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第四話 お父さん2
「……勝美?」
「え?なに?」
お父さんの呼ぶ声で我に返る。思わず、自分の思いにどっぷり浸っていたらしい。
お父さんの前なのにもったいない。
「いや、勝美のほうはどうかって聞いたんだ。高校生活。」
「僕のこと?」
思わぬことを聞かれて、思わずうろたえる。今日あったことを包み隠さず話してもいいものだろうか。だが、それとは別にお父さんには気になることがあったおことがあったようで渋い顔をした。
「勝美。僕って言った。」
「え?あ。」
お父さんは僕が僕と言うことにあんまりいい気がしないらしい。言うたびに言われるから気をつけていたつもりだったんだけど。
「ごめん。つい。」
「いや、まあ、それはそれで可愛いんだけどね。やっぱり女の子の一人称が僕じゃ…。はあ、やっぱり男親だけだったのが、いけなかったのかな。ごめんな、勝美。女の子らしく育てる環境がなくて。」
昔から兄と一緒くたに扱われていたせいもあって、僕はどちらかと言うと女らしい扱いをされることが少なく、ほとんど男のようにして育ってきた。
その名残が僕と言う一人称。僕は小学校に上がるまで自分が本当に男の子だってことを疑っていなかった。
そのことをお父さんはひどく気にしているみたいだった。
「今だって、そんな男の子みたいな髪型。切るなっていったのに。」
ちょっと涙目で情けない顔をしたお父さんに、こちらも困った顔をする。
僕も中学生のときは清美と同じくらい、いや、もっと長い髪をしていた。
だけど、巽の変わりに今の学校にいるためには長い髪が邪魔だったからばっさり切ったのだ。だが、それはお父さんには内緒だ。
「もう、それは散々聞いたよ。ちょっとイメージチェンジしたかったんだよ。高校生になるわけだしね。」
そう笑うと、お父さんがまじまじとこちらの顔を見つめてきた。
「…?なに?」
「…いや、無事にお前達も高校生になったんだなって。あの時、あの事故の知らせを受けたときの絶望感ときたらなかったから。なんだか感慨深くて。」
思わず涙目で鼻をすする、お父さんの表情に胸を打たれる。
あの事故。僕は両手を強く握り締めた。
あれは中学の卒業式が間近に迫った日、僕達は事故にあった。
僕らは下校途中にトラックにはねられた。幸いというか奇跡的というか、僕はかすり傷程度で済んだ。だが巽は。
巽の顔にある眼帯を思い出す。巽も外的にはひどい傷を追う事はなかった。
だが、事故のときに打った頭の後遺症で、片方の目がほとんど視力を失った。
他には特にひどい傷はなかった。ほとんど。あんな事故に見舞われたのに本当に無事だった。だけど、視力の低下はスポーツ選手としては致命的だった。
巽は中学時代、全国大会に出るほどの優秀な投手だった。皆が注目した。プロのスカウトマンらしき人が見に来たといっていたこともあった。
だが、事故にあって以来、巽はグローブやバットに触ったところを見たことがなかった。
僕にはちっとも弱音を吐かないで、むしろこっちを励まして。今日みたいに笑って。
どれだけ悲しかっただろう、どれだけ絶望感にさいなまれたことだろう。
ずっと巽にとって甲子園を目指すことは夢だった。
お父さんにとっても巽の甲子園での活躍は夢だった。
先日、お医者様から話があった。
『勝美ちゃん。事故の後で残酷だとは思ったけど、こういったことは早めに伝えておいたほうがいいと思って。残念だけど…お父さんは。』
もってあと一年。
お医者さんはそう言った。言われた瞬間、僕はある決意を固めた。
僕は少し涙ぐんだお父さんに気持ちを悟られないように肩を強く叩いた。
「勝美痛いよ。いたた。」
肩をさするお父さんに笑ってみせる。
「もう!お父さんがおかしなことを言うからでしょう?高校入学ぐらいで泣くなんて。これからお父さんは病気治してずっと僕達の成長をみるんでしょ?巽が甲子園目指して、甲子園で優勝するとこ見るんでしょ?」
「はは。甲子園で優勝かい?いくら巽でもそう簡単にはいかないさ。一年なんだから、まだベンチ入りも出来ない。」
「ううん。巽言ってたよ。一年から出場して、絶対に甲子園のマウンドに立ってやるんだって。」
「ええ?それは流石に無理じゃないの?」
くすくすと笑うお父さん。信じてない雰囲気に僕は頬を膨らましてみせる。
「自分の息子信じられないの?」
「そんなんじゃないけどさ。そんなに甘くないのも知っているからだよ。」
「大丈夫よ。巽なら。」
「そうかな。」
お父さんが笑う。その笑顔は頬がこけて、昔の頼りがいのある時代のものと比べれば力ないものだったけど、お父さんの笑顔だ。
「そうよ。」
私は願いも込めて、力強く頷いた。
「だったら、もう一つみたい未来がある。」
何?と聞くと、満面の笑みを浮かべた。
「勝美の結婚式。」
「っ!」
何も言えなかった。
僕、一回お前なんかに勝美はやらんって相手の男に言ってみたいんだよね。とお父さんはうきうきと笑う。笑う。笑う。
あと一年。一年後、この笑顔がないなんて。
僕は泣きそうだった。だけど。
「そうだね。そこまで長生きしてよ。お父さん。」
僕はそう言って精一杯微笑んだ。だけど、今にも泣いてしまいそうで、僕は慌てて話題転換を図った。
「あ、そう言えば!」
僕はあることを思い出して、手を打った。
きょとんとするお父さんを尻目に清ちゃんから受け取った紙袋をあさる。
そこには清ちゃん発案、借り物兵器が一番下から出てきた。それを病室の小さな机にドンと置く。
「…勝美。これ、どうしたんだい?」
恐る恐るだが、興味深々で聞いてくるお父さん。そう言えば新しい物好きのお父さんの性分を思い出す。
「これはね…。」
僕は今日お父さんの前で、無理やりではなく、うきうきした顔で笑って見せた。
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