第81話 屋台と族長候補
新キャラ登場。
迷宮の踏破から2時間後、竜人種の集落の一角に人だかり(正確には竜人種だかり?)ができていた。
屋台の中で調理をしているのは、言うまでもなくミオである。
「はい!串カツと唐揚げ追加ね!」
「ミオ様!新しいテイム希望者を連れてきました!唐揚げを希望しています!」
「りょーかい!じゃ、ちゃっちゃと作りますか!」
ミオが腕まくりをして次々と料理を作っていく。
手伝いとしてマリア、セラ、ミカヅキに加え、テイムした竜人種の中から数名の希望者を募り、屋台を運営している。
俺?俺とさくらは全く役に立たないから、隅の方で大人しくドーラと戯れているよ。
ミオが『竜人種の秘境』を食文化で侵略すると決めてから、まずは『竜人種の秘境』内に存在する食材をリストアップした。もちろん、マップの機能である。
ミオ曰く、『意外と食材と調味料が揃っている』とのことで、魔物産ではあるが卵もあるし、塩、砂糖、小麦粉など、優先度の高い食材、調味料を入手できたのだ。
恐らく、ダンジョンマスターが結界内の環境を調整して、色々と準備していたのだろうな。
屋台はアドバンス商会に聞いたらすぐに用意してくれた。
何でも、メイド部隊が色々やった時に使った屋台がいくつかあるそうだ。
……何、やっているんだろうね?
A:コロッケを売っていました。
……うん、わからん。
ちなみに、試しにミオ特製コロッケをミカヅキに食わせたら、美味すぎて気絶しました。
起きた後も『コロッケ、コロッケ』しか言わなくなったので、アルタに頼んで正気に戻してもらった。中毒性が強すぎたようだな。……そのコロッケ大丈夫か?
その後、族長に屋台を出す許可を取った。
族長は何かを言いたそうにしていたが、最終的には諦めてため息をついていた。
これで屋台を出す準備は完了した。
そして、ミオが侵略の一手として解き放つことにした料理と言うのが、会話の中にも出てきた串カツと串唐揚げ、要するに揚げ物だった。
ちなみに、パン粉はどうしたのかと言えば、最初からパン粉っぽい穀物が存在するらしい。このファンタジー穀物め……。
竜人種の主食は肉なので、最初は『肉の美味い物』で攻めていく戦術のようだ。
さらにミオの戦術はそれだけではなかった。
ミオはテイムした竜人種を集めて(ちなみに全員集まった)、串カツと串唐揚げを2本ずつ配った。そして、その内の半分ほどには歩きながら、ゆっくりと食べるように指示をしたのだ。
ミオの料理は離れていても良い香りが漂ってくる。
屋台を出しただけではその影響は範囲が限られてくる。しかし、巡回組(と呼ぼう)が集落の中で食べ歩いたらどうなるのだろうか?
簡単に言えば飯テロと言う奴だ。
巡回組が通った後には、相当量のヨダレが垂れている。……汚い。
さらにこの作戦には続きがある。
巡回組は、持っている串カツと唐揚げを『テイムされていない者』に分けても良いと言ってある。そして、分け与えた者がテイムされることを希望した場合、もう1本ずつ串カツと唐揚げを渡すことになっているのだ。
……完全にマルチ商法じゃねえか!
「え?この世界にそんな法律ないよ?(ミオ談)」
「ルールに書かれてないことはやってもいいんです(東談)」
ミオ、やりたい放題である。
それと今、ちらっと親友の影が見えた気がする。
「仁様、テイム希望者を連れてまいりました」
「はいはい、テイムの陣ぶつけるぞ。抵抗するなー。はい、終わりー。料理食っていいぞー」
ミオの料理と作戦の効果は絶大で、既に31人の竜人種をテイムしている。途中からは流れ作業である。
結局テイムしちゃっている俺が言うのも何だけど、竜人種って本当に食欲に弱いな。
1回屋台を出しただけで、最終的に43人の竜人種を新たにテイムすることに成功した、してしまった。
串焼肉で53人テイムしているので、合計で96人の竜人種が我が軍門に下ったことになる。
「はー、楽しかった!竜人種の子達も意外と物覚えがいいし、数日あれば料理の基礎は教えきれるでしょ。そうなれば食文化ハザードは完了したも同然よ!」
日が暮れる前まで屋台で料理を配り続けたミオが、屋敷に戻った後で満足そうに言う。
結局、本日の午後は集落の外に観光しに行くことなく(食材の回収は別)、屋台の近くを軽く観光するだけにした。
ドーラの言っていた通り、本当に見る物が何もなかったな。……残念だ。
「じゃあ、ミオは明日から別行動をするのか?」
「いやいや、ご主人様について行くに決まっているじゃない。朝夕に軽く教えるだけよ。教えるのはあくまでも基礎と揚げ物類だけで、その後は勝手に試行錯誤してもらうつもりね。多少は独自の文化を持ってもらわないとつまらないから!」
「そう言うもんか?」
「そう言うもんよ!」
これに関しては俺に言えることは何にもないので、ミオに任せるしかないんだけどな。
「それで仁様、明日は何をなさるのでしょうか?必要なものがあるのでしたら、メイドに用意させますが?」
マリアが質問してきたが、即答せずに腕を組んで考える。
「うーむ、まだ決めていないんだよな。正直、見て回るものがそんなにないし……」
「きゅー《ないよー》」
「むしろミオさんの屋台が観光スポット状態でしたわね」
「それもそうだな……」
セラの言う通り、今1番竜人種の集まるスポットは、『ミオの屋台』である。完璧に本末転倒である。
「それに、どう考えても迷宮のインパクトに勝てないしな……」
元々、観光スポットと言えるものがほとんどない『竜人種の秘境』において、唯一とも言っていい最大の観光スポットは迷宮に他ならないだろう。
その迷宮に最初に行き、半日で突破してしまったのだから、その後の観光に支障をきたすのは自明の理である。やっちまったぜ!
「と言う訳で、明日何をするかは未定だ。ドーラのおすすめスポットに行くか、もう少し集落を探索するか、その辺りになる可能性が高いな。最悪の場合、何もすることがなければ明日で帰ることになるが……」
「竜人種に料理教えるから、明日帰られると微妙に困るんだけど……」
ミオが困ったような顔をしているので、解決策を提案しよう。
「つまり、ミオを1人残せばいいわけだな。解決!」
「いやー、置いてかないでー!」
「もしくは、朝夕だけここに来て料理を教える」
「最初からそっちを提案してー!」
結局、ミオは後者を選択したので、もし明日で撤収になる場合はミオの臨時お料理教室が朝夕開催されることになる。
本当は屋敷に連れて行って料理を仕込む方が楽なんだが、ドーラ以外の竜人種は秘境の外には出さないって族長と約束しているからな。見てないところでも約束は守ります。
次の日、朝食を食べ終わったところでアルタから報告があった。
アルタから報告があるということは、すなわちイベントが起こるということである。
A:『竜人種の秘境』、族長候補の少女が近づいて来ています。
族長曰く、元々はドーラが『竜人種の秘境』の次期族長(一応は皇帝)の候補だったそうだ。
しかし、ドーラが行方不明になった時点で、第2候補だった竜人種が繰り上がったという話だ。
元々はドーラが第1候補だったことを考えても、少女(もしくは幼女)が族長候補と言うことは、それほど不自然な話ではないのだろう。
その族長候補が族長の屋敷に向かってきていると言う。
もちろん、本来ならば族長候補が族長に会いに来ることに不自然な点はないだろう。
しかし今、族長の屋敷には俺達がいる。そして、アルタが報告をしてきた以上、族長候補の目的が俺(達)であることは考えるまでもないだろう。
A:はい。昨日、マスターがテイムした竜人種の中に、族長候補の親族が含まれていたようです。その件に腹を立てた族長候補が、マスターにテイムの破棄を迫りに来ています。
あー、なるほど。そりゃあ怒るわ。
自分の家族や親戚が他人、それも別の種族である人間の従魔になったとか聞いて、怒らない理由がないだろう。
「それでご主人様はテイムを破棄するんですの?」
「そんな訳ないだろ?テイムを受け入れたのは本人の選択だ。騙したわけでも、無理強いをしたわけでもない。なので、後からの文句なんて受け付ける必要はなし!」
同じくアルタの説明を聞いていたセラの質問を一刀両断に切り捨てる。
「それに竜人種達は、既に対価であるミオの料理を食べてしまっているからな。族長にも言ったが、今更テイムを破棄するとしたら、俺達の損になってしまう」
「忠誠の対価としては安い気もしますけど……」
串カツと唐揚げで得られる忠誠……。確かに安上がりだな。
「いえ、さくら様、ミオさんの料理に値段を付けると、結構馬鹿にならない額になるそうですわよ。ミオさんの弟子であるメイド達の料理ですら、カスタール王城で最高クラスの評価を受けているそうですわ。アドバンス商会もメイドの作った料理の販売をしており、そちらもかなりの売り上げを誇るそうですわ」
「そ、そうなんですか……。あ、でもカスタールの件はサクヤちゃんから聞いた記憶が……」
「俺も記憶にあるな……」
さすがセラ、各地の料理事情に詳しいな。あ、どっちも身内か……。
『串カツと唐揚げ』と呼ぶから安っぽく感じるのだ。
『世界最高峰の料理人が作り出した、地域の食材を使った未来の名物料理』と呼べば、途端に高級感が増す。……多分!
「ミオの料理に価値があるというのなら、尚更テイムを破棄した場合の損が大きくなるな……。まあ、俺も鬼ではないからな。テイムされた本人がどうしてもテイムを破棄してほしいと言って、テイム破棄の対価になるものを用意するというのなら、考えないこともないぞ」
本人の意思とこちらの損失を埋める対価があるというのなら、絶対にテイムを破棄しないとは言わない。
幸いにも『竜人種の秘境』でテイムした者達には、俺達の抱える秘密を全く知らせていない。このままテイム破棄しても問題ないレベルだ。
「それ、実際にテイム破棄する気ないわよね。ご主人様にテイムされた者が、……美味しい料理を食べられる者が自分からテイム破棄を願う訳ないし、そもそも『竜人種の秘境』にある物で対価になる物なんてもうほとんどないし……」
「まあな」
ミオの言う通り、テイム破棄をするつもりは全くない。
正直に言って、テイム破棄の可能性が0じゃないと言うのは建前である。
「そう言う訳だから、これから少しドタバタすると思うぞ」
「わかりました。私は傍で仁様をお守りいたします」
そう言ってマリアが俺の斜め後ろに立つ。マリア曰く、『護衛の立ち位置』だそうだ。
「ま、ご主人様の周りが騒がしいのはいつものことだから」
「きゅー!《いつものー!》」
「そうですわね。慣れましたわ」
「慣れるしかないですからね……」
どうやら俺は皆からトラブルメーカーのように扱われているみたいだ。
ああ、もちろん否定できる材料はどこにもない。貴族関連の不愉快なトラブル以外には、自分から首を突っ込んで行くし……。
はい、進堂仁。職業、高校生兼旅人兼ダンジョンマスター兼トラブルメーカーです。よろしく。
それから少しして、族長候補の少女……面倒だからそろそろ名前で呼ぼうか、テンリが族長の屋敷へと到着した。
ちなみにこれがテンリのステータスだ。
名前:テンリ
LV27
性別:女
年齢:16
種族:竜人種(天空竜)
スキル:<竜魔法LV2><身体強化LV1><飛行LV5><天地無用LV->
<天地無用>
<飛行>スキルを使用中、重力の影響を無視できるようになる。任意発動。
天空竜と言う種族のせいだろう、<飛行>スキルとそれを補助するユニークスキルを持っている。さすがは族長候補だ。
……よく考えると、出会った当初のドーラって<竜魔法>と<飛行>しか持っていなかったよな。
そんなことを考えている内にテンリと族長が俺達のいる部屋に近づいてきた。
「これ!待つのじゃテンリ!」
「待ってなんてらんないわよ!ここね!」
止めようとする族長を振り切って、全裸の少女が部屋に入って来た。
天空竜に相応しい空色の髪は腰まで伸ばされており、同じく澄んだ青の瞳は、やや釣り目がちに俺の方を睨んでいる。ちなみに胸は小さめだがなくはない。
「あんたが外から来たっていう人間ね!テイム……」
「断る!」
テンリの話を途中でぶった切る。
テンリは池の鯉のように口をパクパクさせ、何も言えないでいる。
ああ、鯉って滝を登り切ると空を飛ぶ龍になるっていうし、きっとテンリは鯉なんだな(暴論)。
「最後まで言わせなさいよ!」
「断る。どうせ『テイムを破棄しろ』とかそう言う話だろ?」
「な、何でそれを!?いえ、わかっているのなら話は早いわ!テイ……」
「断る!」
「…………」
またしても最後まで言わせず、途中でぶった切るパート2。
テンリが若干涙目になりつつプルプル震えている。
「客人、すまんのう。この者は族長候補のテンリと言うのじゃ。何でも、親族がお主にテイムされたらしく、物申しに来たと言う訳じゃ」
テンリを追ってきた族長が、(こちらが既に知っていることを)丁寧に説明してくれた。
テンリは族長の方に振り返り、俺を指さしながら言う。
「族長!何なのアイツ!話を全く聞かないんだけど!」
「何なの、じゃないわい。お主の方こそワシの話を聞かずに突っ走っておるのではないか」
「うっ……」
口ごもったテンリが、族長から目を逸らし、俺の方を睨み付けてくる。
マリアはいつものように剣に手を伸ばす。
「テイムの件はワシも遺憾ではある」
「だったら……!」
「じゃが、テイムは両者の合意がなければ成立せんと聞く。合意があった以上、あくまでも本人の責任じゃ。それに、その者達はテイムした者を連れて行かんと言っておる。大きな問題はないじゃろう。それよりもワシが本当に遺憾なのは、竜人種がテイムを受け入れてしまった事じゃよ。食べ物に釣られてテイムを受け入れるとは、なんとも情けない話とは思わんか?」
「それは……、でも、コイツらどんどんテイムの人数増やしてるのよ!きっと『竜人種の秘境』を乗っ取るつもりなのよ!」
ミオが『食文化で侵略』とか言っているので、あまり否定できない糾弾である。
正直な話、『竜人種の秘境』の地下にあるダンジョンコアを入手し、ダンジョンマスターになってしまえば、秘境を乗っ取るのは難しくなかったりする。
「確かに、これ以上の竜人種をテイムされるのは困るのう」
「でしょ!だからコイツらを……」
「わかった。これからは料理でテイムするのを止めよう」
「…………」
テンリのセリフはぶった切るために存在していると言っても過言ではない(暴論)。
「ワシとしてはその提案は助かるのじゃが、お主はそれでいいのか?」
「ああ、流石に自重せずにテイムしすぎた自覚はあるしな」
そもそも、俺は別に竜人種のテイム目的でここに来たわけじゃない。
ミオが料理を配る対価としてテイムすることにしたのだ。
ミオの目的もテイムではなくて料理を広めることだし、ミオが料理を配るのを止めれば、『料理でテイム』と言うのは自然に消えるものである。
「わかったのじゃ。お主の提案を受け入れよう」
「了解。……さて、テンリとか言ったな。まだ何か文句があるのか?」
「うぐっ……」
テンリが問題としていた点はあらかた潰したはずだ。
「あ、あるわよ!あるに決まっているじゃない!何でよりにもよってシラユキがこの屋敷に滞在しているのよ!」
「きゅ?《え?》」
急に話を振られたドーラが首を傾げる。
「その子はもう族長候補じゃないのよ!それなのにこの秘境にいつまでも残ってるんじゃないわよ!族長の屋敷に我が物顔で居座るんじゃないわよ!次期族長は私のモノよ!秘境から出て行ったシラユキに居場所なんかないのよ!」
なるほど、それが本音か。
テンリは次期族長になりたい。でも、自分より上位の候補だったドーラが秘境にいるとそれが怪しくなる。だから出て行ってほしい、と言うことだな。
「テンリ!言いすぎじゃ!シラユキが秘境を出て行ったのはワシらの教育不足が原因じゃ。それにシラユキも含め、この者達は秘境を救った恩人でもあるのじゃぞ」
「そんなの竜人種の戦士達が戦った後、弱ったドラゴンに止めを刺しただけでしょ!それなのに秘境の中で偉そうにして、勝手にテイムまでして!」
ふむ、虫野郎も同じだったが、テンリも俺達だけでHPがほぼ100%残っていた奈落竜を倒したとは思っていないようだな。
「あんた達のせいで秘境の中はぐちゃぐちゃよ!だから、さっさと出て行きなさい!シラユキを連れて!『申の門』から!」
うん?今、最後にコイツなんて言った?
「1つ聞きたいのですが、『申の門』とは何のことですの?」
俺の心の声を代弁するようにセラが質問をする。
「『竜の門』の呼び方じゃよ。12ある『竜の門』を北から右回りに子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥と名付けておるのじゃよ。申の方角なので、西南西じゃな」
「こんなところで十二支による方角分けを聞くとは思わなかったわね……」
「そうですね……。ますます、日本人の転生者がこの秘境を作った可能性が高くなりました……。と言うか、もう確定でいいと思います……」
族長の説明を聞き、日本人組が呟く。
日本お馴染みの十二支には、時刻を示したり方角を示したりと色々な役割が存在するから、それをそのまま使ったのだろう。
転生者が関与したと言う状況証拠が揃いすぎているよな。
それと、今更ながら秘境内の『竜の門』の位置について補足をしよう。
族長が言っていた通り、『竜の門』は『竜人種の秘境』の中に12個存在する。
秘境の迷宮の存在を知り、1度はダンジョンマスターになった今だからわかることなのだが、『竜の門』はダンジョンコアを中心に、12個が円を描くように並んでいる。
そして、ダンジョンコアと『竜の門』の延長線上にある遺跡と転移装置でつながっているのだ。
「なあ、テンリ。何で『申の門』なんだ?俺達がここにやって来たのは、『未の門』からだぞ?」
「え……?」
テンリに向け、冷ややかに質問をする。
余談ではあるが、『申の門』とダンジョンコアを線で結び、その延長戦を追いかけて行くと、エルディア王国の、ドーラと出会った地域にぶつかる。
「そうじゃな。入った門から出るのなら、『未の門』と言うことになるのう」
「なんで、俺達が『申の門』から入ってきたと思ったんだ?ああ、入った門から出るのが普通なのと同じように、出た門から入ったんだと勘違いしたのかな?」
「あ……」
何かに気付いたテンリの顔色が、見る見るうちに青くなっていく。
髪と目が青色で、顔色まで青くなるなんて、天空竜は青が大好きなんだな。
「ここから申の方角に進むと、エルディア王国と言う国があるんだ。俺とドーラはそこで出会った。きっと、ドーラは『申の門』から出て行ったんだろうな」
「う、うう……」
「ま、まさか!?」
テンリが身体中を震わせて呻く。
族長も遅まきながら俺の言いたいことに気が付いたのだろう。
「ドーラが『申の門』から出たことを知っているのは、どんな奴なんだろうな?実際に出て行くところを見た者、ドーラから直接話を聞いた者、もしくはドーラが『申の門』から出て行くように仕向けた者。テンリ、お前はこの内のどれなんだ?」
「あぁ……」
テンリの口から洩れるのは、言葉とも言えない呻き声だけになった。
「……よく考えれば、シラユキには『竜の門』の開き方を教えてはおらんかったな。シラユキ、お主はどうやって秘境の外に出たのじゃ?」
「きゅ、きゅー。きゅい、きゅうーん《んーと、ヒマだからお外に出たのー。おひるねしてて、気がついたら知らないばしょだったのー》」
これは俺も初耳だな。そう言えば、秘境を出た経緯はそれほど詳しく聞いていなかったな。
と言うか、寝ている間に『竜の門』を越えさせられたのか。意外と大胆な犯行である。
そして、これは1人でできることじゃない。少なくとも門番が関与しているのは間違いない。
「とりあえず、テンプレに従ってこれだけは言っておこうか」
「うっ……」
怯えた目をして俺の方を見ているテンリを指差して言う。
「寝ているドーラを『申の門』によって転移させ、『竜人種の秘境』から追放した犯人は……テンリ、お前だ!!!」
まさか、異世界で『言ってみたいセリフランキングベスト10』である『犯人はお前だ』を言うことになるとは思わなかったな。
「ななななななな何をいいいい言ってるのよ!わわわわ私がそんば、そんなことをする訳が無いじゃにゃい。……そ、そう、しょ、証拠!証拠はどこにあるのよ!!!」
滅茶苦茶動揺しながらテンリが否定する。
セリフは噛み噛みだし、視線は泳ぎまくっているし、膝は面白いくらいにガクガク震えている。……後、ちょっと漏らしている。
しかし、『犯人はお前だ』に対して、『証拠!証拠はどこにあるんだ!』で返してくるとは、テンリの奴は中々にわかっているじゃないか。
出来れば、『君は推理小説家になれるよ』も言ってほしいのだが、状況的に難しそうだな。
「証拠はないな」
「ほほほほら見なさい!しょ、証拠も無しに人を犯人扱い……」
「でも、証拠なんて必要なのか?」
「……え?」
証拠はないと言った時、テンリは露骨にホッとした表情をしたが、続く言葉で表情を凍らせる。
「テンリはさっき犯人しか知らないはずのことを口走った。他の場所ならいざ知らず、ここには裁判官と被害者がいるんだぞ。さっきの失言自体がこれ以上ない証拠と言ってもいいだろ?後は族長が判決を言い渡すだけで十分なはずだ」
推理モノでも、犯人しか知らない情報を口に出させる戦術はメジャーだからな。
まあ、戦術も何も、テンリは勝手に自爆しただけなんだが……。
「うむ、ワシの目にはテンリ、お前がシラユキを追放したようにしか見えんかった」
「ち、違うわよ!わ、私そんなことしてない!信じて族長!」
テンリが必死で食い下がるが、族長はそんなテンリを見てため息をつく。
「……信じてと言うのなら、せめて相手の目を見て言ったらどうじゃ?」
「うっ……」
視線を泳がせた状態で『信じて』と言って、どれだけの説得力を持たせられるだろう?
「テンリ、ワシは族長として、族長候補に暴挙を働いたお主を裁かねばならん」
「ちなみに、テンリの処罰ってどうなるんだ?アカツキと同じように禁固刑か?」
ふと、気になったことを族長に訪ねてみる。
「そうじゃな。とりあえず、テンリが極刑になることだけは間違いないじゃろうな」
「い、嫌だ!私、死にたくない!!!」
テンリが必死の表情で叫び、族長に縋り付く。
殺人未遂で死刑か。少し重い気もするが、相手が要人と考えれば納得できる部分もあるな。
「アカツキの禁固刑と違って、随分と重い刑になるんだな……」
「アカツキの場合、ギリギリではあるが掟を破ってはおらんかった。じゃが、テンリは明確に、複数の掟を破っておる。どう考えても極刑以外はありえん程にな……」
なるほど、問題となるのは掟を破ったか否かと言うことか。
こうなると、被害者であるドーラが許すと言っても、族長の決定が覆るとは思えないな。
テンリとは少し話しただけだが、弄ると中々面白そうなのに残念だ。
「心苦しくはあるがこれも掟じゃ。テンリ、正直に詳細を話すようであれば、刑の執行まである程度の期間をおいてやっても良いぞ。刑の執行自体は無くせんがな」
「私が……やりました……」
自白するの早ッ!?
暗に『自白しなければすぐに死刑』と言う族長に対し、少しでも長く生きていたいテンリは自白する以外の選択肢がなかったのだろう。
まあ、竜人種の時間感覚は俺達とは違うみたいだし、『ある程度の期間』が数年以上ある可能性も否定できないけど。
「良かろう。テンリ、詳しい話を聞かせてもらうおう」
「うう、はい……」
先ほどまでの威勢はどこへ行ったのやら、ぐったりと項垂れたテンリが答える。
さて、驚くほど素直に自供したテンリの話をまとめよう。
まず、実行犯はテンリとその付き人、そして共犯者が犯行当日の門番2人だそうだ。
テンリと付き人が昼寝中のドーラを攫い、『竜の門』へと向かう。門番2人はここで見て見ぬふりをする。転移装置を起動してエルディアにある遺跡に転移した後、ドーラだけを置いて戻ってくる。
ドーラは転移装置のことを知らないので、戻ってくることは出来ないと言う訳だ。
動機はもちろん次期族長の座である。
皇帝家には分家と言うものが複数存在し、テンリは分家筋の皇帝候補の1人である。
元々、ドーラが生まれる前は族長候補の第1位はテンリだった。そして、幼いころから族長になるために様々な努力をしてきたらしい。
しかし、ドーラが生まれたことで、順位が繰り下がって第2位となる。
族長になるために頑張って来たのに、後から産まれてきたドーラが、本家の生まれと言うだけで族長になるのが許せなかったようだ。
「むう、シラユキの行方不明にそんな裏があったとは……」
「俺の口からは『ちゃんと捜査しろよ』としか言えないな」
唸る族長に辛辣な言葉を返す。
尤も、俺としてはテンリがドーラを追い出した結果、ドーラと出会えたということもあり、そこまでの文句を言うつもりもない。
《ごしゅじんさまと会えたことの方がうれしいから、ドーラもオッケー!》
念のため聞いてみたら、ドーラも気にしていないようだしな。
「全くじゃな。少々、身内だからと言って甘くし過ぎていたのかもしれん。アカツキの件も含め、少々身の回りを見直す時が来たのかもしれんな……」
難しい顔をして族長が言う。
族長になりたいから他の候補を殺そうとする者、自らの立場を守るためにすぐ攻撃行動に移る者、加えて料理と引き換えに簡単にテイムされる者達……。
はっきり言ってダメダメな集団である。
ドーラの未来の姿にならないように、しっかりと教育しなければいけないな。
その後、テンリは取り調べのために族長の部下によって連行されていった。
「スマンが、ワシもこれから少々忙しくなるので、これで失礼させてもらうのじゃ」
そう言って族長もどこかへと出かけて行った。
共犯者もいるみたいだし、族長候補のスキャンダルだから、色々と大変なのだろう。
少し気になって族長に聞いたのだが、族長候補はドーラを第1位としたときの第3位が繰り上がりになるらしい。
名前はヒスイ。テンリと同じく分家からの候補だった。
族長曰く、『少々適性に欠けるらしいので心配』だそうだ。
しかし、第1候補であるドーラが出奔して、第2候補であるテンリが逮捕。
頼みの第3候補は適正に欠けるというのは、色々と残念すぎるだろう。
結界の件も合わせて、『竜人種の秘境』の未来は暗いなー……。
新キャラ退場。