが、ほとんど売れることはなく、そのまま鉱山行きになるとの話だ。不本意ながら私は毒を扱った犯罪奴隷ということになっている。このままでは売れないかもしれない…。
2つ目、実はこちらの方が致命的だった。それは、王都で勇者召喚の儀式が行われるというものだ。この世界では、過去にも勇者の召喚が行われている。そのときに呼ばれるのは、多くが日本の学生だった。なぜわかるかって?だって、よく呼ばれるのが黒髪黒目の10代らしいからね。で、勇者召喚の何が問題かというと、…どう考えてもそっちが主人公じゃないか。この時点で私が主人公の可能性がかなり低くなってしまったのだ。
主人公だから、逆境を乗り越えられる。そんなことを支えにしていた私の心はポッキリと折れてしまった。そうか、私はモブだったのか…。
奴隷商についた。私が放り込まれたのは、どう考えても売る気の見えない、汚らしい部屋だった。
鉱山に送る前に、一応商品として並べておくか、くらいの気持ちだったのかもしれない。
不味い料理に劣悪な環境。折れた心が腐るには十分だった。間近に迫った死に対し、恐怖のあまりに眠れない日が続いた。あまり長時間眠らないと、気絶して強制的に眠りにつくことになる。
時々お客さんが来る。この間も太った貴族っぽいおっさんがこちらを覗いてきた。私にいやらしい目を向けるものの、店主から毒の話を聞くとすぐに興味を失った。本当に毒を扱った犯罪奴隷は売れないようだ。
ちなみにこの部屋の奴隷は売り込みを禁止されている。当然だ、人さまに聞かせられるような内容じゃない場合がほとんどだからね。でも、正確には売り込みができないわけではない。売り込み禁止といわれているだけで、奴隷紋への命令とはなっていないからだ。わざわざこの部屋の奴隷全員にそこまでの命令をするのも大変だからというのがその理由だ。もちろん、1度命令を破れば、次からは奴隷紋への命令にされてしまうし、その場で激痛を与えられることになるだろう。
つまり、ここに連れてこられてから1度だけ、1言2言だけなら売り込みができるということだ。
もちろん私はそんなことなどしない。だって、『毒を扱った犯罪奴隷』を打ち消すほどのアピールポイントを1言で伝えるなんて無理だからね。
そろそろ、鉱山に送られるかもしれない。私の人生も終わりが近づいているみたいだな。
そんなことを考えた次の日、1人のお客さんがこの部屋に来た。その瞬間私は理解してしまった。この人が主人公だと。私は女主人公ではなく、ヒロイン候補、もしくはサブキャラだったのだと…。
私と同じ黒髪黒目、学生服っぽい服装、日本人っぽい顔のつくり、このタイミングで現れたということは、この人は勇者なのだろう。
考えろ。私が生き残る道はこの人に買われることしかない。
考えろ。1言2言でこの人の興味を引く方法を。
考えろ。この人に売り込めるアピールポイントを。
まず、この口調はダメだ。萌えない。女主人公ならともかく、ヒロイン候補でこの口調はない。変えるんだ。無意識レベルで。2度と元の口調には戻っちゃダメよ。よし、これでいいわね。
次にアピールポイント。これは私にとっては僥倖だったわね。何せ相手は同じ日本人、転生者であること自体がアピールポイントになる。あんまり他の人には言わないとか言っていたけど、そんなこと言ってられる状況じゃないからね。
でも、なんて伝えようかしら…。「私転生者です」…、ダメね。もしかしたら伝わらないかもしれないし…。そうね、日本人にしかわからないようなことを言えばいいんじゃないかしら…。
よし、そうと決まれば早速…。
「お願い!私を買って!高校生くらいのお兄さん!」
高校生。この世界にはない概念ね。これならお兄さんの興味をひけるでしょうね。
「店主、その娘は何をしたんだ?見たところ欠損もないようだし、犯罪奴隷なのだろう?」
お兄さんの質問に店主が答える。よかった。これで第1段階はクリアね。
「はい。この娘は料理に毒をもった罪で村から犯罪奴隷として引き渡されました。お客様の言う、料理ができる奴隷には該当しますが、さすがに毒で捕まったものを料理人として紹介はできませんでした」
うわーーーー。よりによって料理が目的かー。自信はあるけどー。自信はあるのにー。ここにきて毒を扱ったということが、最悪の形で問題となっちゃった。
あ、お兄さんが興味を失ってきたみたい。やばいわよ。やばいわよ。何とかお兄さんの興味をひかなきゃ。でも、どうやって?今の私に売り込める内容って何がある?ない、どうしよう。でもここで何も言わなきゃ本当に鉱山行きよ。嫌よ。
「待って!私そんなつもりはなかったの!私…」
「ここでは売り込み禁止です。大人しくしていなさい!」
奴隷商が奴隷紋で激痛を与えてくる。痛い。声がかすれる。
「マヨネーズがど…くなん…て、知ら…なかった…の」
何とか意味のある言葉を出せた。でも、何のアピールにもなっていない。こんなことしか言えないなんて、私はやっぱりモブだったのかな。
「店主、その娘に話をさせてやれ」
なんで?なんでワンチャン入ったの?
「よろしいのですか?」
バカ店主やめろ。余計なことを言うな。おっと、口調。
店主さん。止めてください。お兄さんに余計なことを言わないでください。
「ああ、構わない」
「わかりました」
店主が奴隷紋による拘束を解いた。私は息を切らしながらお兄さんに目を向ける。
「はぁ、はぁ、…いいの?」
「ああ、もう1度詳しい話を頼む」
何がきっかけかはわからないけど、もう1度チャンスがあるみたいなのでマヨネーズに関する話をした。転生者の件については話さないことにした。いや、話しても全然かまわないんだけど、お兄さんが求めているのがマヨネーズの話っぽかったんで…。
このチャンスを活かせなければ、私は本当にモブとして鉱山で死ぬ。何としてでも買ってもらうんだ。
「お願いします。私を買ってください。このままだと鉱山送りなんです。どんなことでもします。なんでも言うことを聞きます。料理を作ります。お世話もします。だから、だから…」
必死で懇願した結果、何とか買ってもらうことに成功した。なぜか一緒に傷だらけの獣人の女の子も買われていた。
契約を終え、宿でご主人様の話を聞いて、この人が主人公であるという勘が正しかったことが証明された。この人は正真正銘のチートだ。間違いなく主人公だ。
この世界はモブに対して厳しすぎる。私がこの世界で生きていくには、ヒロインになるしかない。ご主人様の周りには女の子が多いから、ハーレム要員でもいい。でも、できればメインヒロインになりたい。
もう、モブは嫌なのよ。
ミオの物語は1度、HDDと共に次元の狭間に消えました。若干細部が変わっていますが、大まかな流れは変わっていません。
これで縦ロールがTS転生者だったら、ミオの話の影が薄くなっていたところでした。