第16話 Sランク冒険者と複合スキル
珍しくまともな戦闘描写があります。戦闘描写は苦手です。
魔物っていいですよね。戦うのに理由を書かなくていいんですから。
後、個人的な主義なんですが、戦闘は極力1話以内で勝負をつけます。
門を出て道沿いに歩いていく。今は徒歩だけど、馬車の旅というのもいいかもしれないな。次の街に着いたら、探してみるか。
次の目的地は隣国カスタール女王国との国境線上にある街、リラルカだ。なんでも国境線を跨ぐように街があり、両国の文化が入り混じっているらしい。観光が旅の目的ではないが、ついでに見ておきたい。
30分ほど歩いたところで、マップに『接近者あり』の警告が出ていたので確認すると、後方から馬に乗った人が近づいてきていた。知らない人が乗っていたので、俺らには関係ないだろう。
「今マップを見たら、馬に乗った人が近づいてきている。危ないから端に寄っておこう」
「わかりました。それにしてもこのマップ、本当に便利ですね。マップがあれば簡単に交通事故を避けられます」
「普通、地図見ながら歩くのは事故の元なんだけどな…」
道の端に寄った後でさくらと取り留めもない話をしていると、いよいよ馬が近づいてきたみたいだ。
一応後方を確認すると、馬が近づいてきていた。マップで見た限り馬に乗っているのは、知らない人間のはずだったが、乗っていたのは予想外の人間だった。馬は俺たちの近くまで来ると止まり、乗っていた人物は馬から降りて、温和そうな顔で一礼した。
「移動の途中失礼します。ちょっとお時間、よろしいでしょうか?」
>執事のセバスチャンがあらわれた。
…なんで縦ロールの執事が馬に乗って俺たちのことを追いかけてきたんだ?というか知らない人が乗っていると思ったら、知っている人だったよ。どうなってんの?
A:マップ、ステータスでは本名が記載されます。名乗っただけの偽名は記載されません。
なるほど、確かにセバスチャンの名前は縦ロールが言ったのを聞いていただけで、ステータスチェックをしたわけじゃないから、マップ上の名前と知っている名前が一致しなくても当然か…。と言うかセバスチャン偽名かよ。俺の感動を返してほしい。
今後もこういうことあると嫌だから、出来るだけステータスチェックはやっておこう。
セバスチャンにステータスチェックをかけてみる。さっきマップに出たのはセルディクという名前だった。
セルディク
LV89
スキル:
武術系
<剣術LV6><暗殺術LV5><暗器術LV4><槍術LV3><格闘術LV5><投擲術LV4><騎乗戦闘LV3>
魔法系
<回復魔法LV5><生活魔法LV4><空間魔法LV3><無詠唱LV3>
技能系
<庭師LV3><作法LV6><執事LV6><料理LV3><乗馬術LV3>
身体系
<身体強化LV7><縮地法LV7><HP自動回復LV7><跳躍LV4><夜目LV3><気配察知LV6><狂戦士化LV5><闘気LV6>
やっぱり本名セルディクだった。…いや、それどころじゃない。何これ、強いよ。まずレベルが高いし、見たことのないスキルを含めてスキルの数も多い。その上多くのスキルレベルが非常に高い。どう考えても普通の執事じゃあないよな。マリアのスキルの多さにもびっくりしたが、アレは<勇者>というチートがあってのことだ。この男にはそれがない以上、日々の修練とか才能とかの地力によってここまでの力を付けたということだ。単純に強いのだろう。
問題は何故そんな強い奴が俺たちを追いかけてきたかということだ。あの縦ロール絡みの話だろうなー。
「なんでしょうか?この間の買戻しの件で用でもあるんですか?旅を急いでいるので、時間がかかりそうなら遠慮したいんですけど」
この爺さんに恨みはないが、誰の関係者かを考えたら、とてもじゃないが友好的な態度はとれなかった。万が一のことを考えて皆に念話をする。
《こいつは最初の買戻しをした貴族の執事だ。いい関係とは言えない相手だからな。最悪戦闘になることを想定しておいてくれ。後、一応ステータスチェックしておいてくれ》
《わかりました。仁様の許可さえあれば、いつでも戦える状態にしておきます》
《げ、何よこれ、滅茶苦茶スキル強いじゃない。強キャラ爺の執事とか、フィクションじゃないんだから》
確かにある意味テンプレかもしれないな。しかし、冷静に考えればこの強さに納得できる部分もあった。あの縦ロールは冒険者(本当は違うが)だと思っている俺たちの前に、この執事だけを連れてきていた。最初から護衛も兼ねていたというわけだ。3人目の貴族?あれは護衛とは言わない。ただの肉壁だ。
「ええ、買戻しの件とも無関係ではありませんね。そうですね。ほんの10分程度です。ぜひお付き合いいただければと思います」
少し考えてみよう。この爺さんと戦闘になる可能性はあるか?…ある。あの縦ロールが俺らを殺すように命令したら、この爺さんは従うかもしれない。
もしこの爺さんと戦うことになったら勝てるか?…勝てるとは思う。ステータスの合計値はこちらの方がかなり上だ。
勝てるとして、俺たち全員が無事な保証はあるか?…ない。ステータスを全員で分けたら、1人当たりのステータスはこの爺さんと同じくらいだ。特に直接戦闘の苦手なさくらとミオを狙われた場合、かなり厳しいかもしれない。
今の段階でこの爺さんと敵対するのは得策ではないな。とりあえず話だけでも聞くか。
「わかりました。どのような用があって、馬まで出して俺たちのことを追いかけてきたんですか?」
俺の質問に対し、セバスチャンは表情を変えずに答える。
「それはですね、お嬢様がもう1度あなたにお会いしたいとおっしゃったのですよ」
あの縦ロールが俺に会いたい?さすがに意味が分からないな。あんな交渉をした俺に会いたい理由など、どこにもないだろう。もし何か理由があったとしても俺の方が嫌だ。この話はさっさと断ろう。
「それは10分で終わる内容ではないでしょう?街に戻れというんですか?旅を急いでいるといったでしょう」
俺の険のある言葉にも全く表情を変えない。ステータスを見た時から思っていたが、恐らく相当の修羅場を潜り抜けてきたのだろう。相応に精神力も鍛え上げられており、大した威圧感もない俺のセリフでは怯みもしない。
「そういえば買戻しの時はお世話になりました。お嬢様が少し話してしまいましたが、短剣を取り戻したことで、もう1度取引を進めることになったのですよ」
セバスチャンが急に話を変えた。取引の話…。確かに縦ロールが話していた気がする。だけどあれって表に出しちゃいけないことだろう?
「いいんですか?そんな話をしちゃって?」
「ええ、構いませんよ。貴方にも関係のあるお話ですから。それでその取引なんですがね、家宝を盗賊に奪われるような間抜けとは取引できないって、追い返されてしまったのですよ」
どんな取引かは知らないが、相手からしたらそれは取引をやめるほどの失態だったのだろう。…どんどん聞いてはいけない話になっていく気がする。
セバスチャン、もといセルディクは笑みを絶やさずに話を続ける。
「ああ、勘違いなさらないでくださいね。あなた方が盗まれた件をばらしたとは思っていません。貴族社会は魔窟ですからね。盗まれた時点でどこからか情報が漏れていたようです」
セバスチャンはこの話題を振って、一体何を伝えたいのだろう。縦ロールの今の状況が悪いということを俺に伝えて、同情でも引いて街まで連れて行こうというのか。いや、同情するような相手じゃないし…。
「それでですね。怒ったというか、悲しんだというか…とにかく、情緒不安定になったお嬢様が私に命令したのですよ。『短剣を持ってきた旅人を殺しなさい』と」
全く違いました。セバスチャンは俺たちを殺すために差し向けられた、暗殺者でした。いや、予想通りと言えば予想通りなんだけどね。勿体ぶった言い方するから、違うのかと思ったじゃないか。
「平たく言えば、八つ当たりなのですけどね。貴族同士なので追い出した相手には何もできない。家宝を奪った『黒い狼』は壊滅している。ほら、貴方しか鬱憤を晴らす相手がいないじゃないですか。私としても気が進まないのですが、お嬢様が泣いて懇願してきますからね、断るに断れませんでしたよ」
聞いてみればくだらない理由だった。そんなくだらない理由で、この強い男が俺の敵に回ったのか。もう敬語もいらないな。暗殺者相手に礼など不要だ。
「さすがに街中で殺すわけにもいきませんからね。親切な門番さんにお小遣いを上げて、貴方が街を出ていったら教えてもらうようにしていたのですよ」
あのサボり門番。そんな事しに行っていたのか。これは仕返しが必要だな。
「それ、10分で済む話じゃないだろう。それに縦ロールは俺に会いたいんじゃないのか?」
呆れるような俺の言葉に、セバスチャンは心外そうな声を上げる。
「いえいえ、私が本気を出せば5分以内には勝負がつきますし、お嬢様が会いたいのは貴方の首だけですからね。何も間違ったことは言っていませんよ」
それを間違っていないと言ってもいいのだろうか…。首だけに暗殺者を仕向けるほど首ったけ…とか?……………………また自殺したくなった。俺は時々寒いギャグを言わないと気が済まないのだろうか。
「いつから執事ってのは殺し屋の真似事をするのが仕事になったんだ?」
気を取り直して聞いた質問に対し、再び温和そうな顔に戻り答える。
「私は元々半分殺し屋みたいなものでしたからね。冒険者だったんですが、付いた2つ名が『死神』ですよ。不意打ち、闇討ちを繰り返していましたからね。いや、今思うと若かった」
いったいどんな経緯があれば、そんな冒険者が執事になるのだろうか。気になるが、それを知ることはないのだろうな。
「先ほども言いましたが、あまりお時間を取らせるつもりはありません。私としましても情緒不安定なお嬢様から長時間目を離すわけにもいきません。出来るだけ素早く、苦しまないように殺して差し上げますね」
「嫌だ。帰れ。と言っても通じないんだろうな…」
俺が武器を構えるのをきっかけに、仲間たちも武器を構える。
「ええ、これでも元Sランク冒険者です。任務失敗はしたくないのですよ」
Sランク冒険者。この世界でも最高クラスの実力者。納得だ。この男のステータスを考えれば、それくらいの実力は想像できる。逆に言えばこの男を倒せるのならば、この世界において自分より上はそれほど多くないともいえる。いいだろう元Sランク冒険者、俺の糧にしてやる。
この時点で戦う覚悟は決まっていたが、戦う前に聞いておかなければならないことがある。これによって今後の対応も変わってくる。
「ところで、殺すといったのは俺だけか?俺の仲間たちも含まれるのか?」
「どうしましょうかね…。私が依頼されたのは貴方の暗殺だけなんですよ。ですが、買戻しの時にはいなかった仲間がいるとなると、口封じをするべきですかね」
「それは困るな。…なあ、俺と一騎打ちしてくれないか?仲間に手を出させない代わりに、あんたも仲間を攻撃しないでくれ。もちろん万が一俺が負けた場合は、その後も含めて。仲間にも復讐や告げ口はさせないと誓わせる」
セバスチャンは一瞬呆けたような顔をして、少しの間考えてから話し始めた。
「…それは私にも貴方にも何のメリットもないでしょう。それに貴方が死んだ後の行動は貴方には縛れないのですからその約束自体に意味がありません。そして私としては5対1でも全然かまわないのですが?」
「それが1番困るんだ。5対1なら100%あんたに勝てる。だけど、絶対に俺の仲間が無事かと言われると保証がない。俺1人ならあんたにほぼ100%勝てる。俺の中でどっちがいいか考えたら、俺1人で戦う方がいいってことになったんだ」
皆から念話が来た。こういう場合はまず念話で話をすると、事前に取り決めている。
《仁様、危険すぎます。せめて私だけでもお供に!》
《マリアちゃんだけと言わず、みんなでかかれば勝てるわよ!》
《ああ、勝てるだろうな。だけど、さくらとミオが狙われたら危険かもしれないだろ?》
遠距離攻撃が中心の2人と接近戦が得意そうなセバスチャンの距離が近すぎる。セバスチャンの攻撃力は高いので、下手をすると一撃で死んでしまうかもしれない。
《私たちも戦えます!仁君だけに戦わせるわけには…》
《わたしもたたかうー。さくらとミオまもるー》
《みんなの気持ちは嬉しいんだけど、ここは俺の我儘を通させてくれ。厄介ごとを持ち込んだのは俺だ。俺の責任でアイツを仕留めたい。それに何より…、今の俺の力がSランク冒険者に通じるのかを試してみたい》
これも俺の本心だ。Sランク冒険者に負ける程度の実力で、国や王家を相手取れるわけがない。敵対した者を潰す力が得られているかをここで試してみたい。
《仁様がそうおっしゃるのなら…。ですがせめて私たちの能力をお預かりください。今のままでも仁様が負けるとは思いませんが、私たちの不安を取り除くと思って…》
もし、セバスチャンが約束を破って皆のことを攻撃したらと思うと不安は残るが、マリアにここまで言われたら仕方がない。
《わかった。だが、いざというときのためにマリアとドーラにはできるだけ能力を残す。その力でさくらとミオを守ってくれ。さくら、ミオ、悪いが能力を借りるぞ》
《わかりました。どうか気を付けてください》
《頑張ってねご主人様!援護はしないけど応援はしてるからね!》
「一騎打ち、受けてくれるか?」
「元とは言えSランク冒険者相手にそこまでの自信があるのですか?冒険者ではないと言っていましたし、一体何者なんでしょうね」
「さあな。教えるわけないだろう」
もう1度考える様子を見せるセバスチャン。
「いいでしょう。貴方を殺せなければ任務失敗です。5対1で戦ったとして、あなたの仲間を殺すこと自体に意味はありません。ただし、援護も含めて戦闘中に手を出して来たら、ターゲットをそちらに切り替えますよ」
「ああ、それでいい。皆もそのつもりで頼む」
「「「はい!」」」
言いたいことは念話で言っているから、声に出す会話は少ない。
仲間には距離をとってもらった。だいたい50mくらいか。ここまで離れると、魔法などによる援護も困難になる。
気にしたのはセバスチャンのスキルだ。
<縮地法>
長距離を1歩で進むことが出来る歩法。移動距離は使用者が任意に決められる。スキルレベルが上がると最大移動距離が伸びる。レベル1で5m。以後1レベルごとに1m伸びる。
セバスチャンのスキルレベルは7だから11mの距離を一気に詰められる。50mあれば数回の<縮地法>が必要となるので、その隙に仲間にステータスを渡せる。
「では、私も武器を取り出しましょうか」
そういうとセバスチャンは何もない空間から1本の刀を取り出した。<空間魔法>に<無詠唱>か。どちらも欲しいスキルだ。全力で奪わせてもらおう。
「いい刀でしょう。現役時代から刃こぼれ1つしたことがありません」
相当自信があるようだ。ステータスチェックをしてみよう。
霊刀・未完
分類:刀
レア度:伝説級
備考:霊体特効、全ステータス向上、魔法切断
な・ま・え。冷凍ミカンですって。これ作ったの日本人かな?詳細を見てみよう。
霊刀・未完
詳細:人類最高峰の実力を持った刀匠が鍛えた刀。人類に作れる最高クラスの力を持つが、目標がそれ以上だったため、未完の銘を付けられた。その刀匠は生涯この刀以上の物を打つことはできなかった。
予想外に面白いバックストーリーだな。セバスチャンを倒したらこの剣もいただくとしよう。しかし、伝説級か…。Sランク冒険者にふさわしい装備かも知れないが、出て来るの早くね?俺たちまだ旅を初めて数日だよ。ゲーム的にはもっと後だろう。
と、くだらないこと考えている場合じゃないな。
俺も剣を構える。「ゴブリン王の剣」だ。武器の格でははるかに負けているが、気にすることではない。
お互いが構えたところで、セバスチャンが動く。
「では、行きますよ!」
セバスチャン、いやセルディクはいきなり縮地により俺の目前まで迫り、そのまま横なぎに刀を振ってくる。確かに初見殺しだが、知っていれば回避できないほどではない。バックステップにより間合いの外に出て、刀を振り切ったところで斬撃を放つ。セルディクも返す刀でそれを受け止める。
仕切り直しとばかりにお互い距離をとる。うん、剣術だけでも戦えないほどの相手じゃないな。
「驚きました。私の<縮地法>を初見で回避する人間がいるとは…」
「すごい技だけど、避けられない程じゃあないな」
事前に知っていればね。
「私に勝つと言ったのもハッタリではないようですね」
「当たり前だろう。それよりもアンタの実力はそんなもんなのか?奇襲だけでSランクまで行けるのか?」
俺の挑発にも笑みを崩さない。うん、ちょくちょく挑発してるけど、この爺さんを激昂させるのは俺には無理だな。
「ふふふ、そんなわけないじゃありませんか。現役を退いたとはいえ、まだまだ技の引き出しに衰えはありませんよ」
そういうとセルディクは腕を振ってきた。何かと思うと投げナイフだった。また<空間魔術>と<無詠唱>の合わせ技か。
距離もあるので右側に避けることでやり過ごそうとするが、移動した先にセルディクが縮地し、斬撃を繰り出してくる。
「危ねぇ!」
間一髪で回避するも、服を少し切られてしまった。油断も隙もあったもんじゃない。こちらも近づいて切りかかるが縮地で回避されてしまう。
「これも回避しますか。中々の反応速度ですね。しかし、投げナイフごときに簡単に気を取られすぎではありませんか?」
「言ってくれるじゃないか。人間びっくり箱」
何?お前が言うなって?
「面白い例えですね。ですが私の攻撃はびっくり箱と違って冗談では済みませんよ」
「そっちこそ面白いことを言う!」
今度は俺の攻撃だ。投げナイフに対抗して魔法を繰り出す。<無限収納>に入れていたファイアボールの魔法だ。すでに発動直前だった魔法だから事実上の無詠唱だ。
「ふむ」
セルディクはそれだけ言うと刀を振るう。それだけで俺の『ファイアボール』は霧散してしまった。あれが霊刀・未完の魔法切断能力か…。
もちろん俺もそれは覚悟の上だ。今度はこちらから接近して、魔法を切った直後のセルディクの隙を…。
足を止めざるを得なかった。セルディクに攻撃後の隙などなかったからだ。魔法を切った直後の体勢だが、刀の刃は俺の方を向いている。このまま隙があるものとして油断して突っ込んでいたら手痛い反撃を受けたかもしれない。
「誘いには乗ってきませんか。ますます見事ですね。殺すのが惜しいです」
「じゃあ見逃すのか?俺としてはどちらでも構わないが?」
嘘だ。こんなおいしい獲物を逃せるわけがない。絶対に殺して奪う。
「さすがにそれは無理ですよ。お嬢様に約束してしまいましたからね」
こいつと縦ロールの間にどんなドラマがあるのかは知らない。興味もない。だが、俺に手を出してきた以上、ただで済ませる気などない。こんなくだらない理由ならなおさらだ。
「そいつは残念だ」
「だったら、残念そうな顔をしたらどうですか?顔、笑っていますよ」
おっと、顔に出ていたか。まあいい、そろそろ手品で遊ぶのはおしまいだ。
「そろそろ遊びは終わりにさせてもらうかな。女の子を待たせるのはあんまりいいことじゃないだろう?」
俺のセリフにセルディクも頷く。
「そうですね。お嬢様を待たせるわけにはいきませんね」
話が通じているようで全く通じていない。それも当然だ。お互いに自分が負けるとは思っていないのだから。
セルディクが縮地により接近してくる。近づいてきたところで刀による斬撃ではなく、短槍を投げてきた。ギリギリで避けながら今までよりも速く動きセルディクを切り付ける。浅くセルディクの執事服をかすめるが、回避されてしまう。すかさず『アイスバレット』を発動する。
「むっ」
セルディクもここまでの接近戦の最中に魔法を無詠唱で使うとは思わなかったのか、氷の矢が左腕をかすめる。ほんの少しだが、傷をつけることが出来た。この戦い初のダメージだ。
出来るならこのままダメージを与え続けたいが、そううまくはいかないようだ。縮地を使い距離をとってきた。
「無詠唱で接近戦中に魔法を使うとは驚きました。これでは縮地で近づいた場合、隙を与えることになりそうですね」
そういうとセルディクは普通に接近し、斬撃を放ってくる。俺が受けたり回避行動をとると、暗器を放ちダメージを狙う。俺の攻撃が当たりそうになると縮地で逃げるという戦略をとってきた。
何度か暗器が掠め、俺の方にも軽い切り傷が増えてきた。俺の攻撃もセルディクをかすめるのだが、縮地を回避に使うことで有効打とは言えない。お互いに決定打を封じられたような状態だ。しばらくそんな状態が続く。
折角Sランク冒険者と戦うのに、同じ行動を繰り返していたら勉強にならないじゃないか。違う手の内を見せろよ!縮地の使用を回避優先にするのならこちらにも考えがある。
バックステップで後ろに下がり、これ見よがしに魔法を詠唱する。<火魔法LV4>「ファイアストーム」だ。詠唱は長い分、威力は強力な範囲攻撃だ。回避できない範囲で魔法を使われたら厳しいと思ったセルディクは、当然のように縮地を使い接近し、詠唱を潰しに来る。
…来ると思った瞬間に<無限収納>から『ファイアウォール』を発動していた。縮地の欠点はいくつかあるが、その1つで最たるものは『開始点と着地点の間に障害物があると避けられない』ということにある。もちろんセルディクも承知の上だろう。しかし、相手が詠唱中となれば、そんな対策を打てるわけがないと考えてしまっても無理はない。
「ぐわぁ!」
『ファイアウォール』に直撃してしまったセルディクが声を荒げる。『ストーンウォール』なら倒せていたかもしれないな。石に直撃は痛いからな。だけどそんなもったいないことできないだろう?折角のSランクとの戦いだぞ。もっといっぱい学ばないと損だろうが。
怯んだセルディクに斬撃を加える。また腕だが、今度は先ほどよりは深く傷つけることが出来た。
「が、まだ浅いな…」
たまらず、後方に縮地をするセルディク。なので俺も縮地をして追撃をする。流石のセルディクも目を見張る。
「ふっ」
今度の一撃は足を切り付けることが出来た。さっきまでの傷よりも明らかに深い。血も滴り、機動力の低下が目に見えるようだ。
ナイフや短槍を乱れ打ちしてきたセルディクに対し、俺も一旦距離をとる。その間に2度ほど縮地をし、20mくらい離れる。
「まさかあなたも縮地が使えるとは思いませんでしたよ…」
「いや、あんたが使っているのを見て覚えたのさ」
「そんな馬鹿なこと…」
流石にセルディクも信じられないようだ。もちろん嘘だ。『ファイアウォール』を喰らって怯んだ隙に<縮地法>を少し失敬しただけだ。<生殺与奪>にはそこそこ集中力がいる。相手の実力が高すぎると、戦闘中に奪うのは困難だからな。無理やり隙を作るのに苦労したよ。
それに使えるといっても、奪ったのは1レベル分だけだ。驚かせてなんとか当てられただけで、使いこなすには時間がかかるだろう。
セルディクはため息をつくと厳しい表情となった。
「まさかここまで追い詰められるとは思っていませんでしたよ。とっくに5分経っていますね…。仕方ありません、切り札の1つを切らせていただきましょう」
そういうとセルディクから白いオーラのようなものが立ち上った。ステータスを見ると軒並み上昇している。しかも、今までに付けた傷も大分回復しているようだった。
「これは<闘気>と呼んでいる技で、身体能力を向上させます。今のところ、この技を使えるのは私と弟子のジョセフくらいでしょうね」
誰だジョセフって。
A:ギルド長です。
あ、ギルド長か。そういえばそんな名前だったな。てことはコイツギルド長の師匠なの?そんなバックストーリー聞かされても困るよ。全く興味ないから。
しかし、大分セルディクのステータスが上がった。今のままでは勝てそうにないな。仕方ない、こちらも少しステータスを上げようか。
俺はみんなから預かっていたステータスを少し有効にする。実を言えば俺は今まで、自前のステータスだけで戦っていた。皆から能力をもらったのはいいけど、自分1人の力でどこまでやれるか試したかったのだ。確認したステータスに大きな開きがなかったのもその理由の1つだ。でも、相手が強化した以上、わざわざ相手より低いステータスで戦う理由もない。
というわけで、強化したセルディクと大体同じくらいの強さになるように調節してから、セルディクに話しかける。
「強化は終わったみたいだな。次は俺から行くぞ」
そういうと俺は強化したステータスで接近し、セルディクを切り付ける。強化したはずなのに避けきれなかったセルディクは、驚愕の表情を浮かべる。
そんな事よりも今の接近で<闘気>を少し奪えた。強敵相手から奪うのも慣れていかないといけないから練習してみたら、意外とうまくいったようだ。
その後もステータスは変わったが、あまりやることも変わらない戦闘が続いた。暗器と縮地、刀を使うセルディクに対して、俺は魔法を織り交ぜて剣で攻撃するというものだ。接近するたびに徐々にスキルを奪っていく。少しつまらなくなってきた。もうおしまいかな?奥の手とかない?出し切った?
そんな感情が伝わったのだろうか、少し大きく距離をとると、セルディクが話しかけてきた。
「<闘気>を使っているのに、それに合わせて貴方も強くなるなんて…、貴方の方がびっくり箱じゃないですか。このままでは勝てる気がしませんね。Sランクになってから1対1でここまで追い込まれたのは初めてですよ…」
そういうとセルディクのオーラが黒く変色してきた。
「本当に仕方がありませんね…。これが最後の切り札ですよ」
そう言ったセルディクのオーラはどんどんと黒くなっていく。
「実は<闘気>と似たような技に<狂戦士>という技もありまして、こちらはドルグという弟子に教えました。…ええ、盗賊の頭も昔弟子だったのですよ。そしてこの技は筋力の上昇だけなら<闘気>を超えます」
またバックストーリーが増えた。3人そんな繋がりがあったのか…。でもやっぱり興味ない。オッサン2人と爺さん1人のストーリーとか本当にどうでもいい。
セルディクはほとんど真っ黒になったオーラに包まれる。ステータスは今までよりもかなり高い。<狂戦士化>と<闘気>を同時発動したのかな?相乗効果でもあるのかね。
「サラニコノフタツヲドウジニツカウコトヲ「トウジン」トヨンデイルノデスヨ」
滑舌が悪くなるセルディク。おそらく<狂戦士化>と<闘気>は本来同時発動が困難な組み合わせなのだろう。それを無理やり同時発動しているから、体にかかる負担が大きくなっているということか。
同時発動が難しいスキルの組み合わせによる、スキル欄に現れないスキル、これを「複合スキル」と名付けよう。今することではないが…。
<狂戦士化>+<闘気>=<闘神>
「モウシワケアリマセンガ、コレデオワリデス」
セルディクが今までで1番早く動き、接近してくる。セルディクは駆け引きを捨て、身体強化に全力を賭けてきた。
それに合わせて俺も貰っていた能力を全開にして、セルディクに向かって駆け出す。今までよりもはるかに速い斬撃だが、俺は完全に見切っている。それも当然だ。今の俺は限界まで強化したセルディクよりも50%以上ステータスが高いのだから。比較的簡単に刀を避け、ステータスに任せてセルディクの胴体を両断する。
「ソン…ナ…」
こうして、俺の初めての対Sランク冒険者戦は終了した。最後は力押しになってしまったが、色々と得るものの大きい戦いだったな。
結構疲れたし、やらなきゃいけないこともあるからな。ここの片付けをしたら、1度街に戻ろう。
20150912改稿:
修正(6)の内容を反映。