第79話 決闘未遂と秘境の迷宮
作者も中華-番は好きでした。
*都合により、今回の伏字は-(ハイフン)にさせていただきます。
「……で、これはどういうことじゃ?」
「串焼肉と引き換えにテイムされろと言ったら、53人がそれを認めて俺の従魔となった」
その後、騒ぎを聞きつけてきた族長が質問してきたので簡潔に答える。
「仮にも魔物の秘境で、テイムを声高に宣言したことに驚けばいいのか、それを受け入れて従魔になった同胞に呆れればいいのか、非常に悩むのところじゃのう……」
「何か、掟を破っていたのか?」
ドーラの件は今更譲るつもりはないが、他の竜人種に関しては掟次第では従魔契約の破棄をしてもいいだろう。
尤も、それなりの立場にいるであろう最初のテイム者が何も言ってこないところを見ると、そんな掟があるとは考えにくいのだが……。
「そんな掟、あるわけなかろう……。いくら掟とは言え、普通起りえぬ事まで書いてはおらんよ。むう、お主達を招いたのは、失敗じゃったかのう……」
族長が頭を抱えながら後悔している。
うん、ごめんね。多分、失敗だったと思うよ。
「スマンが、そのテイムを破棄することは出来ないかのう?結界の外に出てしまったシラユキだけならまだしも、他の竜人種までテイムされたとなると、流石に話がややこしくなるのじゃよ。串焼肉の対価として、宝物をいくつか持って行って構わんぞ」
「悪いが却下だ。切っ掛けはどうあれ、俺は1度俺の配下となった者を売るつもりはない。掟でどうしても、と言うのならともかく、物を対価に契約を破棄するつもりは全くないな」
「はぁ……。こりゃあ、どうにもならんのう……」
族長は何かを諦めたかのような顔をしている。
多分、テイムされた竜人種達を諦めたんだろうな。
「1つ聞きたいのじゃが、テイムした竜人種達は、『竜人種の秘境』の外に連れて行くつもりか?」
「ああ、そのつもりだ。もしかして竜人種には『竜人種の秘境』の外に出てはいけないという掟があるのか?」
「それがないんじゃよ……。何故か出ること自体に関する掟は存在せん。とは言え、この秘境に入るには竜人種の存在が不可欠、秘境の外にいる竜人種が増えてしまえば、その分この秘境のことが露見する可能性が増してしまう。出来れば、それは避けたいのじゃ」
『竜人種の秘境』に入るためには、『竜の門』に竜人種を連れて行く必要があるので、秘境の外に竜人種がいること自体がリスクであると言える。
ドーラを連れて行かれることですら苦渋の決断だったのに、53人もの竜人種を連れて行くと言われた族長の心労が偲ばれる。……え、俺のせい?
うん、正直やり過ぎた自覚はある。そろそろ譲歩をするべきだろう。
「そうか。ならドーラ以外のテイムした竜人種達はこの秘境に残そう」
「……良いのか?」
「ああ、正直な話、連れて行ったところでやらせることがないことを思い出した」
竜人種達に出来る仕事と言うのは何があるのだろうか?
冒険者、探索者、傭兵、メイド、執事……色々な選択肢があるが、どこも人手は不足していない。常識のない竜人種を教育してまでやらせたいことではない。
よって、竜人種には連れて行くメリットがあまりないのだ。完全な趣味によるテイムだったのである。
「代わりに、俺達に『竜人種の秘境』へのフリーパスをくれ」
「ふりーぱす?なんじゃそれ?」
通じませんでした。
「いつでもこの『竜人種の秘境』に入れる権利をくれと言ったんだ。連れて行けないなら、会いに来るしかないだろう?」
「ふむ、なるほど……。それならばなんとかなるじゃろう。少なくとも、テイムされて連れて行かれるよりはマシじゃろう」
「じゃあ、フリーパスの権利を行使して、早速宿泊日数を延長だな」
「いいじゃろう」
こうして、俺達はテイムした53人の竜人種を連れて行かない代わりに、『竜人種の秘境』の永久フリーパス(代金は串焼肉)を手に入れるのだった。
その日、奈落竜討伐の祝宴はかなり遅い時間まで続いた。
俺達はドーラが眠そうになった段階で、ミカヅキに頼んで宿泊用の部屋まで案内をしてもらい、一足先に休むことにしたのだ。
俺達が案内されたのは、ドーラの元実家である石造りの屋敷の一室である。
調度品などは置いてなく、本当にただの空き部屋である。
「ふいー、疲れたー!」
そう言ってミオは<無限収納>から取り出したソファにダイブする。
「ミオちゃん、お疲れ様です……」
「お疲れー、いやー、ミオのおかげで大量の竜人種をテイム出来て、さらには『竜人種の秘境』へのフリーパスまで入手できたよ」
「仁様、おめでとうございます」
「まさか串焼肉で50人もの竜人種がテイムされるとは思いませんでしたわ。流石ミオさんの料理ですわね」
今回のテイムの1番の功労者がミオなのは間違いないだろう。
奈落竜を討伐したのもミオなので、今のところ『竜人種の秘境』のMVPである。
「えへへー、ご主人様の役に立てたのなら幸いだわ。ミオちゃんと言えば料理イベントだからね!」
「マ……」
「止めて!?」
まだ『マ』しか言っていないのに……。
閑話休題。
「きゅあー」
それからしばらく他愛のない話をしていると、ドーラが大きなあくびをした。
「きゅー《もうねむいよー》」
「もう遅いですからね……。ドーラちゃんとミオちゃんは早く寝かせましょう……」
「え?私お子様扱いなの?でも、確かに疲れたし、もう眠いわ……ふぁああ」
さくらの言う通り、ドーラだけでなくミオも眠そうだな。
何度も言うが、ミオはお子様枠で問題ないからな。
「でもこの部屋寝具どころか何もないぞ?ミカヅキ、どうなっているんだ?」
「はい、そもそも竜人種は寝具を必要としません。なので、この秘境には寝具の用意がないのです」
「なるほど……」
俺がミカヅキに質問すると、わかりやすい回答が返って来た。
仕方がないので、<無限収納>から3つのベッドを取り出して眠ることにした。
非常に残念なことに、本日ドーラと一緒に寝るのはさくらのため、ベッドの割り振りは俺とマリア、さくらとドーラ、ミオとセラと言う組み合わせになっている。
タモさんはベッドの下で寝ずの番である。
不眠不休不動(ただし揺らめく)が苦にならないタモさんは最強だと思う。
こうして、『竜人種の秘境』滞在記の1日目が終了するのだった。
明日からは本格的な観光を楽しもう。
……しかし、ベッドの下に生き物がいるのを知っていると、何だか寝にくいな。
『竜人種の秘境』、滞在2日目。
今日からは『竜人種の秘境』の本格的な観光を始めようと思う。
秘境へのフリーパスを貰ったので、慌てることなくゆっくりと観光が出来るはずだ。
……問題は観光出来る場所がどれだけあるかと言う1点に尽きる。少なくとも、露店とか食料品店とかに関しては、全く期待が出来ないことが昨日証明されている。
「ドーラ、今日は約束通り秘境の案内を頼むぞ」
「きゅー!《わかったー!》」
案内はドーラに任せるという約束だったので、朝食の席でお願いすることにした。
「きゅ、きゅー!《やっぱり、ミオのりょうりおいしー!》」
族長の屋敷に滞在しているが、食事は族長とは別の物を食べている。
当然、俺たちの方が良質な食べ物だ。族長はそれほど興味を示していないが、それ以外の使用人、護衛のような立場の者はヨダレを我慢するのに必死になっている。
「じゅる……」
「じゅるる……」
訂正、ヨダレは我慢できてないね。垂れているね。
そんなに美味しい料理が欲しいのなら、俺のテイムを受け入れると良いよ。
ほら、そこで地面に座りながら、一心不乱にミオの自家製パンを貪っているミカヅキみたいに……。
余談だが、ミカヅキは正式に俺達の案内係に就任した。
秘境の掟を知らない俺達を放置はできないので、お目付け役兼案内係として付いてくることになったのである。
テイムされている以上、俺達が自発的に掟を破ろうとした場合、ミカヅキに俺達を止める術はないのだが、その辺り大丈夫なのだろうか?
「他所のお宅で自分たちの分だけ料理出すって結構失礼ですよね……」
「じゃあ、さくらは屋敷の料理を食べるか?」
「ミオちゃんの作った料理はおいしいですね……」
「そうだな」
さくらが常識的なことを言ったので、常識通りに行動するように勧めてみたら、やんわりと断られてしまった。……だよね!
「そう言えば、ドーラおススメの観光スポットって何があるんだ?」
朝食を食べ終わり、与えられた部屋に戻ってきたところで質問する。
サプライスでも良いのだが、相手がドーラなので念のためだ。
「きゅいー、きゅー、きゅきゅー、きゅおー、きゅうー《えっとねー、どうくつでしょー、いせきでしょー、たきでしょー、やまでしょー》」
「候補は多いですけど、全部集落の外なんですね……」
「ドーラちゃんって結構アクティブよね」
ドーラの提示した観光スポットにさくらとミオが苦笑する。
思っていた以上にドーラはお転婆、と言うか冒険心が強かった様だ。
まあ、1人で秘境の外に出て行ってしまうくらいだしな。
「きゅおー、きゅ、きゅうー?《しゅーらくの中には、おいしいものも、おもしろいものもないよー?》」
「ドーラさん、『竜人種の秘境』に対して容赦がないですわよね」
『竜人種の秘境』、及び族長が不憫である。
「そう言えば、さっきの候補の中に遺跡ってあったけど、そこには何があるんだ?」
「きゅ?きゅいー。きゅううー。きゅー《え?ドーラはしらないよー。いせきがあることしかしらないのー。中に入れなかったしー》」
候補に挙げておきながら、詳細は知らないのか。
さすがドーラ、俺のペットだけあって自由だな。
で、アルタ、遺跡って何?当然、知っているよね?
A:はい。簡潔に言えば、小規模な迷宮です
え?迷宮があるのか?『竜人種の秘境』の中に?
マップで現在位置の地下を検索してみると、本当に迷宮があった。
A:はい。エステア王国の迷宮とは比べるまでもありませんが、ダンジョンコアもあります。全1層なので、隣接エリアとして地上から全て把握することが出来ました。ダンジョンマスター不在、迷宮保護者不在の迷宮です。
両方不在っていうことは、一切管理されていないんだな。
あ、もしかして、『竜人種の秘境』を守っている結界って……。
A:お察しの通り、迷宮の機能で発生させたものになります。言ってしまえば『竜人種の秘境』自体が迷宮の一部と考えていただいて構いません。ダンジョンコアのリソースの大部分は結界の維持に費やされており、竜人種が生活することでリソースが溜まり、そのリソースを使って竜人種を守るという仕掛けになっています。
上手く循環をさせているな。俺も見習いたいくらいだよ(迷宮放置中)。
ん?じゃあ何で結界を抜けてドラゴンが入ってくるんだ?
A:強い竜人種が減り、リソースのバランスが崩れているからです。
なるほど……。
ダンジョンコアに溜まるリソースとは、基本的に迷宮内に生物が留まることで溜まっていく(迷宮、ダンジョンコアから産まれた生物は除く)。
その際、留まっている生物が強ければ強いほど、ダンジョンコアに溜まるリソースは多くなる。ちなみに、この時の『強さ』とは、ステータスやレベルから総合的に判断されるようだ。
要するに、竜人種が世代交代していく中で弱体化し、結界の維持に必要なリソースを賄えなくなったということである。
それに加え、ドラゴンの侵入で竜人種が死ねば、加速度的にリソースが不足していくことになる。負のスパイラルである。
放っておいたら、『竜人種の秘境』は滅びるのではないだろうか?
A:そのはずだったのですが、今後数百年は結界の維持は問題なくなりました。
え、何で?
A:マスター達はこの世界でも最高レベルの『強者』です。マスター達が『竜人種の秘境』に留まるということは、それだけで圧倒的なリソースが発生することになるのです。ちなみに、マスターだけはダンジョンマスターなのでリソースが発生しません。
……MAJIKA。
俺達は知らず知らずのうちに、『竜人種の秘境』最大の危機から救っていました。
あ、俺だけは役に立っていませんね。訂正します。「俺達は」ではなく「俺以外のメンバーは」ですね。
それにしても、エステア以外の迷宮か……。要は東以外の誰かの作品と言うことだよな。
それは中々に興味をそそられるな。
「よし、決めた。今日はその遺跡の観光に行こう」
「仁様、その遺跡には何があるのですか?」
「ご主人様がそう言う風に言ったということは、必ず何かがあるのですわよね?」
マリアとセラが聞いてきたので、俺は当然首を縦に振る。
「もちろんだ。その遺跡、どうやら迷宮のようだ。『竜人種の秘境』を守っている結界も迷宮の機能で発生させているということだ」
「ああ、そっか。よく考えれば、この世界で転移といえばエステア迷宮の『相転移石』くらいよね。『竜の門』による転移を見た時点で、迷宮と関わりがあると気付いても良かったのよね」
「『ポータル』の使い過ぎで、転移魔法が希少であることを忘れていたな……」
俺たちにとって転移魔法が身近になり過ぎていたせいで、エステア迷宮と『竜人種の秘境』を関連付けるのが遅れてしまったようだ。
「エステア以外の迷宮と言うのも興味があるからな。エステアとどう違うのか?誰が創ったのか?その辺も含めて行かないという選択肢がないだろう」
「きゅいー!《ドーラもついてくー!》」
「わかりました。仁様、早速その迷宮に向かいますか?」
「そうだな。とは言え、そうすぐには向かえそうにないんだけどな……」
マップを見ると、この屋敷に向かって虫野郎が近づいてきている。
赤色マーカー、つまり敵の接近と言うことでアラートが上がってきたのだ。
「あー、またあの竜人種ね。面倒なことになりそうな予感……」
「そもそも、禁固刑になるはずじゃなかったんですの?」
皆もマップを見たようで、微妙に嫌そうな顔をしている。
A:奈落竜と戦うという名目で禁固刑を一時的に免除されました。そのままなし崩しで外に居続けています。
うーむ、秘境の管理と言うのはそれでいいのだろうか?
ドーラが『竜の門』から抜け出した点も合わせて考えると、結構ザルな警備じゃないか?
再びマップを見ると、屋敷に到着した虫野郎が、屋敷の入り口で族長と話をしているな。
「何しに来たかは知らんが、態々避けなければいけないような相手でもないし、このまま堂々と出て行こうか」
「トラブルになるかもしれないけどいいの?」
ミオが質問してきたので頷く。
「ああ、その可能性は高いけど、そこには族長もいるんだぞ?そこはちゃんとアカツキの野郎を抑えて貰えると期待しよう」
「もし抑えて貰えなかったら?」
「フリーパスが貰えなかったと判断して、アカツキを殺して、遺跡を見に行って、テイムした竜人種だけを連れて出て行こう」
「それでも遺跡は見るんですのね……」
うん、そこだけは見逃せないな。
と言う訳で、迷宮探索の準備を終えた俺達は、部屋の前で待機していたミカヅキを引き連れて屋敷の入口へと向かった。
「じゃから、あの者たちは今や客じゃ。お主には会わせられんと言っておるじゃろうが」
「そう言う訳にはいかない!我々が戦った後で、弱ったドラゴンを倒しただけの卑怯な人間風情に、まるで英雄のように我が物顔で秘境を歩かれるなど、我慢がならないのだ!」
「何を言っておる。あのドラゴンはお主達と戦った後もピンピンしておったわい。それに、お主は本来ならば牢に入っておるべきなのじゃ。文句を言う権利すらないはずじゃ!」
聞こえてきた声のおかげで、なんとなく状況が掴めてきたな。
つまり、あの虫野郎は俺達が活躍したのが妬ましいと言う訳だ。
ある意味、予想通りの反応である。……だから、奈落竜討伐は竜人種の手柄にした方がいいと言ったのに。
とりあえず、自分から関わる理由もないので、族長と虫野郎が話している横を通り過ぎようとする。
「お主ら、これが見えていてここを通るのか……」
「待て!貴様らに話がある!」
族長は俺達が横を通り過ぎようとしたことに呆れ、虫野郎はこちらに対して怒鳴り込んできた。
「貴様らは私達が戦った後、弱ったドラゴンを倒しただけだ!ドラゴン討伐の栄誉は竜人種の物であるべきだ。貴様らは我々からその栄誉をかすめ取ったことを謝罪し、受け取った……いや、奪った宝物を返還しろ!そしてシラユキ様を置いて出て行け!」
「族長、お宅んところの教育ってどうなっているの?これが普通なの?」
もはや呆れるしかない要求である。
いや、逆にここまで行くとむしろ面白いかも?
「すまん。アカツキは……少々甘やかされて育ったせいでこんなことになっておるのじゃ」
「族長!何故謝るのだ!?それではまるで、秘境の同胞たる私より、人間風情を優遇すると言っているようなものではないか!」
「優遇ではない。道理の問題じゃよ」
「いいや、それは優遇だ!シラユキ様が懐いているから、族長も絆されて目が曇っているのだ!おのれ人間、『竜人種の秘境』の秩序を乱すとは許せん!私と決闘しろ!私が勝ったら先ほどの要求を呑んでもらうぞ!」
……まさか、『竜人種の秘境』で決闘申し込みをされるとは思わなかったな。
《ご主人様!決闘イベントよ!折角だし受けましょ!》
ミオから念話が来た。なんかやる気になっているし……。
《あ、でもドーラちゃんが賞品になるのよね。ドーラちゃん、嫌?》
《ドーラのためにあらそわないでー》
《あ、ノリノリね。大丈夫そうね》
決闘イベント自体は嫌いではないんだが、今回は賭ける物の中にドーラが入っている。
イベントだからと言って配下を賭けるような真似は嫌いだ。ドーラが良くても俺が良くないので、このイベントはスルー確定である。
「……それでアカツキよ。お主は何を賭けるのじゃ?」
「族長よ、この私が負けるわけないだろう。そうだな。万が一、私が負けるようなことがあれば、貴様らが『竜人種の秘境』を出歩くことを認めよう」
相手が既に持っている権利を賭けの対象にするのか……。
呆れるを通り越して面白くなりそうで、それすらも通り越したら呆れるしかなくなったな。
「その権利なら既にワシが与えておる。決闘と言うのならせめてお主も何か釣り合うものを用意せい。……先ほどから聞いておれば、アカツキ、お主の言い分は現実をまるで見ておらん。牢で頭を冷やして来るのじゃ。連れて行け」
族長の指示により、近くにいた竜人種が虫野郎を拘束しようとする。
「ふざけるな!私はこの秘境のことを考えて言っているのだぞ!族長、何故だ!何故私を蔑ろにする!そうだ、貴様が!貴様らがいること自体が悪なのだ!」
そう言って虫野郎は、拘束しようとしていた竜人種を振り払い、俺に掴みかかってこようとする。
「させません」
当然、そんな暴挙を護衛であるマリアが見逃すはずもなく、伸ばした腕の下から剣を突き刺し、すぐさま引き抜く。
「ぐぎゃああああ!!!」
激痛により叫び、のたうち回る虫野郎。
マリアには、虫野郎が再び手を出してきたときは、手加減を減らすように伝えてある。
マリアにとって、『足払いから鳩尾へのかかと落とし』の次は『腕への刺突』らしい。全く容赦がないな。別に構わないけど……。
「回復はしてやらないぞ」
「……仕方あるまい、あそこまでの暴挙は流石にワシにも見過ごせん」
そのまま、再び拘束された虫野郎が連れて行かれる。
虫野郎は出血を続ける腕を抑えながら、酷い形相で俺のことを睨み付けて叫ぶ。
「許さん!許さんぞ貴様!絶対に後悔させて……殺してやる!!!」
……無理だと思うよ?
結局、俺がアクションを起こさなくても決闘イベントは勝手に潰れちゃったね。
「はあ……、あれを次期族長だったシラユキの伴侶にしようと考えていたと思うと、頭が痛くなってくるのう……。100年は閉じ込めておくべきじゃな……。そうすればお主が生きている間に会うことだけはあるまい」
禁固100年は人間にとっては終身刑に等しいですね。寿命と感覚が違うんですね。
「お主達にも迷惑をかけたのう。……しかし、わかっていたのなら避けて行っても良かったのじゃぞ?」
「あれくらい族長の方で処理してくれなければ困る。あんな風に絡まれるようじゃ、フリーパスを持っているとは言えないから、悪いけどテイムした竜人種を連れて出て行くよ」
「わかったわかった!ワシが悪かったのじゃ!じゃからそれは止めてくれ!」
族長が慌てて謝罪してくる。
残念ながら冗談ではないので、「冗談だ」とは言ってあげられない。
「もちろん、フリーパスが保証されている間はそんなことはしない。俺は約束は守る主義だからな」
「むむむ、わかっておる……」
「それならいい。じゃあ、俺達はこれから観光に行く。夜までには戻ってくるつもりだ」
「うむ、お主達には不要かもしれんが、気を付けていくのじゃぞ。集落の外には弱いとはいえ魔物もおるからの」
そう言って族長と別れた俺達は、不死者の翼で空を飛び、ドーラの案内で遺跡まで向かうことにした。
「驚き、ました。人間も、空を、飛べるん、ですね」
空を飛んだ状態で、ミカヅキが途切れ途切れに質問をしてきた。
ミカヅキはドーラと同じように、人間形態でドラゴンの羽だけ生やした、通称天使形態で俺達に付いて来ている。
ちなみに、ミカヅキは現在服を着ている。テイムを受け入れた竜人種達には、俺達が滞在している間、人間形態で服を着ておくことを義務化しておいた。
背中に羽を生やすので、背中の大きく空いた大胆なドレスのような服を着させている。……それでも、全裸ほど大胆ではなかったりする。
「いえ、空飛べるのなんてご主人様かマリアさんくらいですわよ」
「でも、5人中、2人は、飛べるん、ですよね?」
「それを言われるとどうしようもありませんわ……」
セラが普通の人間について教えようとしたが、見事失敗に終わったようだ。
などと考えていたら、急にミカヅキがふらつき始めた。
「……もう、限界、です。がくっ」
「あ、スキルレベル差のこと忘れてた……」
墜落を始めたミカヅキを不死者の翼でキャッチしつつ呟く。
ミカヅキの<飛行>スキルは、俺達とは比べるべくもないほどに低い。
俺達がいつも通りの速度を出している状態で、ミカヅキが並走し続けるというのは相当な負担だっただろう。完全に目を回している。
「力尽きるまで仁様に仕えようとするとは、中々に見どころがありますね。ですが、力尽きた後に仁様の手を煩わせているところは減点です」
「マリアちゃんは何を言っているのかな……?」
マリアの発言にミオが引いている。
ミカヅキの場合、単純に言い出せなかっただけじゃないかな?
そのまま飛行を続け、数分もかからない内に遺跡の入り口まで到着した。
入り口から見た限り、遺跡の造りはエステアの迷宮と大きな差はなく、石造りの階段で地下へと続いている。
「きゅきゅいー《ついたー》」
「ここが迷宮の入り口か……。どうやら、結界が張ってあるみたいだな」
エステアの迷宮と大きく違う点を1つ挙げるとするのなら、この迷宮の入り口は結界により中に入ることが出来ないことだろう。
どうやら、『竜人種の秘境』を守っている結界と同じような結界で封じられているようだな。
結界は透明だが、手で触れるとバチッという音がして弾かれる。
「仁様、結界を破壊しましょうか?」
「マリア、いきなり破壊しようとするな。結界が張ってあるということは、解除する方法がきっとあるはずなんだ」
「はい、わかりました。仁様の御心のままに」
「そーよね。ゲーマーとしては、封印されたダンジョンは手順に則って開くべきよね!」
マリアが物騒な方法を取ろうとしたので嗜めたら、ミオが頷きながら同意をしてきた。
「じゃあ、まずはヒントを探そうか。入り口付近にノーヒントってこともないだろう」
「おー!どんなギミックがあるのか楽しみね」
「きゅー!《こんどこそはいるのー!》」
ミオとドーラがやる気になっている。もちろん、俺もやる気だ。
今回は時間もあるので、アルタによるカンニング無しで攻略を進めようと思う。
「じゃあ、手分けをして探しましょうか……。いつも通り、仁君とマリアちゃん、私とドーラちゃん、ミオちゃんとセラちゃんの組み合わせでいいですか……?」
「異議なしですわ」
「仁様を1人にしないのでしたら問題ありません」
組み分けも決まり、いざ調査開始と言うところでアルタからの報告が来る。
A:……大変言い難いのですが、この結界に解除方法はありません。解き方があるのならともかく、解き方がないのにマスターに不毛な時間を取らせるわけにもいかないのでご報告いたします。もし、力づく以外でこの結界を破ろうと思ったら、竜人種を全滅させ、リソース不足による自動消滅を狙うしかありません。
え?じゃあ、この結界に解除ギミック無いの?それは流石にあんまりだろう……。
「何よそれ!そんなのルール違反だわ!」
アルタの説明を聞いて、ミオも憤りの声を上げる。
ゲーマーとしては、結界に守られているのに解除ギミックのない迷宮なんて言語道断だろう。
しかし、現実的にはゲーマーのお約束なんて、考える必要がないというのも事実だ。
エステアの……、東の迷宮があまりにもお約束に忠実だったせいで、迷宮と言うものに幻想を抱いてしまったのが悪かったのだろう。
「きゅ、きゅー……《じゃあ、入れないのー……》」
「ドーラ、安心しろ。今日は予定通り迷宮探索だ」
「きゅーい!《わーい!》」
当然、1度決めた予定をそう簡単に変えるつもりはない(絶対変えないとは言わない)。
「仁君、どうするんですか……?マリアちゃんの言う通り結界を破壊するんですか……?」
「いや、態々そんなことをしなくても『ワープ』1つで事足りるよ。ほら、この通り」
さくらにそう返してから、『ワープ』で結界の内側に転移する。
相手がお約束を守ってくれないのなら、こちらも正規の手順にこだわる必要はなくなる。
「『ワープ』は目視の範囲しか転移できないけど、目視さえできれば、その間に障害物があっても問題はないからな」
「よっと、そうみたいね。ホントさくら様の魔法は便利だわー」
「きゅいー!《入れたー!》」
他のメンバーも次々と『ワープ』で転移してくる。
ミカヅキだけは気絶したままなので、『サモン』で結界を越えさせる。
「迷宮の中はエステアの1層から10層までに似ていますね」
「そうですね……。でも、全く魔物が出てきません……」
迷宮内を少し進んだところで、マリアとさくらが呟いた。
「そうだな。マップを見た限りだと、要所要所に門番的な役割で配置されている魔物がいるくらいか……。これは日帰りコースだな」
「ちょっと期待しすぎたわねー。がっかりだわ」
「立ち入り禁止に勝手に入って、随分な言い草ですわよね……」
俺とミオが落胆していると、セラが呆れたような声を出した。
「別に立ち入り禁止とはどこにも書いてなかったぞ。ミカヅキ、この遺跡に入るなって掟はないんだよな?」
「ええ、掟にその様な内容はありません。結界で入れないのだから、掟にしていないだけだとは思いますが……」
復活したミカヅキにも確認を取ったが、少なくとも掟による禁止はされていないようだ。
ミカヅキの言ったように、出来ないことを態々禁止する必要がなかっただけと言うのが真実だろうが、『禁止されていないことは、やっても良い事だ』って親友が言っていたから大丈夫だろう。……大丈夫か?
「そもそもの話なんだが、俺がダンジョンマスターになって得た知識では、『ダンジョンの中に生き物を入れる』と言うのは基本ルールだ。そして、ダンジョンマスターが不在の場合は、『ダンジョンコアに到達した者が次のダンジョンマスターになれる』と言うルールもある。エステアだって条件は厳しいが、ダンジョンマスターになる方法は存在していたからな」
その条件と言うのが、俺と親友の浅井にしか解けないものではあったが、絶対に不可能と言う訳ではなかった。
「だが、この迷宮はどうだ?『竜人種の秘境』自体が迷宮と言うのはいいとしよう。だが、ダンジョンコアに続く通路を結界で塞ぐというのは、完全なルール違反だ。正規の解除手順が存在しない以上、ルール違反である転移魔法を使うしかないじゃないか」
推測ではあるが、この迷宮、いや『竜人種の秘境』を創りだしたダンジョンマスターは、竜人種を守ることに全てのリソースをつぎ込んだのだろう。
そのせいで、本来の迷宮のあるべき姿からは大きく逸脱してしまったのだ。
「そーよね。本当に入ってほしくないなら、入り口を埋めてしまえば良かったのよ!ダンジョンマスター不在なのに、入り口に結界を張るだけの雑な対策で立ち入り禁止なんて勝手すぎるわよね!って言うかご主人様、その辺のダンジョンルールもうちょっと聞きたいんだけど!」
「その辺の話はまた今度な」
「えー、ご主人様のイジワルー!」
ミオはミオで『ギミック無しの封鎖』と言うのが許せなかったのだろうな。
ちなみに迷宮のルールの類は、説明しようとすると滅茶苦茶長くなるので、出来ればアルタにお願いしたい。
A:お任せください。
「とにかく、迷宮の仕事は『勝手に立ち入られること』なんだから、竜人種の掟で決まっていないのなら、誰にも文句は言わせないから!」
「まあ、現役のダンジョンマスターであるご主人様がそう仰られるのでしたら、間違いはないんですわよね」
「仁君、迷宮にはほとんどいないですけどね……」
「さくら、それは言わないでくれるとありがたいな……」
迷宮に駐在しない系ダンジョンマスター、進堂仁です。よろしく。
作者「アカツキにヘイト集めたい」
マリア「適度に痛めつけます」
作者「適度にヘイトが減ってる!?」