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第49話 罪と罰

「はぁ、はぁ……」

 それほど歩いていない筈なのにすぐに息が切れてしまう。この異常な程の体力の消耗も、きっと多くの人を殺めた俺に対する罰なのだろう。

 城を後にし、人混みに紛れながら歩いていたが、今のところ誰にもイリア・フェイトだとバレる事無く、ここまで進んで来れていた。

 【力】を持つ者に、俺が城を出たと分かってしまえば、城から誰かしらが駆けつけてくるだろうし、もし【力】を持たざる者の生き残りがいたとすれば、復讐という牙を向けられるかもしれない。
 しかし、正直なところそれでもかまわないと思う自分がいた。それが多くの罪を犯してきた自分に対する罰であるなら、逃げはしないと――。

 どちらにしろ、城に、これから新しい国を創るべく者達のいるあの場所へ戻る気は無いのだから、人には見つかるのは避けたかった。

 額を流れる汗を拭い、顔を隠す為に羽織ってきたローブのフードを深くかぶった。

「……げほっげほっ」

 城を後にしてから、時間を空けずに襲い来るこの不調。目眩がする。咳が止まらない。
 それでも、俺は歩き続けた。
 この命、尽きるべき場所はもう決めてある。

 あの場所へ行かなければ――。





 高く昇った太陽が照りつける中、ただ一人乾いた平原を歩き続けた。
 止まらない汗が暑さのせいでない事は分かっている。むしろ、暑さよりは寒さを感じるくらいだ。休み休み進んでいるにもかかわらず、体調は悪化する一方だった。

「はぁっ……はぁっ……」

 膝が勝手にガクリと折れ、そのまま俺は前のめりに倒れ込んだ。足が歩く事を拒否しているらしい。起き上がる事すら、出来なかった。

 うつ伏せに倒れたまま、視界の端に映った青空が映った。その青さが何だか眩しくて、目にしみた。ぽつりぽつりと浮かぶ雲は穏やかにゆっくりと流れてゆく。

「……あぁ」

 目指す場所へ行くには、体力が落ちすぎていた様だ。まだサラの家にすら到達していないのだから。

 あの場所へ到達する事はもう無理か――流れ行く雲を目で追いながら、冷静にそう考える自分がいた。

 優しく吹く風が心地良い。
 体は動かないが、今は何故か妙に意識だけが冴え渡っている。

「……俺は」

 一体、何を成せたのだろう。

 この【力】を手に入れて、レイヴェニスタ皇帝を殺し、帝都をそしてミュラシアを破壊し、キール将軍を先頭にした持たざる者達を殺し、女子供をも殺めた。沢山の血を浴びた。チェリカもサラもユナも、守る事も出来ずに。
 終いには、まだ持たざる者達の反乱の可能性があるにもかかわらず、黙って城を出た。まだ眠り続けるユナを置いて。

 思えば長い道のりを歩いてきた。
 全ての始まりはあの雨の日。
 帝国軍に連れていかれたチェリカを助けようと、幼い妹を一人残して家を飛び出した。カラファの村を出て船に乗り、【力】を持つ者の処刑制度により親を亡くした子供達に出会い、その子等を育てている【力】を持つ者に出会った。チェリカを助けたら訪ねておいでと言われたけれど、それも叶わなかったな。

「チェリカ……」

 間に合わなくて、ごめんな。あんなに泣かせて、ごめんな。もし、サラの言った事が当たっているのだとしたら、最期まで俺の心配をしてくれてありがとう。でも、救ってやれなくて本当に、ごめん。

「サラ……」

 お前は何も悪くはなかったのに、ただ静かに生きていただけなのに。俺を助けたばかりに、俺に出会ったばかりに。その最期すら見届けられなかった俺を、許してほしい。

「ユナ……」

 お前は俺を恨んでいる事だろう。人殺しの妹にしてしまった事は、謝って許される様な事ではないのは分かっている。けれど目覚めたら、前の様に笑ってほしい。たとえその笑顔が二度と俺に向けられることが無くとも。

「シィン……」

 俺の事を必要としてくれてありがとう。たとえ、俺のこの【力】だけを必要としていたのだとしても、それでも――嬉しかったんだ。

「願わくば――……」

 願わくば、彼等に安住の地を。人間らしく皆平等に生きる権利を。幸福な未来を。


 暗転してゆく視界。



 きっともう目を開ける事は無いだろう。



 この場所で人知れず死に、朽ちる。予定通りじゃないか。



 ただ、一つだけの心残り。



 叶わなかった最後の望み。



 それはこの手でもう一度花を手向ける事。





「…………」





 なにもかもが消失した暗闇の中、ふわりと白い花びらが舞った様な気がした。

















「……い……」

 誰だ。誰の声だ。

「だい……か」

 うるさい。黙ってくれ。俺は、もう――。

「しっか……しろ」

 ぱちぱちと音をたてて叩かれる頬。揺さぶられる体。耳障りな声。

「大丈夫かっ!?」

 あまりの騒がしさに、俺は二度と開ける事はないと思っていた瞼を開けた。
 暗闇に慣れた目に光が飛び込んでくる。眩しさに目が眩んだ。

「あぁ、生きている様だな」

 だんだんと光に慣れてきた俺の視界にぼんやりと映り込む黒い影。俺は、二度と覚めぬ筈だった眠りを妨げた影に、視線を向けた。
 男だ。それ程年若くはないが、中年と呼ぶには躊躇われる、そんな男だった。

「今じゃ死体は珍しくないが、お前さん殆ど怪我してない様だったからな。いやぁ、よく見て良かった」

 起きれるか、と促す男。起きる気など無かったが、間近で心底心配そうな眼差しを送られ、俺は渋々腕に力を入れた。

「……っ」

 瞬間痺れる様な痛みが走った。思わず顔をしかめた俺の肩を、男が慌てて押さえる。

「おい、大丈夫か? ローブで見えんが、怪我酷いのか?」
「いや……、大丈夫だ……」

 俺は大きく深呼吸して息を整えた。今感じている痛み以外、今は不調を感じてなかった。一旦は死を覚悟したというのに、体の不調が今は休憩を決め込んでいるらしい。

「そうか……。お前さんも逃げてきたのかい?」

 男が質問をしてきた。俺は一瞬意味が分からず狼狽する。しかし男はそんな俺を気にせず続けた。

「【力】を持つ奴らに帝都も堕とされちまったからなぁ……。俺達は命からがら逃げてきたのさ。お前さんもだろ?」

 そこでようやく、この男は【力】を持たざる者で、帝都、あるいはこの近辺であればミュラシアから逃げてきたのだと分かった。
 よく見れば男は傷だらけで、自らで処置をしたのか、あちこちに衣服を破いた即席の包帯が巻かれていた。そこには血が滲んでいる。
 そして俺は、男の背におぶわれた少年の存在に気付いた。少年は目を眠っているのか目を閉じ、ぴくりとも動かない。

「息子なんだ」

 俺の視線に気付いた男が呟く様に言った。

「一週間前に三つになったばかりなんだ。三日前の帝都での戦いで怪我をしてな……、ずっと目を覚まさないんだよ」

 男がゆさゆさと背を揺らした。しかし少年は動くどころか、目を覚ます気配も無い。ユナの様に頭でも強く打ったのだろうか、と浮かんだ考えは次の瞬間吹き飛んだ。

 男は少年をあやすように背を揺らす。その背を俺に向けた瞬間だった。

「!?」

 目を覆いたくなった。
 けれど、それは許されない。
 逸らすな。逸らすな――。

「誕生日をね、まだ祝ってあげてないんだよ。戦争だ何だってバタバタしてただろ」

 男に背負われた少年。
 三つになったばかりの少年。
 その衣服は赤黒く変色していた。その小さな手には、傷だらけの足には、幼い顔には、血の気がない。
 もう、死んでいる――。

「……フェイ、そろそろ起きろ――」

 男はぽつりと言った。
 それは息子の名なのだろう。二度と目覚めない息子の名を、この男は何度呼んだのだろう。

 目眩がした。
 こうも目の当たりしてしまっては認識せざるを得なかった。

 これが俺が成した事。
 俺の罪なのだ、と。





「あ、おい! 動いて大丈夫なのか」

 俺の足は無意識に動き出していた。
 痛みも苦しみも、感じていたのかは覚えていない。
 ただ、男の声が耳について離れなかった。



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