「日本がパールハーバーを襲っただと!?」
一九四一年十二月八日正午、イギリス東洋艦隊の根拠地であるシンガポール基地に突如入った同盟国の悲報に、イギリス東洋艦隊艦魂司令部に衝撃が走った。
「一体どういう事!?」
戦艦『リヴェンジ』の艦魂が報告に来た駆逐艦艦魂である水兵の少女を睨むようにして怒鳴った。その声に少女は慌てて報告を続ける。
「空母六隻を基幹とした日本機動部隊がパールハーバーに停泊中のアメリカ太平洋艦隊に対し宣戦布告なしの奇襲攻撃を敢行! 戦艦四隻沈没、大破一隻、中破一隻、小破二隻。駆逐艦二隻沈没。他大小艦艇十七隻損傷。陸海軍航空機二三一機損失。犠牲者約四〇〇〇名との報告です!」
「それって、アメリカ太平洋艦隊戦艦部隊のほぼ全力じゃない!」
劣勢のヨーロッパ戦線を議題にした会議は一瞬にして日本軍のパールハーバー奇襲攻撃の話題に変わった。
「空母部隊は!? 空母部隊は無事なのか!?」
「あ、はい。空母部隊は直前に任務の為に全艦出撃していたので、被害はありません」
戦艦『レゾリューション』の艦魂が慌てて聞くと水兵はそんな彼女の問いに資料を一回見詰めた後答えた。
水兵は持って来た資料を幹部達に渡し終えると部屋を出た。
部屋は一瞬にして沈黙し、皆黙々を渡された資料を読み出した。数分後、一番最初に開口したのは戦艦『キングジョージ5世』だった。
「・・・これでしばらく、太平洋は日本が主導権を握るわね」
それはイギリスとしては最悪としかいいようがないものだった。
ヨーロッパ戦線で手一杯なイギリスとしては、東アジア戦線で絶大な戦力を保持する日本軍の参加は戦局をさらに悪化させるしかなかった。本当ならそちらの防衛はソ連に任せるのが筋だが、日本はソ連との間に不可侵条約を結んでいる為ソ連は手出しできない状況だった。
イギリスは直接日本と戦う事はあまりないだろうが、これ以上勢力範囲を削がれる事はイギリス本国の戦意喪失を招くしかない。
「だが所詮は黄色い猿が作ったひ弱な日本だ。すぐにアメリカに潰されるだろう」
キングジョージの言葉に対し戦艦『クイーン・エリザベス』の艦魂が小さく首を振った。
「バカ者。日本を甘く見るな」
「何言ってるんですかエリザベスさん。所詮相手は黄色人種に毛が生えた程度の雑魚ですよ? 大国アメリカの前じゃ赤子同然です」
キングジョージの言葉にエリザベスは瞳をつむった。
「――かつて、世界最強と謳われた大国ロシアと激戦を行い辛勝し、世界三大海軍国にまでのし上がった神国は一体どこだ?」
エリザベスの言葉にキングジョージは「それは・・・」と言葉に詰まる。
「どんな相手も過小評価してはならん。相手はイギリス、アメリカに並ぶ強力な敵だ。その力はドイツにも引けは取らない」
「・・・そ、そうですね」
イギリス海軍最古参の艦魂の発言力はとてつもない威力を発揮する。一瞬にして雑魚扱いされていた日本は強力な敵国に格上げされた。
日本という新たな敵に艦魂達の士気は大きく下がった。そんな中、
「しかし、ドイツ・イタリアと同盟を組んでいる日本がアメリカに戦争を仕掛けてくれたおかげで、アメリカはこの戦いに参戦してくるでしょう。泥沼化しているこの戦争に終止符を打つ為、大国アメリカの力があればこの戦争に勝利する事はより可能になりました」
そう言ったのはイギリス海軍初の純粋空母『ハーミーズ』の艦魂だ。凛々しい柳のように伸びた眉が美しい。
「確かに、アメリカの参戦はこちらにとっては好ましい事だ」
「しかし姉さん。日本が参戦したおかげで私達にも出撃の機会が訪れたね」
エリザベスの妹にしてイギリス東洋艦隊旗艦・戦艦『ウォースパイト』の艦魂が嬉しそうに言う。
「確かに。それは好ましい事だ」
ウォースの言葉にエリザベスもうなずく。その意見自体は皆同感だ。兵器の魂である彼女達の存在意義は戦う事だ。それがようやく叶うのだ。嬉しくないはずがない。が、
「何を言っているんです。戦争は避けねばなりません。ドイツ・イタリアは仕方ないとしても、日本とはかつて同盟を組んでいた仲です。そんな彼らと争う事など、あってはならない事です」
そう言ったのはイギリス東洋艦隊で最も若いキングジョージ5世級戦艦三番艦・戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の艦魂だ。長い金髪に蒼い瞳を輝かせる少女はいつもは無表情だが、今は不機嫌そうにゆがんでいた。
「日本はドイツやイタリアよりもずっとこちら側の国です。そんな彼らと戦火を交える事など、許される事ではありません」
「ウェールズの言いたい事はわかる。私だってかつて同盟を組んだ日本とは戦いたくはない。彼らはドイツ・イタリアといった卑怯な国ではなく我々の騎士道に似た武士道を重んじる戦士達だ。そんな彼らが宣戦布告なしの奇襲攻撃をしたとは信じがたい。だがなウェールズ。日本は我々イギリスに対しても宣戦布告してきたのだ。もう、彼らは私達の敵なのだ」
「それは・・・」
エリザベスの言葉にウェールズは黙ってしまう。そんな彼女に、エリザベスは冷たく、冷徹な瞳を向けて言い放った。
「もうすぐ私達イギリス東洋艦隊は日本の連合艦隊と戦火を交える。その時、あなたは日本と戦えるか?」
その質問に対し、ウェールズは立ち上がり腰に挿した剣を抜いた。剣幅の広い西洋剣の先端をダンッ! と床に付けると、手を添えて自分を見詰める皆に向かって宣言した。
「できれば戦いたくないが、私達イギリスの平和を脅かす者は誰であろうと排除する――例えそれが日本でも・・・。だからこそ、私は日本と正々堂々と勝負して勝ちたい。勝って、平和になった世界でイギリス人と日本人と再び笑顔で話をしている姿を見たい。それに――」
ウェールズは蒼い瞳を輝かせると、自分が信じる道を言った。
「騎士たるもの、敵と正々堂々勝負して勝つ。それが相手に対する最大の敬意だ。例えそれが私達とは違う武士だとしても、同じ志を持つ者に変わりはない。私は日本と戦う。それが、日本という国に対する私達ができる最高の敬意なのだから」
ウェールズの強い決意に皆はうなずいた。
愛する祖国を守りたい。それは古今東西変わらない事なのだ。日本も祖国を守る為に戦う。なら、自分達も祖国を守る為に戦いたい。
お互いの正義がぶつかるのが――戦争なのだ。
どちらが悪く、どちらが正しいなど存在しない。だからこそ、騎士は剣を交えて相手と語り合う。それが騎士道だ。そしてそれは、日本の武士道にも同じ事。互いに剣と刀を交えれば、きっと互いの想いが伝わる。
きっとまたいつか、日本はイギリスの良き同盟国になる。その為の戦いなら、敬意を持って挑まなければならない。
窓の外に広がる蒼穹の空を見上げ、ウェールズは日本との戦いに辛い決意を誓ったのだった・・・
開戦した日本軍はタイ国境沿いに大陸軍部隊上陸させていた。この部隊はマレー半島を南下してシンガポールを攻め込む予定であった。
シンガポールのイギリス軍はこれにいち早く気づき、海軍は上陸して来る敵輸送船団を攻撃する為、その日の午後五時、二日にシンガポールに到着したばかりのG部隊(戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、巡洋戦艦『レパルス』、駆逐艦四隻)を再編成したZ部隊(旗艦・戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、巡洋戦艦『レパルス』、英駆逐艦三隻、豪駆逐艦一隻)を出撃させた。
出撃したZ部隊は南シナ海で日本艦隊を待ち受ける為に部隊を展開させていた。
イギリス海軍新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の防空指揮所から双眼鏡を使って南洋の海を見詰めるウェールズ。
「・・・どうも捕捉できない」
双眼鏡を外すと、ウェールズは顔をしかめた。
「そう簡単に補足するなんて無理よ」
そう言ったのはZ部隊次席艦・巡洋戦艦『レパルス』の艦魂。ウェールズと違いショートカットの金髪が特徴のボーイッシュな少女だ。
今年の春に生まれたばかりのウェールズの外見は十三、四歳くらいだが、レパルスは今年二五歳になる老朽戦艦であるが、外見は十八歳くらい。艦魂は年をとるのが遅いのだ。
そんな外見年齢五歳、実際年齢二五歳も違う二人は親友の関係であり、イギリス本土にいた時からの付き合いだ。
ウェールズは無表情をしているが、レパルスにはわかっていた。
「・・・日本と、戦争したくないの?」
「え?」
突然心を射抜くような言葉にウェールズはギクリとする。そんな彼女を見てレパルスは「やっぱり」とつぶやいた。
レパルスの言葉をウェールズ否定する。
「そんな事ない。敵と戦わないなんて戦艦の恥だから」
「そう言ってるけど、あなたの瞳は暗いわよ」
「・・・」
レパルスから目を逸らすが、もうすでに遅い。
目をそむけたウェールズを見てレパルスはため息する。
「何であなたはそんなに日本と戦いたくないのよ」
レパルスの言葉にウェールズはしばし沈黙していたが、やがて小さな声で話し始めた。
「私は日本が好き。造船所でまだ建造途中だった時、私はたくさんの日本の本を読んだ。泥沼の革命で今を勝ち取った血生臭い私達と違って、日本はほんの少しの犠牲で今を勝ち取った。何でかわかる? イギリスやフランス、その他のヨーロッパの各国やアメリカは自分勝手な民族が支配しているから反乱が起きる。でも日本違う。国のリーダーがしっかりしてるから。だから民衆は従い、反乱なんて滅多に起こらない。日本は、平和を願う優しい国だから、私は日本が好き。だから戦いたくない」
ウェールズの言葉にレパルスは首を傾げる。
「そうかしら? 平和を願う国が世界相手に戦争を起こすなんて矛盾してるじゃない」
「それは私達欧米諸国の責任。日本は自国防衛及びアジア解放の為にアジアを代表して戦争を始めた。それは仕方ない事。昔から正しい事をしたかったら多少の無茶はしなきゃ勝ち取れない。それが世界なのだから」
「そういうものかしらね」
「レパルスは日本が嫌い?」
ウェールズの質問にレパルスは首を横に振る。
「そんな事ないわ。でも、あなたみたいに極端に好きって訳でもないけどね。ドイツやイタリアに比べたらまだこっち側の国だしね」
レパルス自身も日本が嫌いという訳ではない。彼女は日英同盟の真っ最中に完成した巡洋戦艦。多くの日本人を見てきた一人でもあった。
「私はそんな誇り高い武士道を持つ日本とはいつまでも同盟国でいたい。日英同盟が失効された後も、日本とイギリスは良好な関係だった。なのに、こんな事になるなんて・・・」
「時代の流れほど恐ろしいものはないわ。日本にはこんなことわざがあるらしいわ。『昨日の敵は今日の友』って、いい言葉だけど、本当は昨日の敵はやっぱり今日も敵。そういうものよ。そして今日の友は明日の敵になるかもしれない。それが世界なのよ」
「今日の友は、明日の敵・・・」
その言葉にウェールズは愕然とする。
日本とイギリスは、やはり敵にならざるを得ない。それは変えられない事実だという現実を突き付けられ、ウェールズはがっくりとうなだれる。そんなウェールズの肩をレパルスはそっと叩いた。
「元気出しなさい。きっといつか、日本とイギリスはまた仲良くなれるわよ。それを信じて今は戦う。私達にできるのは、それだけよ」
「レパルス・・・」
自分を見詰めるウェールズに向かって、レパルスは優しげな笑みを向けた。そんな優しげな笑みを浮かべるレパルスの胸にウェールズは飛び込んだ。
「レパルス! レパルス!」
「まったくもう。まだまだ子供なんだから」
優しげな笑みを浮かべ続けるレパルスの胸の中で、ウェールズは小さな嗚咽を漏らして泣いた。
まるで仲のいい姉と妹のように、二人はいつまでも抱き合い続けた。
翌日、シンガポールを出撃したZ部隊は日本軍潜水艦『伊‐六五』に発見されていた。『伊‐六五』は北方に展開していた戦艦『金剛』『榛名』以下巡洋艦で編成された南遣艦隊に敵艦隊発見の無電を送った。
南遣艦隊司令長官小沢治三郎中将は直ちに艦隊に南下命令を発し、艦隊は南下を開始したが、目的海域はスコールで視界不良。両軍は一度砲撃戦可能範囲まで接近するも、共に両軍を発見できずに通り過ぎた。
小沢中将はベトナムに展開している第二一、二二、二三航空隊に応援を要請し、東洋艦隊撃滅の任務を託した。
「くそっ! 俺達の任務を飛行機なんかに奪われちまうなんて!」
撤退する南遣艦隊の旗艦『金剛』の甲板で長い髪をポニーテールで纏めた少女が怒り狂ったかのように叫んだ。
顔は美少女だが男勝りで乱暴な性格。言葉遣いも乱暴なこの少女の名は南遣艦隊次席艦・戦艦『榛名』の艦魂。日本艦魂の古参組みだ。
榛名は悔しそうに何度も何度も鉄の床を蹴った。
「飛行機みてぇなクズに戦艦が倒せる訳ねぇっ! 戦艦を倒せるのは同じ戦艦だけに決まってんだろうがっ! 姉貴だってそう思うだろ!?」
榛名は自分の横で毅然とした態度で経ち続けている金髪碧眼の美女に怒鳴った。金髪美女は不機嫌そうな顔で榛名を睨む。
「終わった事にいつまでも執着するな。見苦しい」
「だけどよっ!」
「黙れと言っている。私の命令に逆らうつもりか?」
「うぅ・・・」
人が言っても絶対に言う事を聞きそうにない榛名を圧倒的な威圧感で黙らせた彼女の名は南遣艦隊旗艦・戦艦『金剛』の艦魂。そして、日本海軍主力艦艇唯一のイギリス生まれの艦魂だ。
金剛は長い金髪を風に靡かせると、水平線の彼方を見詰めた。
「この海のどこかにイギリス艦隊がいるのか・・・」
「姉貴?」
じっと海を見詰める金剛の横顔を榛名が不思議そうに見詰める。彼女の表情はどこかいつもの力強い彼女より、わずかだが弱く見えた。
「やはり、イギリスを敵に回す事になったか」
その言葉に榛名はうつむいた。
金剛は確かに日本戦艦であり、連合艦隊戦艦の最古参である。もう三〇年近く日本で生きて来た。生まれ故郷であるイギリスにいた期間とは比べ物にならない。だが、やはり生まれ故郷と戦うのは、連合艦隊最凶の艦魂である彼女にとっても辛い事なのだろうか。
「姉貴、やっぱり生まれ故郷のイギリスと戦うのは――」
榛名の言葉に、金剛はゆっくりと振り向いた。その瞳はどこか怒りの炎が宿っていた。
「榛名。言葉に気をつけろ。天皇陛下に絶対の忠誠を誓う私がイギリスと戦う事に迷いなど感じるものか」
「あ、そ、そうだよな。姉貴は日本人だもんな」
「当然だ。ただ――」
金剛は蒼い海を見詰め、静かに言った。
「ただ、ケジメを付けたかっただけさ」
「ケジメ?」
榛名は意味がわからず意味を聞こうとしたが、海を見詰める蒼き瞳がもう何も聞くなと言っていたので、榛名は何も言わなかった。
日本艦隊は攻撃手段を基地航空隊に委ねると、再び北方に撤退して行った。
十二月十日、Z部隊は南シナ海を航行していた。
蒼い海を翔ける戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、巡洋艦『レパルス』以下の艦隊は順調に敵輸送船団を目指して北上を続けていた。
「レパルス」
『レパルス』の甲板で駆逐艦の艦魂達と会話をしていたレパルスの下に突然ウェールズが現れた。
ウェールズが来ると駆逐艦の艦魂四人が敬礼した。ウェールズが答礼すると、そのうちの一人がレパルスに耳打ちする。
「あの、私達はこれで」
「あ、いいのよ別に」
「いえ、そういう訳にはいきません。では」
駆逐艦四人は敬礼すると光に包まれて消えた。
「もしかして邪魔だった?」
「え? ううん。たぶん大丈夫・・・」
レパルスの横にウェールズは立つと、蒼い空を見上げた。
「今日は決戦になりそう」
「な、何よ突然」
ウェールズの突然の言葉にレパルスは驚く。そんな彼女を見詰め、ウェールズは続ける。
「――風が、そう言ってる」
ウェールズの言葉に、レパルスは「そう・・・」と小さくつぶやいた。彼女がそう言うのだ。きっと決戦になるだろう。
ウェールズに続いてレパルスも空を見上げる。今日は雲一つなくいつもより空が澄んでいた。
「今日はいい天気ね」
「うん」
「絶好の決戦日和ね」
「・・・決戦日和?」
一部疑問があったが、ウェールズはそれ以上の追求はやめた。彼女の瞳が真剣な色に染まっていたから。
二人はしばし空を見上げていたが、そのひとときの平和はついに破られた。
「来た・・・」
ウェールズの見詰める先に黒い小さなシミが数個見えた。次第に大きくなるそれは機影――日本機だった。
『対空戦闘ッ!』
艦隊中に響き渡る警報にレパルスがウェールズを見詰めた。
「さあ、戦闘が始まる。あなたは自艦に戻りなさい」
「わかった。貴官の健闘を祈る」
「ありがとう。あなたもね」
「了解」
ウェールズは急いで自艦の防空指揮所に移動すると、空間から対空ヘルメットを発現させて被った。
迫る敵機を睨み、ウェールズは腰に挿した西洋剣を構える。
「日本との対決相手が航空機とは、舐められているのか」
信じていた日本の自分に対する評価が低い事にウェールズは悔しげに唇を噛んだ。
敵機が近寄ってくると、ウェールズは剣を一振りして感触を確かめると、刃のように鋭い蒼い瞳で敵機を睨んだ。
「大日本帝国ッ! 我が名はイギリス海軍新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』ッ! いざ尋常に勝負ッ! 騎士の名に恥じぬ戦いをしようではないかッ! ファイアッ!」
艦隊上空に達した敵機に対し艦隊中の対空砲が一斉に火を噴いた。
蒼穹の空を滑空する敵機に撃ち込まれた砲弾はそのまわりで炸裂して敵機を襲う。だが、敵機はそれを無視して突き進んでくる。そして、
ヒュルルルルルルルルルル・・・ドドオオオォォォンッ!
敵機から爆弾が次々に投下されて海で艦橋を超える高さの無数の水柱を吹き上げた。
水柱立ち上る中、『プリンス・オブ・ウェールズ』は高速で翔け抜けた。次々に襲う爆弾の嵐の中、水柱と水柱の間を器用にすり抜けるその姿はまるで踊っているかのようだ。
必死に回避すう最中も対空砲火は止まない。『プリンス・オブ・ウェールズ』を中心にすさまじい対空砲火が敵機を襲う。
「左舷弾幕薄い! もっと砲撃してっ!」
ウェールズは歯がゆかった。
戦艦は元々対戦艦戦の為の兵器。対空装備なんてほとんど装備されていない。だから火力が足りない。
「でも、負けられないッ!」
艦隊一丸となって敵機を迎撃する。
敵機一機が黒煙を上げた。続いて一機、また一機と次々に黒煙を上げる。当たってしまえば飛行機など簡単に破壊できる。
残った敵機は負けじと爆弾を投下して来る。だが、それはチャンス。
「爆弾投下時は一番手薄! 集中砲火ッ!」
艦魂の気持ちは艦の行動。
『プリンス・オブ・ウェールズ』の全対空兵器が無防備な敵機を襲い二機から黒煙が上がった。
「騎士の力、甘く見るなッ!」
勝ち誇った笑みを浮かべる。だが、それは突如起きた爆発で崩壊した。
ドガアアアアアァァァァァンッ!
「な、何ッ!?」
すさまじい爆音と振動に振り返ると、後方にいた『レパルス』の後部から黒煙と炎が舞い上がっていた。
「れ、レパルスッ!」
『『レパルス』の第四砲塔に爆弾一発命中! 火災発生!』
親友の傷の具合が気になったが、今は戦闘中だ。雑念は捨てなくてはいけない。一瞬の油断が命取りに繋がる。それが戦闘。
『十時方向より新たな敵機を確認!』
ウェールズが振り返ると、低空飛行で迫る敵機十数機が遠方に確認できた。低高度で侵入する飛行機は通常――雷装。
「雷撃機!?」
水の上に浮かぶ艦艇にとって最も危険な飛行機だ。
爆弾は対地、対艦に万能な兵器。だが魚雷は違う。純粋に、敵艦艇を破壊する為の兵器だ。
『敵雷撃機群接近! 魚雷投下体勢に入りました!』
『敵雷撃機二隊に分離! 本艦および『レパルス』に接近!』
飛び交う悲鳴のような声。耳を劈く砲撃音。そして、死の音色を放つ敵機のエンジン音。波の音が聞こえないほどの喧騒だ。だが、それが戦場の音。それが――戦いの音。
「右舷対空砲火全力ッ! 全機撃墜!」
ウェールズは剣を構えて敵機を迎え撃つ。対空砲火が全力で迎撃するが、敵機は猛然と迫る。
そして、ついに敵機は一斉に魚雷を投下した。その姿を見失わないようウェールズは鋭い目つきでそれを睨む。が、
ズドドドオオオオオォォォォォンッ!
「え?」
突如響いた爆音に思わず振り返ると、右舷から高い三本の水柱を上げて爆発する『レパルス』の姿が・・・
「れ、レパルス!?」
顔を真っ青にして驚愕するウェールズ。だが、その一瞬の油断が彼女のミスだった。
『総員衝撃に備えーっ!』
スピーカーからの絶叫に再び海を見詰めると、そこには魚雷の姿はなく・・・
ドゴオオオオオォォォォォンッ!
「ぐがあっ!」
一瞬にして真っ赤に染まったウェールズ。
『プリンス・オブ・ウェールズ』の右舷に魚雷が二本命中した。
左脇腹が砕け、ウェールズは悔しそうに投雷を終えて去る敵機を睨む。が、すぐに自艦の被害を確認する。二本命中したが、それほど深刻な被害はなかった。
自艦を確認して僚艦『レパルス』を見詰めると、爆弾による影響の火災と魚雷で多少右に傾斜しているが、それほど被害はなさそうだった。
だが、敵爆撃機隊はいまだ健在で水平爆撃を続けている。
水柱が立ちまくる中を艦隊は回避行動と対空砲火を全力で行う。そのおかげかその後の命中弾は一つもなかった。
敵機が去った後ウェールズは止血すると急いで親友の下に駆け付けようとした。その時、
『敵機来襲ッ!』
「うそっ!?」
レパルスが慌てて確認すると、蒼い空の向こうから多数の敵機が出現した。
『対空戦闘ッ!』
「まだ来るの・・・大日本帝国ッ!」
赤い血にまみれた剣を構えて再び戦闘用意に入る。
燃える『レパルス』を一瞥し、ウェールズは真剣な瞳で敵機を睨む。
「これ以上レパルスは傷付けさせないッ!」
『プリンス・オブ・ウェールズ』はすさまじい対空砲火で敵機を応戦するが、敵機は被害の大きい『レパルス』に集中した。
ズドオオオオオォォォォォンッ!
「レパルスッ! このおぉっ!」
『レパルス』を襲う敵機に向かって『プリンス・オブ・ウェールズ』以下艦艇が集中砲火を行うが、敵機は『レパルス』から離れず、『レパルス』は次々に魚雷が命中して高々と水柱が上がる。
「離れろぉっ!」
『プリンス・オブ・ウェールズ』の放った砲弾は敵機の密集している場所に炸裂。敵機二機を撃ち落した。だが、今度は自分に攻撃が集中。必死の回避も空しく一気に魚雷が三本命中し、ウェールズは膝を着く。
「くそ・・・っ!」
悠々と飛ぶ敵機を睨み、ウェールズは再び立ち上がる。が、
ズドドオオオオオォォォォォンッ!
「があああぁぁぁっ!」
続いて二本の魚雷が命中。『プリンス・オブ・ウェールズ』は傾斜して動きが鈍くなった。だが、それでも対空砲火だけはすさまじいものだった。
魚雷を投下し終えたのだろうが、敵機が撤退して行く。
「こ、これでもう・・・」
『敵機大編隊来襲ッ!』
「そ、そんな・・・っ!」
慌てて確認すると、空の向こうから今まで以上の敵機二〇機以上が迫っていた。
「もう、これ以上は持ち堪えられない・・・っ!」
ウェールズは迫る敵機を怯えた目で見詰める。
全力で対空砲火を行うが、敵機は次々に魚雷を投下して来る。右へ左へ回避するが、数が多すぎる。
『プリンス・オブ・ウェールズ』は迫る敵機を何とか避けるが、被弾の多い『レパルス』の動きは多少鈍く、敵機が集中した。
「レパルスッ!」
ウェールズは慌てて『レパルス』を見た。が、次の瞬間、
ズドドオオオオオォォォォォンッ!
「レパルスうううぅぅぅっ!」
高々と『レパルス』右舷から水柱が上がり、『レパルス』は速度を低下させた。さらにゆっくりと右舷への傾斜が激しくなり、十度近く傾いた。
「レパルスッ!」
ウェールズは必死に親友の名を叫んだ。が、『レパルス』のマストに揚がった信号旗を見てさらに驚愕する。
『我操舵機大破。航行不能』
「そ、そんな・・・っ!」
もう今までいのような高速で走れない上曲がる事ができない『レパルス』に敵機は集中する。そして、次の瞬間、
ズドドドオオオオオォォォォォンッ!
「レパルスううううぅぅぅっ!」
新たに三本の魚雷が命中した『レパルス』は一気に大傾斜。傾斜はもう三〇度を超えて右舷甲板が完全に水没。そして、
「レパ――」
ドガアアアアアァァァァァンッ!
満身創痍だった『レパルス』はすさまじい大爆発を起こした。高々度まで上がる黒煙。そして『レパルス』は、艦体を真っ二つに折って轟沈した。
一瞬にして黒煙と共に海中に没した『レパルス』に、ウェールズは言葉を失った。
「れ、レパルス・・・」
数十秒後、状況を理解したウェールズは小さく親友の名を呼んだ。だが、その返事は永遠に返って来る事はない。
「レパルスッ! レパルスうううぅぅぅっ!」
ウェールズは泣き叫んだ。
空高く昇る黒煙にウェールズは親友の姿を捜すが、すでに彼女は海の下だった。
「レパルス・・・」
ショックでその場に崩れるウェールズ。だが、いつまでも悲しみに浸っている暇を敵は与えてくれなかった。
『敵機ッ! 本艦に集中ッ!』
迫る敵機を見詰め、ウェールズの中で何かが粉砕した。
「よくも・・・よくもレパルスを・・・っ! 絶対に許さないッ!」
体中から怒りのオーラを噴出してウェールズはレパルスを殺した《敵》を睨み付ける。
迫り来る日の丸に、もはや敬意などといった感情は一切なかった。
「死ねえええぇぇぇっ! 猿どもおおおぉぉぉっ!」
怒り狂ったウェールズは剣を振り回す。それに呼応して『プリンス・オブ・ウェールズ』の対空砲火が今まで以上の唸りを上げて砲撃する。
その姿はまるで、怒り狂った龍を思わせるものだった。
すさまじい対空砲火の中、敵機はなお爆撃を続ける。しかもさらに敵の援軍が到着して攻撃を開始する。
「落ちろおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
憎しみの目で敵機を睨み、泣き叫ぶウェールズ。だが、そんな無茶苦茶な攻撃がいつまでも続くはずもなかった。
ドガアアアアアァァァァァンッ!
「うがあああぁぁぁっ!」
新たに爆弾を被弾して『プリンス・オブ・ウェールズ』は左舷に大傾斜。もう傾斜復原は不可能だった。
頭から真っ赤な血を流して甲板に倒れているウェールズ。彼女の周りにはおびただしい量の赤い海が広がっていた。まるで憎き大日本帝国の日章旗のように・・・
「ま・・・負けた・・・のか・・・」
自分の死に直面し、ウェールズの心で吹き荒れていた憎しみの嵐は消えた。
どうせ自分はすぐに彼女の下に行ける。
そんな諦めた、だが嬉しい事が彼女の怒りが無意味だと教えたのだ。
去って行く敵機を見詰め、ウェールズは静かに微笑んだ。
これが、神国と呼ばれる日本の力か・・・
すごい。
素直にそう思った。
これが今自分達に牙を剥いた神国の力なのだ。
何が日本の航空技術はドイツほどもない。精々イタリア程度の雑魚だ。航空技術でははるかに日本の方が先進国じゃないか。
遠方に出られない航続距離の短い自軍戦闘機に対し、敵は長距離爆撃機を多数保有している。
パールハーバーで飛行機の方が艦艇より強いと実証された今、最強精鋭航空部隊をその主力とする日本は名実共に最強の国だ。
これが自分達よりも劣るといわれる黄色人種の国が持つ真の実力。彼らをバカにした本国の白人達に向かって、罵声を言いたかった。
人種など関係ない。
本気で挑めば、白人だろうが黄色人種だろうが最強になれる。それが世界。
いくつもの同盟国と共にドイツで苦戦している自分達が情けなかった。
日本はドイツなんか比べものにならないほどの強敵――アメリカと事実上一騎打ちしている。しかも開戦と同時にアメリカ太平洋艦隊を壊滅させている。
ドイツなんかより、日本は強敵だ。これはアメリカもかなり苦戦を強いられるだろう。
ウェールズは自分が死んだ後の世界を想像して苦笑した。どう考えても日本はアメリカに負けるだろうが、それでもアメリカもただでは済まない。そんな気がした。
そして何より・・・
黒煙を上げて今にも沈没しそうな自分の上空を敵機数機が低高度で旋回していた。
今、艦隊は対空砲火をしていない。できる訳もなかった。
旋回する敵機のコックピットから、日本兵がこちらに向かって敬礼をしているのだ。
どこまでも武士道を貫く、すばらしい国なのだ。日本は、
勝負は勝負。だが負けた相手にそれ以上の事はせず、敵の戦いぶりに敬意を払う。それが武士道。
そんな武士道を忠実に守る日本兵を、誰が攻撃できるか。
何回か旋回すると、敵機は空の向こうに去った。
自分の最期は悔しいが、日本に負けた事は最高の誇りだった。
騎士の名に恥じぬよう、ウェールズは静かに敬礼した。
自分達に勝った、最高の好敵国――日本に向かって。
「日本・・・あなた方に負けた事・・・私は・・・誇りに思う」
ウェールズはそう言って静かに笑うと、ゆっくりと目をつむった。
見えるのは、光の向こうから自分を呼んでいるレパルスだった。
ウェールズは笑顔で、親友の下に向かって走り出した・・・
――イギリス海軍キングジョージ5世級戦艦二番艦・新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』。皇太子の名を持つ彼女は敵機の猛攻撃を受けて激戦を繰り広げるが、多数の爆弾・魚雷を受け、僚艦『レパルス』の後を追うように、大爆発を起こして南シナ海に没した――
海戦後、イギリス東洋艦隊が去った後、一機の日本機が二隻の沈没海域上空に現れた。
何もない平穏な海に向かって、日本機はある物を投下すると、兵一同敬礼して空の向こうに去った。
静かに波の音が響く南シナの海上に、美しい花束が浮かんでいた。
同封の手紙には、日本語でこう書かれていた。
――イギリス海軍ノ奮闘ニ敬意ヲ表スト同時ニ、冥福ヲ祈ル――
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