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 死滅回遊

作者:荒ぶる猫


 クラブで踊り、サークルではしゃぎ、合コンを繰り返し人生を謳歌している人間たちを冷めた目で見て馬鹿にしていた。
 性欲だけで生き、創り出す事もせずに、ただ消費だけをしていく享楽的な生き方だと、俺はそう思っていた。
 自分はそんな人間ではない、高校を卒業してから創作の楽しさを知り、30を過ぎた今でもその楽しさを忘れられずに続け、創作活動に時間がとられるせいで定職にも就けずにいた。
 今までに小説は何回か最終選考まで残り、もう一歩のところで受賞を逃してきたが、インターネット上にあるアマチュア小説家の交流サイトで最終選考にすら残れない人間たちに高説を垂れる。でも頭の片隅で受賞できなけりゃ最終選考も一次落ちも同じだと理解していた。
 小説以外にも3年前から始めたイラストなんかも描いていた。小説を書く合間の息抜きのつもりで始めたことだったが、それだけ描いていると少しは上達し、人に見せられるレベルになっていく、インターネットを見て回ると自分より下手くそがイラストを公開していたので、この程度なら俺もとイラスト投稿サイトに公開してみた。
 するとまぁまぁ評価されて気分もよくなり、そこで小説も書いていると言うと絵も描けて小説も書けるなんて「スゴイデスネ」と言ってもらえた。
 そんな風にインターネットでの生活は充実していたけど、リアルの生活はというと酷かった。
 住んでいるのは実家、母は自分が子供のころに亡くなっていて、年金受給者の父と二人で暮らす。
 家事は父に言われて嫌々こなし、言われなければ自分でゴミ捨ても掃除もしなかった。それから朝から昼過ぎにかけて近所のコンビニでバイトをする。
 ここの面接のときに履歴書の特技の欄に書いた「小説新人賞 最終選考」に店長は「スゴイデスネ」と言ってくれた。
 その噂は同僚の主婦の人たちにもすぐに伝わり、俺のあだ名は先生になった。主婦の人たちは早く芥川賞とってねとか直木賞よねとか違うわよ本屋大賞よと口々に言い無邪気に笑う。そして俺は業務に必要なこと以外、店で話すことはしなくなった。
 毎月の収入は少なかったが、付き合い事を絶ち、外食などをしなければ十分充実した生活ができていると思っていた。
 昔と違い、小説なんか原稿用紙を必要とせずに、パソコンで書けるし、イラストの方だってフリーソフトを使えば初期投資はペンタブレット位で、2万円ほどの初期投資で済んだ。他の画材なんかも、100円ショップでコピー用紙、色鉛筆、水彩絵の具、なんでも揃った。
 イラスト以外でも、100円ショップの紫外線で固まる合成樹脂を買い、インターネットで手作りアクセサリーの作成動画を見て真似して造ったりもした。
 一番最初に作ったのは脚長蜂を閉じ込めた合成樹脂、これは最初の頃は樹脂が透明で標本みたいだったが、経年劣化で樹脂が黄変してくると虫入り琥珀のようで美しくなった。それ以外にも畜光材の粉末を混ぜ込んだ小さな歯車入りの水晶や、ブローチ、100円ショップに売っている小さなネオジウム磁石の上に色付き合成樹脂を載せたものは、マグネットピアスとしてバイト先の主婦達に大人気となり製作依頼が引っ切り無しになったほどだ。
 バイトの無い日は創作活動だけでしていると息が詰まってしまうので釣竿を片手に海や山に出かけて行く。これもインターネットで見かけた山菜や、未利用魚を食べてみるというサイトに影響を受けた結果だった。
 手軽なものでは、沢蟹、ザリガニを捕まえて食べ、ゴンズイや、釣れる弱毒性と言われている草フグやキタマクラなどを一人で捌いて一人で食べた。
ミドリガメなんかまで食べて、自分は一般人とは違うと変な優越感に浸ってみたりしたが、結局市販の食品の方が美味しくて二度三度食べることはなかった。
釣りをしていると、東京湾に似つかわしくない魚もたびたび釣れることがある。特に夏場なんかだと南方に居るような熱帯魚が釣れるのだ。それらは黒潮に乗ってやってきた魚で本来の生息場所とは違う東京湾まで来て生殖活動も行わないまま水温が下がる秋口から冬にかけて死んでしまう。しかしその行動は無駄なんかではなく、その種の生息範囲を広げるという意味で決して無駄なんかではなかった。
俺はそんな魚を釣るたびに自分の生き方を肯定されているような気がしていた。
女性と関係を持たずに、その欲望を創作活動に昇華し、出来上がったものが世に出て人々に認められる。それを死滅回遊魚が死滅せずに種の繁栄に貢献する瞬間と重ねていたのだ。
そんなある日、バイト先に新人が入ってきた。年回りが俺と近い女性だった。その人はいつもにこやかで人当たりが良かった。
特に美人ではないのだが、この人を嫌いになる人間なんていないのではと思ってしまうくらい、人の悪口を言わないことも人に好かれるところなんだろう。
彼女と俺は週に何度かシフトが重なることがあり、少し世間話をするようになるが、不思議と他の主婦達とは違い嫌な気分になることがなかった。人と話すことは楽しいなと思い家に帰ってから、彼女は俺の事を先生と呼ばずに、ちゃんと俺の名前で呼んでくれていたことに気付いた。
 それからはバイトへ行く時間が増えていき、フルタイムで働くことになるまでにそんなに時間がかからなかった。
 彼女が綺麗ですねと言えば、合成樹脂の手作りアクセサリーを寝る間を惜しんで作り、ほかの主婦に内緒でプレゼントした。
 俺が書いている小説の話題になると他の主婦たちは今度読ませてくださいねと、興味がないくせに言って、俺がプリントアウトしたものを持っていくと事務所で埃をかぶり、しまいには裏面をメモ代わりに使うが、彼女はあんまり小説とか読まないんですよ、と言うわりに一生懸命読み込み、少し的外れな感想を言ってくれたりしてくれた。的外れな感想の原因は俺の表現力の不足なのだが、俺は無粋に小説で表現しきれていない事を延々と解説したりもしたが彼女は一生懸命理解しようとしてくれた。
 そして気付くと俺は彼女の事が好きになっていた。仕事の時間をできるだけ一緒になるようにしたり、イラストの参考に写真しか見てこなかったファッション誌の内容を読み込み、実際に洋服屋で購入したり、彼女が参加するからといって今まで参加しなかったバイト先の飲み会やお茶会に参加したりと、増えた収入以上に出ていくお金が多くなってしまい、以前からやっていた釣り、小説やイラストの資料として買っていた小説や漫画も時間や出費の関係で行かなかったり、買わなくなっていく。
 以前馬鹿にして冷めた目で見ていた飲み会は意外と面白く、いろんな話を聞けた。店のある主婦がマネージャーと不倫している。あの人とあの人は仲が悪い、前にバイトで入ってきた新人のおばさんは仕事ができないからみんなで辞めさせた。
 今まで、低俗だと見下してきたその類の話がとても面白いことを今になって知り、小説にも使えるなと話を聞きながらずっと考えていた。
 家に戻り、考えるのは彼女の事と、今まで自分が避け、見下してきた生き方の事だった。学生時代に合コンをやっていたら、サークルに参加して騒いでいたら、あの頃にしかできない事を考えてため息をつく。今からでもという考えに至ったのは夜中の事だった。
 一睡もできないまま店へ出勤し、シフトを確認する。その日は俺と彼女の退勤が同じ時間なのを確認し、残業が発生しないようにいつもより忙しく仕事をした。その甲斐あって彼女と一緒に仕事をあがり事務所で二人っきりでおしゃべりする時間を作ることができた。そして寝ていないせいで少し不自然なハイテンションで彼女に自分の気持ちを伝えた。
 彼女はびっくりした顔をしてから俺の気持ちに応える事はできないとはっきりと言った。俺の事は嫌いではないが、そういう感情は持てないし、結婚しているからと……
 そして翌日出勤すると、彼女は仕事を辞めていた。確実に自分のせいだった。その日は同僚の主婦の人たちにあんた何したの? と質問攻めになり、退勤時店長に自分も辞めると伝えて家に帰った。
 それからは創作活動にあまり集中することもなくなり、正社員として働きながら空いた時間に少しずつ趣味として小説やイラスト、小物作りなどをしてインターネットではなく、職場の老人ホームで同じような趣味を持つ同僚に見せたり、利用者さん達と一緒に絵手紙なんかを書いて結構それなりに楽しんでいた。
介護職はストレスが溜まりやすいからか、安い給料でも頻繁に飲み会があってそこで仲良くなった同僚とお付き合いすることになった。
そして40手前頃に遅くではあるが彼女の妊娠を機に入籍をして、彼女が妻となった。
以前は必死に年に何回も公募していた小説だが、今は数年かけて一つの作品を仕上げるペースになって、まぁ趣味としてなら上等な出来だなと思えるものが何作かできた。同僚や妻にも評判は良く、気が大きくなった俺は久しぶりに公募してみた。
はなから受賞など考えておらず、講評がもらえるくらいまでは進むかなと思っていたところ、携帯電話に市外局番03の見知らぬ相手から電話がかかってきた。
電話に出ると、出版社からで賞を受賞したとの事だった。
今は、仕事はそのままに兼業で物を書いている。ペンネームは以前から変わっていないのでもしかしたら、コンビニを辞めていった彼女も読んでくれているかなと思うと少し嬉しくなる。
今は子供も幼稚園に入り、二人目も妻のおなかの中に居た。今の仕事だけでは二人は無理と諦めていたが、出版した本はベストセラーにはならなかったが余裕ができたので仕込んだのだ。
この先どうなるかはわからない、けど妻と子供たちとなら何とか生きていけるような気がしていた。
俺は死滅回遊魚ではなかった。種の生息域を広げるという偉業はできなかったが、普通にここで子供を産んで育てていく事ならできる普通の人間だった。

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