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心を守る免罪符


 『戦場の英雄』

人々はオレ達をそう呼ぶ。

誰もがオレ達をそう呼ぶ。

 アイツはそれを嫌がるように――――何も言わず消えてしまった。

ともに戦った仲間に何一つ告げず。

ともに戦った戦友に何一つ残さず。

ともに背中を預けて戦場を生き抜いたオレにすら、何も言わずにアイツは消えてしまった。

 戦争を生き抜いたと言うのに、オレはアイツを失ってしまったような――――そんな喪失感を抱えていた。




 五年前、隣のセルシィテ国と我がティアマント国が戦争をした。戦前に駆り出されたのは進んで戦争に参加した男達。ほとんどが民間人だった。

セルシィテ国から仕掛けてきたこの戦争では、ティアマント国はほぼ防戦。騎士達は貴族達を守る側にいたため、民間人が戦士として戦うそんな無謀な戦争だった。

 オレも民間人の一人で、戦争に参加していた。

国を守るため、家族を守るため、愛する人のため。

誰もが誰がために戦場に立っていたが、オレは誰のためでもなくただ自分が生きるためにそこにいた。

戦争の犠牲で既に家族は死に、他に行くところもなくオレは戦争に参加していた。復讐や報復でもなく、ただなにも考えず戦場で戦った。

 そんなオレに、戦う理由をくれたのがアイツだ。


「じゃあ、オレのために戦えよ」


 やけに綺麗な金髪と女の顔立ちをしたアイツは、そう笑いかける。歳が近いと理由でオレに近づいてきたアイツは、小柄で華奢な身体をしていて直ぐにのたれ死ぬと思い込んでいた。


「オレもお前のために戦う」

「……なんで?」

「免罪符になる!」


 わけがわからないと思いつつも、差し出された配給のパンを受け取り食べる。


「結局戦争なんて駒にされて、殺して殺されるもんだろ? 誰かを犠牲にしてでも誰かを守りたいって、免罪符があれば心を壊さずにすむと思わねえか?」


 オレよりも年下のアイツは、オレよりもずっと色んなことを考えていた。

短い髪を揺らしながら笑うと更に幼く見えるのに、オレよりもずっと大人な思考の持ち主だと印象付いた。

 実際、アイツは頭がよかった。

訓練経験のない民間人を、アイツは幼いながらも仕切り策を講じ先陣切って、敵を迎い討っていた。

 アイツこそが、勝利に導いた存在。

いつしか幾つも年下のアイツに誰もが頼り、アイツは指揮する立場になっていた。

それが酷だということに誰も気づかず、そして悟られないようアイツは他人を気遣い士気を保ち戦い続けたのだ。

 当時オレは十五歳。最小年のアイツはオレよりも幼かった。

そんな幼い子どもに先導させる異常さに誰もが気づかないことが、オレの目に気持ち悪く映る。

 アイツが戦略や剣術の天才だということは認めるが、アイツにそんなに背負わせていいのか?

 一人、崖に座り夕陽を見つめるアイツの小さすぎる背中を見て、胸が痛んだ。

返り血も拭わず、夕陽で真っ赤に染まっているアイツの考えていることは読めなかった。

それでもオレは声をかけれずにいられなかった。


「お前のために戦う」


 お前のために戦ってやろう。

 オレに目を丸めた顔を向けたアイツは、直ぐに理解して微笑んだ。戦場には似合わない、穏やかで嬉しそうな笑みだった。

金髪を透かして赤く染める夕陽のせいで、女顔のアイツが女に見えるほどその笑みが可愛かった。


「オレもお前のために戦う。――――だから一緒に生き抜こう」


 そう告げたアイツにオレは背中を預けて、戦った。

 アイツのために戦い、生き抜いた。

 ともに戦った仲間。背中を預けた戦友。

 初めて、親友と呼べる友が出来た。

血塗れの戦場だったが、オレはアイツに命だけではなく、心まで救われた。

孤独まで、癒されたのだ。

 アイツがいたからこそ、生き抜いた。

 アイツがいたからこそ、戦争に勝った。

だから戦友達はアイツを英雄と呼ぶ。

肩を並べたオレも含めて英雄と呼んだ。



 だが、唐突にアイツは消えてしまった。

国は戦ったオレ達に謝礼金を渡し、騎士の職を与えると言った。ある者は家族の元に帰り、ある者は騎士になった。オレは後者。

英雄と呼ばれたオレに、隊長格の席を用意すると言われたがそれは断った。

 その席に相応しいのは、アイツ――――ギルバーンだ。

アイツにこそ、あの才能が活かせる地位だと正当な理由で断った。

 国総出でギルバーンを探したが、アイツは見付からず死亡と判断されてしまった。

 そんなはずはない。

 アイツは約束した。

 生き抜こう、と。

だからオレは信じた。アイツは生きている、と。

国からの呼び掛けに反応しないのは、英雄扱いが嫌だから。

例え国を救ったとしても讃えられたくない。

オレがそう思うように、アイツもそう思っているとオレは信じた。

きっと何処かにいる。

そう信じて、オレはアイツを探した。

生きているなら、見つけられる。

 そう信じて五年――――――未だにアイツを見つけられずにいた。

オレはまた――――…独りだ。







 国の騎士になって五年。

街は復旧しすっかり落ち着きを取り戻して平穏になっていた。

戦争に参加したギルバーンとよくいた民間人の何人かには、ギルバーンを見付けたら連絡するよう頼んだが未だに連絡はない。

誰一人、一番アイツのそばにいたオレですら、アイツを知らなかった。

アイツの生まれも、アイツの家の名も、アイツの素性に関することは何一つ知らない。

 ギルバーン。その名が本当すらも疑わしい。

まるで存在していなかったかのように、アイツは消えてしまったのだ。

外見だけを頼りに密かに探していたが、手掛かりすらも掴めずにいた。


「……さよならぐらい、言え……」


 遠くの戦地の跡を窓から見つめて呟く。

親友と思っていたのに、何も言わずに去るなんて。

せめて別れの挨拶くらい、しろ。

そう文句を言いたくとも、アイツはいない。

 アイツで埋まっていた孤独が、アイツが消えたせいで再び空いてしまっている。

アイツ以上の友人なんてできるはずもなく、淡々と業務をこなす日々に埋もれていた。

 すっかり聞き慣れた笑い声が聴こえて、オレはそちらに目を移す。

庭で騎士三人と女性が一人、戯れて談笑していた。

 先日、隊長であるピーター・ファンニグに紹介されたのがあの女性。

彼の妹だというのだが、驚くくらい似ていないほど華麗で美しい女性だった。強面な隊長とは真逆にほっそりした体型で、令嬢らしい気品さのある微笑みを浮かべる顔は男を魅了させるほど容姿端麗。

なんでも、結婚がまだで相手を探している最中だと言う。


「ゼルロ! お前、功績とその容姿なら許してやっていい……妹と結婚しないか?」


 紹介した理由を聞かされて唖然とした。

いくら英雄扱いで騎士の副隊長になったとは言え、民間人出身だ。子爵令嬢と結婚なんて身分差がありすぎる。


「あら、いやだ、お兄様。そんな風に売り込むのはやめてくださいませ。ゼルロ様も困ってしまいますわ」


 目の前で兄に身分の低い騎士に自分の結婚を持ち込まれて嫌だったのだろう。

アシュリー・ファンニグは苦笑した。


「ごめんなさい、ゼルロ様。私も身分差を気にしないと言ったら、強い騎士を旦那様にしろと聞かなくて」


 彼女の話によれば、隊長より上に兄がいて既に爵位を後継したらしく、彼女は誰と結婚しても文句は言わないと放って置かれているらしい。

そこで隊長が結婚相手に騎士を選べと推薦し、このオレが逸早く彼女に紹介されたようだ。

王族を守る騎士はそれなりに女性に人気があるようで、街に行くと声をかけられたり手を振られたりすることがたまにある。オレは中でも好まれる顔らしく、戦争の功績もあって隊長はオレを推した。


「では、失礼致します。ゼルロ様」


 だが当の本人にオレに気なんてないらしく、呆気なく去っていく。それを見て隊長は溜め息をついて、何故か慰めるように肩を叩かれた。

 彼女にフラれた、というわけだ。



 隊長は懲りずに勤務する王宮に彼女を呼び出して、騎士達に会わせた。彼女の容姿に惹かれて自分から求婚した騎士もいると噂に耳にしたが、今日も彼女がいるところを見ると誰からの求婚も受け入れていないようだ。


「……アシュリー嬢。一体なにをやっているのですか? 隊長達は」

「あら、ゼルロ様。ごきげんよう」


 なんとなく足を向けて来てみれば、隊長と他の騎士が剣を交えていた。

そんな光景を見向きもせずに、本を読んでいるアシュリー嬢に訊くと、座っていたベンチから立ち上がりドレスを軽く摘まむと膝を曲げて会釈される。

そんな挨拶は不要だったがされたのならばと頭を下げた。


「あの方がしつこく求婚なさるので、兄に勝てましたら考え直してもいいと言ったら……」


 ああなったと?

無茶な挑戦をしたものだ。

隊長を勤めているのだから剣術は優れている。しかも相当だ。

きっと彼に勝てるのはギルバーンぐらいだと思う。

 そんな勝敗がわかりきった決闘を見ていたが、すぐにベンチに座ったアシュリー嬢に目を戻す。彼女も勝敗がわかりきっているからこそなのだろうが、自分が原因なら見守るべきではないだろうか。

関係ないとばかりに、また本を読んでいる。

 おしとやかな令嬢だと思っていたが、やはり騎士相手に結婚なんてこと望んでいないのでは?

 彼女を観察するように見てみる。

陽に当たり、彼女のブロンドは透けてキラキラと輝いていた。その青い瞳は本の文字を追って黙読している。

改めて見ると、本当に美人だ。

騎士を弄ぶほど有り余った魅力。

 その容姿に、ギルバーンを思い出す。

女顔だったから、ブロンドで青い瞳の美人を見るだけで重ね合わせてしまう。


「そんなに見つめられると、恥ずかしいですわ」

「あ、すみません……」


 視線に気付いていたらしくオレを見向きもせずに言うアシュリー嬢から、慌てて目を逸らして空を見上げる。

数秒してからもう一度視線をアシュリー嬢に向けた。

今度は彼女が見ていたらしく、さっとそっぽを向かれる。


「座ったらどうでしょうか?」

「いえ、このままで構いません」


 隣に座るようベンチを叩いて見せるが、オレは断った。ベンチの横に立ち、未だに剣を混じりあわせている隊長達を見る。


「粘っていますね」

「そうですね」


 相手は粘って隊長に遊ばれていた。彼女の様子を盗み見てみたが、やっぱり関係ないと言わんばかりに本だけを見ている。

 やっぱり彼女は騎士を結婚相手にみていないのでは?


「……失礼ですが、アシュリー嬢。貴族の中にお相手はいないのですか?」


 率直に訊いてみた。

アシュリー嬢は頭を上げる。きょとんとしたが、ふっと小さく吹き出した。


「強い人が兄の条件なのですわ。貴族の中で求婚してくださった方々に騎士より強い人など、いらっしゃいませんでした」


 貴族が強いわけがない。騎士の中には貴族出身がいるが、その貴族騎士が強いとは限らないのだ。

実践経験のあるオレ達成り上がりの騎士の方が実力があるわけで、トーナメントをすれば必ず隊長以外の貴族騎士は敗退する。

隊長は本当に妹の婿を探す気があるのか……?

疑問に思ってしまう。


「強さに関わらず、意中の人がいれば話は別なのですが……。恋愛結婚も難しいものですわ」


 唇の下に白い手袋に包まれている人差し指を走らせて、アシュリー嬢は溜め息混じりに呟く。

 意中の相手すらも見付からないのか。

彼女に心を奪われる男がいても、彼女は惹かれないようだ。


「ゼルロ様は兄にも勝てそうな強いお方、心当たりありません?」

「隊長よりも強い……ギルバーンですね」


 問われたので答えれば、アシュリー嬢は目を丸めて顔を上げた。

 嗚呼、そうか。ギルバーンは有名でも、アイツは死亡扱いされている。

死亡した英雄の名前を出しても仕方ないか。


「……戦場の英雄ですか……。そう言えば、ゼルロ様は彼を未だに探しているそうですね」

「……ええ、アイツは生きていると信じていますので」


 隊長には休暇の理由を話していたから、アシュリー嬢もギルバーンを探していることを聞いていたようだ。

オレはいつも『生きていると信じている』と進言していたので、包み隠さず告げた。


「アイツがここにいたならば、更に功績を上げて、数多くの求婚を受けていたでしょう。顔が整っていましたし、英雄ですから……」


 顔よし才能あり地位もありのアイツならば、何処の令嬢でも申し分ない結婚相手だろう。


「英雄……ですか」


 アシュリー嬢は、遠くを見つめて呟く。浮かべている笑みは、嘲笑しているように見えた。


「英雄なんて言葉で、人々は真実を隠していますわね。浴びているのは称賛ではなく血で、人殺しなのに」


 続けて告げられた言葉は間違いなく戦友を見下す言葉。嘲笑の笑みに嫌悪さえも含めていた。

紛れもない真実だったが、ギルバーンもきっと同じことを思っているはずだが、戦場を見もしない令嬢にそんなことを言う資格などない。

 彼女はオレに向かって、オレを人殺しと言ったも同然だった。

そんなつもりではなかったのか、気付いてアシュリー嬢は唇を押さえて目を丸めた顔をオレに向ける。


「ええ、その通りです。オレの親友であるギルバーンも同じことを言うでしょう。だからこそ、英雄扱いを嫌がり行方を眩ませた。……オレと同じ人殺し……免罪符にしたって……アイツはいない」

「ゼルロ様……」


 オレは認めた。事実だ。

英雄を免罪符にするつもりはない。

免罪符は、親友だ。

だがその親友はいない。


「心を守るために互いを免罪符にしていたのに……壊れてしまいそうだ……」


 結局は人殺し。

その事実に心が壊れないように、誰かのためと言い訳を作った。オレにはなかったから、アイツはそれをくれた。

 だけどアイツはもういない。

直視しようとしなかった事実を口にした途端、壊れていくような気がした。

親友の存在で、守っていた心が。

 ただの戯れ言だったが、アシュリー嬢の耳に届いていた。

オレは彼女を見もせずに、その場を足早に去る。引き留められた気がしたが、オレは聴こえないフリをした。




 その夜。

 浅い眠りに浸っていたが、物音に目が覚めた。

人の気配を感じ取り、オレはベッドの横にかけた剣の柄を掴む。

月光が射し込む窓を塞ぐ影のせいで、部屋は微かな明かりしか差し込まない。

そのせいで侵入者の姿は確認できなかった。

だが、ソイツから声をかけてきた。


「よぉ、ゼルロ。久しいな」


 気さくに挨拶してきた若い声に呼ばれて、オレは目を見開く。

月光を背にしたソイツの顔は確認できなかったが、金髪。

 五年もの間、捜し続けていた親友は、ある日唐突にオレの部屋に現れた。



 ――――――たった一度だけ。

戦争が終わったら、どうするのかを聞いたことがある。


「オレは……自由に旅にでも行こうかな」

「旅? 何処に?」

「何処へでも。宛もなく、何にもとらわれず……自由に」


 何処か遠くを見つめながら儚げな笑みを浮かべてそう語っていたから、きっとギルバーンにも帰る場所がないとばかり思っていた――――――。



 五年間、捜し続けても見付からなかったのは、旅に行っていたせいかもしれない。

唐突に現れたギルバーンを見て、今更思った。


「…………」


 窓枠に座っているギルバーンらしき人物を暫く黙って見てみたが、これは夢に違いないと思い剣を置いてベッドに潜り込んだ。


「うおいゼルロ! 五年ぶりの再会を見なかったことにするな!」

「本物か……?」

「……ギルバーンだよ。ギルバーン」


 声を上げるギルバーンにもう一度顔を向けると、ギルバーンは肩を落とした。

また暫く黙って見てみてから、ベッドを降りて歩み寄る。

 五年前と比べて身長は伸びたように見えるが、相変わらず華奢な体つきに見えた。月光の影で見えなかった顔も、暗かったがギルバーンの面影ある女顔を視認する。

嗚呼、ギルバーンだ。


「──っ捜し回ったんだぞこのバカ!!」

「ひゃうっ!? ……大声出すなバカ! 見付かるだろうが!」


 怒鳴り付けてやれば奇声を上げて震え上がり、ギルバーンは慌ててオレの口を塞ぐ。その手は相変わらず小さく、手袋を嵌めていた。右手には、あの時の傷が残っているのだろうか。

 俊敏で滅多に怪我を負わない奴だったが、一度だけオレを庇って深傷を負った。背中を預けあう戦友だからこそ、ギルバーンは右手を犠牲にしてまで助けようとしてくれたのだ。

戦争の最中に利き手である右手を犠牲にしようとするなんて有り得ないことだが、考える暇なくアイツは飛び出した。幸い切断なんてことにならず数日は左手で剣を持っていたが、すぐに慣れていた様子で不自由なく振っていたが。

 夜の王宮の騎士宿舎にいるということは、不法侵入したらしい。見付かったら即牢屋行きだ。

 よくもまぁここまで見付からず騒がれず辿り着けたものだ、流石はギルバーン。

王宮に忍び込む度胸が凄い。

呆れが半分、安堵が半分。

間違いなく、ギルバーンだ。この感触は幽霊でもない。


「……今まで何処に行っていたんだ。国もオレも……捜していることは知っていたんだろ?」


 会いに来てくれたのは嬉しかったが、オレは今まで何処にいたのかを先ず知りたくて静かに訊いた。


「……何処に行くのか決められなくってさ迷っている……今もな」


 俯いたギルバーンに、なんとも言えない笑みが浮かぶ。

欲しかった答えではなかったが、明らかに沈んだ声にオレは戸惑う。

ギルバーンはいつだって強気でいた。弱気を見せないようにしていた奴だったからだ。

 ここはもう戦場じゃない。

だから気を張る必要もなく、弱気を見せているのか。


「ずっと捜しててくれたんだってな……ありがとう、ゼルロ。手間かけさせて悪い」

「……ギルバーン」


 嬉しいよ、と笑いかけてくるギルバーンはどこか切なそうだった。

本当に今まで、コイツは何処に行っていたんだ?


「……お前、今まで、独りだったのか?」


 何処にいたかはぐらかされたので、別の質問をした。

 お前には帰る場所はあるのか? 家族はいるのか?

 質問攻めにして五年の空白を埋めたかったが、イマイチ踏み込めず躊躇いがちに問う。

ギルバーンは目を見開いた。そして苦笑を洩らして頭を傾ける。


「お前のような親友はいないまま、五年は過ぎ去った」


 独りだと、肯定した。


「お前は今、どうなんだ? 結婚はまだか? 友達はいないのか? 恋人は? 騎士なんだろ、仕事は順調か?」


 そしてオレについて、質問攻めをしてきた。

初めて会った時と、変わらない。

自分から踏み込んでくる。


「お前は大丈夫なのか……?」


 オレを心配するその問いに、泣きたくなった。視界の隅が歪む。

 ギルバーンは。

親友のオレに、会いに来た。

会いに来てくれたのだ。

オレの心が壊れていないか、それを確かめに来てくれた。


「お前がいてくれるなら……なお大丈夫だ」

「なんだそりゃ。大丈夫っつーことだな」


 足を揺らしながらギルバーンは安心したように笑う。

大丈夫だ。お前がいるんだから。


「……今でも間に合う。騎士にならないか? 五年前の実績なら騎士になれる。お前には才能があるのだから」

「……騎士、ねぇ」

「行く宛がないなら、ここに留まれ」


 今目の前にずっと会いたかった親友がいるだけで安堵するが、また何処かに消えてしまいそうな気がしてオレは引き留める。

ここに居てほしい。


「……オレには無理だ、ゼルロ。今更名乗り出るつもりはない。英雄扱いなんてごめんだ」


 刹那考えてあっさりと断るギルバーン。


「……じゃあ何処に行くんだ? ギルバーン」

「……何処だろうなぁ……」


 独り言のように呟くギルバーンは儚げだった。

まるで迷子になった子どものように、いつの間にか幻のように、消えてなくなるかもしれない。

そうなる前に、オレはギルバーンの頭に手を置いた。


「お前は……大丈夫なのか……?」


 心は、大丈夫なのか?

 壊れてしまっていないか?

撫でるようにして捕まえておく。


「……大丈夫だ……ゼルロ」


 ギルバーンは囁くように告げた。


「お前がいるから、オレの心は大丈夫だ。離れていてもお前の存在に救われていた。ありがとう」


 手を退かしオレを見上げてギルバーンは礼を言うが、それはオレの方だ。


「……ギルバーン」

「ん?」

「抱き締めていいか?」

「え゛」


 ギルバーンは笑顔を固めた反応をする。


「ごめん、オレにはそうゆう趣味は……」

「オレにもない」

「じゃあなんで……」


 明らかに警戒し出した。


「友情の抱擁」


 ただそれだけだ。深い意味もないし、そっちの意味でもない。

ギルバーンは難しい顔を俯かせて考えた。

そこまで考えるほどオレとの抱擁は嫌なのか……?

親友だろ、オレ達。


「嫌だ」


 キッパリ、ギルバーンは顔を上げると拒絶した。


「何故だ!? ちょっとくらいいいだろうが! 再会したんだぞ! 五年ぶりの再会だ! 抱き締められろ!!」

「ぎゃあ! やめろ! オレに触ろうとすんな!! お前そうゆう奴だったっけ!?」

「空白の五年を抱擁で埋めるだけだ!」

「どんだけ友達いねぇんだよお前はっ!!」


 断られようが未だに窓枠に腰を掛けているギルバーンを抱き締めようとしたが、ギルバーンはオレの胸に足を置いて引き離す。伸ばす腕も抱き締められないようにと掴んで退かされた。

 な……なんでここまで拒絶する……!?

十五分の格闘の末、オレが負けて断念した。何故抱擁は駄目なのだろうか。騎士の間では肩に腕を回されるのは日常的だ。

意味がわからない。


「ハァハァ……わかったよ……また会いに来てやるから……抱擁だけはやめろ」

「随分と上から物を言うんだな……」


 息を切らすギルバーンの中で、オレは友達のいない寂しい奴だと認定されてしまったようだ。

まぁいい、また会いに来てくれるのなら……。


「……次はいつ会いに来る?」

「ん? お前が寂しそうだったら来てやるよ」


 曖昧だな。


「今度は忍び込まずに来いよ」

「え? 次も忍び込むぞ」


 ケロッとギルバーンは返す。


「……は?」

「おいおい……ゼルロ。平和ボケしている世の中だぜ? これくらいのスリルは味わいたいじゃねーか」


 わかってないなと首を振るギルバーン。


「……お前まさか」

「ん?」

「スリルを味わうついでにオレに会いに来ただけか?」

「……。馬鹿野郎、親友に会いに来たに決まってんだろ?」

「今の間はなんだ」


 まさかと問えば爽やかに笑ってみせたが、今回の訪問はギルバーンが楽しむために来たのも含まれているようだ。


「まぁいい……近衛のオレに王宮に忍び込む宣言をしたからには警備を強化しよう。お前のスリルのために」

「待て。絶対オレを捕まえるためだよなソレ」

「捕まえられたら英雄を免罪符にしろ。騎士になれば許される」

「お前どんだけオレを巻き添えにしたいんだよ!?」


 捕まって騎士になればいいと思う。

どでかい溜め息を吐いて、ギルバーンは肩を落とした。


「ゼルロ、オレに会ったなんて言うなよ?」

「……そんなに嫌か。騎士になることと抱擁」

「まだ抱擁諦めてないのかお前は。……騎士になるのは断るって、そうじゃなくてオレは既に死亡扱いされてるんだ。余計友達出来ないぞ」


 やっぱりギルバーンの中で、オレは友達のいない寂しい奴らしい。


「あ、そろそろ見張りの交代の時間だ。その時が隙なんだよな、じゃあこれで。またな、ゼルロ」


 ギルバーンは気さくに言うと、背中を向けて窓枠を蹴ると外の木の枝に掴まり、勢いをつけて飛び降りた。

オレの部屋は二階なのだが、地面に降り立ったギルバーンはなんともないらしく、駆けて闇の中へと消えていく。

 見張りの時間を把握している上に、猫みたいに入ってきたギルバーンは……。

 何者だよ、お前。

幼いながらも民間人の兵を仕切り戦争を勝利に納めた奴なのだから、ただ者ではないと思っていたが、結局今まで何処にいたかさえも謎のまま。

 謎のままだが、ギルバーンらしくて笑みが零れた。





 これ以上ないくらい安眠できた翌朝は清々しい気分で目が覚めた。


「おはようございます、ゼルロ様」

「……おはようございます、アシュリー嬢」


 宿舎を出るなり、アシュリー嬢と出会してオレは気まずくなる。

もう二度と顔を会わせないようにしようと思っていた。彼女だってオレと顔を合わせるなんて嫌だろう。

そう思っていたのに、どうやらアシュリー嬢はオレを待ち構えていたらしい。


「昨日は大変申し訳ございませんでした……気分を害されたでしょう。決してわたくしはゼルロ様を否定したわけではありません……英雄と持て囃して好意を寄せる女性方を見下しただけですわ」


 謝罪と弁解をしにわざわざ来たようだ。物言いが随分と見下しているが、確かにそうだと同意する。

英雄というだけで好印象を抱く女性は、アシュリー嬢の言う人殺しという事実をみようとしないだろう。

ギルバーンが気にかける心を壊す状況を知りもしない彼女達を軽蔑する言葉だった。英雄だからと結婚相手に挙がるのは可笑しい、そう言いたかったらしい。

 ……見下しすぎると思うが。


「いえ、お気になさらないでください。自分の方こそすみません……」

「そんな、ゼルロ様は謝る必要などありませんわ」

「不快になったのでは?」

「いいえ。ゼルロ様を傷付けてしまった気がして………心は、大丈夫でしょうか?」


 首を振るとわざと垂らしたブロンドの髪が揺れた。

静かに問い掛けるアシュリー嬢は、気にかけてくれている。そう気付いた。

青い瞳で見つめてくるアシュリー嬢は、同情なんて欠片もなくただオレの心が無事かを見つめるよう。

 彼女はまるで戦場を見ていたかのように、遠くで守られていた貴族とは思えない価値観を持っていた。

令嬢ならば英雄を人殺しと認識しないが、彼女は現実を見ている。

英雄の功績は命を奪った数だと。

真実を目を逸らさず見ていた。

 そのことに嫌悪感を抱いていて心を壊してしまいそうだと言ったオレの言葉を聞いて、謝罪した上で心情を探っている。

自分が追い討ちをしたのではないかと、目を逸らさず確認しにきた。


「……オレは大丈夫です」


 ギルバーンが生存していて、会いに来てくれたのだ。オレの心はまた救われた。

アイツの存在で守られている。

だから大丈夫だ。

微笑んで答えたため、すんなり信じたアシュリー嬢も安心したように微笑む。

 薄化粧を施した顔に浮かんだ微笑みは見惚れてしまうほど、優雅で花が咲き誇ったように美しかった。

優しげな青の眼差しが、オレの胸を熱くする。

思わず目を逸らした。

 すると彼女の後ろから何かが聴こえてきた。ずっとアシュリー嬢は腕を背中に回していたので、何かを隠していると気付いていたが……動物?

首を傾げると、アシュリー嬢は苦笑を漏らした。


「ここに来る途中で見付けたんです。何処かにぶつかったらしく……人が触れない方がいいのですが、放っておいたら死んでしまうので」


 見せるつもりはなかったらしいが、彼女は後ろに隠していたカゴを見せる。

カゴの上には青い色の鳥が横たわっていた。羽が傷付いているらしく、白い布が巻かれている。

その小鳥から少し視線をずらすと、カゴを持つ彼女の手は右手だけ白い手袋を嵌めていた。どうやら白い布の正体は、左の手袋のようだ。

小鳥の手当てをするため千切ったらしい。血が滲んでいる。


「……この下は?」

「……お詫びのお菓子なのですが……小鳥を乗せたお菓子は嫌でしょう?」


 鳴く小鳥の下から、甘い匂いがしたから小鳥の下にある布を捲れば、マフィンやクッキーがあった。オレへのお詫びの品として持ってきたらしいが、小鳥を手に持って運ぶことができずに致し方なく乗せたようだ。

怪我をした小鳥を乗せてしまったので、オレに渡すことはやめたらしい。


「いや、気にしないのでいただいても構いませんか?」

「え? ……構いませんが」

「有り難くいただきます。……汚れていますよ?」


 小鳥を乗せたままのカゴを受け取ると、彼女の手が血で汚れていることに気付く。

 令嬢ならば血で汚れた動物に触れたりしないのに、アシュリー嬢は手袋を破ってまで手当てしたようだ。やっぱり彼女は普通の令嬢らしくない。

 アシュリー嬢は騎士の中でも好印象だ。ピーター隊長の妹だということを差し引いても、美人でおしとやかに会話をする彼女は評価が高く、求婚しない騎士も彼女と親しくなろうと近付く。

オレも彼女の微笑には癒されるとは思うが、何処か冷めた部分がある気がするので、あまり騎士仲間に同意できないが。

夢を見すぎている理想像を押し付ける女性でもなく、ただの兵だと見下す女性でもないアシュリー嬢だからこそ好かれているのだろうか。


「血は苦手ではないのですか?」

「血? 血を嫌う理由が見当たりませんが」


 笑って答えるアシュリー嬢は、少々ずれている。彼女の手を取り血を拭おうとしたが、乾いてしまって水で洗い流さないと無理そうだ。


「汚れるのがお嫌いでしょう、女性ならば」

「あら、あたしは女性じゃないと言うのですか?」

「あ、いえ……」


 女性じゃないと否定してしまった言葉を、アシュリー嬢は怒るどころか笑ってみせた。

他の令嬢と違って心が広い。


「こちらの手袋も汚れていますが」

「こっちはいいんです……」


 手袋をしている右手を手に取ると、彼女は顔色を変えて右手を背中に隠した。

汚れた手袋を外さない理由でもあるのか?


「ゼルロ様、お昼休憩までここにいますから。食べてくださるならその時に」

「ああ、なら昨日の庭のベンチで、一緒に」

「はい。お待ち致します、この子と」


 オレの手からカゴを受け取ると、アシュリー嬢は微笑んでから先にオレから離れた。

また花が咲き誇ったような美しい微笑みに、見惚れてしまう。

 小鳥の鳴き声が聴こえなくなった頃に、一緒に食べる約束をしたことに今更ながら気付く。

 いや、下心はない。彼女と甘いお菓子を食べるだけだ。

ああそうだと、自分に言い聞かせた。

別にオレは彼女に求婚するつもりもないし、その前にオレはフラれている。

アシュリー嬢との距離は縮んだと思う。その事実がなんだか歯痒くて、胸が落ち着かない。

 焦がされた心が落ち着かない。

どうすればいい? ギルバーン。




これも八月に書いていたものです。

それを一部抜き取って少し見直して載せてみました!


行方不明な戦場の小さな英雄を描きたくて書き始めました(笑)

一応女騎士は存在しない認められていないエセ中世風な世界です!

中世時代とか騎士の知識が乏しいのに、色々すみません(;^_^A

多目に見てください←


愛する国や愛する家族のために戦争に立つものではなく、

理由もなく戦う孤独な二人が背中を合わせて支えあって戦争を生き抜き勝利に導いて英雄になった。


心を守る免罪符、それが親友。


ギルバーンとゼルロの友情に胸がじんわり温かくなってもらえたら嬉しいです(笑)


ギルバーンの謎は、謎のままがいいと思うんです←


ジャンルを一応恋愛にしましたが、恋愛要素薄かったですね(苦笑)

今後のゼルロの恋の行方を描けたら、また載せます!いつか書けたら!←


自己満足!

お粗末様でした<(_ _*)>

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 続きがすごく気になります!!
2013/09/24 21:47 退会済み
管理
[良い点] この読後のむずむず感がたまらないです。 このまま放置プレイもありなのでしょうが、でも、やっぱり、いつか続きをと期待してしまいます。
[一言] 「英雄の功績は命を奪った数」この言葉に改めて事実を突きつけられたようで惚れてしまいました(笑)ありがとうございます^^
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