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第三話 お父さん1
「ふむ、今日は大分加減がよいようだね。」
年配のお医者さんが看護師さんを連れて、病室にいたのを見て、僕は思わず部屋の前で立ち止まった。
「ええ、おかげさまで。最近は随分気分がいいです。」
落ち着いた声が聞こえてきて、ほっとすると同時に泣きたい気分になった。
「あら。小野寺さん。今日はお嬢さん(・・・・)がお見えのようですね。」
お医者さんの後ろにいた看護師さんがこちらに気付いたみたいに声をかけてくれる。
少し年配の看護師さんとふくよかなお医者さん越しに帽子を被った男性の姿が見えた。お父さんだ。
こちらの姿を認めたお父さんが笑いかけてくれる。
「勝美。来てくれていたのかい?」
「お父さん。」
僕はトイレで着替えてきた姿で病室に入っていく。
春先で少し肌寒い季節。水玉のキャミソールに薄いグリーンのパーカー。七部丈のジーンズにピンクのスニーカー。すべて清ちゃんに届けてもらったものだ。
着ていた学ランは紙袋の中につめてある。
今日の僕は小野寺勝美。十五歳。巽の双子の妹、正真正銘の僕の本当の姿だ。
「おやおや、勝美ちゃん。今日は可愛い格好をしているね。」
年配のお医者様が褒めてくれるが、その横でお父さんが首を振った。
「いえいえ、院長。勝美は今日も可愛いんです。いつも可愛いんですよ。」
臆面もなくそう言うお父さんの言葉に思わず、赤くなる。
「お、お父さん。人前でそんなこと。」
「ははは。いや、すまない。そうだったね。勝美ちゃんはいつも可愛い。」
いつものことなのか、お医者さんはお父さんの言葉に気を悪くした様子もなく笑ってくれる。
ある種それも問題な気もする。
「院長。そろそろ他の方の検診が。」
看護師さんがお医者さんにそう話しかけ、お医者さんも鷹揚に頷いた。
「ああ、そろそろか。それじゃあ。小野寺さん。娘さんが来てくれたからって無茶は禁物だぞ。」
「わかっていますよ。院長。安静第一。まだ子供達も小さい。まだ死ねませんよ。」
笑うお父さんの声に思わず胸が痛くなる。だめだ。平静を装わなくちゃ。
そんな僕の肩をぽんとお医者さんが叩いてくれる。その仕草に心が落ち着くのを感じる。
そうだ、僕がしっかりしなきゃ行けない。
お医者さんたちが出て行った病室で、僕は無理やり怒った顔を作った。
「もう!お父さんたら。いつも恥ずかしいからやめてっていっているでしょ?お医者さんも親バカ加減に呆れていたじゃない。」
「ははは。そんなこと気にしているのかい?いいんだよ。聞きなれているだろうし。」
「き、聞きなれているって…。」
一体何を病院で話しているのか気が気でない。
このベットで笑っているのが、僕達のお父さん。
病気のせいで少しこけた頬、薬に副作用で髪の毛の抜けた頭に帽子を被ったお父さん。小さい頃にお母さんを亡くして以来男手一つで僕達二人を育ててくれた。
お父さんが病気で倒れたのは半年前。
僕達にはまったく弱音なんか吐いたりしなかったけど、僕達の世話と働きすぎで身体を壊していながら無理して働いていたらしい。そのツケが今になって襲ってきたと言うのはあまりにも悲しい話だ。だが現実。
倒れて一年。病状は一進一退を繰り返し、今に至る。
「勝美。そう言えば、巽は?今日は一緒じゃなかったのか?」
「え?巽?」
清ちゃんに宅配を頼んだ紙袋の中身、一部お父さんの着替えを棚に直しているときに、話しかけられ、ぎくりとする。
「巽は…。なんだか今日部活に入部届けだすから少し遅くなるから来られないとか言っていたような…。」
「え!そうなのか?やっぱり野球部?」
お父さんの顔が明るくなる。その顔は近年見られなかったほど、期待に満ちて輝いているように見える。圧倒されて思わず身を引いた。
「う、うん。」
「そうか。とうとう。巽も甲子園目指すんだな。」
うきうきした表情のお父さん。
お父さんは高校生のとき、野球部でしかも甲子園常連校の投手でエースだったらしい。
当時はすっごくマスコミにももてはやされていたとか、伝説になっているだとか。
そのときにバッテリーを組んでいた人はプロになって、今は既に引退してプロ野球のコーチをやっているらしい。
お父さんは家の事情でプロにはなれなかったけど、そのことが一番のお父さんの自慢で僕らの自慢でもあった。
お父さんは機会があれば高校野球時代のことを話してくれた。僕らはその話をするお父さんが大好きだった。
そのきらきらした思い出を話すとき、巽は必ず言ったものだった。
『僕もお父さんみたいに、『甲子園球児』をめざす!』
そう言う巽をお父さんは本当に嬉しそうに見るものだから、一度だけ僕もなると言ったことがある。
そのとき、お父さんは笑って『勝美は女の子だからなれないよ』と少し寂しそうに笑ったのを今でも覚えている。その顔が見たくなくて二度と言わなかったけど。
そんな僕らが中学三年生になって高校進学が決まって、巽がもうすぐ甲子園球児になる夢へと進む段階になったとき、あの事故が起こった。
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