第九話 野球同好会2
「あ、小野寺巽、一年生です。」
「…え?、小野寺…?!あの中学インターハイで全国優勝した駒中の小野寺巽か!?」
長井先輩が驚いた顔をした。
そう、あの笑い上戸のあほ子の兄は実は中学時代結構な有名人だったりする。中学時代三年連続スターティングメンバーで全国大会を総なめにした名投手。豪速投手、神の腕とも言わしめた。事故さえなければおそらくプロにもなれたかもしれない。
高校野球と違って中学の野球なんてあんまり有名じゃないから、一般的にはそんなに知られてないけど、それでも野球かじっている人間なら巽を知っている人間がいてもおかしくはない。
もちろんその辺も心得ているから、僕は慌てなかった。
「いえ、違います。」
きっぱりと否定する。
僕のポジション的には投手だけど、巽みたいに豪速球を投げるタイプじゃない。小学生時代にはチームに入っていた経験はあるものの、中学時代は陸上をやっていたしブランクがある。そんな僕がインターハイのスター選手と同じ動きが出来るわけないし、もしそうだと言って違いを指摘されても困る。
「同じ名前でそんなすごい人がいるんですね。知りませんでした。僕、中学では陸上をやっていましたし、別人ですよ。」
穏やかに応じると、少し疑わしそうな長井先輩の視線にぶつかる。
知らないは嘘だけど、それ以外は嘘ではない。ええ、まったく嘘ではないですよ。
「ま、赤の他人だって似てる奴は、三人はいるって言うし、同姓同名はそんなに珍しいことじゃないよな。それに、そんな有名な奴がうちみたいな学校に来るとも思えないし。」
海棠先輩が穏やかに応じてくれる。穏やかな人だな。逆に言えばちょっと頼りない気がするけど。
「で、どうかな?この部?今日の練習見ててもあんまり楽しさ伝わらなかったと思うけど。」
「え?そんなことないですよ。」
その感想は本当だ。確かにキャッチボールだけしか見てないけど、その間、先輩達の楽しそうに笑っていた。本当に野球が好きでやっている。そんな感じだ。
「それに今日は見学と言うか入部届けを出しにきたので。」
「え?」
「え?もう?」
入部すると言う僕を、サッカー部に誘ってきた茜井が驚くのはわかるとして。
海棠先輩も目を丸くするのはなんだかおかしい気がした。新入部員が入るって言えば普通驚くよりも喜ぶと思うのだが。だが、気にせず僕は入部届けが入っているはずのポケットに手を突っ込んだ。
「ええ!僕、高校では野球するつもりだったから。入部届けも既に書いて…あれ?」
昨日出し損ねた入部届けは出した覚えがない以上ここにあるはずだった。が、出てこない。
「あれ?ない!?確かにここに入れていたのに!?」
昨日届けを出そうとして教室を出たところまでは確実にあった。一体いつ落としたのだろう。まあ、名前と部活名かいただけの紙だし、また先生にプリントもらえば済むことなんだろうけど。
「…すみません。ちょっと、失くしてしまったみたいです。」
うう、これじゃまるで社交辞令で入部考えてる、と言ったみたいだ。気まずい。
「いいよ。いつでも。じっくり考えてくれていいから。」
嫌な顔一つせず笑ってくれる海棠先輩。優しい人だなと思う。こういう人の下で練習するのもちょっと頼りない感じだけど、悪くはないかもしれない。
だが、その印象を次の言葉で一気に変わった。
「それに、一時の興味だけで高校の部活選ぶと後悔するし。中学のときに陸上やっていたなら、陸上部も見学に行ってみたらいい。」
笑顔のまま、海棠先輩がそんなことを言う。ん?なんかおかしくないか?
「…それでは、まるで僕達に野球同好会に入ってほしくないって言っているように聞こえるんですが。」
海棠先輩は笑みを崩さず、まさかと笑ってみせる。
「いや、そりゃ。入ってくれるなら嬉しんだけどさ。君みたいに運動できそうな子がうちみたいな弱小部、それもチーム競技の部活に入っても面白くないんじゃないのかな、と思って。」
「そんなことないですよ!僕、高校に入ったら絶対甲子園目指そうって決めてましたから!」
まあ、明確に言えばそれを口にしていたのは我が兄なのだが。
しかし、僕の言葉になぜかその場にいた皆が、ムカつくことに茜井さえ動きを止めた。
なんなんだろう。なにか僕はおかしなことを言ったか?高校で野球やっていて、甲子園目指さないなんてあり得ないだろう。
「…小野寺。お前さん…。ぶっ!」
なぜか、長井先輩が大声で笑う。僕は呆気にとられたが、すぐにバカにされていると気付いて長井先輩を睨んだ。
「…なんで、笑うんですか。」
「いや、だって。有り得ないでしょ!うちの部その目で見て、甲子園って。」
笑いの収まらない長井先輩に憮然として、誰か助け舟をくれないかと思ってみるが、皆一様に困ったような、面白くもない冗談を聞いたような顔をしていた。
篠崎先輩が、そのご尊顔に呆れをしっかり貼り付けて難しい顔をした。
「それって。チーム数にも満たない部員しかいない部で言う台詞?逆にいやみに聞こえるんだけど。」
「…そんなつもりはありませんよ。」
不機嫌そうな顔を向けられ思わず怯むと、今度は横の山田さんが気の毒そうな顔を向けた。
「小野寺君。君がどういうつもりで柏原で野球をしようと思ったのかは知らないけど、そもそも、野球同好会だって主将の代で作ったクラブなのよ。元々柏原に野球部はないの。だから高野連にも加盟していないから甲子園出場も出来ない。」
「なっ!」
そんなことは聞いていない。高校の野球部であれば、どんな野球部でも出られると思っていたのに。
「それになまじ人がいて、高野連に加盟していても柏原みたいな高校に甲子園に出場できるだけの選手はいないわ。」
「む…そんなのやってみなきゃわかんないじゃないですか?」
僕の台詞に溜息が漏れた。海棠先輩だ。頼りなさげな風貌を困ったように眦を下げてこちらを見ている。
「やらなくてもわかるよ。野球同好会は弱小部だ。作った俺が一番わかっている。小野寺君。もし本当に君が甲子園を目指すために柏原に来たのなら。」
気の毒そうな顔をしながら海棠先輩は、だが容赦なく言い放った。
「君は来る学校を間違えていないか?」
小説を書くときよく音楽聴いてます。
これを書いているときは鬼塚ちひろの「月光」。
まったく作品にあいません(^^;
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