外伝第1話 生徒会長と美食家
外伝です。勇者として残った中の1人の視点です。若干グロテスクな描写があります。こけおどしですが念のため。
いつもと改行の使い方が違うのは仕様です。
週1投稿?いや、まだ余裕ありますし…。
俺の名前は工藤正樹。普通の男子高校生だったが、今は異世界で勇者なんかをやっている。
勇者と言っても俺1人ではない。理屈は知らないが、俺と同じ学校の人間全員がこの世界に勇者として召喚されたんだ。まあ、正確には2人を除いて、だが…。
この世界に召喚されてから今日で3日目だ。最初の2日はこの世界の常識などについての講義を受けていた。
今、俺たちは王都周辺で魔物退治をして経験を積んでいるところだ。最初は魔物の姿に驚いていたが、わずか1日でずいぶんと慣れてきた。
それにしても、向こうでは生徒会長なんかやっていた俺が、刃物を持って魔物を追い掛け回すことになろうとはな。落ちぶれたものだ。まあ、立場だけは上がっているのかもしれないが…。勇者だしな。
「こっちは狩り終わったよ!」
「こっちもですよ」
「…」
「じゃあ今日は撤収だ」
最初に女神様からもらった祝福を検証し、相性などを考えて4人1組のパーティを結成し、その単位で実戦経験を稼いでいる。
午前中は兵士が護衛も兼ねて同行していたのだが、俺たちの適応力が高く十分と判断したようで、午後からは俺たちだけで狩りをすることになっていた。
ちなみに元気のいい女子が水原咲。丁寧な口調の男子が織原秋人。無口な女子が木野あいちだ。水原と織原は小・中学校が同じで面識があるそうだ。木野は無口だがやることはやってくれるので頼りにしている。
俺たちの祝福は1人1人違い、かなり個性が出ている。俺の場合<達人の妙技>といって、様々な技術の習得が早くなるというものだ。昔から物覚えが良いといわれていたのが原因かも知れないな。
水原と木野は普通にファンタジーな祝福だが、織原のは変わり種だ。その名も<美食の饗宴>といい、食事をすればするだけ強くなるそうだ。だから空いた時間があれば物を食べている。
祝福以外でもこの世界に来てから俺たちの身体能力は向上しているようで、魔物相手でも全く問題なく戦えている。それぞれに武器も用意されており、いくつもある武器の中から、しっくりくるものを選んで使っている。不思議な話で、全員がどれか1つは武器が扱えるようになっていた。もちろん元の世界では触れたこともないような武器でもだ。
実は、みんなには言っていないが、考えていることがある。<達人の妙技>と<美食の饗宴>といった祝福や、習得した技術から考えて、この世界にはレベルやステータスのようなものがある、ということだ。今まで使ったことのない武器が扱えるというのも、その考えを後押しした。ファンタジーな世界観といい、まるでゲームのようだった。
しかし、この考えをみんなに伝えるのは躊躇している。ゲームのようだ、なんていったら「ゲームの中なら何をしてもいい」とか言って好き放題してしまうかもしれない。そして俺たちには「祝福」という好き放題出来る力があってしまうのだから。
戦闘を終え、王都に帰ろうとしていると、水原が呟いているのが聞こえた。
「仁君…」
「気になるなら追いかければいいんですよ」
織原が水原に声をかける。仁、それは水原と織原の幼馴染の名前だ。
俺たちは1つの罪を犯している。それはこの世界に来てすぐ、祝福を得られなかった生徒を2人王宮から追い出したことだ。
なぜあんなことをしたのかは今もわからない。確実に俺らしくない行動だった。水原と織原の共通の友人である進堂仁。俺も知ったのは最近なのだが、クラスでいじめられていた木ノ下さくら。この2名が、王女に追い出されるところを黙って見ていたのだ。
不思議なのは友人であるはずの2人でさえも、それを止めようとしなかったことだ。俺も含めて皆が皆あの時の2人に嫌悪感を抱いたと証言している。後になって冷静に考えると不自然極まりない。
「兵士の話では、もうこの街を出ていったそうではないか。追いかけるのは大変だろう」
「そうなんだよね…。それに今更会っても何を言えばいいのか…」
まあ、見捨てた相手とは顔を合わせにくいだろう。しかし、織原の方は全く気にした様子がない。薄情なのだろうか。
「あ、すいません。忘れ物をしたみたいです」
織原が言う。
「どうする?みんなで戻るか?」
「いえ、先に戻っていてください。この辺の魔物はだいぶ減らしましたし、何かあっても逃げるくらいならできますから」
確かにいろいろ食べて強化された織原ならそれも可能だろう。最近、兵士が2名魔物との戦闘中に死亡したという話を聞いていたので少々不安に思ったのだが、織原が珍しく強く言ったことと、俺たちの疲労も溜まっていたので、先に帰らしてもらうことにした。
ちなみに織原は食べることで疲労も回復するので、食べ物さえあれば長時間の戦闘が容易だ。
織原と別れた後で、少し気になったことを水原に尋ねる。
「水原、織原に付いて行かなくてよかったのか。進堂のことはあんなに気にしているのに…」
「あ、うん…」
同じ幼馴染なのにずいぶん扱いが違うように感じる。何か理由があるのだろうか。
「あのね、あんまり悪口みたいなこと言いたくないんだけどね…。仁君から織原君には出来るだけ近づくなって言われているの」
友達が友達に言うセリフではないだろうに。
「仁君曰く、あいつは人を食ったような奴だから、関わると後悔するぞ。だって…」
人を食うとは…。織原の能力を考えると悪趣味な話だな。まあ、進堂がそれを言ったのは日本だ。丁寧なのは話し方だけで、意外と癖のある性格だったりするのだろう。まあ、気を付けてさえいれば、ひどい事にはなるまい。
しばらくして、織原が追い付いてきた。王都に帰り、あてがわれた部屋に戻る。贅沢にも800人くらいいる我が校の全員に部屋を用意してくれた。毎食豪勢な食事が出るし、至れり尽くせりだ。それだけ魔王というのは脅威であり、勇者を優遇する必要があるのだろう。
夕食の席で、織原を見かけたので声をかける。
「織原、お疲れ様。今日の戦いではなかなかの活躍だったな。明日からもよろしく頼むな」
「あ、工藤さん。お疲れ様です。いえ、お役に立てたようなら幸いです」
織原の戦いは見た目からは想像できないが、結構荒々しい。そもそも武器からして他の人とは変わっている。先端が3つに割れた槍と、刃が広い刀のようなものだ。平たく言えば、フォークとナイフだ。祝福とイメージが一致した装備と言うこともあり、ある種のネタ装備として笑いを誘われる。
しかし、実際に戦闘になればその2つを駆使して、容赦なく相手を倒す。当然だ。ナイフもフォークも俺たちにとっては剣よりも槍よりも慣れた武器であり、効率的に肉を切り裂くために生み出された道具なのだから。
「帰りに水原が進堂の話を出していたが、お前と進堂はどんな関係だったのか聞いてもいいか?」
水原の話もあって、織原のことが気になっていた俺は、進堂の話経由で織原の人となりを知ろうと画策した。
「普通の友人ですよ。小学校から一緒で、よく遊ぶだけの…。異世界で見捨てる程度の関係ですけど」
やはり織原も気にはしていたか。この際なので嫌悪感の話も振ってみる。
「ああ、なぜかあの時は進堂達に嫌悪感が湧いたからな…」
「そうですね。そのせいで皆さん、仁たちに変な目を向けていましたもんね」
ん?なんだ今の言い回しは。自分はまるで違うとでも言いたげな…。
「織原も嫌悪感はあったんだよな?」
「ええ、確かに嫌悪感はありましたね。無視できる程度の物だったので、無視しておきましたけど…」
あっさりと言うが、嫌悪感とはそんなに簡単に無視できるものじゃないだろう…。いや、それよりも…。
「じゃあお前はあの時、進堂のことを嫌悪していなかったのか?なのに進堂の追放を見ていただけなのか?」
「ええ、あの場で僕1人が何か言っても無駄でしょうし…」
それは…、否定できないな。あの場の空気はおかしかった。正常でいることの方が負担が大きいだろう。それを考えれば織原が黙っていたのは、仕方ないことだったかもしれない。
「それに、進堂がここからどう巻き返すのかを見たいですし」
納得しかけていた俺の感情は、またも織原の発言で乱されてしまった。
「ここから巻き返す?どういうことだ?」
俺の質問に微笑みながら織原が答える。
「進堂は言ってしまえば主人公です。彼に降りかかる災いは、彼が成り上がるためのスパイスでしかありません。敵が大きければ大きいほど進堂は強くなります。今回の追放は進堂の物語を面白くしそうでしたからね。だったら、邪魔するわけにはいかないじゃないですか」
「いまいち言いたいことがわからないんだが…。進堂は不利な状態からでも巻き返す。お前はそれを見るのが好き。だから友人が苦しむのを見て見ぬふりをする、ということか?」
俺がそういうと、織原は首を横に振った。
「大体あってますけど、肝心な場所が違います。僕は見て見ぬふりなんてしません。ピンチになるのも物語の醍醐味です。しっかり見届けますよ」
苦しむところをしっかりとみる。それは、修正したことによって良い話になったのだろうか…。
「後、見届けるだけじゃなくって、手も出しちゃいますよ。傍観者を気取るなんてもったいない。楽しい物語は適当に手を加えて、もっと面白くするべきですよ」
「お前、進堂に何かしたのか?」
王宮を追い出されるだけでも結構な大事だ。それに加えて何かしたというのか?
「そうですね。いくつか仕込みはしているんですけど…。1番最初にやったのはお城勤めの兵士さんに辺りの村の巡回に行ってもらったことですかね」
「それで何か変わるのか?」
「さあ?変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。いいんですよ、裏方の作業なんて大半が無駄になるものですから」
こいつの言っていることが本格的にわからないな。こいつは進堂をどうしたいのだろう?
「進堂の物語なんて言っているが、追い出した以上、進堂には簡単には会えないだろう?」
そういうと、織原は少し不快そうに口をゆがめた。
「そこがネックではありますね。付きっきりで見ていられないのは残念ですが、僕は僕でやることがありますからね」
「やること?魔王を倒すのか?」
「違いますよ。そんなどうでもいいことじゃありません」
俺たちが元の世界に帰るためにすることを「どうでもいいこと」と切って捨てた。
「まあ、途中までは一緒ですけどね。とりあえずは強くならないといけませんから」
「強くなって、何をするんだ?」
魔王を倒す気がないのに、強くなることに意味はあるのか。
「進堂の前に立ちふさがります」
…また意味の分からないことを…。
「立ちふさがって何をするんだ?」
「戦います。なのに僕が弱いままだったら興醒めでしょう。ストーリー的にも幼馴染はある程度強敵でないと…」
「進堂と…戦うつもりなのか?幼馴染なのだろう?」
見捨てたと思ったら、敵に回る?本当に何がしたいんだ?
「幼馴染だから戦うんですよ。幼馴染はモブにはなりえませんからね。どこかで戦う機会もあるでしょう」
「意味が分からない…。戦う理由は何だ」
「それは、その時になってみないとわかりませんね。進堂の大切な人を僕が傷つけるのかもしれませんし、完全な誤解かもしれません。あるいは僕が洗脳されるのかもしれません。理由なんていくらでもありますよ」
戦うのは確定で、理由は後でいいというのか?まるで漫画か何かのストーリーのように話すコイツに俺の頭はパンクしそうだった。俺は織原の考えを理解することを諦めた。
「わかった。俺にはお前の考えがわからないということがわかった」
「そうですか、それは残念です」
なんでもないことのように言う織原。もうコイツに関わるのは止めよう。図らずも進堂と同じようなことを考えてしまう。
さっさと食事を終らせ、その場を後にすることにした。進堂に不思議な共感を覚えてしまった俺は1つの決意をする。いずれ機会があれば進堂に謝ろう。そして、魔王を倒して帰るとき、きちんと進堂、木ノ下も連れ帰ろう。
翌日も王都周辺で狩りという名の戦闘訓練を実施した。織原とはあれから話していない。苦手意識のようなものが芽生えてしまったからだ。とはいえ、戦闘自体は昨日と変わらず、十分と余裕があった。
「すいません。また忘れ物をしてしまいました。先に帰っていてください」
「わかった」
昨日と同じように1人で忘れ物を取りに行く織原。3人で帰路に就く。ふと、嫌な予感を覚えた。織原の忘れ物って何だ?忘れるようなものがあったか?
織原のことが無性に気になった。女子には悪いが、俺も忘れ物をしたといって織原を追いかける。
「気を付けてね」
「…」
「ああ、お前たちも気を付けろよ」
織原を追いかける。ゴブリンとの戦闘をしていたあたりで織原を見つける。
「おい、おりは…ら」
息をのむ。全く想像していなかった姿の織原の姿があったからだ。
「どうしたんですか。変なものでも見たような顔をして?」
「お前は何を食っているんだ!」
織原の顔は真っ赤に染まっていた。ゴブリンの血で…。
「ゴブリンですよ。ああ、工藤さんも血はあまり得意ではなかったのですか。女子に気を使って見えるところでは食べないようにしていたのですが…。すいません。気が利かなくて」
「違う。そうじゃない!なんでゴブリンなんか食べているんだ。人型で!まずそうで!生のまま!」
詳しい描写はしたくないが、織原はゴブリンの体を余すところなく食べていた。どんな神経をしていれば生のゴブリンを食べられるのだろうか。
「あー、忘れ物もお花摘みみたいな隠語のつもりだったんですけど…その様子だと通じてなかったみたいですね」
通じるわけがない。他のメンバーも気づいていないだろうよ、そんな事。
「みなさん僕の能力知っているでしょう?食べれば食べた分だけ強くなるんですよ。食べたものが強いほど強くなるんですよ。仁に置いて行かれないようにするためにも好き嫌いなんて言ってられません。それを考えれば魔物なんて格好の食糧じゃないですか。それにゴブリンって意外とおいしいんですよ。目玉はプルプルしてるし、肉は歯ごたえがあります。内臓は…」
「やめろ!」
食っている本人の口から感想など聞きたくはない。
「なぜです?お城で聞いたでしょう?魔物の肉もモノによっては食べられると…」
「その中にゴブリンは入っていなかった!」
ゴブリンの肉は食用として扱われていない。衛生面もそうだが、人型の魔物の肉を食べるのはハードルが高い。それを形の残ったまま食えるこいつは異常だ。
そうだ。こいつは異常なんだ。友人が成り上がるところを見たいからわざと見捨てる。食べたものに応じて強くなるから人型の魔物を生のまま食べる。こんな性質を持った人間が、元の世界で普通に生きて行けたのか?進堂が水原に忠告した理由もそこにあるのではないだろうか。
「もう食べ終わったか。終わったならさっさと帰ろう」
早くこの場を離れたい。
「いえ。もう少し食べていくので、お先にどうぞ」
「なら、そうさせてもらう」
急いで街に向かう。ふと、考えてはいけないことを考えてしまった。人型の魔物を食うことに躊躇のないアイツが、人を食わない保証などあるのだろうか。「人を食ったような奴」、進堂の伝えたその言葉が頭をよぎる。
織原の近くから、進堂を外してしまって良かったのか?本当にアイツは俺たちの味方なのか?例えようのない不安が、俺の頭から離れることはなかった。
20150912改稿:
修正(6)の内容を反映。