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第84話 深緑竜と結界の崩壊

タイトルが致命的なネタバレ。

 ステーキを食べて元気を取り戻したブルーと共に、『竜人種ドラゴニュートの秘境』を飛んで回りつつ、ブルーは親族へと別れを告げるために分家の元を訪れることにした。

 マリアは俺と同行したがっていたが、ブルーが「最初くらいはご主人様と2人だけで飛ばせて」と頼み込んだので、タモさんを取り付けることで良しとしてくれた(タモさんはノーカン)。


「やっぱり、自分で飛ぶのとは違うな」


 ブルーの背に乗って空を飛びながら呟く。


 不死者の翼ノスフェラトゥで空を飛ぶのと、騎獣に乗って飛ぶのでは随分と違う。

 不死者の翼ノスフェラトゥの<飛行>を使うには、不死者の翼ノスフェラトゥに意識を向け続ける必要があり、多少ではあるが疲れるのだ。

 まあ、元々持っていない器官に意識を向けるのだから、負担になるのは当然だろう……。


 その点、ブルーの背中はやたらと落ち着く。<飛行>スキルのレベルこそ俺より低いものの、飛ぶことに特化した種族なのは伊達ではないようだ。

 ユニークスキルの<天地無用ゼログラビティ>の影響なのか、急な旋回をしてもバランスを崩すこともない。かなりの安定感だ。


「え?ご主人様、空を飛べるの?」

「ああ、ブルーは見ていなかったか。このマントで空を飛ぶことが出来るんだよ」


 不死者の翼ノスフェラトゥをマント形態にして説明する。

 そう言えば、ブルーがテンリだった時には、俺達とはほとんど接点がなかったからな。知らないのも無理はないだろう。


「ご主人様はとんでもない人ね……。でもご主人様、これからは私がいるんだから、空を飛ぶときはマントなんて使わずに私に言ってよね?」

「考えておく」


 場の空気に流されて「Yes」と言わない男、進堂仁です。よろしく。


「ちょ!?そこは確約しなさいよ!」

「だって、このマントの方が便利だし」

「くうぅぅぅぅ!いつかそんなマントよりブルーの方が良いと言わせてあげるんだから!見てなさいよ!」


 騎獣としてのプライドだろうか?不死者の翼ノスフェラトゥ相手にガチの対抗意識を燃やしている。

 天空竜スカイドラゴンは目立つから、隠密行動向きではないんだよな。最高速度も<飛行>スキルが上の不死者の翼ノスフェラトゥの方が速いし……。


 そんな話をしながら『竜人種ドラゴニュートの秘境』上空をぐるりと一周した。


 その後、ブルーは家族の元へ向かい、別れを告げてきた。もちろん、俺は同行していない。

 30分くらいして、ブルーが戻って来た。若干涙目になっていたのは、気のせいではないだろう。


「とりあえず、家族にはしっかりと謝って来たわよ。テイムされていても、2度と会えなくなっても、生きてくれているのならそれでいいって言ってくれたわ。今思えば、私も十分に恵まれていたのよね……。全く、本当に馬鹿なことをしたわ……」


 俺が質問するまでもなく、ブルーは自嘲気味に笑いながら大まかな説明をしてくれた。


「……ありがとうね。ご主人様、秘境を出る前にこんな機会をくれて」

「気にするな。俺は配下には優しい方なんだ」

「そうなの?なら、そう言うことにしておいてあげる」


 ブルーの奴、随分引っかかる言い方をするな。

 まあ、残念ながら『配下に優しい』と言うのは良く言った場合で、本質的には『所有欲が強い』と言った方が正しいのだが……。自分のモノなら、大切にするのは当然だからな。



 初めての騎獣によるフライトを終えた俺は、族長の屋敷へと向かう。


 俺達が空を飛んでいる間、他のメンバー達は秘境を出て行く準備を進めることにした。

 昨日の夜の時点で、本日の昼には『竜人種ドラゴニュートの秘境』を出発すると話していたからな。

 決闘騒ぎで多少状況は変わっているとはいえ、特に残りたい理由が増えた訳でもないので、予定通り昼食を食べた後にでも出発するつもりだ。


 ミオとセラの2人は、秘境の外で料理を教える竜人種ドラゴニュートを呼びに行っている。結局、あれ以降は不愉快な目には合っていないので、料理係の希望者を3人連れて行くことにした。

 さくら、ドーラ、マリアの3人は、秘境を出発する準備を整えるために族長の屋敷へと戻っている。借りている部屋に色々物を置いているからな。


「はい。到着よ」

「おう、お疲れさま」


 族長の屋敷の前に着地したブルーから降りる。


「仁様、お帰りなさいませ」

「ああ、マリア、ただいま」


 俺が到着するのを屋敷の前で待っていたマリアに挨拶を返す。

 俺が背中から降りたら、すぐさまブルーは人間形態(全裸)に変身した。騎乗用具が音を立てて地面に落ちる。


「今度から、変身する前に外そうな?」

「うん……」


 ブルーは騎乗用具なんて付けたことがないだろうから、忘れてしまうのも無理はない。

 ただ、アルタ曰く高級品らしいので、今後の取り扱いには気を付けて頂きたいものである。


 マリアとブルーを引き連れて屋敷の中に入っていく。


 屋敷に入るとカレーの良い匂いがした。ミオが昼食を作っているのだろう。

 ちなみにカレーライスは、日本人お馴染みのカレールーを使ったカレーだ。インド人から見たら、カレーじゃないことは棚に上げておく。

 何でも、アドバンス商会が各地に版図を広げたため、様々なスパイスが手に入るようになったのだとか……。


「ただいまー」

「あ、ご主人様、お帰りなさい。お昼はカレーよ!テイムした竜人種ドラゴニュート達にも残して置けるからね」


 入り口近くで料理をしていたミオに声をかける。バカでかい寸胴に入ったカレーをかき回しているところだ。

 本日中に出て行くので、残していくテイム済み竜人種ドラゴニュート達のためにカレーを置いていくつもりなんだな。


「ちなみに、聞きかじりの知識によれば、一晩寝かせたカレーが美味しくなるのは、具材が溶けたり、分解が進んだ結果らしいわね。味がマイルドになるかわりに風味が逃げるから、単純に『美味くなる』訳じゃないみたい。後、食中毒が怖いので、一晩寝かせるのは禁止します!今日中に食べきってもらいます!」


 かつて、マヨネーズで食中毒(に近い物)を出したことのあるミオとしては、料理・食べ物を長時間放置しておくのはタブーのようだ。過剰反応な気もするけど……。

 余談だが、竜人種ドラゴニュートの胃袋は、多少悪くなった食材程度ではビクともしないらしい……。基本、魔物ですから。



 その後、ギリギリセーフで戻って来たミカヅキと、ブルーや料理担当の竜人種ドラゴニュートも加えて昼食のカレーを食べていると、招かれざる客がやって来た。


「私ともう1度決闘をしろ!!!」


 ご存じ、虫野郎アカツキである。

 当然のように分家の連中もついて来ている。メンツは決闘の時と同じだな。


「お主、今更何を勝手なことを言っておるのじゃ?」


 一緒にカレーを食べていた族長が、虫野郎アカツキに冷ややかな目を向けて言う。

 族長もカレーに興味があったようで、試しにカレーを食べないか聞いてみたら、食べてみたいと言ったので一緒に昼食をとることになったのだ。

 美味しそうに食べてはいるが、ヨダレを垂らしたり、一心不乱に食べたりはしていない。さすが族長である。……竜人種ドラゴニュートが低く見積もられ過ぎである。


 余談だが、虫野郎アカツキは顔に包帯のようなものを巻いているし、若干だが喋りにくそうにしている。

 秘境にあるポーションだけでは完治しなかったのだろう。


「私が人間になど敗北するわけがない。その人間が何か卑怯な手を用いたに決まっている。それを不問にしてやるから、もう1度決闘を受けろ。今度は最初から竜の姿で戦うから、卑怯な手など通用しないと思え!」

「アカツキ、お主……」


 『卑怯な手を用いた』と言う冤罪に加え、自ら選んだ人間形態を負けた言い訳にする。

 さすがの族長も呆れて声が出ないようだ。


 そこで、今まで発言をしていなかった分家の連中から、1人の老婆が前に出てくる。


「族長、アカツキの要求が呑めないというのなら、今度こそヒスイに族長候補を辞退させますよ。それでもよろしいのですか?」

「伯母上の言う通りだ。ヒスイを次期族長にしたいのなら、私の要求を呑んでもらおう」


 ヒスイが族長候補を辞退すると、秘境の中から族長候補がいなくなる。……と言う、昨日も使ったらしい脅し文句を再び使って来た。芸がないな。

 どうでもいいことだが、この老婆は虫野郎アカツキの伯母らしい。


「何度もそれを引き合いに出すのはどうかと思うんじゃが?」

「確かにそれはそうなのですが、折角良い交渉材料があるのですから、使わないのは勿体ないと思いませんか?それにアカツキは我が一族の者ですからね。多少は身内に甘くなってしまうのも仕方のない事です」

「ぐぬぬ……」


 族長も不満気に返すが、老婆は顔色一つ変えない。

 どうやら、無茶を言っている自覚はあるようだが、要求を取り下げるつもりはない様だ。

 虫野郎アカツキ虫野郎アカツキなら、分家も分家である。


「先程の決闘はアカツキに全て任せていましたけど、人間が卑怯な手を使ったみたいですからね。こちらも遠慮なく強引な交渉材料を使わせていただきます」

「伯母上には迷惑をかけるな」

「いいのですよ、アカツキ。私も人間に秘境を踏み荒らされるのは気に入りませんから」

「ぐぬぬ、お主ら……」


 族長が悔しそうに呻いている。

 虫野郎アカツキの奴も鬼の首を取ったような顔をして、勝利を確信している。


 ブルーの方の分家はマシみたいだが、こちらの分家は色々と駄目みたいだな。

 もういいよな。ラストチャンスを越えたんだから、俺も遠慮を捨ててしまっていいよな。


-ぽいっ-


「アンタらとは関係のない所でヒスイが族長候補じゃなくなれば、アンタらの交渉材料は消えると思っていいんだよな?」


 俺は老婆と族長の間に入って呟く。

 誰かに問うているように聞こえるが、実際には独り言に等しい。


「人間、あなたは何を言っているのですか?話の邪魔をしな……」

「来い、ヒスイ!」

「はーい」


 老婆が何か言いかけていたが、無視して叫ぶ。

 すると老婆の後ろ、分家の連中が集まっている所から、族長候補であるヒスイが間延びした声を上げながら俺の方に歩いてきた。


「ヒスイ?何をしているのです?」

「えー?ご主人さまに呼ばれたから来たんですよー?」

「な!?」


 老婆の質問に答えたヒスイだが、分家の連中は軒並み絶句している。

 当然、ヒスイの言ったご主人様とは俺のことである。


 簡単に言えば、ヒスイはとっくの昔にテイム済みなのである。

 具体的に言うと、最初の串焼肉でのテイム4人目、ミカヅキがテイムされた後に我慢できずにテイムを受け入れた者の1人だ。


「ヒスイ、まさか貴女この人間にテイムされているのですか!?」

「な、何だと!?」


 老婆と虫野郎アカツキが驚きの声を上げる。それ以外の分家の連中も騒ぎ始めている。


「そうですよー」

「な、何故そのことを言わなかったですか!?貴女がテイムされているとなると、族長候補の座を盾にすることが出来ないではないですか!」


 そりゃそうだ。親族である老婆や虫野郎アカツキより、テイムしたご主人様である俺の方が、ヒスイへの影響力は圧倒的に強いからな。


「だって聞かれませんでしたからー」


 自発的に行動できない子供の常套句を口に出すヒスイ。

 ヒスイは族長に向いているようには全く見えないが、傀儡として分家が秘境の実権を握るには丁度良いのだろうな。虫野郎アカツキシラユキドーラの婚約者だった件と合わせて考えると、この分家は権力志向が強いのかもしれない。


 正直、どうでもいいことだけどな。

 どうせ、ドーラとアカツキの婚約は解消済みだし、ヒスイに対する影響力もなくなるから、この分家が権力を得る可能性は相当に低くなるはずだから。


 そうだ、族長にしっかりと宣言しておかないといけないな。


「族長、俺達が秘境の外に連れて行く、5人目の竜人種ドラゴニュートはこのヒスイだ。……いや、名前を付け直そうか。お前の新しい名前はリーフだ」

「はーい。わかりましたー」


 これがヒスイ改め、リーフのステータスである。今更である。


名前:リーフ

LV3

性別:女

年齢:19

種族:竜人種ドラゴニュート深緑竜フォレストドラゴン

スキル:<竜魔法LV1><栽培LV5><飛行 LV3><新緑の守護者フォレスト・パンプLV->

称号:仁の従魔


<新緑の守護者フォレスト・パンプ

森の中でステータスが大幅上昇。<HP自動回復>、<MP自動回復>レベル5相当を得る。


 他の竜人種ドラゴニュートに比べて、明らかに年齢に対するレベルが低い。

 箱入り娘と言うことだろう。本当にお飾りの族長待った無しである。

 ただし、ユニークスキル自体はかなり強力だから、本気で育てれば化けそうではあるな。


「あ、テンリちゃんもいたんですねー」

「今はブルーよ。改めてよろしくね、リーフ」

「よろしくお願いしますねー。えーと、ブルーちゃん」


 俺の近くにいたブルーに気付いたリーフが話しかける。

 本当にリーフは頭が軽そうである。


「そ、そんなこと認められる訳ないでしょう!族長も何とか言ってください。このままでは、族長候補がいなくなってしまいますよ。いえ、そもそも族長候補をテイムするなんて非常識を許したのが間違いです!ヒスイのテイムを破棄しなさい!」

「なんということじゃ……」


 分家の老婆が狼狽している。

 対価も無しにテイム解除なんてするわけないだろう。対価があったとしても解除なんて意地でもしてやらないが……。


 族長は族長で呆けてしまっている。

 族長候補の辞退どころか、族長候補の全滅にまで話が大きくなってしまったからな。


「お主の狙いはテンリだけではなかったのか……。で、ヒスイはいつテイムしたのじゃ?」

「最初に串焼肉を配った時だな。その時はまさかこんなことになるとは思わなかったよ。何、族長候補なんて、また決め直せばいいだけの話だろう?」

「……そう言うことか。ワシに、ワシらに掟を破らせるのが目的と言う訳なのじゃな」


 知っているはずのことを、再び繰り返して聞く。

 意外と勘の鋭い族長が、こちらの狙いに気付いてくれたようだ。


「正解だ。まあ、本当はここまでするつもりはなかったんだがな。あまりにも虫野郎アカツキ、そして分家の連中が鬱陶しいから、強制的に黙らせてもらうことにした」

「どうやら、分家とアカツキを止められなかったワシにも責任はありそうじゃな……」

「きゅーん!《かんとくせきにーん!》」


 俺の言いたいことを本質まで理解してくれているようで助かるよ。


「何を言っているのです!そんな呑気に話をしている場合ではないでしょう!力ずくでもテイムを破棄させなければ、この秘境が滅びるかもしれないのですよ!」

「滅びたりはせんよ。少々掟を曲げて、新しい族長候補を選出するだけで事足りるじゃろう」

「族長自ら掟を破るというのですか!?」


 族長は掟を破る覚悟が出来ているようだが、老婆の方がなおも食い下がる。

 このままだと、下手をしたらまた第3候補しか出せないからな。何とかテイムされていない・・・・・・・・・ヒスイを族長にしようと必死なのだろう。


「仕方あるまい?掟を破らねば族長が決められんのなら、掟を破らざるを得ないじゃろう」

「そんなことをしなくとも!この人間達を殺してしまえば済む話です!その方が確実でしょう!?」

「そうだ!今までこちらが甘い顔をしていれば付け上がりおって。こうなれば、人間共を殺して元の秘境を取り戻すべきだ!」


 老婆と虫野郎アカツキが物騒なことを言い始めた。

 仮にもドーラの親族だから虫野郎アカツキを殺さなかったけど、既に敵認定は終わっている。今後、本格的な戦いになるというのなら命の保証はしない。むしろ殺す。


「馬鹿なことを言うでない!お主らは分かっておらんのか?この者達と戦うということは、テイムされた同胞と戦うことでもあるのじゃぞ」

「ま、まさかそんなことがあるはずはありません。テイムされているとはいえ、戦いとなれば我らの方に付くはずです……」

「やはり分かっておらんかったか。テイムはそんな甘いものではないぞ。まず間違いなく、ジン殿の方に付くじゃろう」

「そ、そんな……」


 老婆もようやく状況が分かったのだろう。

 この秘境にいる約100名の竜人種ドラゴニュートが敵に回ることの恐ろしさを。そして、その中には自らが族長に推しているヒスイリーフの姿もあるという事実に。

 後、族長はテイムについて詳しいのか?反応が明らかに違うが……。


「それに、ジン殿たちは精鋭部隊が手も足も出なかったドラゴンを1人で倒したという実績がある。お主らに言わせれば、弱ったところを倒しただけの様じゃが、もし仮にそうだったとしても、それだけのこと・・・・・・・が出来る者が、テイムされた竜人種ドラゴニュートと共に敵に回るのじゃぞ?普通に秘境が滅びるじゃろうな」


 もちろん、本気で争うのならば滅ぼしますよ。当然です。


「そ、それ程までに強いのですか……。いえ、アカツキをいとも簡単に倒していたことから考えても、誇張ではないのでしょうね……」

「伯母上!何を弱気になっているのだ!秘境の竜人種ドラゴニュート全員でかかれば、多少の犠牲は出るだろうが、人間は殺せるはずだ!そうなれば我々の勝ちだ!」

「そ、それは……」


 虫野郎アカツキが無茶を言う。

 犠牲を承知で戦うという虫野郎アカツキの案に、流石の老婆も言葉を失う。


「はあ、お主らのせいで状況はどんどん悪くなる一方じゃ。全く、本当にジン殿の言う通りに面倒なことになったわい。流石にもうフォローしきれん」


 族長が深いため息をつきながら言う。

 直接的な被害を受けているのは俺達だが、俺達と虫野郎アカツキ達の間に入って何とかしようとしていた族長が一番苦労したのだろうな。胃薬いる?


「……族長にはこの人間達と戦う気は無いということですか?」

「当然じゃ。ジン殿と争うくらいなら、ワシは掟を破る方を選ぶのう」


 老婆の質問に族長が答える。


「ふざ……けるなよ……。私の誇りをあれ程までに汚した人間を見逃すだと……。そんな事が許されて良い訳がない……」


 見れば、虫野郎アカツキの目は血走っており、凄まじい形相でこちらを睨み付けている。ああ、これは完全にブチ切れちゃっていますね。


「アカツキ、1度戻って別の手を考えましょう。今はここにいても良いことはありません」

「もういい……。族長が人間と戦わないために掟を破るというのなら、私は人間と戦うために掟を破らせてもらう……」


 老婆の言葉を無視し、虫野郎アカツキはその場で竜形態へと変化した。

 族長の屋敷もサイズがデカいので、竜形態の竜人種ドラゴニュートが動くだけのスペースはある。黄金竜ゴールドドラゴンは特に大型のドラゴンなので、あまり余裕はない様だが……。


「止めるのじゃアカツキ!」

「止めなさいアカツキ!」

「貴様だけは必ず、絶対に殺す!死ね、人間!」


 族長と老婆が止めるのも無視して、竜形態の虫野郎アカツキは人間形態とは比べ物にならない重量を持つ腕を振るい、俺のことを殺そうとしてきた。


「……」


―スバっ!―


 無言で俺の前に出てきたマリアがその腕を切り飛ばす。

 いい加減、虫野郎アカツキは学習した方が良いと思う。

 ああ、セラに無効化されないように、<竜魔法>を使わなかった点だけは学習していると言えるか。偉い偉い(棒)。


「ぐぎゃああああああああああああ!!!!!」


 腕を斬り落とされた虫野郎アカツキの絶叫が族長の屋敷に響く。


「アカツキ!」


 腕を切り飛ばされて絶叫する虫野郎アカツキを見て、分家の老婆が叫ぶ。


「明確に殺す気で攻撃をしてきたし、そろそろ我慢の限界だから、虫野郎アカツキを殺します。族長、リーフ、問題はないな?」


 最初はドーラの親族だったから、敵対しても殺すのは止めておいた。ついでに言えば、秘境内の観光にも差し障るしな。でもそれは三度が限界だ。

 「仏の顔も三度まで」。俺は仏じゃないけど、これ以上の我慢なんてするつもりはない。


 決闘の時は殺害禁止だったから、殺さずに大ダメージを与えるだけで済ませた。向こうの方は殺す気満々だったみたいだけどな。

 しかし、もう我慢する理由は残っていない。これから『竜人種ドラゴニュートの秘境』を出て行くので、「立つ鳥跡を濁す」ことになるが仕方がないだろう。

 念のため、秘境を統べる族長と、親族であるリーフに確認を取る。もちろん、駄目と言われても殺すのだが。


「ワシの口から良いとは言えんが……。さすがに庇い切れんか……」

「いいですよー。それよりも美味しそうな匂いがする食べ物をくださーい」


 族長は渋々、リーフはほとんど無関心に答える。

 ミオがリーフにカレーライスを手渡した。リーフはテイム済みなので、食べ物を与えても問題はない。

 リーフはリーフで虫野郎アカツキに全く興味がない様だ。親族だけど仲は良くなかったのか?


「おのれぇ!人間!おのれぇ!」


 虫野郎アカツキは悶えながらも俺に向けて呪詛を吐く。

 霊刀・未完れいとうミカンを取り出し、虫野郎アカツキに向けて構える。


「ぐっ……!」


 スキルを使ったつもりはないが、俺の威圧感に虫野郎アカツキが怯む。

 本当にこいつは見た目が豪華なだけだよな。豪華と言っても金ピカで目に悪い成金趣味なモノだが……。


「くそ!」


 そう言って虫野郎アカツキは踵を返して逃げ始めた。

 え?ここで逃げるの?マジで?


 あれだけ威勢の良いことを言って、呪い殺さんばかりの目で睨み付けて、やることは逃げることなのか?

 ……なんか白けたな。もういいや、さっさと殺そう。


「ここから先へは行かせません!絶対にアカツキを殺させてなるものですか!」


 俺が虫野郎アカツキを追いかけようとしたところ、目の前に老婆が立ちはだかった。

 ご丁寧に竜形態になって、通路をがっちり塞いでいる。えーと、アカツキと同じ黄金竜ゴールドドラゴンみたいだな。目に悪い。

 それにしても、どうしてこの老婆はここまで虫野郎アカツキにこだわるのかね?


A:親族で竜形態が同種になることは非常に稀です。同種が生まれた場合、必要以上に贔屓する傾向にあるようです。


 実は、『竜人種ドラゴニュートの秘境』にいる竜人種ドラゴニュートの竜形態は、ほとんど重複していない。重複している者も基本的には親類ではないようだ。

 偶然親類に生まれた同種アカツキが可愛くて仕方がない、と言う訳か。

 うん、大した理由じゃないな。考慮するには値しないだろう。


「族長、この老婆も斬って良いのか?」

「良くはないのう。その者は分家の現当主じゃ。斬れば相当に面倒なことになるぞ?まあ、アカツキを斬っても面倒なことになるのは変わりないじゃろうが……」

「そっか。じゃあ止めておこう」


 まあ、虫野郎アカツキと一緒に襲い掛かってきたというのならともかく、通せんぼしているだけの老婆を態々殺す必要もないだろう。

 避けて通る手段なんて、それこそ山のようにある訳だし……。もちろん、本当に急いでいるのなら切り開くけどね(一刀両断的な意味で)。


 さて、虫野郎アカツキの奴はどこに向かったのかな?

 虫野郎アカツキを追いかけるために、マップから現在位置を確認してみる。


「……あー、族長、いいのか?」

「何がじゃ?」

虫野郎アカツキの奴、『竜の門』、『ひつじの門』に向かっているみたいだぞ」

「何じゃと!?それは本当か!?」

「ああ」


 マップを見たところ、虫野郎アカツキは空を飛びながら『ひつじの門』へと向かっている。


「アカツキの奴、何をするつもりじゃ!?秘境から出て行くつもりか!?とにかく追いかけねばならん。そこをどくのじゃ!」

「どきません!アカツキを追わせはしません!」


 頑なに虫野郎アカツキを守ろうとする老婆だが、そんなことをするくらいならもっと真っ当に育てろと言いたい。

 自分勝手な性格に育てておいて、問題を起こしてから守ろうとするのは、優しさや親心とは言わない。絶対に言わせない。


「邪魔」


―ドゴ!―


「ぐふぅ……」


 その場で崩れ落ちる老婆黄金竜ゴールドドラゴン

 殺すと面倒らしいので、<手加減>をした腹パンで黙らせてみました。崩れ落ちたことで通路に通れるだけの隙間が出来たよ。やったね。


「老婆でも躊躇なく腹パンするご主人様怖ぇー……」

「言ってくだされば、私が排除したのですが……」

「躊躇なく言うマリアちゃんも怖ぇー……」

「邪魔だったからな。行くぞ」

「あ、待って待って!」


 ミオがドン引きしていたが無視して通路を進む。

 余談ではあるが、老婆以外の分家の連中(残りの3人)は倒れた老婆竜の姿を見て、動くに動けずにいた。大した連中でもないし、無視で構わないだろう。



 俺達は空を飛んで虫野郎アカツキを追いかける。

 俺とセラはブルー、マリアはミカヅキ、さくらとミオがリーフに乗っている。

 何故セラがブルーに乗っているかというと、<天地無用ゼログラビティ>でセラの重さを無視するためである。

 ドーラと族長、それと族長の護衛数名もセルフで飛んでいる。


不死者の翼ノスフェラトゥ使った方が速いのに……」

「折角私が騎獣になったのに、秘境内でそんなのを使われたら泣くわよ!」


 不死者の翼ノスフェラトゥを使おうとしたら、ブルーが絶望したような表情になったので、仕方なくブルーに乗っていくことにしたのだ。

 不死者の翼ノスフェラトゥの方が速いのに……。


「早速ご主人様の洗礼を受けていますわね……。早く慣れた方が良いですわよ」


 セラが苦笑しながらアドバイス?をする。


「え、これが基本なの!?私……、とんでもない人の騎獣になっちゃったのね……」

「ブルーが嫌がるならリーフを騎獣として使うか。ああ、ミカヅキでもいいかもしれないな」

「嫌じゃないわ!だから私を使ってね!絶対よ!」


 ちょっと冷たくすると全力ですり寄ってくるブルー可愛い。

 おっと、ブルーを愛でていたらあっという間に『ひつじの門』に近づいてしまった。


―ドオオン!ガラガラ―


 急に大きな音がしたと思ったら、『ひつじの門』が崩れ始めるのが見えた。

 ある程度近づいた所で、俺達も空中に静止して様子を伺う。一体、何が起こったんだ?


A:アカツキが『竜の門』を用いて外に出ようとしましたが、門番たちがそれを阻みました。そのことに腹を立てたアカツキは<竜魔法>のブレスを門番、及び『竜の門』に向けて放ちました。


 門番と『竜の門』は無事なのか?


A:門番の命に別状はありません。アカツキの<竜魔法>は弱いので。ただ、『竜の門』は無事ではありません。機能が完全停止いたしました。


 あー……。これは厄介なことになったぞ。


「何じゃ!?何が起こったんじゃ!?」

「アカツキが『竜の門』を破壊したみたいだな」

「何じゃと!?」


 族長が疑問の声を上げたので、丁寧にそれに答えてあげる優しい俺(恩着せがましい)。


「これで『竜人種ドラゴニュートの秘境』を守る結界の一部が、完全に破壊されたことになるな。直す手もないし、どうしたものかね?」

「な、何故お主がそのことを!? ……ああ、いや、お主に関していえば今更じゃな。その通りじゃ、『竜の門』が破壊された場合、結界を12分割した内の1つが消滅するのじゃ」


 要するに『竜の門』とは、結界の中継・維持装置でもあったのだ。

 もちろん、結界を発生させているのはダンジョンコアだ。しかしダンジョンコアが直接結界を張ろうとすると、今よりも遥かに小規模なものにならざるを得ない。

 そこで、ダンジョンコアを中心に12の方角に『竜の門』を設置し、中継・維持装置としての役割も持たせることによって、広範囲かつ全方位に結界を張ることが出来たのだ。


 じゃあ、『竜の門』が破壊されたら?

 当然、その『竜の門』が担当している範囲の結界は消滅することになる。

 肉眼ではわからないが、マップを見れば『未の門』付近の結界が消滅しているのが一目瞭然だ。


 それにしても、族長が俺の話を聞いて驚いていたってことは、『竜の門』を壊したらどうなるのか、と言うのは『竜人種ドラゴニュートの秘境』における公開情報じゃないのか?


A:族長以下、『竜人種ドラゴニュートの秘境』の有力者しか知りません。それ以外の者に対しては「『竜の門』を傷つけてはいけない」と言う掟で行動を縛っております。


 理由を説明せず、掟で行動だけを縛ろうというのか。

 ちなみに俺はダンジョンマスターになった時に知りました。



 おっと、『竜の門』の瓦礫を押しのけて、虫野郎アカツキの奴が出て来たな。

 あ、俺達の存在に気付いたみたいだ。


「き、貴様ら、何故ここに!?」

「アカツキ、お主!何と言うことをしてくれたのじゃ!!!」


 族長が虫野郎アカツキを怒鳴りつけるが、虫野郎アカツキからは後悔も反省も見えない。


「うるさい!この私の行く手を阻んだのだ!当然のことだろう!予定では『竜の門』を通った後、向こう側から『竜の門』を破壊してやろうと思っていたのだが……」


 なるほど、それで態々『ひつじの門』なのか。秘境の外に逃げると同時に『竜の門』を壊し、俺達が追ってこれないようにする。ついでに俺達の入って来た『竜の門』を壊すことで、元の場所に戻れなくなるという嫌がらせになるわけだ。


「まあいい。人間共が元の場所に戻れなくなったのは同じだ。くくく、いい気味だ!」


 悪いな。『ポータル』があるから、普通に元の場所に戻れるんだわ。

 それにしても、虫野郎アカツキの奴、自分が何をしでかしたのか全く理解していないようだな。


「アカツキの奴、何と愚かなことを……。『竜人種ドラゴニュートの秘境』を守る結界が消えてしまうのじゃ……」


 諦めたような声で族長が言う。


「結界が消える?何のことだ?いや、そんなことはどうでもいいか。この『竜の門』が使えないのならば、他の『竜の門』を使うまで!おっと、もし私を追いかけて来たら、コイツを殺すぞ」


 そう言って、瓦礫の中から引きずり出したのは、気絶している2人の門番の内の1人だ。

 要するに人質と言うことだろう。……虫野郎と呼ぶのも生ぬるいな。蛆虫野郎で十分だ。


「そこまで堕ちるかアカツキ……。そして、ワシらはこんな者を同胞と呼んでいたのか……」

「リーフ、アンタの親族、酷いわね」

「ブルーちゃん。アレは知らない人ですよー。わたしとは一切関係ありませんー」


 あまりの所業に『竜人種ドラゴニュートの秘境』在住の者もドン引きだ。


「何とでも言え!私は私を蔑ろにする秘境などに用はない!」


 そう言って蛆虫野郎アカツキは<飛行>スキルによって羽ばたき、空を飛び始める。


A:攻撃が来ます。


 その時、遠方から攻撃の反応をキャッチした。これは……ドラゴンの<竜術>!


「マリア!<結界術>で皆を守れ!さくら!『アクアカーテン』だ!」

「「はい!」」

「『サモン』!」


 大急ぎでマリアとさくらに防御指示を出し、俺も『配下召喚サモン』の魔法を使う。

 結界と水のカーテンが俺達を覆い、俺の手元に門番の2人が転移してきた。


 ここだけの話、実は門番の2人はテイム済みだったんだよね。

 だから、本当は蛆虫野郎アカツキが逃げようとした瞬間に『サモン』で呼び出して、そのまま蛆虫野郎アカツキを殺そうと思っていたのだ。


「え?」


 直後、蛆虫野郎アカツキが声を上げたのと同時くらいに、俺達のいた辺りを<竜術>のブレスが襲う。


「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 当然のことではあるが、マリアの<結界術>もさくらの『アクアカーテン』も蛆虫野郎アカツキのことは効果範囲に含めていない。

 <竜術>のブレスが直撃した蛆虫野郎アカツキは断末魔を上げた。


 危ない危ない、あのままでは門番の2人がブレスで焼き殺されるところだったよ。

 折角テイムした竜人種ドラゴニュートを、ドラゴンに殺させる訳にはいかない。

 え、俺達?当たったら、ほんの少しくらいダメージを受けていたかもしれないな。


「あ、あがが……」


 おや?蛆虫野郎アカツキの奴、死んだと思っていたらまだ生きているみたいだ。

 ただ、意識は朦朧としているみたいで、空中をフラフラ飛んでいる。

 ……本当にしぶとい奴だ。

 うろうろされても邪魔なので、<飛剣術>によって斬撃を飛ばし、蛆虫野郎アカツキを両断する。


ついにアカツキ退場です。

仁は興味がないものに対してはこんな扱いです。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
あ~~~アカツキの退場雑~~~(;^ω^)
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