第76話 竜人種の秘境と族長
ドーラの故郷到着です。
色々と情報が出てきます。伏線(っぽいもの)もあるし、放りっぱなしになるモノもあります(おい)。
『竜の門』に乗って転移を開始した瞬間、目の前の景色が切り替わる。
とは言え、目の前に広がる光景は遺跡の中の『竜の門』と大して変わらない。
違いがあるとすれば、洞窟内と違って太陽の光が差し込んでいることと、劣化をほとんどしていないことだろう。
洞窟内では周囲が土の壁だったためよくわからなかったが、『竜の門』には壁や扉がほとんどなく、中心からなら外の様子が見渡せるようになっている。
「馬鹿な!侵入者だと!?」
「な、何者です!?」
転移した俺達が何かを喋る前に、そこにいた2人の男女が驚愕の声を上げた。
男の方は筋骨隆々の偉丈夫で、見るからに歴戦の戦士と言った様子だ。
女の方は長身でスタイルがよく、鋭い目つきと相まって狩人の様だった。
『竜の門』の前に陣取っているのだから、この2人は門番なのかな?
ちなみに、2人とも全裸である。
それはもう、隠すつもりなんて最初からないと思えるほど、盛大に全裸だった。
そう言えば、ドーラも裸になることに対して、羞恥心はなかったな。
当然と言えば当然だが、2人の男女も竜人種だ。
ドーラが子供だからと言う理由だけでなく、竜人種と言う種族全体の特性として、裸に対する羞恥心がないのだろう。……裸族か。
「きゃあ!」
「うげ!」
さくら、ミオが悲鳴を上げて目を逸らす。
ミオ、その悲鳴は乙女としてどうかと思うぞ。
「む!人間だと!?」
「そ、そんなことより、そちらにいらっしゃるのはシラユキ様ではありませんか!?行方不明になっていたはずでは!?」
「何!?一体どうなっているのだ!?」
男が俺達を警戒したと思ったら、女がドーラの方を向いて『シラユキ』と言った。
もしかして、ドーラの前の名前かな?
あ、本名とは言わせないよ。ドーラの本名は『ドーラ』だから。ステータスにもそう書いてあるし。
「ドーラ、知っている相手か?」
「きゅい《しらなーい》」
女はドーラを知っているが、ドーラは相手のことを知らないか、覚えていないのだろう。
ちなみに、ドーラは普段は念話だけで話をしているが、『竜人種の秘境』ではドラゴン語と併用するように指示してある。
「そ、そんな。2度もお会いしたというのに……」
「たった2回は厳しいでしょ……」
女はこの世の終わりのような顔をして崩れ落ちる。
ミオの言う通り、5歳の幼児が2度会った相手を覚えているかと言うと微妙なところだ。
印象に残っているのならともかく、本当に会っただけなら覚えているとは思えない。
「そんなことよりも侵入者の話だ!貴様ら!一体どうやって!何が目的でこの秘境へとやってきたのだ!シラユキ様と共にいることも含め、説明してもらうぞ!」
男が声高々に宣言する。
隠れ住んでいた秘境に、行方不明になったはずの子供と共に、別の種族が侵入して来たら、警戒するのは当然だよな(しかも微妙に人数多い)。
もちろん、最初から説明するつもりで来たので問題はない。
いきなり攻撃されていたら、軽く反撃はしたと思うけどね。軽くね。
「どうやって来たかと言えば、ナルンカ王国にある『竜の門』を使ってやってきた。何が目的かと言われたら、ドーラ……、お前達の言うシラユキの里帰りだよ」
「さ、里帰りだと……」
「それよりも、シラユキ様を呼び捨てにしてはなりません!様を付けてください!」
女の方はドーラに敬意を抱いているようで、呼び捨てにしたことに文句を言ってくる。
「いや、ペットに様付けするのも変だろう?」
「仁君の中では、ドーラちゃんは未だにペット枠なんですね……」
「きゅ、きゅい!《ご主人様と一緒にいられるなら、ドーラはペットでいいー!》」
さくらが苦笑するが、当のドーラはペット枠を肯定している。
「な、なんだと……!シラユキ様をペットだと!?それに、ドーラとは……、まさか!この人間、シラユキ様をテイムしたというのか!?」
「馬鹿なことを言ってはいけません!誇り高き皇竜家の皇女ともあろうお方が、人間に尻尾を振って恭順などするわけがありません!何かの間違い、もしくは、そこの人間が幼いシラユキ様を言葉巧みに騙したかのどちらかです!」
「た、確かにその可能性の方が高いな……」
男が見事正解にたどり着いたのに、それを女が否定する。
結局、女の主張が通ったようで、2人の視線が敵意に満ちたものに変わる。
「きゅう、きゅう!《ごしゅじんさまにわるさするなら、ドーラおこるよ!》」
どう対応したものかと考えていると、俺と男女の間にドーラが割り込んだ。
余談だが、2人の視線が変わった時、マリアがこっそり剣の柄に手をかけていた。
しかし、結局は剣から手を放した。多分、ここはドーラが出るべきだと判断したのだろう。
「シ、シラユキ様……。何故人間をかばわれる?そもそも、何故シラユキ様は、どこの誰とも知らぬ者をこの秘境に連れてきたのですか!?一族の掟を忘れたとでも!?」
男の言い分からすると、『竜人種の秘境』に人間を連れてくるのはNGなのだろう。
しかし、そんな話はドーラから1度も聞いていない。
「きっと、そこの人間に騙されたか脅されたかしたのです。シラユキ様、おいたわしや……」
女は随分とドーラびいきのようだ。ドーラには覚えられていないけど……。
「きゅーい?《そのおきてってなーに?》」
「「え!?」」
2人が声を揃えて呆然とする。
やはり、ドーラは知らないか忘れているかのどちらかだったようだ。
「竜人種の掟、第53番。無関係な者を秘境に入れることを許さず、です」
我に返った女が説明してくれたが、ドーラは首を傾げる。
「きゅー?きゅきゅー?《53ばん?ドーラ51ばんまでしかおそわってないよー?》」
「「え!?」」
「教育不足じゃねえか!」
思わず突っ込みを入れてしまった。
掟の中でも結構重要そうな内容なのに、ナンバリングが1から遠い。
そこまで教える前に行方不明になったというのなら、知らないのも無理はないだろう。
これは明らかに教える側の落ち度である。
「待て待て待て、どういうことだ?シラユキ様は53番の掟を教わっていない?人間とは距離を置けという掟は52番だから、これも知らない?その状態で掟を破って人間を連れてきた?この場合どうなるのだ?判断がつかん!」
「落ち着きなさい。気持ちはわかりますが、今は慌てている場合ではありません。少なくとも、それは我々だけの判断で決めて良い事ではありません」
「そ、そうだな。……聞きたいのだが、貴様らは我々と敵対する意思はあるのか?」
混乱から立て直した男が、俺達の方を向き直して質問してきた。
「いいや、ないな。少なくとも、先に攻撃をされたりしなければそのつもりはない。里帰りで里を攻撃するとか、はっきり言って意味不明だし……」
「そうか、ならば申し訳ないが、しばらくここで待機してもらっても構わないか?」
「ああ、大丈夫だ」
「では、私は族長をお呼びしてきます」
女はそう言うと、すぐさま族長とやらを呼びに『竜の門』から出て行った。
ところで、俺の言い分を鵜呑みにして持ち場を離れる門番ってどう思う?
もし、「例え1人でも俺達を抑え切れる」とか考えているのなら、愚かとしか言いようがないんだけど……。
あ、そうだ。時間も出来たことだし、1つ気になっていたことをアルタに聞いておこう。
A:なんでしょうか?
『竜人種の秘境』って、本当はどこにあるんだ?
『竜人種の秘境』が結界に守られており、『竜の門』からしか行き来が出来ないというのは聞いた。
しかし、行き来できないだけで、どこかしらに『竜人種の秘境』が存在するはずだ。
まあ、ゲームとかだと『秘境』っていうのは亜空間とかにある場合もあるのだが……。それでもどこかしらに『本体』があるはずなのである。
『竜の門』によって転移したせいで、隣接するマップが全く知らない土地になっており、現在地がわからなくなってしまった。
アルタならば、相対的な位置関係を把握できるのではないかと思って質問してみた。
A:はい。カスタール、エステアより遥か北側に位置する、人の近寄らない人外魔境『竜の森』の中心部分に存在しています。
『竜の森』?
隣接マップを見てみると、そこには大量のドラゴンが表示されている森があった。
その数は100や200ではない。面倒なので数えないが、数万匹は下らないだろう。
A:53291匹です。
別に数えてくれと言う意味ではなかったのだが……。
まあ、間違いなく人は近寄れないな。
『竜人種の秘境』の中には竜人種が住んでおり、その周りの『竜の森』にはドラゴンが生息しているのか。
一体どういった関係なんだ?
A:恐らく敵です。先ほどから、『竜人種の秘境』の外にいるドラゴンが常に結界に対して攻撃を続けています。情報がないのでわかりませんが、ドーラの火竜への反応を見ても、竜人種とドラゴンは敵対関係にあると推測されます。
ドーラはやたらドラゴンを嫌っていたからな。
多分そうじゃないかとは思っていた。
と言うことは、『竜人種の秘境』と言うのは、竜人種がドラゴンから隠れ住むための秘境であり、結界はドラゴンの侵入を防ぐためにあるということかな?
A:そうだと思います。逆に考えれば、『竜人種の秘境』があったからこそドラゴンが集まり、『竜の森』が出来た、と言う可能性もあります。
全く、何でそんなことになっているのかね?
今回の訪問でそこまで聞けると良いんだけど……。
一応、このことは皆にも伝えておいてくれるか?
A:了解いたしました。
それから15分くらい『竜の門』で待機していた。
暇なので、ドーラを肩車したり、膝の上に載せたり、スキンシップをして時間を潰した。
竜人種の男は、その様子を何とも言えない表情で見ていた。
そして20分経った頃に現れたのは、先ほどの女が先導してきた10人以上の集団だった。
全員が人間形態だが、今度はちゃんと服を着ている。
まあ、服と言うよりは貫頭衣と言った方が正しいのだが、全裸よりはマシである。
ほとんどが屈強な男女で、その中に1人だけ老人がいた。恐らく、彼が族長だろう。
「きゅ、きゅーきゅ《あ、おじいちゃんだー》」
まあ、ドーラは皇女って話だし、族長=皇帝ならば祖父だとしても不思議ではないよな。
「おお、シラユキや。無事じゃったんじゃな。ほれ、いつものように抱き着いてきておくれ」
「きゅう、きゅーい《やー、だきつくならごしゅじんさまのほうがいいー》」
俺としては嬉しいことを言ってくれるが、比較されてしまった族長さんが憐れだ。
「なん、じゃと……」
「族長!お気を確かに!」
「「族長!」」
崩れ落ちる族長とそれを励ます屈強な竜人種達。
この隙にさくらとミオを復活させよう。
「ミオ、さくら、次の連中は服を着ているから、目を逸らさなくても平気だぞ」
「ん、あ、本当だ」
「本当です……。ずっと目を瞑っているのも疲れました……」
「お二方、ずっと力いっぱい目を瞑っていましたわよね」
余程男の裸を見たくなかったらしい。
最初の男も渡された貫頭衣を着たので、もう大丈夫だ。……多分。
そうだ。ついでに族長のステータスも確認しておこう。
名前:リョウマ
LV189
性別:男
年齢:4098
種族:竜人種(源竜)
スキル:<竜魔法LV6><身体強化LV10><飛行LV10>
称号:竜人族の皇帝
最近、突っ込みどころの多いステータスを相手にすることが多くなってきたよな。
とりあえず、わかりやすい順に処理していこう。
まずは名前だ。
ドーラのシラユキ、族長のリョウマ、周囲の竜人種も含め、竜人種の名前と言うのは和風、それも時代がかった名前が多い様だ。
そして問題の年齢だ。
いきなりとんでもない値になったな。
4098歳とか、今まで出会った中でぶっちぎりの第1位だよ。ちなみに第2位は月夜1291歳。
レベルはまあいいだろう。
年齢で考えると低い気もするが、隠れ住んでいる以上、それほど上がらないのも当然だ。
次にスキルだ。
スキル数こそ少ないが、<身体強化>と<飛行>はカンストしている。
しかし、伝家の宝刀であるはずの<竜魔法>に関しては、それほどでもないな。
この里の竜人種のステータスを何人分も確認したが、族長のレベル6が最大のようだ。
ドーラは会った時から<竜魔法>レベル3だったが、もしかして異常だったのではないだろうか?
A:異常です。ある種の天才として扱われています。
ウチの子凄い!
少し様子を見ていると、族長が何とか起き上がってきた。
俺達の前に立つと、先ほどのドーラとのやり取りが嘘のように堂々とした態度で話しかけてきた。
「失礼、見苦しいところをお見せしたのう。ワシが『竜人種の秘境』の族長をやっておるリョウマじゃ」
「特に所属はないな。旅人をしている仁だ」
「さくらです……」
「仁様の奴隷のマリアです。こちらは同じくミオちゃんとセラちゃんです」
「ミオちゃんだよ」
「セラですわ」
返すようにこちらも自己紹介をする。
所属無しの旅人と答えたが、一応、冒険者ギルドに所属するCランク冒険者と言う肩書きもある。
しかし、最近は随分と冒険者業もご無沙汰である。
長期間依頼を受けないのも問題なので、簡単な採集依頼を受けるくらいしかしていない。
「さて、申し訳ないが、早速質問をしても良いかの?」
「ああ。勿論だ」
「では、まずお主達は『竜の門』や『竜人種の秘境』についてどうやって知ったのじゃ?シラユキから聞いたのか?そもそも、シラユキの言葉がわかるのか?」
「詳しいことは話せないが、秘境についてはドーラから聞いたわけではない。ドーラの言葉はわかるが、その理由についても話せない」
いくらドーラの親族とは言え、マップを含めた異能について説明するつもりはない。
「質問に答えるのではなかったかのう?」
「『答えられない』。それが答えだ」
「むう……、秘境の安全にも関わる事じゃから、これを聞かん訳にもいかんのじゃが……」
少し非難するような目で族長が見てくるが、言えないものは言えない。
まあ、少しくらいヒントは出しておこう。
「俺らには秘密が多いからな。言えないことも多いと思うぞ。だから、質問は良く考えてからしてくれ」
「ふむ……。では、聞き方を変えよう。ここにいる者以外で、『竜の門』や『竜人種の秘境』について知っている者は何人おる?」
族長はヒントに気付き、答えられる内容から望む情報を引き出そうと考えたようだ。
「今、この場にいるメンバーで全員だな」
「なるほど、そうなると一先ずは安心と言うことじゃな」
ふう、と族長は息を吐いた。
周囲の男女も、若干だが緊張が解けた様な印象を受ける。
「では、次の質問じゃ。先ほど、シラユキのことをドーラと呼んでおったが、お主がシラユキをテイムしたというのは本当かのう?」
「ああ、そうだ。俺がドーラの主人だ。な、ドーラ?」
「きゅうー!《そうだよー!》」
「「「な!?」」」
そう言ってドーラが俺に抱き着いてくる。
それを見た何名かの竜人種が、短い悲鳴のようなものを上げた。
緩んだ空気が再び一気に張り詰めることになった。
「な、なんということじゃ……。ワシの可愛いシラユキが……」
「ゆ、許せん!皇竜家の皇女に何と無礼なことを!この場で叩き潰してくれようか!」
族長が崩れ落ち、その側近と思しき男の竜人種が声を荒げる。
その男は金髪金眼で肩まで髪を伸ばしており、まるで海外の映画俳優のような整った顔立ちをしていた。
もちろん、映画の主役を張れるようなイケメンさんだ。
ちょいとステータスを失礼。
名前:アカツキ
LV81
性別:男
年齢:221
種族:竜人種(黄金竜)
スキル:<竜魔法LV2><身体強化LV5><飛行LV4>
微妙……。
「そうだ!人間の侵入者などすぐに殺すべきだ!」
「シラユキ様を早く保護して差し上げねば!」
数名の竜人種が、イケメンの意見に同調する。
「仁様を害するつもりなら……」
マリアが剣の柄に手を当てて小さく呟く。……目がマジだな。
「待つのじゃ!……彼らはシラユキの恩人、ここまで送り届けてくれたことには報いねばならん」
「しかし!」
「それに、シラユキに掟を教えきれなかったワシらにも責任はある。まさか、シラユキが勝手に『竜の門』を越えてしまうとは思わんかったからな……。2度と出て行こうなどと考えないようにしっかり教育せねばならんな」
比較的冷静な族長だが、1つ大きな思い違いをしているな。
「本来であれば、竜人種を利用して『竜の門』を越えてきた人間は、殺すか死ぬまで監禁しなければならんと言う掟になっておる。しかし、シラユキが掟を知らんかったのはワシらのせいじゃし、無理やり連れてきたわけでもなさそうじゃ。よって、この場でテイムを解除し、秘境のことを口外せんと誓うというのなら、幾ばくかの宝物を持たせて、『竜の門』から送り返そうと思うのじゃが、反対意見のある者はおるか?」
「私は反対だ!族長、掟に例外を作るべきではない!シラユキ様の恩があるというのなら、死ぬまでの監禁が妥当かと!外に送り返したら、人間などすぐに約束を破るだろう!」
族長が比較的穏便な落としどころを提示するも、イケメンがそれを真っ向から否定した。
最悪の場合、俺達は『竜人種の秘境』に、死ぬまで監禁されるらしい。
「心配はいらん。悪意を持って竜人種を利用した訳ではないから、若干掟からはズレておるよ。それに、……悔しいがシラユキがあそこまで懐いておるんじゃ。悪人と言うことはあるまい。さらに加えれば、シラユキさえ戻れば、外の世界に竜人種はいなくなる。それで元通りじゃよ」
「しかし……!」
族長が俺達の擁護に回るんだが、致命的に勘違いをしている。
いい加減、勘違いしたまま話を続けさせるのも限界だな。
「2人とも何か勘違いしていないか?」
「「何だ(じゃ)?」」
俺の発言により、族長とイケメンが俺に注目する。
「俺はドーラをここに置いていく気なんてないぞ。ドーラにはこれからも俺のペット兼抱き枕を続けてもらうんだからな」
「きゅーい!《わーい!》」
「「な、何だ(じゃ)と!?」」
俺の宣言にドーラが大歓喜し、族長とイケメンは固まった。
そもそも、族長もイケメンも、ドーラがこの里に残る前提で話を進めているのが気に食わない。
「最初に言ったはずだ。ここには、ドーラの里帰りに来たんだってな。里帰りっていうのは、『既に別の家がある者』が行うことだ。ドーラの『家』は既にここじゃないんだよ」
「きゅい!《ドーラのいるべきばしょは、ごしゅじんさまの近くだよー!》」
里帰りである以上、いずれは元の『家』に戻るのは当然のことだ。
そして、ドーラにとっての『家』とは、どうやら俺のいる場所らしい。
「な、なにを馬鹿なことを言っておるのじゃ!?この子は、シラユキはいずれ我が跡を継いで、この秘境の族長になるんじゃぞ!そんな勝手なこと、許されるわけがないじゃろうが!」
「そうだ!シラユキ様は私の許嫁だ!いずれはシラユキ様が族長となり、私がそれを支えるのだ!人間風情が連れて行くなど絶対に許さん!」
へー、ドーラの称号の『竜人族の皇女』って、次期皇帝、族長って意味だったのか。
それと、このイケメン野郎、ドーラの許嫁だと。……お前、後で体育館裏集合な。
それはさておき、ドーラの家族に対しては、ずっと言ってやりたいことがあったのだ。
「じゃあ、何で秘境の外にドーラを探しに来なかった?『竜の門』から出た可能性が高いってことはわかっていたんだろ?早い段階で秘境の外に捜索隊を出していたら、ドーラが見つかった可能性だって低くはなかったはずだ」
今まで、『竜人種の秘境』の外では、1度も竜人種を見かけてはいない。
最初にドーラを見つけた時、関係者が探している可能性を考慮して、竜人種でマップ内検索をかけたが、誰も出てこなかった。
その後もアルタに頼んで、竜人種を発見した場合は報告してもらうようにしていたが、結果は変わらなかった。
つまり、誰もドーラの捜索に出ていなかった可能性が非常に高いのである。その段階でドーラを返すという発想は消滅していた。
「そ、それは掟により、人間との接触を控えるように言われておるから……。秘境の外には出るに出れんかったのじゃ……」
族長が気まずそうに言う。
やはり、誰も探しには出ていなかったのか……。
「つまり、ドーラよりも秘境の掟を優先して、外に出たドーラを切り捨てたということだよな。ああ、それが悪いって言っているわけじゃない。優先順位なんて人それぞれ違って当然だからな。……でも、切り捨てておいて今更家族面するなよ。許嫁だなんだって立場を引き合いに出すなよ。それらは切り捨てた時に終わった関係なんだからさ」
ドーラが秘境を出てしまったのは、族長達の教育不足だ。
その後、ドーラを探さなかったのは族長達の選択だ。
探したけれど見つからなかったとかならともかく、掟と比較をして掟を選んだ以上、子供の親(祖父)を、家族を名乗る資格などない。
そんなこと、俺が許さない。
俺が話し終わった後、最初に言葉を発したのは族長だった。
「切り捨てたつもりなどない、と言っても無意味じゃろうな……。シラユキが行方不明になり、『竜の門』の、秘境の外にいる可能性が高いとわかった時、誰1人として探しに行こうとは言わんかった……。その時点で、全員がシラユキは失われたものと考えておった……。その証拠に、次期皇帝、族長には第二候補がなる方向で話が進んでおるしな……」
族長には切り捨てたという自覚があるようで、何かを諦めたかのような顔で言う。
族長の言葉を聞き、ほとんどの竜人種はばつの悪そうな顔をしている。
「そう言えば、何故お主達は態々ここに来たのじゃ?『里帰り』と言っておったが、シラユキを見捨てたと気付いておったのなら、態々来る必要もあるまい?」
「まあな。でも、元とは言え家族だ。一応の義理立てとして、ドーラが無事であることくらいは伝えた方がいいと思っただけだ」
ここに来る前にミオが言っていたように、今の保護者として、前の保護者に義理を通しただけの話なのだ。
もちろん、態々ドーラの故郷を探してまで、と言うつもりはなかった。
偶然ではあるが、入り口を見つけたからには挨拶して行こうと思っただけだ。
「元家族への義理か……。確かにそれならば『里帰り』と言えるのじゃろう……。シラユキに聞きたいことがある」
「きゅいー?《なにー?》」
「お主はここに残りたいか?それともその人間について行くか?後者を選んだ場合、2度と秘境へ立ち入ることは出来ぬのじゃぞ」
「きゅー!《とーぜんごしゅじんさまー!》」
ドーラは考えるそぶりすら見せずに即答した。
「一瞬も迷わぬか……。仕方あるまい……」
ドーラの即答を聞き、族長が何かを決心したかのように続ける。
「シラユキよ。族長、リョウマの名において、お主をこの『竜人種の秘境』より追放する。2度と戻ってくることは許さん!」
「きゅーい《わかったー》」
ドーラに戻る意思がなく、竜人種側に引き留める権利がない以上、体裁を整えるためにも追放と言う形をとらざるを得ないということだろう。
「人間達よ。お主達も2度とここへ来ることは許さんし、口外禁止は誓ってもらうぞ」
「ああ、それはわかっている」
この秘境に来たのは、ドーラについて元家族に伝えることだけが目的だ。だから2度と来ることが出来ないとしても構わないだろう。
もちろん、少しは観光したかった気持ちもあるが、住人に望まれない状態の観光に価値はない。さっさと出て行くに限る。
口外禁止については、そもそも口外したい相手がいないので全く問題にはならない。
「すまんな。ワシらにも立場があるから、こうするしかないのじゃ」
「ああ、それもわかっている」
立場があれば、選べる選択肢が限られるというのも当然のことだ。
秘境に踏み込んできた人間への対応として考えれば、族長の選択は随分と理性的と言えるのだろう。
「待ってくれ、族長!」
俺の意向と族長の意向が一致し、話がまとまったところで待ったをかけたのは、ご存知イケメン野郎である。
「どうしたのじゃ?アカツキ」
「やはり私は納得できない!何故シラユキ様を人間などに渡さねばならんのだ!」
「しかし、ワシらはシラユキを見捨てたのじゃぞ?今更渡すも何もあるまい?」
イケメン野郎はドーラを渡すのが嫌なようだ。……本当に今更だけどな。
トップである族長が俺の言い分を受け入れたのに、部下なり側近なりが見苦しく足掻くというのはどうかと思う。
「そんなことは関係ない!シラユキ様は生きており、帰ってきた!それだけが結果だ!帰ってきた以上、この秘境の掟に従うのが道理ではないか!人間も掟に従って殺すべきだ!」
「帰ったわけじゃない。里帰りは一時的な来訪だ。それに教えてもいない掟に従えとは、随分と勝手な言い分だな」
里帰りを帰還と一緒にされては困るので修正を入れる。
そもそも、掟っていうのは周知して初めて意味があるものだ。
周知していない掟を守れというのは、前提条件で間違っているだろう。
『入ってくるな』と明示的に記していたわけでもなく、自分達の不手際(ドーラ失踪)を原因として入ってきた人間を殺す。……族長と比べ、随分と野蛮な選択だな。
「うるさい!黙れ人間!そもそも、なぜ人間風情に好き勝手言われて黙っていなければいけないのだ!その者は我ら竜人種を、その掟を愚弄したに等しいではないか!生きて返すことなど許せるわけがあるまい!」
「別に掟自体を愚弄してはおらんかったと思うのじゃが……。つまりアカツキ、お主はワシの決定が不服じゃと申すのか?」
「ぐっ……」
そう言って族長は鋭い眼光をイケメン野郎に向けた。
その視線を受けたイケメン野郎は目に見えて狼狽える。……弱い。
「そ、そうだ!不服だ!その人間達は侵入者であることに変わりはない!その一点で私はこの人間達の死刑を求める!いや、もはや待つ必要などない!この私自ら死刑を執行してくれる!すぅ……」
イケメン野郎は息を吸い込み、<竜魔法>のブレスを放つ準備を整えた。
「止めるのじゃ!こんなところで<竜魔法>を使うなど……」
「死ね!人間!」
族長が制止するも、イケメン野郎はそれを無視して<竜魔法>、炎のブレスを吐き出してきた。
「そんなの通すわけありませんわ」
-ポフン-
襲い来るブレスを、俺の護衛その2、セラが手を払うことで簡単に打ち消した。
さすがは我らが対魔法決戦兵器である。
ちなみに当たってもほとんどダメージはなかっただろうな。
そもそも、<竜魔法LV2>のどこに脅威を感じればいいのだろうか?
最初に会った時のドーラよりも弱い<竜魔法>だぞ?
しかし、周囲の竜人種達は、何が起こったのか理解できずに茫然としている。
「ば、馬鹿な!?我が<竜魔法>が消されぐべら!?」
イケメン野郎は驚愕し終わる前に、俺の護衛その1、マリアによる足払いから鳩尾へのかかと落としコンボを受けた。
「ぐおおおおお!!!」
イケメン野郎が無駄に頑丈なのか、マリアが手加減したのかは知らないが、気絶はしておらず、痛みで地面をごろごろ転がりながら叫んでいる。
「アカツキ!何と言うことをしてくれたのじゃ!向こうにはシラユキもいるのじゃぞ!それに、もし『竜の門』が傷ついたらどうするつもりじゃ!」
「くっ……」
1番最初に我に返った族長が、イケメン野郎を叱責する。
イケメン野郎は、俺の横にドーラがいるというのに、まったく躊躇もせずに<竜魔法>のブレスを放ってきた。
本当に大切に思っているなら、ドーラがいるのにブレスを放つわけがない。つまり、イケメン野郎はドーラを大切に思っていないということだな。
「わ、私はこの『竜人種の秘境』のことを思って……」
「もう良い。沙汰は追って下す。さすがに『竜の門』に向けての攻撃は看過できんからな。お主達、アカツキを牢に入れておくのじゃ」
「「は!」」
「放せ!私は!私は……」
イケメン野郎が言い訳をしようとするも、それを族長が一刀両断に切り捨てる。
近くにいた筋骨隆々の男2人が、イケメン野郎の腕を掴んで連行していく。
「……ふう、すまんのう。ワシの部下が馬鹿な真似をした。そして、『竜の門』を守ってくれたことに感謝するのじゃ。それにしても、<竜魔法>を打ち消すとは……」
族長は謝罪と感謝の言葉を述べつつも、<竜魔法>を打ち消したセラへの興味が尽きないようだ。
「本当は態々打ち消す必要もありませんでしたわよね」
「だね。避ける必要もなかったよね」
セラとミオが(イケメン野郎にとっては)辛辣な一言を返す。
「でも、服が焦げるのは嫌です……。セラちゃん、ありがとうございました……」
「さすがに服はノーダメージとはいかないもんね。ありがとね」
「どういたしまして、ですわ」
女性陣的にはダメージよりも服の心配の方が強かったようだ。
イケメン野郎のブレスは、防ごうと思えば防げる服への被害、つまり虫食いとかと同じような扱いになっている。
逆に言えば、イケメン野郎は虫と言うことだ(暴論)。
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裏伝
*本編の裏話、こぼれ話。
・竜人種
竜人種とは竜形態、人間形態の2つの形態に変化可能な種族である。
人間形態になるものの、扱いとしては魔物であり、テイムのレベルも竜形態の必要テイムレベルによって決定される。
瘴気などによって出現することはなく、生殖によって子孫を残す。
一般的な竜人種の寿命は2000年程度。特定の竜形態を持つ者は4000~5000年は生きると言われている。
竜形態は親の種族に関わらず、上位竜種のいずれかになる。
ちなみに上位竜種とは、ドーラのフェザードラゴンや火竜のように<竜術>(竜人種は<竜魔法>)を使えるドラゴンを指す。
劣風竜や、劣地竜、劣火竜のような、ドラゴンに近い形をしているけど、<竜術>を使えない種族を下位竜種と呼ぶ。
実は「上位竜種」と言う単語は第7話で出てきているが、76話に至るまで一切説明されることはなかった。ごめんなさい。
今回の仁の発言には色々と賛否があるかもしれません。
以下、仁のスタンスの一部です。
・親の責務を果たさない者に子供を返す義理はない(奴隷として売る。行方不明なのに碌に探さない)。
・ルールと言うのは公開してこそ意味がある。隠れ住んでいる者達の独自ルールなど知ったことか。