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第89話 竜炎と審判

戦争編と言いつつ、戦術だ戦略だと言った小難しい理屈はこの作品に出てきません。ご安心ください。

多分、誰も望んでないし。

 俺達はリラルカの街から少し離れた馬車道付近に設置した『ポータル』に転移した。

 さすがに、いきなり街中に転移するわけにもいかないからな。


「これは……最低だな」


 俺はマップでリラルカの街の様子を確認して呟く。

 リラルカの街内部では、略奪、強姦、殺人が蔓延していた。かなり酷い有様だ。


「はい……。何よりも問題なのは……」

「エルディア側の住民が略奪に加担していること、ですわね」


 現在、リラルカの街内部には大きく分けて3種類の人間がいる。

 カスタール側住民、エルディア側住民、そしてエルディア軍の3種類だ。

 さくらとセラが言うように、その内のエルディアに属するエルディア軍、エルディア側の住民がカスタール側の住民に対して、略奪行為その他を行っているのだ。

 エルディア軍が略奪行為をするというのなら話はわかる。だが、エルディア側の住民は何を思って略奪行為をしているのだろうか?今まで、普通に接していた隣人に対して、当たり前のように略奪行為を行うとは……。


 ついでに言うと、カスタール側にある冒険者ギルドも攻撃対象にされている。

 暗黙の了解はどうした?ああ、今更エルディアがそんなことを気にする訳ないか。


「これは、予定を変更しなきゃならないな。潰すのは軍とか戦争参加者だけのつもりだったが、これは普通に盗賊と同じだ。住民だろうが、容赦なく潰さなければ駄目だ」

「そう言えば、ご主人様はそんなことも言っていたわね。うん、さすがのミオちゃんもこれはフォローできないわね。自業自得だわ」


 戦争だから無関係な者は殺さないと決めていたが、これは盗賊退治に変わったのだ。

 盗賊退治ならば、略奪を働いた住民も無関係ではないので、全滅させるべきだろう。


「じゃあ、早速全滅させようか」

「如何なされるおつもりですか?仁様がお望みでしたら、私が殲滅してきますが?」


 マリアが相変わらずの提案をしてくるが、それでは時間がかかり過ぎるだろう。出来るだけ早くリラルカは解放してやりたい。


「いや、いい。ここに来るまでに少し時間を使いすぎたからな。ここからは瞬殺だ。エル、出てこい」

「なんじゃ?マスター、妾に何か用かのう?」


 俺が呼ぶと始祖神竜エルがにゅるんと顕現した。

 当然、用はある。屋敷の外ではエルは俺の許可がないと顕現できないし、用がなければ顕現させないからな。


「ああ、今からマップに表示された敵に向けて<竜術>を放て。<始祖竜術>の力を使えば、自動追尾する能力を付与できるだろ?」

「うむ、出来るのじゃ。じゃが、結構な数じゃな。妾1人で制御しきれるかどうか……」


 先日、エルと戦った時、エルは<始祖竜術>の能力で<竜術>に追尾機能を持たせてきたのだ。同じことをリラルカの街にいる『敵』に向けてやってもらいたいのだ。

 しかし、エルは細かい制御に自信がないのか口ごもる。

 ドラゴンってなまじ力がある分だけ、大雑把で細かいことが苦手そうな印象があるからな。どうやら、エルはイメージそのもののドラゴンの様だ。


A:私が補助します。


「そ、それなら安心じゃな……。うむ、安心じゃ……」


 アルタが手伝うというのなら、間違いはないだろう。

 しかし、正直な話をするとアルタが手伝うのだったら、エルに任せる意味もなくなるんだよな。だって、<始祖竜術>を使うだけなら俺でも出来るから……。

 <生殺与奪ギブアンドテイク>LV8の効果で始祖神竜の「特性」を取得した俺にも<始祖竜術>及び<竜術>は使用できる。慣れていないから、慣れているであろうエルに任せようと思ったらこの有様である。……まあ、いいか。エルも活躍したがっていたし。


「それでは、早速<竜術>を放つのじゃ!」


 そう言うとエルは顔を上げ、上空に向かって勢い良く<竜術>を放った。


-ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!…………-


 軽快なリズムで放たれる<竜術>は、拳大くらいの小さな火の玉だが、その威力は推して図るべし、である。

 一通り<竜術>を放った後、ふよふよ飛んでいく火の玉ブレスを追いかけながら、俺達もリラルカの街へと向かっていく。

 そして俺の横では……。


《ドーラもブレスうちたかったー……》


 俺がエルに<竜術ブレス>を頼んだせいで、ドーラが若干むくれてしまったのだ。

 まあ、ドーラに<竜魔法ブレス>を頼んでしまうと、敵味方関係なくリラルカの街が更地になってしまうので、とてもじゃないが頼めなかったのだ。

 なんなら、エルディアの王城に向けてブレスを撃つときは頼もうかな。あそこなら、いるのは基本全員敵だから、何も気にせずに撃ってもいいし。


「また今度な」

《やくそくだよー》

「ドーラちゃんが全力ブレスを撃つ機会はそうそうないと思いますけど……」


 ちなみに、現在のドーラの全力ブレスはLV150を一瞬で消し炭に出来ます。


 ドーラと無茶な約束をしつつリラルカの街に到着する。

 火の玉ブレスが街に到着してから、まだ数分も経っていないだろう。



「うぎゃー!な、何だこの火の玉は!衛生兵、衛生へーい!」

「か、金ならくれてやる!だから命だけ、ぎゃー!」

「熱い、熱い……熱……」

「何でどこまでも追ってくるんだよ!おい、ちょっと待て……」

「私がリラルカの街の代表と知っての狼藉か!?私にこんなことをしてタダで済むと思っているのか!待て、嫌だ。死にたく……」

「何だよコレ!おい、ここにいれば戦場で戦うこともなく良い思いができるんじゃないのかよ!?俺は勇者なんだぞ。勇者がすることは正しい事のはずだろ!?何でこんなことに、ぐぎゃー!」


 到着したリラルカの街は、まさしく地獄絵図となっていた。

 軍人も、商人も、住民も、貴族も、勇者も等しく焼き尽くす<竜術ブレス>が、街中で略奪行為をしていた者全てに降り注ぐ。逃げても無駄だし、破壊しようとしても無駄だ。家の中に隠れても、当然追いかけてくる。


被害者カスタール側には被害を与えていないだろうな?」

「うむ、大丈夫なのじゃ。対象者以外にはダメージを与えんようになっておる」


 微妙に便利な仕様だな。<契約の絆エンゲージリンク>と同じような効果を、配下契約関係なく設定できるのか。


「うっぷ……、ちょっときついですね……」

「大丈夫さくら様?無理はしない方が良いですよ。はい、お水です」

「あ、ありがとうミオちゃん……」


 さくらが地獄絵図を見て気持ち悪そうにしている。

 え?この地獄絵図は俺のせい?はっはっは、俺が何もしなくても、元々地獄絵図だったよ。


 なお、焼き払った敵の中には、この街で待機していた勇者が1人含まれていました。

 年齢から考えると3年生の男子で、街中で犯罪行為の真っ最中だったため、容赦なく<竜術>で焼き尽くしてやった。

 とりあえず、タモさんに鳥の魔物に擬態してもらって、勇者から出てきた『祝福の残骸ガベージ』だけは先に回収してもらった。

 なお、祝福ギフトはショボかったので説明は割愛する。


「それで、僕たちは何をすればいいのでしょうか?」

「ああ、そっちのアドバンス商会員と共に救助作業をやってくれ。言い方は悪いが、広報活動の一環だな。それと、俺達が目立たないようにするために、代わりの旗印になってもらう」

「はい、わかりました。皆もいいね?」

「おー!」×7


 俺はクロード率いるカスタール女王国冒険者組の奴隷達に指示を与える。

 そうそう、現在、俺達メインメンバーの他に、冒険者組とアドバンス商会のメンバーを多数呼び出サモンしている。

 理由は今言った通り、救助のための人手であると同時に、俺達の活動が目立たなくなるようにするための旗印、デコイである。

 地位とか名声とかは全てクロード達に任せる。有名税を払うつもりはないからな。


 アドバンス商会を連れてきたのも似たような理由だ。回復薬ポーションとかを大量に持っていても不思議ではないだろう?

 表向きの理由アリバイはリラルカの街に支店を出店するか検討すると言うモノだ。しっかりと馬車も用意してある。

 クロード達はアドバンス商会の護衛として付いてきたということにしている。数時間前まで、別の依頼をしていたようだが、そっちのアリバイは無視することにした。


 そこからは冒険者組、アドバンス商会員と協力して、救助活動に勤しむことになった。

 ついて来てもらったさくら達には悪いが、あんな連中とじっくり戦うのは時間の無駄だ。

 まあ、得てして戦争っていうのは争いが終わった後の方が大変なものだからな。


 あまり、話して気持ちの良い事ではないので、救助の様子はダイジェストでお送りする。


「大丈夫ですか?今、回復しますからね。わっ?どうしたんですか、急に抱き着いて来て!?」


 フラグメイカーのクロードが、未亡人の女性(マップで確認)とフラグを立てていました。


「炊き出しするのです、はい!あー、そこ、ちゃんと並んでください、はい」


 料理メイドのニノが炊き出しと称して胃袋を掴みにかかっていました。


「……………………」


 分裂タモさんが街中の死体をこっそり回収していました。何かに使えるかも。


 他にも土木作業メイドが瓦礫を撤去していたり、治療メイドが部位欠損をして死にそうな者を奴隷にしてから回復させている。しかも何を話したのか、一瞬で黄色しんじゃマーカーになってやがる。一体、どんな話をしたんだ……。

 そんなこんなで昼を回るころには概ね救助と復興(暫定処置)が終了したのだった。


 カスタール側住民達の感謝はすさまじく、クロード達のクラン(俺達もそこに所属と言う扱い)とアドバンス商会の事をまるで救世主でも見るかのような目で見つめている。


 対して、エルディア側住民達だが……、まあ、当然のようにカスタール側住民からの反撃、復讐の対象になっている。ここに残っているのは、むしろ略奪に加担しなかった者達のはずだが、そんなことは被害者達にとっては関係ないようだ。

 復讐自体は否定しないが、八つ当たりや、無関係な者にその罪を擦り付けるのは嫌いだ。暴徒たちを止められなかった罪はあるかもしれないが、エルディア側の住民だって、暴徒に反目するのは高いリスクを伴うから、どうしようもなかった部分もあるだろう。

 なので、救世主たるクロード達に説得に回ってもらい、何とか過剰な復讐へと走る者は抑えられた。ある程度街を復興してからだったので、悲惨な光景が多少は薄れていたのが良かったのかもしれない。


 こうして、後に『裁きの炎事件』と呼ばれる歴史的事件は幕を閉じたのだった。

 次は、後に『エルディア軍消失事件』と呼ばれる歴史的事件の番だな。



 クロード達、及びメイドの活躍によってリラルカの街はひとまず落ち着きを取り戻してきた。本格的な復興はアドバンス商会に任せることして、俺達はそろそろエルディア軍の方を追わないといけないだろう。

 エルディア軍は現在、コノエの街に向けて移動しているはずだ。アルタのおすすめによりリラルカの街の解放を優先したが、コノエの街の方は問題ないのだろうか?


A:問題ありません。コノエの街到着までは1日以上の猶予があります。


 そう言えばそうだったな。リラルカからコノエの街までは馬車で1日近くかかる。

 行軍と言うのなら、もっと時間がかかってもおかしくはない。今日出発したというのなら、少なくとも今日中に到着することはないだろう。

 どうやら、『ポータル』のせいで移動時間の感覚が狂ってきているようだ。


 そんなことを考えていたら、サクヤから念話が入って来た。


《あ、お兄ちゃん。ちょっと時間良い?》

《別に構わないぞ。何かあったのか?》

《さっき渡し忘れちゃったんだけど、お兄ちゃん達に丁度いい魔法の道具マジックアイテムをプレゼントしようと思ってたのよ》


 サクヤは時々、俺に魔法の道具マジックアイテムをプレゼントしてくることがある。

 困った時には魔法の道具マジックアイテムを報酬にするし、サクヤはきっと俺が魔法の道具マジックアイテム好きだと思っているのだろう。

 はい、当たっていますよ。


 通常、魔法の道具マジックアイテムを贈り物にする場合、生活などで役に立つ物が選ばれることが多い。

 もちろん、俺の場合は魔法の道具マジックアイテムの中でも変わった物、ユニークな物を喜ぶ傾向にある。

 何故ならば、生活で役に立つ程度の物なら、さくらさんが異能で何とかしてくれるからだ。ありがとう。


 そんな俺の(変わった)趣味を理解しているサクヤが『丁度いい』と言う魔法の道具マジックアイテムとは何なのだろうか?


《へえ、どんな魔法の道具マジックアイテムなんだ?》

《その名も、『謎の貴公子仮面ハイディングマスク』よ!目元だけが隠れるマスクなんだけど、これを付けていると顔を上手く認識できなくなるのよね。認識を阻害する効果があるみたい》


 完全にネタ装備ですね。そして100%日本人が関わっているな。

 多分、漫画などでありがちな『お前本気で正体隠せているつもりか?』と言われるような仮面なのだろう。

 もちろん、そのセンス、嫌いではない。


《これから、色々と暴れるんでしょ?正体を隠したいときに使ってね》

《確かに役に立ちそうだな。助かる、ありがとう》

《えへへー》


 戦争や『勇者殺し』で有名になるつもりはないので、正体を隠して戦うのは有りだ。

 尤も、これから戦うエルディア軍の皆さんには全滅していただく予定なので、正体を隠して戦う意味は薄い。死人に口なしってヤツだな。


 余談だが、エルディア軍の中には勇者もいるし、その中には知人がいる可能性もある。

 しかし、残念ながら知人程度では暴挙を許す理由にはならないので、軍と一緒に散ってもらうつもりだ。

 ただの知人よりは、サクヤの方が遥かに大切だからな。


《あ、そろそろ会議が始まるから念話を切るよ。『謎の貴公子仮面ハイディングマスク』は<無限収納インベントリ>に人数分入れておいたからね》

《ああ、エルディア軍を潰したら、一回王都に戻るからな》

《うん、わかった。それじゃあまた後でね》


 サクヤとの念話を切った後、俺は早速サクヤがくれた『謎の貴公子仮面ハイディングマスク』を<無限収納インベントリ>から取り出す。

 ……予感はしていたが、『大佐』ではなくて『タキシード』の方だったか。

 え?これを付けるの?



 アルタからエルディア軍の現在位置を聞き、その先にある『ポータル』へと転移をする。


 カスタール女王国は現在、最もアドバンス商会の支店の多い国だ。

 アドバンス商会の目的は俺の旅路をサポートすること。その業務の中には各地への『ポータル』の設置も含まれる。

 つまり、カスタール女王国内だったら、俺はほとんどどこにでも一瞬で行けるのだ。

 エルディア軍を待ち伏せできる場所に転移することくらい余裕である。

 と言う訳で、俺達は現在エルディア軍が侵攻するであろう街道の一部に陣取っている。


 しばらくは時間があるから、その間に色々と準備しないといけないな。


「え……。この仮面をつけるんですか……?」

「ああ、サクヤが全員分色違いで揃えてくれたみたいだな……」

「サクヤちゃん、なんて余計なことを……」


 『謎の貴公子仮面ハイディングマスク』を見て、さくらが驚愕している。


「うーん、漫画っぽいのは面白いんだけど、自分で付けるとなると覚悟がいるわね」


 そう言ってミオは『謎の貴公子仮面ハイディングマスク』をジロジロと眺める。

 セリフとは裏腹にミオが興味津々なのは伝わってくる。


 ちなみにドーラ、マリア、セラは文句も言わずに仮面を身に着けている。

 なんて不気味な集団なのだろうか。……大丈夫、マップを確認したけど、エルディア軍以外にここを通過しそうな人はいない。こんな姿、無関係な人に見られたくないからな。

 正体を隠すための仮面なのに、仮面姿を見られたくないとはこれ如何に。


「あの……、私、離れた所で見ていますから、付けないと言う訳には……」

「何があるかわからないから、離れていたとしても付けた方が良いだろうな」

「はい……」


 ピンク色の仮面を握るさくらが、がっくりとその肩を落とした。

 悪いけど、さくらも道連れである。絶対、逃がしはしない。


 こうして、仮面をつけた世にも不気味な6人組が誕生したのだった。


 ちなみに、仮面をつけた人を見ると、顔の輪郭が何となくぼやけた様になり、どのような顔をしていたのか判断できなくなる。

 精神系スキルのような効果があり、<多重存在アバター>の異能による精神保護で防げることが分かった。つまり、俺の身内には無効と言うことである。



 待つこと30分、遠くにエルディア軍が見えるようになってきた。


「仁様、エルディア軍が見えてきました」

「ああ、俺の方も確認済みだ」


 エルディア軍が隣接エリアに到達したとき、つまりマップに映った時からずっと動向は確認している。

 ようやく目視できる範囲まで近づいてきた訳だが、2万の軍と言うのは思ったよりも迫力がないんだな。5万のドラゴン軍団と比べるのもどうかと思うが、全く脅威を感じないな。


 エルディア軍部隊の先頭にいるのは冒険者約5000人。

 冒険者、エルディア軍本隊、冒険者と言う編成だ。基本的に冒険者を捨て駒のように考えているのだろう。万が一挟撃されたときのために後ろにも半分残しているのかな?

 冒険者のほとんどが徒歩のため、歩兵の速度に合わせた行軍のようだ。

 騎馬兵も少なからず存在しているが、せいぜい本隊全体の2割、2000程度だろう。

 ちなみに、勇者達は馬車で移動している。……まあ、現代日本人に行軍は厳しいよな。


「先制攻撃をしちゃダメなのよね?」

「ああ、俺達は栄光あるカスタールの女王騎士だからな。エルディア軍相手にも紳士的に撤退を提案する必要がある」


 どうせ仮面をつけて戦うのなら、立場や名前も仮のモノを使えばいいと思い至ったのだ。

 そこで、サクヤに頼んで女王騎士の名義を5人分用意してもらい、他のメンバーの仮の立場にすることにした。

 俺?俺は元々女王騎士の名義、立場を持っているからな。

 かつて魔族ロマリエの魔の手からサクヤを助けた時、その功績はサクヤ配下の女王騎士のモノと言うことになった。その名はジーン。

 カスタール女王国所属、女王騎士ジーン。それが、俺の仮の立場と名前である。


「酷い建前ですわね。ご主人様、さっき皆殺しと仰っていましたわ」

「建前って色々と大事なんだぞ。あまりサクヤに迷惑をかける訳にもいかないからな。……まあ、エルディアを滅ぼすだけでサクヤの迷惑になるのは確定なんだけど」


 ちなみに撤退の提案は本気だ。ほぼ100%受け入れられることはないだろうがな。

 期待は全くしていないが、提案をしたという事実が大切なのだ。


 エルディア軍が見えてきたことだし、そろそろステータスの確認でもしましょうかね。

 どれどれ、エルディア軍の中で1番偉い奴、指揮官は誰かな?あ、勇者は除いた上で。


A:マップ上に表示いたします。


 アルタがそう言うと、マップ上の赤色てきアイコンの1つが拡大される。


名前:アーサー・スタンディート

LV31

性別:男

年齢:29

種族:人間

スキル:<剣術LV4><盾術LV4><騎乗戦闘LV3><身体強化LV5>

称号:エルディア王国公爵


 外見を確認したところ、銀髪でそこそこ渋い美形イケメンだ。

 年齢とかレベルとかを見た限り、カスタールの女王騎士、ギルバートを彷彿とさせるな。

 ギルバートは気遣いの出来るイケメンだったが、こちらのイケメンはどうかね?……気遣いが出来る奴は、侵略戦争なんかに参加しないよな。


 肝心の能力に関しては微妙としか言いようがない。

 いや、人間基準では結構強いんだけど、今更この程度の奴が相手ではねえ……。

 バトル漫画でインフレしきった後に街のチンピラが出てきた感じ?逃げてー、チンピラ超逃げてー。……逃がさねえよ?


 ちなみに、1番偉いという話なのに随分と本隊の前の方にいる。

 冒険者部隊とエルディア軍本隊の境界くらいだろうか。確かに両方に指示を出すにはいい位置取りかもしれないな。もしくは戦闘狂。だって指揮系スキルがないし……。


 次は勇者について調べよう。


A:表示します。


 マップで確認した限りでは、今回の戦争に参加した勇者は108名だ。

 これで俺のユニークスキルが108個増えるわけだな!大漁、大漁。


 それと、気になる勇者の顔ぶれだが、エルディア軍と行動を共にしている者達の中には、俺の友人と呼べる者は誰1人として存在していなかった。


 ……友達がいない訳じゃないぞ。親友と呼べるのは東と浅井の2人だけだが、それ以外でもそれなりに親しい友人と呼べる者はいたのだ。

 エルディア王城で俺とさくらを切り捨てた以上、『友人』は『元友人』へと変化しているが、戦場で無慈悲に殺すのは忍びないからな(絶対に殺さないとは言わない)。

 まあ、仮にも俺が友人と認めていた存在が、侵略戦争なんかに手を貸す訳が無いんだけどな。もし、そんな人間ならば、最初から友人にはならないと言うモノだ。


 その勇者達のステータスははっきり言って低い。

 いや、この世界に来て数カ月と言うことを考えれば十分に高いのかもしれないが、強者つわもの達と渡り合うには全く足りていない。

 見れば、素のステータスでは大隊長のアーサーにも負けてしまっている。


 しかし、勇者にはそれを補って余りあるほどの大きな力、祝福ギフトがあるのだ。

 強力な祝福ギフトなら、レベル差をひっくり返すだけの力が、可能性がある。


 と言う訳でアルタ、脅威になりそうな祝福ギフトがあったら教えてくれないか?


A:マスターの脅威になるような祝福ギフトは1つも存在しません。なので、多少は注意しておいた方が良い祝福ギフトをピックアップいたします。


 アルタがそう言うと、マップ上の勇者ユニットにマーカーが付いた。

 それにしても、脅威になるような強力な祝福ギフト持ちはいないのか……。相手が弱いというのは楽でいいのだが、強いスキルが手に入らないというのは少々残念でもあるな。

 同郷の人間を手に掛けようっていうときに考えることでもないか……。


 さて、気を取り直して祝福ギフトの確認をしようか。

 どれどれ……。


無敵超人インビンシブル・ヒーロー

3分間あらゆる攻撃でダメージを受けない無敵状態になる。無敵状態では各種ステータスが上昇する。再使用時間リキャストタイムは30分。


 これは中々に面白いのだが、如何せん再使用時間リキャストタイムが長すぎる。

 はっきり言って戦場では役に立たないスキルの筆頭だろう。3分間無視してやればいいだけなのだから。

 この祝福ギフトは元のステータスが高い者が、いざというときの切り札にするのが正しい形ではないだろうか。ゴチになります。


指揮高揚タクティクスフォース

半径20m以内の空間にいる味方の能力を向上させる。


 まんま佐野の<阻害領域クローズドサークル>の逆バージョンじゃないか。

 佐野の祝福ギフトと異なり、こちらは味方のステータスを上げてくれるみたいだな。うん、当然こちらの方が好みだ。

 そして、効果範囲が<阻害領域クローズドサークル>の倍で20mになっている。無関係な相手に効果を与える方が難しいということだろう。

 それにしたって効果範囲が狭すぎる。パーティで戦う程度ならともかく、戦場で役に立つかと言われると微妙なところだ。20m付近をうろうろしていたら、頻繁にステータスが変動して、戦いにくいことこの上ないだろう。


魔導図書館ライブラリアウト

レベル3相当の各種属性魔法が無詠唱で発動できるようになる。消費MPは10分の1。


 あー、確かに面白いんだけど、使える魔法のレベルが低いのがどうしようもないかな。

 ん?もしかして、祝福の残骸ガベージを吸収すると使える魔法のレベルが上がっていったり、消費MPがさらに減ったりするのか?

 もしそうだったら、最終的な強さは結構凄いことになりそうだな。あ、ちょっと魔法無効セラ呼んできてくれる?

 ちなみにライブラリアウトとは、カードゲームにおける山札切れ、大抵の場合は負けを意味します。縁起悪!?


覆面舞踏会フルフェイスカレード

顔を隠した状態で専門職の衣装を着ることにより、その衣装の持ち主の技能を使用することが出来る。


 つまり、専門技能を服を着ることで習得できるという能力なのだろう。

 街1番のコックのエプロンを着れば街1番のコックに、達人級の格闘家の道着を着れば達人級の格闘家になれるという訳だ。

 顔を隠すという制限は、本人ではないことを誤魔化すという意味だろうか?


残影分身ドッペルシャドー

実態を持った分身を生み出せる。分身は単純な命令しか指示できない。分身のステータスは本体の10分の1。分身を回収できれば、分身の得た情報を本体も取得できる。


 忍者だね。あ、祝福ギフトの持ち主が<忍術>スキルを持ってやがる。

 うちの学校、忍者いたんだ……。


 色々と面白いスキルを持った勇者がいるのはわかったが、確かにアルタの言う通りに『脅威』と言う程ではないだろう。

 明確な対処法があるか、相手にならない程に弱い祝福ギフトしか持たない勇者しか侵略戦争に参加していないようだ。

 エルディア王城で見た祝福ギフトの中には、結構ヤバそうなモノもあったからな。



 さらに待つこと10分、エルディア軍がかなり近づいてきた。


L:ますたー、また妾の出番かのう?


 いや、リラルカの時は敵味方の区別が必要だったから<始祖竜術>を使ったけど、今回は全員敵だからエルの出番はないぞ。

 そもそもエルは暗器みたいなものだから、そうそう気軽に使うつもりはないぞ。


L:むう、残念なのじゃ。

A:呼ばれてもいないのにマスターに話しかけないでください。

L:あ!ちょっ!待っ……。


 エルのセリフは途中で切れてしまった。

 どうやら、アルタがエルの接続を強制切断したようだ(比喩的表現)。

 アルタとエルの間には完全な上下関係が出来上がっているようだな……。


 この後、エルディア軍がある程度近づいてきたら、名乗りを上げて撤退の提案をするつもりだ。

 ちなみに、この段階でさくらとドーラには離れた場所に移ってもらった。さくらは元より、ドーラにも人殺しをさせる予定はないからな。


 そんなことを考えていたら、行軍中のエルディア軍の中から騎士らしき格好をした者が数名、馬に乗ってこちらに向かって来た。

 そうだよな。こちらがエルディア軍に気付いたのだから、向こうがこちらの存在に気付いていても、何もおかしなことはないよな。

 今現在、俺達は道を占拠しているような状態だから、文句でもいいに来たのかな?


「『ファイアボール』!」


-ヒュンヒュン-


 残念!騎士達の目的は俺達の殲滅でした!

 その証拠に、騎士達は俺達に向けて『ファイアボール』や矢を放ってきているからな。

 ……この、蛮族どもめ。


 飛んできた魔法や矢は、こちらに届く前にマリアとミオが同じ物・・・をぶつけて相殺している。

 騎士達はそれを見て馬を止めた。どうやら、こちらのことを警戒している模様。


「貴様ら!何者だ!」


 騎士の1人が声を上げてこちらに質問をしてくる。

 面の皮が厚いとはこのことだろうか?自分から先制攻撃をしておいて、その後から普通に会話をしようとするとは……。


「先制攻撃された以上、話し合いは不要だな。今から、エルディア軍の殲滅戦を開始する!1人も逃すんじゃないぞ!」

「「「はい!」」」


 栄光ある女王騎士のジーンさんも、先制攻撃された後に紳士的に振る舞うことはしないのです。交渉では紳士、戦場では鬼神なのです。

 交渉どころか会話イベントもスキップして戦闘開始である。


 そして、俺が号令をかけた次の瞬間、まだ何か話していた騎士達の首が落ちる。

 マリアが<縮地法>で急接近して、透明にした短剣『月光剣・ルナ』で首を斬り落としたのだ。相変わらず、仕事が早いですね。


「行くぞ!」

「「はい!」」


 そして、そのままの勢いでエルディア軍に向けて俺、マリア、セラの3人が突撃をする。

 今回、エルディア軍を相手にするにあたり、かなり大雑把な作戦しか考えないことにした。

 軍隊が向かってくるのなら、それに真正面から挑んで粉砕する。それこそが無双。それこそが栄光ある騎士、ジーンに相応しい戦い方なのである。この似非えせ騎士、ノリノリである。


 リラルカのように現在進行形で苦しんでいる者がいるのならともかく、多少暴れまわっても問題のない平原で侵略軍が相手なのだ。多少はっちゃけても構わないだろう。

 ちょっと人数は多いけど、相手はただの盗賊だからな。真面目に戦うような相手でもない。

 初手全力<始祖竜術ブレス>とかしなかっただけ、良心的だろう?……まあ、それをやると地形が変わるのだが。そしてサクヤが泣く。


 エルディア軍に突っ込んで行った俺達は3手に分かれた。俺が真ん中、マリアが左、セラが右である。

 正面の冒険者に向けて<飛剣術>を放った。いくら威力を絞ったとはいえ、一山いくらの冒険者に俺の<飛剣術>を防ぐ手などある訳なく、貫通した斬撃はエルディア軍本隊まで届いた。

 ……あ、指揮官のアーサーも<飛剣術>に巻き込まれて死んだ。前の方にいたからなー……。


 さて、気を取り直してここからが本番だな。今回の大雑把な作戦はこうだ。


①<飛剣術>で無理矢理ぶち明けた部隊の風穴に向けて突っ込む。

②敵部隊のど真ん中で大乱戦。

③漏れた奴らは左右のマリアとセラが潰す。

④逃げた奴は少し離れたミオが撃ち殺す。


 な、シンプルだろ?

 そして、よほどの戦力差がなければ成立しない、無理矢理な作戦でもある。


 ぶっちゃけ、①を繰り返すだけでも全滅させることは簡単なんだけどな。

 もちろん、①を1回やっただけでエルディア軍の指揮官が死ぬというのは完全な予想外である。ホント、何しに来たんだろうね?


 さて、そろそろ②「敵部隊のど真ん中で大乱戦」を始めるとするかな。

 間違いなく、ここからが本番だからな。


『タキシード』に『仮面』と言う20年以上前のセンスに脱帽。

そしてこれがギャグアニメではなく、少女向けだと言う事に今更ながら驚愕。

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