口伝第1話 マリアの事情
デスペナ(誤字)の短編です。マリアの過去話です。
タイトルに口伝とついている場合は、過去話をそのキャラの1人称視点で書きます。
「初投稿作品なので色々試したい」の一環です。
私の名前はマリア。奴隷です。
私がいるのは犯罪奴隷や欠損の激しい奴隷が放り込まれている区画です。奴隷商の人も真っ当なお客にはここにいる奴隷を紹介しません。
当然ですよね。ここにいるような奴隷を欲しがるのは、相当の物好きか、表に出られないような商売をしている人たちだけでしょうから。
ちなみに私は欠損の激しい方の奴隷です。片目が潰れ、片腕がなく、顔も体も傷だらけだからです。元々はそこそこ見られる顔だったと思いますが、今や見る影もありません。
少し私の昔話をしましょう。
私が生まれ育ったのは、エルディア王国東部の小さな村です。その村のほとんどは亜人でした。獣人と言ってもいいかもしれません。この国では獣人の立場はあまりよくなく、その村も非常に貧しかったのです。
私も11歳までその村で生活していました。しかし、前年の冬が予想よりも厳しく、作物もダメになってしまったものが多くて、口減らしをしなければどうしようもなくなってしまいました。
口減らしと言っても定期的に訪れる奴隷商に、子供を数名引き渡すくらいなので、村に負担をかけて飢え死にするよりはマシでしょう。奴隷になっても、もしかしたらいいところに引き取られるかもしれない等という、今考えれば笑ってしまうような理由もあったと思います。
特に私は何をしてもうまくできない子供でした。狩猟、料理、裁縫、家事、調剤、採掘、鍛冶、色々なことに関わるも何をやっても才能なしと言われていました。細々と家の手伝いをして生活していましたが、この年のような不作になると売られるのも当然だと思います。
馬車に揺られて、大きめの街まで向かうことになりました。途中立ち寄った村で、きれいなお姉さんの奴隷が馬車に入ってきました。何でもお金持ちのお屋敷で奴隷として働いていたけれど、その家の主さんが亡くなったので、その息子さんのところに行くそうです。
そのお姉さんは20代後半でしたが、(変な言い方ですが)ベテランの奴隷さんで色々なことを教えて下さいました。奴隷としての立ち居振る舞い。口調。特に奉仕の仕方などの話は顔から火が出そうでしたが、お姉さんのおかげで覚悟も決まりました。
そういう行為に関して否定的なところを見せると、良い扱いを受けられないことも多いそうです。特に獣人は下に見られることが多いようなので、抵抗があっても媚を売って、良い扱いを目指すべきだと教えていただきました。もうひもじいのは嫌です。媚を売ってでもいい扱いをしてもらいたいです。
村が近づいてきたとき、商人さんが大慌てで叫びました。
「魔物が出たぞ!アレはファングウルフの群れだ!」
馬車道の付近にはあまり魔物は出ませんし、出てもゴブリンぐらいで狼の群れが出るとは思いませんでした。護衛もいるのですが、それもゴブリンを相手にするくらいのものを想定しており、多少心得のある人が2人いるだけでした。
私もお姉さんもビクビクして小さくなっていました。当然です。魔物と戦えるのは一握りの訓練を受けた人たちだけです。弱いと言われているゴブリンでさえ、私やお姉さんのように戦ったことのない人間からすれば恐怖の象徴です。見れば、狼は3匹しかいませんでした。3匹を群れと呼んでいいかは判断がつかないのですが、私にはその3匹がとても恐ろしいものに見えてしょうがありませんでした。
護衛の人は狼相手に戦いを挑みました。有利とは言えません。数で負けているうえに、馬車を守らなければいけないのですから。
「来い!」
奴隷商の人もそんな不利を悟り、私の手を掴むと無理やり立たせました。
何をされるのかわからないままついていくと、馬車の陰から狼の方に突き出されました。狼の1匹が私に気付き襲い掛かってきました。
怖い!
狼は私の顔を切り裂き、体を切り裂き、片腕を引きちぎるとその腕を食べ始めました。
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
私の頭は真っ白になり、他のことが考えられなくなっていました。次に気が付くと、私は馬車の中で横になっていました。
お姉さんが話してくれたのですが、私が食べられている間に護衛の人が狼の2匹を倒し、私の腕を食べている狼を追い払ったそうです。私は囮だったようです。お姉さんか私かということになれば、当然私でしょうね。
こうして私は、奴隷として売られる前に傷物になってしまったのでした。売れるとは思えなくても、奴隷商の人としては経理上連れて行かないわけにはいかなかったのでしょうね。村の方にも多少のお金を払っているわけですから。ここで捨て置いたら着服と思われてしまうかもしれません。
街の奴隷商に着きました。今私がいるここです。ついてすぐにこの犯罪奴隷などが入れられている区画に入れられました。最初から普通の相手に売るつもりはないようです。食事も与えられましたが、明らかに少ないです。村と大差ない、いえ、村よりも少ないでしょう。
私はそこで悟りました。ここは私を生かすつもりがないのだと。そこからは絶望と後悔と怨嗟を喚き散らしました。いえ、声がほとんど出ないので心の中でという但し書きが付きますが…。その後は懇願です。私を助けてくれるなら、どんなことでもします。何でも言うことを聞きます。全てを捧げます。だからどうか助けてください。…当然何も変わりませんでした。
今私が落ち着いてこんなことを考えているのは、絶望が1周回って諦めになってしまったからでしょう。
どう考えても買われるわけはありません。愛玩用にしてもここまでボロボロの私を相手にしようなんて人はよっぽどのゲテモノ趣味でしょう。当然使い終わったら捨てられて死ぬことも間違いありません。
片目が開いていますが、そこには何の希望も映ってはいません。後はただ死を待つだけです。
誰かが入ってきました。食事でしょうか。いえ、まだ早いはずですね。どうやらお客さんが来たようです。物好きな人ですね。男性のようです。
ここにいる奴隷は売り込みが禁止されています。碌な経緯がありませんからね。お客さんに聞かせるわけにもいかないのでしょう。そんなお客さんに最近入ってきた犯罪奴隷の少女が売り込みをしています。よく見るとお客さんもその少女も黒髪黒目ですね。何か縁があるのでしょうか。耳もほとんどつぶれているので、あまり遠くの音は聞こえません。何か話をしていますが…、まあ、私には関係ないでしょう。
しばらくするとお客さんの男性は戻っていきました。さっきの少女でも買うのでしょうか。
奴隷商の人が近づいてきます。
「立ちなさい」
部下の人が私の手を取り立ち上がらせます。私がどうかしたのでしょうか。
「今のお客さんにあなたは買われました。今から最低限身なりを整えさせますので、付いてきなさい」
言っている意味が分かりませんでした。私が買われる?なぜ?さっきの男性はそんなそぶりは見せていませんでした。近づいてすらいません。物好きなお客さんと言いましたが、ゲテモノ好きなお客さんだったのでしょうか。そんな混乱とは関係なく、風呂場というか流しのようなところで私は洗われていました。さっきの区画では基本的に垂れ流しです。何を、とは言いません。生を諦めた私でも、一応女の子ですから。多分。
そこそこマシな服を着せられ、さっきの男性の待っている部屋に連れていかれました。犯罪奴隷の少女と、他に身なりの良い少女と、犯罪奴隷の少女よりも幼そうな女の子がいました。どんな関係なのでしょうか。彼女たちも奴隷なのでしょうか。もしそうなら少しは良い扱いが期待できるのでしょうか。…そんなわけありませんね。この期に及んでまだ希望が残ってしまっているようです。そんなものはありませんよ。
男性の血を使って奴隷紋に登録をします。少し痛みがありましたが、体中が痛いのであまり関係はありません。
登録が終わると男性が最初の命令を出しました。
「俺がお前たち2人を買った。名前は仁だ。これからお前たちを俺らが借りている宿に連れていく。細かい話はそれからだ。なのでそれまでは喋るな。これが最初の命令だ」
仁様というらしいです。ゲテモノ好きなのでしょう。愛玩用として何度か使われて、捨てられて死ぬのでしょうね。最後に少しは美味しいものを食べさせていただけるとよいのですけど…。
仁様に抱えられて宿にやってきました。早速なされるのでしょうか。早くやっておかないと死にそうだからでしょうか。とにかく、部屋に入れられました。他の少女も一緒です。こんな昼間からこんな人数で、こんな欠損の酷い私も含めて…。仁様はとんでもない趣味の持ち主なのでしょう。
そんな私の驚愕とは裏腹に仁様たちは私のことを置いておいて、犯罪奴隷の少女と話をしていました。転移者とか何とか言っていますが、私には理解が出来そうにありません。まあ、私には関係のないことでしょう。
仁様がこちらに近づきました。私のことを紹介するようです。どうせすぐに死ぬ私の紹介なんて不要でしょうに…。
「本人が自己紹介できなそうだから、俺が代わりにするぞ。この獣人の少女の名前はマリア。称号は『獣人の勇者』だ」
「ぐううう」
訳が分からなくて変な声が出てしまいました。いえ、うめき声ですね。
勇者とは何でしょうか。記憶にありません。マリアという名前を知っているのは…あれ、何故でしょう。村を出る時から名前については名乗った記憶がありません。知っているわけはないでしょう。
仁様たちはまたわけのわからない会話をしています。魔法とか称号とか訳が分かりません。
仁様がこちらに目を合わせて言いました。
「マリア、これから魔法によってお前の欠損を治す。具体的にどうなるかは俺らも知らないが、今より悪くなることだけはないだろう。受け入れるか?」
言っている意味が分かりませんでした。こればっかりですね私。ですが、今までで1番わかりませんでした。魔法によって欠損を治すとはどういうことでしょうか。そんな話は聞いたことがありません。神様の作ったという神薬というものだけが、欠損を治すことが出来ると聞いたことがありますが、おとぎ話みたいなものです。そのような奇跡をこのような若い男性が可能とするとは思えません。
ですが、考えてみれば仁様の言うように今より悪くなることなどありません。これは希望ではありません。ですが、やってもらうだけやってみてもいいのではないでしょうか。
私は頷きました。
「わかった。今から詠唱を始める」
仁様は私の正面に立つと詠唱を始めました。10分くらいかかり詠唱が終わったようです。ここまで詠唱が長い魔法など聞いたこともありません。
「リバイブ!」
光が私を包みました。光の中はとても気持ちがよかったです。まるで晴れた日に日向ぼっこしているかのようでした。
光が収まると私は両目が見えていました。見ると腕も元に戻っています。
「あれ、しゃべれる。手もある。なんで…。もう死んじゃうんだとばかり…。うぇ、」
嬉しさがこみ上げてきました。捨てていたはずの希望がひょっこり出てきたのです。
「うぇええええええええん。びええええええええええ」
情けないですが、私は泣き出してしまいました。こぼれる涙が止まりません。おそらく10分以上は泣いていたのではないでしょうか。そうだ、こんなことをしている場合じゃない。そう思うとすぐに私は仁様に向けて跪いていました。
「えっと、マリア。そのポーズは何だ?」
仁様が問いかけてきます。涙はまだ出ているけど、仁様を待たせてはいけません。すぐに答えます。
「忠誠を形にして示そうと思いました」
自分でも驚くほどすらすらと言葉が出てきました。奴隷商の中で考えた、助けてくれたら何でもするし全てを捧げるというのは、私の本心だったようです。
「今まで、何も言えていませんでしたので、改めて言わせていただきます。私の名前はマリアといいます。仁様。私を助けて下さったこと心から感謝しております。今の私にできることはほとんどございませんが、せめて生涯の忠誠を捧げさせてください」
死ぬ方が普通の状態から救われたのです。残りの人生はこの方のために捧げましょう。ここまでのことが出来るのです。仁様は神様と何も変わりがありません。信仰を捧げましょう。
そういえば奴隷のお姉さんから、本心でなくても媚を売るように言われていましたが、必要なくなってしまいましたね。媚など売る必要もなく心酔しているのですから。
この後も仁様からは様々なものを頂きました。実は1番うれしかったのは<契約の絆>だったりします。いつでも仁様と繋がっていられるということが、私に絶大な安心と自信を与えてくれました。
まだ、奉仕の方は求められていないことが残念です。様子を見る限り、獣人だからダメということはなさそうです。魅力が足りないのでしょうか。ご主人様の好みを調べ、それに沿えるように努力するしかありませんね。いつかお情けをいただけるよう頑張りましょう。
20150912改稿:
修正(6)の内容を反映。