第62話 鳥人娘と卵
前回、ティラミスの体重を数トンと書きましたが、数100kgに変更したいと思います(その内)。
感想にも書かれていましたが、ティラミスの足のサイズで数トンだと大変なことになりますよね。
後、ティラミスのティラノ形態はまだ幼体なのに、成体と同じ数トンと言うのは不自然だというのもあります。変身は意地でもしないですけど。
ハーピィの住処は木々のない岩場にあった。岩場にはいくつもの穴があるので、そこがハーピィの寝床だろう。
マップを見た限り、周辺には50匹以上のハーピィが生息している。当然、その中に1匹だけハーピィ・クイーンが存在する。
ある意味当然だが、周辺には他の魔物の姿はないようだ。ハーピィはこの山の生態系のトップだから、態々その住処に近づく訳もない。それに岩場だからあまり食料もなく、近づく旨みもない。
そんなハーピィの住処で、現在俺たちは50匹のハーピィに囲まれている。まあ、人間が自分たちの住処にやってきたら、当然取り囲むよな。
ハーピィたちの容姿は、事前情報の通り腕と下半身が鳥の女性だが、いくつか補足がある。腕が鳥と言うのは要するに、翼が腕の位置から生えているということだ。要するに手の先はない。そして下半身が鳥というのは、丁度へその下あたりから鳥のようになっているということである。そして、それ以外の部分は人間の女性に見える。要するにトップレスである。
「きゅい。きゅいー」
俺たちの前で声高に鳴いたのは、群れのリーダーであるハーピィ・クイーンだ。ハーピィ・クイーンだけは他のハーピィたちと違って、羽とかが豪華になっている。後、若干の装飾品をつけているようだ。茶髪のロングヘア―で、羽や下半身の鳥部分も同様である。
ちなみに、パッと見の年齢は20歳くらいで、平たく言えば大海蛇と同じくらいだ。スタイルも似た感じだな。
《『大海蛇よ。人間などを連れて何しに来た』と言っているっす》
メープルがハーピィ・クイーンのセリフを翻訳する。ちなみにメープルには大海蛇形態になってもらっている。
「GYOU、GYOU(今、自分はこの方の従魔になっているっす。主人がハーピィ・クイーンを従魔にすることを望んだので、ここに連れてきたっす)」
「きゅう、きゅいいー!」
《『愚かな。人間に服従するなど、魔物の恥さらしが!』と言っているっす。失礼っすね。どうにもならない相手だっているんっすよ》
それは俺のことだな。メープルも結構失礼である。
「きゅうー。きゅい!」
《『せめてもの情けだ。妾自ら、人間ごと葬り去ってくれよう!』と言っているっす》
その鳴き声と同時に、周囲のハーピィたちも臨戦態勢に入った。
「きゅい!」
「これは『行け!』だろ?」
《そうっす》
さすがにこれくらいは俺でもわかる。
周囲のハーピィたちがこちらに襲い掛かってきているからな。
「じゃあ、俺がクイーンと戦うから、他のみんなは周りのハーピィを頼んだぞ。さっき言った通り、ハーピィは殺すなよ」
「はい」
「はーい♪」
《了解っす》
《おー》
「きゅいー。きゅ!」
俺のセリフに反応して、ハーピィ・クイーンが一際大きく鳴いた。
《『舐めたことを言ってくれるな。人間風情が調子に乗ったことを後悔させてやる!』って言ってるっす》
「舐めているわけじゃなくて、実際にそのくらいの差があるだけなんだがな……」
これがハーピィ・クイーンのステータスである。
名前:―
LV82
性別:女
年齢:461才
種族:ハーピィ・クイーン(レア)
スキル:<風魔法LV6><統率LV5><身体強化LV6><飛行LV8><索敵LV6><変化LV7>
備考:ハーピィ種の女王。
ちなみにそこらのハーピィのステータスはこんなもの。
ハーピィ
LV30
<風魔法LV3><身体強化LV4><飛行LV4><索敵LV4>
備考:女性型の鳥人系魔物。
正直に言って勝負にならない。全員に<手加減>スキルを貸し出して、絶対に殺さないようにするくらいだからな。
俺に向かって襲い掛かってくるハーピィ・クイーン。脚を前に出しているってことは、爪で掴むなり、切り裂くなりしてくるんだろうな。
「きゅい!きゅ!」
《『死ね!人間!』って言っているっす》
既にハーピィとの戦闘に入っているメープルが態々翻訳してくれた。
俺に接近したところで、ハーピィ・クイーンが足を振り上げてきた。どうやら切り裂くつもりらしい。
俺は振り下ろされる足を掴む。
「きゅい!?きゅう!」
《『何をする!?放せ!』と言っているっす》
空中でジタバタともがくハーピィ・クイーンをそのまま地面に叩き付ける。
「きゅお!」
《『ぐわっ!』っす》
「言われた通り、放したぞ」
「きゅおー!」
《『おのれ、人間め!』っす》
「あまり意味のないセリフは訳さなくていいぞ」
《了解っす》
ハーピィを締め付けて気絶させているメープルに翻訳を控えるように伝えた。恨み言とかそんなセリフばかり聞かされても意味ないからな。
「きゅ。きゅう!」
《あ、意味あるっす『もう許さんぞ。妾の魔法で死ね!』って言ってるっす》
「わかった」
起き上がったハーピィ・クイーンはその場から飛び立った。その目の前には緑色の魔法陣が出ている。<風魔法>だな。
きっかり15秒後、<風魔法>レベル4の『ウィンドスラッシュ』が発動した。俗にいう鎌鼬である。ハーピィらしくていい魔法だな。<無詠唱>で同サイズの『ウィンドスラッシュ』を発動して撃ち落とす。
「きゅお!?」
ハーピィ・クイーンが驚愕の鳴き声を上げる。
さらに同じ『ウィンドスラッシュ』を数発、当たらないように撃ち込む。
「きゅう!?きゅお!きゅうう!?」
当たっても致命傷にはならない程度に威力を抑えているが、ハーピィ・クイーンはかなりの脅威と判断したらしく、左右に必死で避けている。
「ほーれほれ」
続けざまにもう何発か撃ち込む。やっぱり必死で避けるハーピィ・クイーン。
「きゅうきゅ!?きゅくー!」
《『まだ来るのか!?やめてー!』って言ってるっす》
「じゃあ、止めるか」
そう言って『ウィンドスラッシュ』を止める。
「きゅう。きゅう。きゅお!」
《『はぁ。はぁ。こうなったら、攻撃の届かない上空から魔法を打ち続けてやる』って言っているっす》
ハーピィ・クイーンはそのまま上空へと向かって行った。さすがに、それをされると面倒なので、俺も不死者の翼の<飛行>スキルによって飛び上がり、ハーピィ・クイーンを追う。
「きゅお!?」
《『嘘ぉ!?』っす。あ、これいらんかったっすかね……》
人間が空を飛んでいるのが信じられないのだろう。ハーピィ・クイーンが驚愕の表情をしている。すぐにハッとした表情になり、俺から距離を取ろうとする。接近されるのは危険だと判断したようだ。
しかし、ハーピィ・クイーンの<飛行>スキルレベル8に対し、俺の<飛行>スキルレベルは10である。経験の差はあるものの、スキルレベルの差は大きく、最高速度では俺の方が圧倒しているようだ。
「きゅう!?」
逃げようとしているハーピィ・クイーンの足を掴む。さすがに足を掴まれた体勢では空は飛べないらしく、逆さづりの状態となっている。
「きゅお!」
メープルから距離をとったから、翻訳はしてもらえないが、まあ『放せ!』とか言っているんだろうな。その証拠にもう片方の足や翼でこちらに攻撃してきている。もちろん、ダメージはない。
俺は<魔物調教>スキルによるテイム用の陣をハーピィ・クイーンにぶつける。
「きゅお!?」
ハーピィ・クイーンも目的がテイムだったことを今更ながらに思い出したようだった。
「きゅ、きゅう……」
負けてなるものかとばかりにこちらを睨み付けるハーピィ・クイーン。しかし、宙づりでもわかるくらいに腰が引けているし、若干ブルっているようだな。
俺は霊刀・未完を取り出し、ハーピィ・クイーンに向けて振るう。
「きゅ、きゅいー!?」
悲鳴を上げるハーピィ・クイーンを無視し、目の前ほんのすれすれの場所で寸止めをした。
―じょばばばー―
当然のように漏らすハーピィ・クイーン。逆さづりなので顔とかもびしょ濡れである。
「きゅう……」
気絶はしていないが、完全に脱力して抵抗する気力を失ったようだ。
>ハーピィ・クイーンをテイムしました。
>ハーピィ・クイーンに名前を付けてください。
無事にテイムできたようだな。良かった良かった。
ハーピィ・クイーンの様子を見ると、動く気力もなさそうだし、羽もブルブル震えていて飛べそうにはない。このまま手を放したら鳥魔物なのに墜落死である。
宙づりというのも可哀想なので背負っていこうと思ったのだが、この状態のハーピィ・クイーンを背負いたくはない。よって、いつもの魔法『清浄』をかける。
綺麗になったところで背負おうとしたのだが、どうやら掴まる力もない様だ。仕方がないのでお姫様抱っこをすることになった。クイーンなのに……。
「きゅ、きゅー……」
何故かこちらを見上げるハーピィ・クイーンの目が潤んでいる。
A:(ハーピィ・クイーンは他の魔物などと番になることがありますが、その条件の1つに『自分より強い者』というのがあります。ハーピィ・クイーンがテイムを受け入れたということは、その条件を満たしたことになります)
ん?なんか言ったか?
A:いいえ。何も言っていません。
ハーピィ・クイーンを抱えたまま、エンデ山の一角まで戻る。そこには倒れているハーピィたちと、完全に無傷のドーラ、マリア、ティラミス、メープルの4人がいた。当然である。
「きゅ……」
「大丈夫だ。誰も死んでいない」
マップを見ても死んでいるハーピィは1匹もいなかった。
「きゅう」
ハーピィ・クイーンの目の潤みが割り増しになった。
地上に降りると、マリアたちが出迎えてくれた。ハーピィ・クイーンはお姫様抱っこから降ろされるとき、少し残念そうな顔をしていた。
「お帰りなさいませ、仁様。無事、テイムできたようで何よりです」
「おかえりー☆」
《えりー》
「GYAOO。GYOU?GYO。GYOA?(お疲れさまっす。どうっすか?ハーピィ・クイーン。自分の、いえ、これからは自分たちの主人と戦った感想は?)」
「きゅう。きゅう」
《『格の違いというモノを思い知った。大海蛇よ、この方に服従をした貴様の判断は正しい』と言っているっす。まあ、当然っすよね》
配下になることが決まったのなら、恒例の説明フェイズである。まずはアルタとメープルがハーピィ・クイーンにアレコレ説明をした。メープルの方は配下になりたてなので、ほとんど相槌を打つだけの作業だったが……。
その後、少しずつ起きてきたハーピィたちにハーピィ・クイーンが負けたことと従魔になったことを伝えた。ハーピィたちはその説明を聞いても、特に大きな反応はしなかった。どちらかというと、『今後私たちはどうすればいですか?』といった感じだとメープルが説明してくれた。
ハーピィたちはハーピィ・クイーンが負けたからと言って、次のリーダーを決めるという発想には至らないらしい。というか、ハーピィ・クイーンがリーダーである期間が長すぎて、リーダー交代という発想がそもそも忘却されているようだった。鳥頭だから仕方ないよね。
さらに詳しく話をした結果、ハーピィ・クイーンの主人である俺を、群れの最上位のリーダーであると判断したらしく、やたらとハーピィたちが懐いてきた。どうやら、ハーピィ・クイーンに付いていく気満々のようで、あっさりと俺の従魔になることを受け入れたのだ。
この段階で57匹のハーピィを従えることになった俺は、早々に「名づけ」を諦めた。57匹分もアイデアが出てこないのである。
《それは仕方がないとして、せめて妾だけには名前を付けてほしい。群れのリーダーである妾まで『名無し』ということになれば、他の者に示しがつかないのだ》
「元々あった名前でいいぞ」
《そう言わずに付けてくれないか?》
《自分からも頼むっす。古い知り合いが『名無し』なのは見ていて忍びないっす》
そこまで望まれてしまえば考えないわけにもいかない。
と言う訳ではい、ドン。
>「ハピ子」と名付ける
>「姫子」と名付ける
>「ヒバリ」と名付ける
>「ゆかり」と名付ける
姫じゃないから、女王だから。ヒバリじゃないから、ハーピィだから。
はい、ドン。
>「スフレ」と名付ける
>「ホイップ」と名付ける
>「ショコラ」と名付ける
>「ゆかり」と名付ける
うん、ティラミスとメープルに合わせた選択肢だな。茶色いからショコラにしよう(安直)。
「お前の名前はショコラだ」
《わかった。妾の新しい名前はショコラだな》
「やっぱり、お菓子系で攻めてくるのね☆」
《菓子の名前なのか。そのうち食べてみたいものだ。……この姿では街には入れんがな》
「そういえば、ショコラも<変化>出来るんだよな?」
《おお、そうだった。妾も滅多に変化などしないから、忘れていたな》
そういうとショコラがいつもの光に包まれた。当然と言えば当然だが、そこから出てきたのは腕と下半身が人間になったショコラである。概ね変わらない。
「ふう、この姿をとるのも久しぶりだな」
「自分も全く同じセリフを言ったっす」
いつの間にか人間形態になっていたメープルがそこにいた。全裸の美人(変化直後のため)なお姉さんが2人並んでいるのは中々に壮観である。
「仁様」
「ああ」
マリアに手渡された服を2人に投げる。初めて服を着るショコラの手伝いをマリアがして、2人とも服を着終わった段階で話を再開する。
「さて、この大量のハーピィをどうしようか?さすがに多すぎる気もするからな」
「食わせきれないのか?だったらハーピィたちはここに残していくか?」
「きゅう!?」
ハーピィたちがざわつく。『捨てられるの!?』といった顔をしている。
「うーん、どうだろうか。食わせるだけなら問題ないが、こいつらに何をさせるかが問題だ」
何もさせずにただ養うというのも、従魔の扱いとしては間違っているだろう。
A:<変化>スキルを与えれば、人間形態になれます。
「ふむ、人間形態になれるのなら、いつものようにメイドをさせれば済むかな?」
「仁様、それでもいいのですが、ハーピィならではの仕事があります」
マリアが手を上げて発言してきた。
「何だ?」
「はい、ハーピィの卵は非常に美味でとても価値があります。彼女たちに卵を産ませてそれを売れば、それだけで一財産になるはずです」
「妾たちに家畜になれというのか!?いくら従魔になったからと言って、それはあんまりだろう!」
憤慨するショコラ。しかし、当のハーピィたちは……。
《いいですよ。別に卵くらいなら渡します》
《大王様の元なら、ここよりは安全なんだよね》
《そうよ。それに人間の食べ物って美味しいらしいから楽しみ》
《自分たちの卵はあんまりおいしく感じないのよね。不思議なことに》
《そうそう、だから時々森に捨てに行くのよね》
《で、そこに集まってきた魔物を狩るの》
《リーダーに付いていけるのなら、安いものよね》
《うん。いくらでも持って行っていいよね》
普通に乗り気である。ちなみに女王の主だからハーピィたちからは大王と呼ばれている。
「お前たち……」
ショコラががっくりと肩を落とす。
「全員分売ると市場が混乱しますし、どこから入手したんだという話にもなりますから、アドバンス商会経由で時々市場流通させるくらいで丁度いいと思います」
「じゃあ、残りは食べていいんだね☆ やったー♪」
《わーい》
「じ、自分卵はまだ産めないっすからね。無理言わないでくださいっすよ!」
方針が定まったので、帰還することにした。当然『ポータル』である。
「ただいまー」
《まー》
「ただいま帰りました」
『ポータル』でカスタールの屋敷の玄関まで転移して扉を開ける。皆はすでに屋敷に戻っていたようだ。
「ご主人様おかえりー……って多!」
「凄い人数ですね……」
「相変わらず、ご主人様は自重を知らないのですわね……」
出迎えのミオ、さくら、セラが俺の後ろにいるハーピィの群れを見て驚く。
「あれー?恐竜の卵が孵るくらいじゃなかったの?」
「そもそも恐竜がいませんわ」
「恐竜はこれだよ」
「ティラノサウルスのティラちゃんだよー♪」
そう言ってティラミスを前に出す。セリフとともにティラミスは可愛らしいポーズを決めた。
「おおっ、ステータスを見ると本当に恐竜、それもティラノだ!」
「この<変化>ってスキルの効果ですか?」
「当たりだ。他の新入りも全員<変化>で人間になった魔物だぞ。ティラノサウルスのティラミス。大海蛇のメープル。ハーピィ・クイーンのショコラだ。後ろのハーピィも名前はないが配下だ」
「よろしくー♪」
「よろしくっす」
「よろしく頼む」
俺の紹介にそれぞれが挨拶をしたところで、ミオが首をかしげる。
「ご主人様、甘いものが食べたいの?」
「いや、そう言う訳ではない」
全員甘いものの名前だからな。そう取られてもおかしくはない。
ちなみにミオのチョコケーキは絶品だ。
「じゃあ、普通の人間じゃなくて、魔物娘のハーレムを作る気になったの?」
「いや、そう言う訳でもない」
奴隷に関してはともかく、テイムした従魔に関してはそういったつもりは一切ない。
あくまでもテイムすること自体が趣味なのである。
いつまでも玄関で話を続けるのもどうかと思うので、夕食を食べながらみんなへの説明フェイズをすることにした。
「仁君、のんびりするって言っていませんでしたっけ?」
話を聞いた後、さくらの最初の一言がこれである。
「午前中はのんびり釣りをしていたんだけどな。午後からは動きっぱなしだったよ。まあ、楽しかったからいいんだけど……」
「釣りをしてたら大海蛇が釣れて、恐竜の卵からは幼女が生まれて、大海蛇の案内でハーピィ・クイーンをテイムしに行くとか、さすがご主人様、密度が濃いわね」
ミオが簡潔にまとめたが、確かにこれだけのイベントを半日で消化するというのは中々に濃いな。
「それでハーピィ・クイーン以外にも強いと言われているハーピィを50匹以上テイムしてくるのも普通に考えたら凄いことですわよね。まあ、ご主人様ですからあまり驚きませんけど……」
「んー?ハーピィって強い魔物なのか?」
「はい、Aランクの魔物に分類され、山の中で群れに襲撃されると、Aランク冒険者でも普通に全滅します」
少し疑問に思ったことを聞いたら、マリアが答えてくれた。
「あれで強いのかー……」
「主人、それは失礼だぞ!」
憤慨するショコラだが、口の周りが食べカスで汚れているため、微笑ましいだけである。
新入り達にも我が屋敷の料理を食べさせ、瞬く間に陥落させることに成功した。
メープルもショコラも人間の姿にはなれるものの、人間の姿で食事などしたことがないらしく、ナイフもフォークも使いこなせない。その結果、手づかみで放り込むように食べているため、口の周りは汚れ放題なのである。
ティラミスは前世の知識ゆえに食器を使いこなしているのだが、重すぎて椅子に座れないため、床に座って小さいテーブルの上に料理を置いて食べている。まるでおままごとである。
余談だが、自分の体重のことを忘れ椅子に座り、当然のごとく椅子がつぶれた際には、涙目で絶望していた。
今度ミスリル製の頑丈な椅子を作ってやろうと思う。あ、お前2階以上には進入禁止な。
次の日の朝食は和食だった。ごはん、味噌汁、生卵である。
米はカスタール産の日本米、味噌もメイド部隊がいつの間にか買い付けのルートを確保していた。恐らく、俺の趣味を知ったメイドたちが力の限りを尽くしたのだろう。アドバンス商会的な意味で……。
妥協を許さない信者たちが、自分たちで米作り、味噌作りまで始めたと聞いた時は、メイド部隊の行く末が心配になったのは内緒である。
俺は生卵をご飯にかける派なので、小皿のふちで生卵を割ろうとしたときに気付いた。
「何か、俺の卵だけでかくないか?」
横にいるさくらやミオの前に置かれた卵に比べて、俺の手元にある卵のサイズが明らかに大きい。いや、普通の鶏の卵にしてはさくらやミオのも十分に大きいのだが、俺のはさらに二回りくらい大きい。
メイドたちの多くは俺を第一と考えているため、俺が望めば1番大きい卵くらい用意してくれるだろう。しかし、逆に言えば俺が望んでいない、何も言わない場合は大抵さくらやミオと同じ扱いと言うのが基本のため、ここまで明確に贔屓がされるのは珍しい。
「あーうん、それだけ特別よ」
「どういうことだ?」
「私たちのはハーピィの卵。ご主人様のはハーピィ・クイーンの、ショコラちゃんの卵よ」
「は?」
ミオの説明に言葉を失う。
思わず近くにいたショコラの方を見た。昨日家畜扱いが嫌だと言っていたのに、次の日には卵を産んだのか?
「家畜扱いは嫌なんじゃなかったのか?」
「ああ、家畜扱いは嫌だ。見ず知らずの人間に妾の卵を売られるのは我慢がならない。しかし、自らの主人に献上する分には構わない。つまり、妾の卵を食べていいのは主人だけということだ」
「……と言う訳だからご主人様のだけ特別なのよ」
なるほど、ハーピィ・クイーン的にはそれはOKなのか。ハーピィたちの様子を見る限りでは、普通に売っても構わないみたいだけどな。
「ちなみに、ハーピィ・クイーンの卵っていくらぐらいの価値があるのかな?」
「ま、まさかそのまま売る気か?止めてくれ!主人が食べてくれ!」
ショコラが血相を変えて懇願してくる。
「もちろん、俺が食べる。売ったりはしないから安心しろ」
「そうか、良かった……」
安堵の顔を浮かべるショコラ。
さすがに食べてくれと言われて受け取ったモノをそ、そのまま売るような鬼畜な真似をするつもりはない。
それでも、今から自分の食べるものの価格が気になってしまうのは仕方がないだろう。
「市場価格はありませんよ」
俺の問いに答えたのはマリアだった。
「どういうことだ?」
「はい、まずハーピィの卵の市場価格が1個10万ゴールドです」
「高いな……」
「私たちよりも高いわね」
卵1個の価格ではないだろう。
ミオの言う通り、それだけで奴隷が何人も買えてしまう。ミオが言うのもどうかと思うが……。
「美味いものというのは味の差以上に価格の差が開きますからね」
マリアの言いたいことはわかる。
例えば、牛丼やファストフードなど500円前後で食べられるものに対して、5000円の料理が10倍美味いかと言われると微妙なところだろう。
値段の差が単純な味の差にはならないはずだ。
特にこの世界では、元の世界ほど食料事情が安定していないので、その差と言うのが顕著に表れてくる。
「それに、入手法が限られているので希少価値がとても高いのです」
ハーピィが魔物としては強い部類だというのなら、その卵入手というのも難易度が高くなるだろう。そして、入手難易度が高いというのはイコールで値段が高いということである。
「そして、今現在ハーピィ・クイーンの卵を入手したという話は存在しないのです。そのため、現在市場の価格が存在しておりません。ハーピィ・クイーンがハーピィよりもレアなことを考えても10倍では済まないでしょう」
「そういう意味で言えば、俺はこの世界で初めてハーピィ・クイーンの卵を食べる人間ということになるのかな」
「そうなると思います」
「ふーん……」
そう考えるとこのデカめの卵にも価値があるように見えてくるので不思議である。
「そんなことはいいから、早く食べてくれないか?あまりじろじろと卵を見られるのも恥ずかしい」
ショコラが少し顔を赤くして言う。そこが羞恥ポイントなのか……。
「そういうもんなのか?」
「そういうものなのだ!」
そう言われては仕方がない。そろそろ卵を食べるとしよう。
今度こそ小皿の縁に卵をぶつけてヒビを入れる。そのまま卵を左右に開き、小皿に黄身と白身を落とす。箸で円を描くようにかき混ぜる。本当は醤油(アドバンス商会以下略)を加えてもいいのだが、今回は卵の味を楽しみたいので加えない。
箸でご飯の中心に穴をあけ、そこに混ぜた卵を流し込む。そのまま茶碗全体に広がるように卵をかける。
「いただきます」
卵のかかったご飯を一口食べる。
「……美味いな」
推定価格100万ゴールドオーバーは伊達ではないようだ。
卵にこの形容詞がふさわしいのかはわからないのだが、一言で言うと『濃い』。味付けをしなくても十分に強烈な味を持っており、それがご飯に絡んで味を引き立てている。
卵かけごはんにしただけで以前のミオの料理に匹敵するほどに美味い。<料理>スキルレベル6相当の美味さということだ。
二口、三口と箸を進める。
「仁君、お願いがあります……」
「何だ?」
四口目を食べたところで、かつてなく真剣な表情をしたさくらが言う。
「一口下さい……」
「あ、私も!」
「私も欲しいですわ!」
《ドーラも!》
マリア以外の全員がハーピィ・クイーンの卵かけごはんをご所望である。
ハーピィ・クイーンの方を見る。
「それくらいなら構わない。ただ、最初に食べるのは絶対に主人にしてくれ」
「わかった。ありがとう」
「……」
俺が礼を言うと、ショコラは赤くした顔をそらした。
「食べていいみたいだから、一口ずつ食ってみろ」
「あーん」
ミオが真っ先に出てきた。
「言ったもの順だ。さくら、あーん」
「あ、あーん……」
言われるがままに口を開けたさくらに卵かけごはんを食べさせる。
「お、美味しいです……。今まで食べた卵とは比べ物になりません……」
「無念……」
ミオが力なくうなだれていた。
「次はミオだぞ、ほれ」
一口箸ですくってミオの口に運んでやる。迷わずにパクリと食いついた。
「うも!すっごい美味しい。卵かけごはんでこのレベルとか反則でしょ」
続いてセラ、ドーラにも食べさせる。
「美味しいですわ!ハーピィの卵もとても美味しかったのに、さらにその上をいくとは驚きですわ!」
《おいしいよー!》
さて、だいぶ減ったけど俺も食べるかな。……と思ったらマリアが近づいてきた。
「仁様、今更で申し訳ないのですが……」
「食べたいのか?」
「……はい」
一口マリアにも食べさせる。なんかすごく幸せそうな顔をしている。
「美味しいです。それに仁様の食べかけを仁様に食べさせてもらえるなんて……」
アカン。完全に正気を失っている。目の焦点が合っていないし、その場に座り込んでしまった。目の前で手を振っても反応がない。
「さて、残りを食べるか……」
「え、マリアちゃん放置?」
ご飯を温かいうちに食べたいから放置です。
食べ終わってもあのままだったら、猫耳を揉んで起こしてあげようと思う。
メープルは下っ端お姉さん枠(初耳)、ショコラは可愛いお姉さん枠(暫定)です。
ティラミスを含めたこの3人が今章の同行者です。
ついでに投稿開始から一周年みたいです。今回は特に感想への要求をしません(100話時点と謎の温度差)。言われなきゃ、忘れていましたし……。
えーと、あ、今後ともよろしくお願いいたします。