外伝第7話 神託の巫女
今まで話に出てこなかった、勇者召喚に関する設定を短編にしました。
この作品の欠点として、『主人公の興味のない事が話題に出ない』と言うものがあります。
主人公の1人称視点だからどうしようもないのですけど……。
クロード(が脇役)の短編はまた今度です。
かなり、今日と言う日に相応しい短編になったと自負しています。
これは、進堂仁たちが異世界に召喚される半年ほど前の出来事である。
この日、進堂仁たちを召喚したエルディア王国から見て北側にある大国、エルガント神国の神都中心にある神殿で、この世界の命運を決める神事が執り行われていた。
エルガント神国はこの世界でも10指に入る程の大国であり、実在する女神を信奉する『女神教』の総本山でもある。
『女神教』は世界最大の宗教であり、その信徒は世界各国に存在しており、その影響力を含めれば世界最大の国家と言っても過言ではないかもしれない。
そして、エルガント神国は宗教国家のため国王が存在せず、教皇が実質的な国家元首となっている。より正確に言うのならば、この国の頂点は『女神』と言う事になる。
「それで、神託の結果はどうであったか?」
神殿にある講堂で、神官服に身を包んだ壮年の男性が1人の修道女に尋ねる。
この講堂には現在、エルガント神国の重鎮とも呼ぶべき者達が一堂に会している。それだけ、この神事が重要な意味を持っていると言う事だ。
神託と言うのは、この国で最も優先される『女神様のお言葉』を頂戴するための手段だ。
神殿内にある『神託の間』で、女神に認められた巫女が手順に則り祈りを捧げることで、女神の声を聞くことが出来る。
もちろん、祈れば必ず答えてくれるわけではなく、神託があるのはせいぜい年に数回程度である。
「巫女様が受けた神託によれば、勇者召喚を行うのはエルディア王国だそうです」
「我が国ではないのか……」
「今回こそはと思ったのだが……」
修道女の言葉に多くの重鎮たちが溜息をつく。
この日、神託により告げられたのは『どの国が勇者を召喚するのか』と言う事である。
この神託より丁度1月前、女神の神託により、魔王の発生が明らかになった。
魔王と言うのは、定期的に発生する強大な力を持った魔族の個体のことである。
その発生は女神の力をもってしても防ぐことのできない『災厄』であり、勇者以外には滅ぼすことは叶わないとまで言われている。事実、過去に勇者以外が魔王を倒したという記録は存在しない。
そもそも、魔族と言うのはエルディア王国の西側に存在する領域、通称『魔族領』に存在する邪悪な種族のことだ。魔族たちは通常『魔族領』からほとんど出てこない。
そもそも、巨大な山脈によって分断されているので、行き来するのも容易ではないのだが……。
しかし、魔王が発生した場合だけは別だ。その場合、魔族達は人類(亜人なども含む)を根絶しようと『魔族領』を飛び出すようになる。
過去、何度も魔王が発生し、その度に人類は少なくない被害を受けてきた。
そして、その都度女神の神託により異世界から勇者が召喚されてきたのだ。
この神託には法則があり、『魔王の発生』が告げられてから丁度1月後に『勇者召喚の手順』に関する神託が授けられるのだ。
『勇者召喚の手順』とは『場所』、『時間』、『手順』から構成されており、『場所』と『手順』だけを再現しても勇者が召喚されることはない。
この『勇者召喚』と言うのはある種のステータスであり、召喚に成功した国の発言力は大きく増すことになる。女神を信奉するエルガント神国としては、是非とも確保したい栄誉だったことは想像に難くない。
「考えようによってはエルディア王国で良かったとも言えるであろう。あの国の国教は『女神教』であるし、王族も我が国と懇意にしておる」
「そうですな。近隣にはかつて勇者を召喚して恩恵を受けたカスタール王国もあるから、勇者達が不自由することはないですからな」
壮年の男性がエルディア王国での召喚に利点を見出すと、近くにいた男性が頷きながらその発言を肯定した。
先に発言した男性こそ、エルガント神国の最大権力者であるクリストファー教皇だ。
「ううむ、しかしエルディアは『魔族領』に1番近い国。勇者の成長は一般人と比べ物にならない程速いとはいえ、育つ前に襲われたらひとたまりもないのではないか?」
「貴殿は聖典を読んでいないのか?勇者を召喚した国は、召喚時に発生する女神様の威光により、おおよそ1月は魔族の侵入できない聖域になるのだぞ。むしろ、エルディアで召喚が行われることによって最前線の防備が強まるとも考えられる」
「う、うむ、そ、そうであったな……。それならば、安心だったな」
クリストファーが呆れるように補足すると、聖典をあまり読み込んでいない重鎮(笑)は冷や汗を流す。
(もっとも、1月の後に半数の勇者ごと滅ぼされた国もあるから、そう安心できたものではないのだがな)
口には出さずにクリストファーは苦笑する。
異世界から召喚された勇者とは言え、人間であることに違いはない。成長が速いとはいえ個人差もあるだろうし、必ずしも1月で魔族を圧倒できるほどに強くなる保証などどこにもない。エルディア王国がかつてない危機に晒されることは間違いがないのだ。
遥かな太古から今に至るまで、勇者による魔王の討伐は必ずなされているが、そこに絶対の保証がある訳ではないことは教皇自身が1番理解している。
「それで、召喚の日時は?」
「今から半年後です。場所はエルディア王宮の聖堂内だそうです。既に諸国への通達の準備を開始しております」
エルガント神国からエルディア王国までは結構な距離がある。
魔物使いに調教させた鳥の魔物で手紙を飛ばすので、準備を早くするに越したことはない。
「ご苦労。ああ、召喚の補助をする者を選抜することも忘れぬようにな」
「はい。心得ております」
エルガント神国は過去何度も勇者を召喚しており、そのノウハウの蓄積も十分である。今回、召喚国にはなれなかったものの、そのノウハウの公開を渋る程、不信心ではないのだ。
「それで、メアリー、いや、巫女の様子はどうだ?」
メアリーと言うのは当代の巫女の名前だ。
歳は18と若いが、精力的に巫女としての責務を果たしており、周囲の評判も良い。
「大分消耗しております。2~3日は目覚めないかと……」
「これも伝承通りか……」
重鎮の1人が呟く。
神託について『女神の声を聞く』と説明したが、これでも若干説明不足であり、より正確に伝えるのなら『巫女の身体を借りて女神が喋る』と言うべきである。
当然、神をその身に降ろす巫女には大きな負担がかかる。通常なら一言二言で終わる神託も、勇者召喚となると詳細な説明が必要になる。その分、巫女にかかる負担もはるかに大きくなっていくのだ。
予想はしていたが、教皇に次いで重要な……いや、下手をすれば教皇よりも重要な巫女・メアリーの行動不能は、重鎮達の表情にも暗い影を落とす。
「後で、私が見舞いに行こう。気休めではあるが、<回復魔法>を使っておこう」
「おお、最高峰の使い手であるクリストファー殿の術でしたら、メアリー様の回復も早くなること間違いなしですな」
「おだてても何も出んよ。それに神託の負荷にどれだけ効果があるかはやってみないとわからぬ」
重鎮(笑)のヨイショも聞き流し、教皇は毅然とした態度を崩さない。
事実、クリストファー教皇はエルガント神国の中で最も<回復魔法>の適性があるとされている。そもそも、教皇になるに至った理由の1つが、その強大な<回復魔法>だったのだから、重鎮のヨイショもあながち的外れなものではなかったりする。
なお、本来であれば神託による負荷は『神の試練』と扱われるのだが、今回は状況が状況故に仕方なくと言った部分もある。
その後、勇者召喚のための準備や、神託で確認された召喚手順の確認などを話し合い、その日の会議は終了した。
過去の記録によれば、1週間以内に再び神託があり、今回説明できなかった部分や補足などが説明されるはずだ。
会議が終了した後、クリストファーは神託の負荷で眠っている巫女の元へ足を運んだ。
そこは清潔に管理された部屋で埃1つ無い真っ白な部屋だった。
「それでは教皇様、メアリー様の事をよろしくお願いいたします」
「うむ、やれるだけやってみよう」
部屋にいた修道女はそう言うと部屋から出た。
教皇にとって巫女は娘同然だというのは有名であり、部外者がいない方が良いだろうと配慮しての事である。
まあ、結論から言えばこの判断は失敗だったのだが……。
修道女が部屋を出て行った後、教皇は徐に窓を開けた。
この日は良く晴れており、雲一つなく、そよ風が気持ち良かった。
(よく寝ているな)
教皇はベッドに眠る巫女の姿を見やる。
巫女は穏やかに寝息を立てている。神託の負荷で眠りについたということは、簡単に言えば過度に体力を消耗した状態に等しい。
疲れ果てて寝ているからと言って、うなされる訳ではないように、表面上は穏やかに眠っている。
教皇はその眠りを妨げないように、<回復魔法>を唱え……、
「ぅ……………………」
ずに巫女の心臓をナイフで一突きにした。
ほとんど音もたてずに突き立てられたナイフは、瞬く間に巫女の命を奪っていった。
それを無感動に眺め続けた教皇は、巫女の死を確認するとナイフを引き抜き、窓から外に飛び出した。
そして、迷いのない足取りで自室へと戻ると、その分厚い扉を開いた。
「くひゅー、くひゅー……、もう……殺してくれ……」
そこにいたのはクリストファー教皇と同じ顔をした壮年の男性、いや本物のクリストファー教皇だった。
彼の腹には黒くまがまがしい形状の剣が突き立てられていた。
彼は与り知らぬことだが、この剣の名前は『魔剣・エターナルペイン』と言い、対象を殺さずに縛り続ける呪われた魔剣である。
後にカスタール女王国の女王にも使われることになる魔剣だ。
「ははは、いいよ。もう用も済んだし、殺してあげるよ」
巫女を殺した方の教皇は今までの毅然とした雰囲気を霧散させ、どこか邪悪な笑みを浮かべながら答える。
「用……だと……?」
「そう。君の大切な巫女様を殺すっていう、ちょっとした用事だよ」
「な……!?」
その口から発せられた内容が信じられずに口をパクパクと動かす本物の教皇。
「娘のように思っていた者が、自分と全く同じ姿をした奴に殺される気分はどうだい?素晴らしいだろう?はははははは!」
「この……魔族がぁ……。よくも、メアリーを……!」
煽る偽物に殺意を向ける本物だが、悲しいかなその力も思いも偽物には届かない。
自身の大切な人を殺されたというのに、何もできない。自身も殺されるのを待つだけだ。
「そうだよ。私は魔族、名前はロマリエ。魔王軍四天王『虚構のロマリエ』だ。短い付き合いだったけど、とても楽しかったよ、ありがとう。くくく、よりにもよって魔族が神国の教皇に成り済ますんだから、これほど傑作なことはそうはないよね」
「おのれ!おのれぇ!!!」
せめて一撃、そう思って暴れるがその拳すらロマリエには届かない。
「ああ、そうそう。安心してくれたまえ。巫女を殺したのは教皇だって判るようにしておいたから」
「は……?」
「じゃあね」
そう言って、魔族は本物の教皇の腹から『魔剣・エターナルペイン』を引き抜く。
この魔剣が『殺さない』のは剣が刺さっている間のみ。死にかけの状態で剣を引き抜かれたものに待つのは『死』だけである。
「があ……!?」
娘同然に思っていた大切な人を殺し、これから自分の事を殺すことに加え、大切な者を殺した責任を自分に擦り付けられる。
まさしく、最悪と言ってもいい所業を受けた教皇は、その顔に絶望を浮かべたまま息絶えた。
「ははははは、いやー、いい見世物だったね。これだから他人に化けるのは止められない」
教皇が命を落とすと、魔族の容姿ががらりと変わる。紫色の肌に長い金髪の女になった。肌と髪の色は典型的な魔族のものである。
魔族には他人に化けるという能力がある。この能力を使って権力者に化け、魔族に不利になるような相手を潰すのがロマリエの役割だ。
能力の欠点として、生きている相手の姿しか奪えないと言うものがあるが、その点は『魔剣・エターナルペイン』により克服されている。
むしろ、自分の姿で好き勝手された後、本物がどういった反応をするのか見ることが出来るので、欠点とすら思っていなかったりするのが現状だ。
「さて、裏工作も終わったことだし、そろそろ次の任務に行くとするかな」
そう言うとロマリエの影から真っ黒なローブ姿の何かが出てきた。
ロマリエはそれを気にした様子もなく、ローブから手渡された手紙を開く。
「ご苦労様。ええと、次は……カスタール女王国の王女に化けるのか。いいね、2連続で国のトップに化けられるなんて最高だね」
人類の敵である自分が人間の国のトップに化けて好き放題する。とても楽しいロマリエの趣味の1つである。
「ああ、アイツが準備をしているのか。だったら僕は随分と楽が出来そうだ。アイツは魔王様に命令された任務なら、要求を越える成果を出そうと必要以上に張り切るからね」
そんな意味のないような独り言を残し、ロマリエは部屋を後にした。バレてもいいように、適当に半死半生で放置している使用人の姿を借りて……。
しばらくしてから、教皇がいつまでも出てこないことを不審に思った修道女が部屋に入り、巫女の死体を発見した。状況から考えて教皇の元に事情を聴きに行ったところ、部屋で自殺をしているのが発見された。
巫女を殺した凶器となるナイフを手に持ち、そのナイフで自らの腹を刺して死んだようだ。まるで抉るように腹を突き刺しているので、部屋の中は血だらけになっていた。
このことから、巫女殺害の犯人を教皇と断定し、国を揺るがす大スキャンダルへと発展していった。
その2人の死があまりにも衝撃的だったため、教皇と同じ部屋で死んでいた使用人については、碌に語られることはなかったという。
この件で巫女を失った神国は、次代の巫女が就任するまで神託を受けることが出来ず、1週間以内に授けられる神託を聞き逃すことになった。
もし、その時の神託が授けられていたら、後の歴史は大きく変わっていただろう。
まさか、女神自ら『勇者召喚の中止』を提示するつもりだったとは誰も夢にも思わなかっただろう。
しかし、12/25に神職が死ぬ短編を投稿するとか、相変わらず趣味の悪い作者だなぁ。