第65話 腕試しと迷宮の闇
学園編をやらない宣言が好意的に受け止められて一安心です。
武闘大会編か……。
自由行動5日目。
本日は迷宮にお邪魔している。
目的は新しく仲間になった魔物娘たちの戦力を測ることである。迷宮は階層ごとにレベル帯が異なる。なので実力を測ったり、レベルをアップさせたりするのには丁度いい場所と言えるのだ。
とりあえず、恐竜娘、大海蛇娘、ハーピィ娘の魔物3人娘にパーティを組ませ、30層ボスの火竜と戦わせてみることにした。
「『アクアジャベリン』っす!」
「『ウィンドスラッシュ』!」
「GYOAAAAAAAAA!」
メープルの<水魔法>と、ショコラの<風魔法>が火竜に直撃し、大きく叫びながら地面に倒れこんだ。
「いくよー☆ ティラちゃーん、キーーック♪」
「GYOEEEEEEEEE!」
大きく跳躍したティラミスが火竜にかかと落としを決める。体重を気にしているくせに、自身の重量を武器にするのは躊躇しないみたいだ。後、かかと落としはキック扱いでいいのだろうか?
断末魔を響かせて火竜が動かなくなった。HPは当然0になっている。
「大☆勝☆利☆」
ティラミスは火竜に乗った状態で、可愛くピースサインを決める。場所が場所だけに、可愛さは半分以下になっている。
後、迷宮のボスは倒したらすぐに消えるからな?
「おわっ☆」
―ズシン!―
火竜が灰になって消え、上に乗っていたティラミスが落ち、着地の際に大きな音を立てた。
ティラミスは現在、フリルのたくさん付いたピンク色のゴスロリ服を着ている。ちょこちょこ改造されており、なんとなく魔法少女っぽい服装である。
肉弾戦を好むくせにスカート装備なので、戦闘中はいちごパンツが見えまくる。かかと落としをしたときは特に凄く、ほとんど完全にスカートが捲れ上がっていた。
そもそも、戦闘前は下に短パンをはいていたのに、戦闘直前に脱ぎだしたのだ。理由を聞いたら『ハニーへのサービス☆』だそうだ。いらんお世話である。
「失敗☆ 失敗☆」
「ボスは倒したら消えると主人が言っていただろう」
「そうっすよ。完全に油断っす」
「ごめーん☆ すっかり忘れてた♪」
火竜戦を終えても全く疲れた様子を見せない魔物娘3人組。
「火竜程度じゃあ相手にならなかったか……」
「そんなことはない。普通に一対一だったら、負けることはなくてもここまで圧倒することは出来なかったと思うぞ」
俺のつぶやきに答えたのはショコラである。ハーピィ・クイーンだけあって、空中戦では火竜を圧倒していた。<飛行>スキルレベル8は伊達ではなく、素早い動きで終始火竜を翻弄し続けた。鬱陶しいので無視しようとすると、強力な<風魔法>をぶつけてくるので厄介なことこの上ない。
「そうっすね。自分の場合は<水魔法>のおかげで相性がいいから、随分と楽だったっていうのもあると思うっす」
火竜と言うだけあって水には弱く、メープルの<水魔法>がとてつもなく効果を発揮した。本来、メープルの<水魔法>は<飛行>スキルやら<潜水>スキルによって、適度な距離を保ちつつ高位の魔法を使うというのが正しい姿なのである。
釣りあげられたせいで、詠唱の時間が取れず、詠唱の短い低レベル魔法を使うなんていう状況は、ほとんど詰んでいるといっても過言ではない。
今回はショコラの協力もあり、如何なく勝ちパターンを繰り広げることが出来たのだ。
「ティラちゃん空飛べないし、魔法も使えないから、火竜が空を飛んだら苦戦したと思うな♪」
ティラミスは何故か全く魔法が使えなかった。スキルが無効になっているのではなく、使える魔法がないのである。試しにレベル10にしてみても、1つも魔法が使えなかった。さくらの創った<固有魔法>だけは使えるみたいで、めちゃくちゃ喜んでいた。
かつて、『ゴブリンは魔法が苦手な種族』と言う話をしたことがある。同じスキルレベルでも、俺に使える魔法とゴブリンに使える魔法が異なっていたからわかったことだ。この理屈で言えば、恐竜は魔法を使うのが極限まで苦手な種族ということになる。
その代わり、近距離戦闘についてはほとんど完成されているといっても良く、瞬間最大ダメージを叩き出したのは間違いなくティラミスである。
「そう考えると、結構相性のいいパーティなのかもしれないな」
「そうですね。少なくともこれと言った弱点があるようには思えません」
いつものように俺に同行しているマリアも同意する。ちなみにドーラは今日は付いてきていない。火竜が嫌いなので付いていきたくないと言ったからだ。よって、ドーラは現在カスタールの屋敷でお昼寝中である。
「こんなに簡単に火竜を倒されてしまうと、私たちの立つ瀬がないのです……」
「悔しいね、カレンちゃん」
「悲しいね、ソウラちゃん」
《旦那様のためにも、もっと頑張らなければいけませんね》
シンシア達はそう言って肩を落とした。魔物娘3人組の戦闘は参考になるだろうと思って、シンシア、ソウラ、カレン、ケイトのエステア探索者にも見学させたのである。
比較的最近火竜を倒した4人からしてみたら、配下になってすぐに火竜を倒した魔物娘3人組に対しては、複雑な心境だろう。
「そうは言ってもだな。妾とメープルはこれでも長く生きた魔物だぞ。格下の魔物に負けるわけにもいかないだろう?」
「そうっす。これでも自分とショコラはそこそこ強いんっす。主人が強すぎるせいで霞んでるっすけど……」
確かにショコラとメープルは長く生きた魔物でレベルも高い。戦闘経験も少なくはないから、最近戦いを始めたシンシアたちより強くてもおかしくはないだろう。
「その点で考えると、ティラちゃんさんの異常さが目立つのです……」
シンシアの言う通りである。最近生まれたばかりで、元々のレベルが1だったというのに、高レベルのメープルやショコラに引けを取らない戦闘力を持っているティラミスが異常なのである。
皆の視線がティラミスに集中した。さすがのティラミスも少し居心地が悪そうである。
「まぁ、ティラちゃんの場合、生まれた時からハニーの従魔だったから……☆」
「そう考えると、ティラミスが生まれつき強いのも納得出来るっすね」
「そうだな。主人に育てられて、普通に育つとは全く思えん」
魔物娘3人が好き勝手言いやがる。
「旦那様の影響なら当然なのです」
「当然だよね、カレンちゃん」
「妥当だよね、ソウラちゃん」
《そうですね。旦那様と長い間共にいたのなら、そのくらいの影響を受けてもおかしいことではありません》
「仁様は偉大ですから」
どうやら、満場一致で俺のせいらしい。
「今度別の卵でも育てて検証してみるかな……」
「それならば、ハーピィの卵(有精卵)でも育ててみるか?……ハーピィ・クイーンが生まれる未来しか見えないが」
俺のつぶやきに反応したのはショコラだ。ショコラは単独で有精卵と無精卵を産める。そもそも、ハーピィ・クイーンが産めるのって、ハーピィだけじゃないのか?
A:厳密にはほぼ0と言っていい確率で、ハーピィ・クイーンも生まれます。
あ、これハーピィ・クイーンが生まれるパターンだ。でも、ハーピィ・クイーンの卵が美味かったしな……。有りかもしれん。
「もし、そうなれば3食ハーピィ・クイーンの卵を食えるかもしれないな」
「……やっぱりなしだ。娘とは言え、妾以外のハーピィ・クイーンの卵を主人に食べてほしくない」
少しむくれながら言うショコラ。俺にはわからんが、そこは嫉妬ポイントらしい。
「まあ、それ以外でも何か卵を入手したら、俺が育ててみることにしよう」
「わかりました。配下に卵を集めるように伝えておきます」
「……そこまでしろとは言っていない」
張り切るマリアを止める。各地に点在している配下に対してそんな指示をしたら、どんな卵が集まってくるかわかったモノではない。
正直、俺の周囲が人外魔境になる恐れすらある。え、既になっている?はっはっはっ。
それはそれとして、ティラミスたちに今後のことを聞いてみる。
「それで、ティラミスたちはどうする?もう少し先まで行ってみるか?」
火山エリアの次は墓地エリアだな。能力的には魔物娘3人でもなんとかなるだろう。
シンシアたちは現在32層を攻略中だから、すぐにでも抜いてしまいそうだな。
「いや、遠慮しておこう。迷宮攻略はシンシアたちの仕事だろう?後から来てその縄張りに侵入するのは趣味に合わん」
「自分もっす。あの火竜を倒せたことで、それなりの戦力は証明できたと思うっす。それ以上は領分の侵害になるっす。魔物的にはNGっす」
魔物的に縄張りと言うのは大切にすべきモノのようだ。仲間の縄張りを侵害するのは2人とも嫌がっていた。火竜と戦ったのは、既に到達済みの階層だったかららしい。
「へー……☆」
魔物歴の浅いティラミスはその感覚がわからないらしい。そもそも、ティラノサウルスに縄張り意識ってあるのか?好き勝手している印象しかないのだが。ジュラ紀の公園的な意味で……。
「気を使われてしまったのです!負けていられないのです!」
《そうですね。私たちも頑張って早く迷宮攻略を進めましょう》
「やるよ!カレンちゃん」
「行くよ!ソウラちゃん」
何にせよ、いきなり火竜を倒した魔物娘たちの存在は探索者組のやる気に火をつけたようだ。
「旦那様!シンシア達探索再開してもいいのです?」
「ああ、構わないぞ」
《では旦那様、これで失礼いたします》
「「「失礼します」」」
そう言って4人は『ポータル』で攻略中の階層に向かって行った。
「さて、じゃあ俺はもう1つの用事を済ませに行くかな」
「仁様、どこに行くのですか?」
「迷宮の隠しエリアだ」
エステア王国、通称迷宮王国の地下に広がる迷宮は、地下1階から地下50階まで存在すると言われている。
これは東が、前ダンジョンマスターが意図的に流した情報である。しかし、これはある意味で正しく、ある意味で間違った情報なのだ。それは、探索者が通常の手順で階層を降りていく場合、50層よりも先に行くことは出来ない。しかし、実際には51層よりも下の階層は存在するからである。
もう少し詳しく説明すると、51層から60層までは既に確保されていて、ダンジョンマスターが好きにいじっていいらしい。ちなみに迷宮保護者の居住エリアや、東の墓は51層にある。50層でラスボスを倒した後に訪れたのもここである。普通はラスボス倒すとアイテム貰ってお終いなんだけどね。
「キャロ、迷宮運営の調子はどうだ?」
俺は51層屋敷の執務室で、書類仕事をしていた迷宮の主任迷宮保護者のキャロに質問をした。
あまり大人数で行くものでもないので、魔物娘3人組には50層台を見学してもらっている。よって、ここに来たのは俺とマリアの2人だけである。
「ジン様、いらっしゃったのですね。ピョン。はい、迷宮の方は順調です。順調に迷宮保護者も増えています」
「それを順調と言っていいのかは意見が分かれるところだな……」
迷宮保護者とは迷宮を保護・管理する者達だ。今現在、ダンジョンマスターが男である俺のため、女性しか迷宮保護者にはなれない。
そして、迷宮保護者になるには本人の承諾が必要になる。そこで、迷宮内で死にそうな女性を助ける代わりに、迷宮保護者になることを承諾させるという、かなり乱暴な方法で迷宮保護者は増えていく。
そんなやり方をして反感を買わないのか不安になったのだが、そこは色々と事情があって大丈夫らしい。詳しい話を聞こうとしたら、『後悔しないですか?ピョン』と言われた。なんとなく後悔しそうだったので、アルタにだけ説明してもらった。アルタ曰く。
A:マスターは知らなくても問題ありません。
とのことだ。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?ピョン」
「いや、たまには様子を見に来ようと思ったからな。放置し続けるのも悪いだろ?」
実は迷宮に来るのは、東の墓参り以来だったりする。ダンジョンマスターになったのに迷宮を放置とか、こいつ馬鹿じゃねえの?
「ジン様はあまり迷宮運営に興味がないご様子。方針が現状維持と言うことでしたら、それほど気になさらなくても構いませんよ。出来れば、月に一度の定例報告会には参加していただきたいですが、それも絶対と言うことではありませんので、ピョン」
「わかった。報告会があるときは連絡してくれ。俺に何ができるかはわからんが……」
基本アルタ任せになりそうだよな。あまりアルタに押し付けすぎるというのも健全ではないのだけど……。
A:気にせずお使いください。むしろ、頼られない方が悲しく思います。
ダダ甘だなー……。
……正直言うと、細かい調整とかあまり得意じゃないんだよな。好き勝手やるから、敏腕マネージャーのアルタの存在はかなり助かっている。
A:お褒めいただき光栄です。いずれは肉体を得て、直接的な助力を……。
アルタさん?なんか、変なフラグ立っていますよ?大丈夫?
A:大丈夫です。お任せください。
……。
「キャロ先輩?そちらの方はもしかして……」
俺が茫然としていたら、1人の少女が部屋に入ってきていた。
「はい。ダンジョンマスターのジン様ですよ、ピョン」
「やはりそうでしたか。私は迷宮保護者の10層エリアリーダーをしています、コーラルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく」
コーラルと名乗った少女は深々とお辞儀をした。
エリアリーダーってことは、1~10層の迷宮エリアを担当しているってことかな?
A:そうです。その他、階層ごとにフロアリーダーが存在します。
それと彼女は普通に冒険者らしい格好をしていた。うん、やっぱりバニーガールの格好は迷宮保護者の正装って訳じゃないんだな。もしそうなら、東の正気を疑わなければいけないところだった。
「それで、どうかしたのですか?直接ここまでくるということは、それなりの案件が起こったと思うのですが?ピョン」
「はい。保護している子供の数が20名を超えました。これ以上は手が足りなくなります。地上の孤児院に預けるわけにもいきませんし……」
「そうですか……ピョン。生かすにしろ、切り捨てるにしろ、そろそろ現状維持と言う訳にもいかなくなりましたね。ピョン」
「何のことだ?」
色々と不穏なセリフが聞こえた気がする。
「捨て子ですよ、ピョン。迷宮に子供を捨てに来る親や、孤児院の関係者がいるのです。本当はあまりよくないんですが、死ぬ前に拾っています。男の子もいるから全員を迷宮保護者にすることは出来ません、ピョン」
「軟禁に近い状態ですし、いつまでもこのままと言う訳にもいかないので、困っているんです」
コーラルは1~10層の担当。丁度、迷宮の入り口付近だから関係者と言う訳か。
探索者の親が死んだりして、孤児が多いというのは知っていたが、そこまでのことをする者がいるとは思わなかったな。
捨てるとは言っても、迷宮には魔物もいるのだ。実質的に殺しに来ているのと何も変わらない。
ちなみに迷宮保護者は相手を囲い込める状況でしか迷宮内に出てはいけないので、助けた子供たちをそのまま生かして返すということは出来ない。切り捨てる、と言うことはすなわち殺すということに他ならない。
「迷宮内で直接殺すものもいますよ。その場合、私たちには助けられないのですが……」
「それ、入り口で止められないのか?」
探索者じゃない子供の入場が許されるとも思えない。
「お金です」
「嘆かわしいことです。ピョン」
何でも、わずかばかりの金銭で、子供を捨てるという行為を黙認している受付もいるらしい。大きな街ではあまり多くないようだが、比較的小さな村・街ではそういうことも少なくないらしい。証拠の残らない迷宮の悪い使い方と言うことか。良く思いつくよな、そんな悪いこと。
もちろん、バレたら捕まるし、重い刑にもなる。迷宮が屋台骨の国で、迷宮を悪いことに使うというのだから当然である。
「これは急を要する案件ですね、ピョン。丁度よくジン様もいらっしゃいますので、ジン様に方針を決めてほしいと思うのですが……」
「そうだな……。態々助けた相手を殺すのも馬鹿らしいし、そのまま保護するしかないだろうな」
折角死にそうなところを助けたんだ。態々殺すこともないだろう。
それに、東の作った迷宮で子供を見殺しにするのも後味が悪い。
「でも、迷宮保護者に出来ない男の子もいます、ピョン。女の子に関しても死にかけているわけでもないので、迷宮保護者を受け入れるかもわかりません、ピョン」
「それくらいならどうにでもなる。何だったら、俺の奴隷にでもすればいい」
「なるほど、ピョン」
なまじ迷宮保護者としての経験があるため、迷宮保護者にする・しないで考えてしまうのだ。保護した後に迷宮保護者ではなく、奴隷にした場合でも、こちらの不都合となるようなことは出来なくなるのだから、それで問題はないはずだ。
「拾った子たちは、そのまま地上に出すわけにはいかないからな。51層に孤児院でも作って、そこで一定の年齢まで育てよう。分別のつく年齢になったら、迷宮保護者にするなり、地上でメイドなり、執事なり、冒険者なりにすればいい」
孤児だから今すぐ何かに役立つということはないと思う。
この過酷な世界では、すぐに役には立たない子供、特に孤児の存在意義はないに等しい。しかし、孤児とは言え、物覚えは普通の子供と変わらないだろう。しっかりと育てれば十分に役立つ人材になるはずだ。
特に俺の異能は『弱者の価値を引き上げる』ことに関しては絶大な効果を誇るからな。
仮にも迷宮で殺された扱いになった子供だ。そのまま地上に出すわけにもいかない。どうせ帰る場所もないのだ。だったらこちらで育てればいい。
カスタール辺りの孤児院に預けるという手もあるが、カスタールとエステアは隣接しており、万が一と言うこともある。その点、迷宮の51層で育てれば、情報が外部に漏れることはほとんどなくなる。
育てるのは……メイド部隊で問題ないだろうか?
A:問題ありません。人数的には十分ですし、人員は育児に向いたものを選出しておきます。
よろしく頼む。
「もう1つ。直接子供を殺すような奴も対処しないとな。……そうだな、目撃者を作ろう」
「目撃者、ですかピョン?」
「ああ、探索者の配下に、『偶然』その場に居合わせてもらうんだ」
「なるほど、迷宮保護者を通さず、探索者として子供を救うんですね」
コーラルが納得したように頷く。
「ああ、その後は大人の方を捕まえて……、加担した受付も捕まえる。捨てる方は難しいが、殺す方なら現行犯で捕まえられるから、今後の犯罪抑制にもなるだろう」
「わかりました。そのように手配します」
マリアが返事をする。
ダンジョンマスターとして大きな仕事をするつもりはないが、そんな下らないことに、迷宮が使われるというのも不愉快だからな。ある程度は対策を取らしてもらうぞ。
「すいません、ピョン。1人の時はそこまで手が回らなかったんです、ピョン」
キャロが申し訳なさそうに謝ってくる。
「キャロが謝ることじゃない」
何10年も1人で維持、管理してきたキャロに文句を言うつもりはない。
誰が悪いと言えば、そんなことに迷宮を使う奴以外にはいないのだから。
「あ!」
コーラルが声を上げた。
「どうした?」
「いえ……、その……」
「歯切れが悪いですね、ピョン。はっきり言いなさい、ピョン」
「はい。今、部下から連絡がありまして、早速迷宮に子供を殺しに来ている大人がいたそうです」
「タイミングが悪いな……。いや、むしろ良いのか?」
少なくとも、助けるという方針が決まった後に殺されそうになった分だけマシなのだろう。
「既に迷宮に入っているというのなら、他の誰かに任せるほどの時間はないだろう。このまま俺が直接行く」
「お供します」
キャロとコーラルは表に出るわけにいかないし、時間もないので俺とマリアで殺されそうな子供の救助に向かうことにした。
「キャロ達は孤児院の設立の方を進めてくれ」
「わかりました、ピョン」
「子供の事をよろしくお願いします」
真の50層を踏破してダンジョンマスターとなったことにより、俺はこの迷宮の好きな場所に転移する能力を手に入れた。さくらの創った『ポータル』とは異なり、魔法扱いではなくて、権利のようなものらしい。その証拠にMP消費は0だし、詠唱なども不要だ。
コーラルの示した座標から、少し離れた場所に転移する。そのあとすぐに『サモン』を使ってマリアを呼び出す。残念ながら、迷宮内の転移は他の人間と共有することは出来ない様だからな。
-ドン!-
「ぐぅ……」
殺されそうな子供がいる地点に近づいたら、何かを叩くような音とうめき声が聞こえてきた。
最後の角を曲がり、現場に到着した俺が見たのは、木の棒を持って5歳くらいの幼女を叩く、それなりに身なりの良い格好をした中年男性の姿だ。
《マリア、止めろ。一応殺すな》
《はい》
念話で指示を出したら、マリアは気配を消して男に近づいていった。
「そこまでです」
男が木の棒を後ろに振りかぶった瞬間、音もなく背後に忍び寄っていたマリアがそれを受け止め、そのまま男の手から木の棒を取り上げる。音もなく背後に忍び寄るのは、忍者の必須スキルです。暗殺者でも可。
「な、何故こんなところに人が!?」
「迷宮なんだ。人がいてもおかしくはないだろう?」
「もう1人だと!?」
男がマリアに気を取られた隙に、俺は幼女を抱えて男から距離をとった。
幼女はガタガタと震えており、俺にギュッとしがみ付いている。
男は通路上で俺とマリアに包囲された形になる。もちろん狙ってやったことだ。
「馬鹿な!?この付近にはまず人が近づかないはずなのに!?」
確かにこの付近は目ぼしいものもないし、迷宮の入り口からも離れているし、次の層への階段が近くにあるわけでもない。
普通に考えたらまず人が来ない場所である。常習犯か、詳しい人間に話を聞いたかのどちらかだな。
「くそっ!趣味を見られたからには生かして返すわけにはいかない。死ねぇ!」
そう吐き捨てると、男は腰に下げていた剣を抜いてマリアに切り掛かっていく。
趣味と言うことは、どうやら常習犯のようだな。想像以上にクズである。それで長く甚振るために、剣を使わずに木の棒で殴っていたと言う訳か……、
切り掛かられたマリアは、剣が振り下ろされる前に男の懐に飛び込み、腕をとってそのまま背負い投げを決めた。
「ぐべっ!」
背中から地面に叩き付けられ、変な声を出して気絶する中年男性。泡を吹いているが、とりあえず死んではいなさそうだ。
ぶっちゃけ殺しても構わないのだが、生きたまま連れて帰って犯罪を公表した方が後のため(類似の犯罪抑制)になると思うので、生かしておくように指示したのだ。
「お見事」
「ありがとうございます。仁様がミラさんと戦った時に決めた技を模倣させていただきました」
そういえば吸血鬼になって暴走していたミラに背負い投げを決めたことがあったな。マリアはそれを真似てみたというのか。そもそも、柔道をやっていたわけじゃないから、なんちゃって背負い投げなんだけどな。
ん?そういえば、マリアは<柔術>スキルを自力習得していたよな。もしかして、背負い投げの練習でスキルを入手したのか?
A:そうです。
俺がTVとかで見たのを真似て使った背負い投げを、さらに真似ただけでスキルを入手できるマリアは、それなりに異常だと思う……。
そんなことを考えていたら、震えている幼女が俺の服を引っ張って来た。
「どうした?」
「あ……、う……、ありがと、ございまぅ」
舌足らずな話し方でお礼を言う幼女。折角だから何があったのかを聞いておこう。
「どういたしまして。ここで何があったんだ?」
「うぅ……」
そう聞くと幼女はガクガクと震えて俺の服を握りしめて言葉にならない様だ。聞くのが早かったかもしれないな。まあ、怖い目にあっていたのは間違いないだろう。
「言いたくないなら構わない。とりあえず迷宮を出よう」
「ぅん……」
「では行きましょう」
俺が幼女と話しているわずかな時間でおっさんを縄で縛りあげ、台車に乗せたマリアが言った。準備万端だな。
幼女を抱えたまま、1番近い入り口に向かい30分くらい歩く。1層とは言え迷宮をそこまで移動できたのだから、このおっさんも多少は腕に覚えがあるのだろう。
「ノートンさん!?何故!?」
入り口に到着したところで、受付の男が青い顔をして叫ぶ。ふむ、この男も関係者のようだな。
ちなみにノートンと言うのは縛り上げたおっさんのことだ。面白いスキルもないし、大した相手でもないからステータスは省略する。
一応、死なない程度にステータスは奪っておいた。
「この男は迷宮内でこの子供を殺そうとしていた。この男を知っているのか?」
「え、ええ、入り口を出た先にある街の、孤児院の院長先生です」
子供を殴り殺すのが趣味の中年男性は、孤児院の院長だった。
この国、終わっていないか?……後でカトレアに説教だな。いや、料理お預けの方が効果的か?
「コイツが通るとき、受付は何をやっていたんだ?」
「え、えーと。さあ、自分は今さっき受付を交代したばかりなので何とも……」
目が泳いでいるので、一目で嘘だとわかる。
「そうか。じゃあ前の受付担当を呼んでくれ。子供を痛めつけるのが趣味と言っていたし、初犯と言う訳でもないだろう。その受付もグルだとしたら、共犯扱いで捕まるだろうな」
「うう……」
男の顔がさらに青くなる。
「くそっ!」
と思ったら迷わずに逃げだした。もちろん、逃がすつもりはない。
「マリア」
「はい」
「ぐふ!」
マリアが<縮地法>で受付の男に接近し、腹パンを決める。一瞬で意識を失い、崩れ落ちる受付。
今度は腹パンの模倣か……。
その後のことを説明しようと思う。
まず、件の孤児院院長だが、どうやらかなり昔から子供を殴り殺していたようだ。孤児院を出た子供の記録が色々と改竄されており、実際には存在しない家に引き取られている扱いになっている者がほとんどだった。ほぼ全員死んでいるのだろう……。
院長を見逃していた受付も1人や2人ではなく、相当数いたことが明らかになった。アルタの力をフル活用し、その街にいた者はほとんど捕まえることが出来た。既に街を出ている者の捕縛は国の仕事だろう。
「ええ、本当に助かりました。まさか半日でここまでのことをしてくださるとは……。後の処理はお任せください。それと、何故1層にいたのか、何故そんな場面に出くわしたのか、と言ったことは一切聞かないのでご安心ください」
そう言ったのはエリンシアだ。この件を探索者協会に連絡したところ、相転移石によるショートカットを使って、速攻でエリンシアがやってきたのだ。
カトレアと日下部の時もそうだったが、エリンシアのフットワークは軽い。街を移動するための相転移石って安くないはずなんだけど……。
A:エリンシアは高給取りです。
そういう問題でもないと思う。
「それで孤児院はどうなるんだ?」
「国営の孤児院でしたが、さすがに解体されるでしょう。孤児たちはどこか別の孤児院に分散させることになるはずです。それと、あの孤児院の監査をしていた者にはしかるべき死刑が下るはずです」
相変わらずエリンシアは容赦がないな。……いや、この場合は当然か?職務怠慢で子供に犠牲者が出ているわけだし。
「院長や受付はどうなる?」
「そちらも死刑ですね。迷宮国の品位を著しく下げる行為です。決して許されることではありません。万が一、死刑でなければ、私が止めを刺しに行きます」
院長や受付たちの生き残る確率が、たった今0%になった。
「報告としては以上ですね。では、その子を孤児院に送り届けますね」
俺が迷宮で助けた幼女だが、今の今まで俺から離れようとしなかったのだ。
さすがに暗くなってきたし、これ以上連れて回る理由もないのでエリンシアに引き渡そうとする。
「やぁだ!いっしょにいる!」
幼女は俺にしがみ付いて離れない。コアラのように抱き着いて、俺から離れるのを身体中で拒絶していた。
みんな大好きKOJIINと、アルタの人化フラグが立ちました。
アルタを男性にするか女性にするかは決めていないんですが、男性型にした場合は「人化」ではなくて「仁化」と言うことになりますね(ドヤァ)。元々仁の異能ですから。