第十一話 友達?
キーンコーンカーンコーンとやや間延びしたチャイムが鳴り響く。
放課後、僕はその音とともに立ち上がった。
鞄は既に前の休み時間の間につめてあったので問題はない。鞄を持ってすぐに教室を出た。
「おーい。待ってや。巽!」
なぜかその背を茜井が追ってくる。
「なに?急いでんだけど?」
「ビラ撒きに行くんやろ?俺も手伝うわ。」
茜井の言葉に驚いて思わず立ち止まる。思わず茜井の顔をまじまじと見てしまう。
「なんで?お前、関係ないのに。」
サッカー部に入るといっていた茜井。これは野球部員を募るビラまきだ。茜井には関係がない。純粋に驚いていると、茜井がため息をついた。
「冷たいなあ。友達やゆうたやン。友達手伝うのに理由なんていらへんのちゃう?」
笑う茜井を不思議に思う。
「…なんで?」
正直に言えば、結構、いやかなり茜井にはひどい扱いをしていると思う。それなのにこいつは僕を友達だと言う。
「…なにが目的?」
茜井はずっと邪険にしているのに僕の後をついて回る。なんで?
初対面の相手におかしなことだ。足蹴にされても近づきたいなんて魅力が僕にあるとは思えなかった。
「清美?」
…清ちゃんに取り入るためかと考えた。今の僕はこの学校で清ちゃんに一番近い場所にいる。この学校で一番権力を持っているといわれた清ちゃん。
僕はその権力を利用している。だから、その甘さを知ってる。
その権力を欲する人間は他にもいるだろう。
彼女と親しい僕を介して茜井が狙っていないと言う保証はない。僕は彼女の権力頼っている分、彼女を守らなければならない。
純粋な好意を信じられない僕は醜い奴だと思う。胸がずきといたんだ。
だが、そんな様子の僕に茜井はキョトンとした顔をした。
「女王様?なんでそこで女王様の名前が出てくるんや。」
「…だって僕に近づいてもお前、得なんか…。」
視線を剃らせて、もごもご言うと、何か察したように茜井が肩眉を跳ね上げた。
「あ!お前、俺が女王様の権力欲してお前に近づいたとか思うとんやないやろな!」
考えてたことそのものずばり言い当てられて、僕は恥ずかしくて茜井と目線を合わせないように勤めた。
「だって、それしか考えられないんだけど。」
「かー。本気で友達甲斐のないやっちゃ!大体!俺がお前に話しかけたの、女王様との関係知る前やったやん!女王様は関係ない!」
あ、そう言えば。あの痴漢事件の前から茜井は僕に話しかけていた。
それに思い当たった瞬間、茜井の顔がそれ見たことかという顔になった。
「まあ、最初に近づいたのは、お前とおると女子に騒がれやすいという下心があったからやというのは認めたる。」
「は?」
思わぬ回答に眉根を寄せる。なんだそれは。
「鈍いなぁ。お前入学式のときから延高とクラスの人気を二分にするくらい女子に騒がれとったんやで?」
笑いながら、長身で女みたいな面やからな、と茜井は僕の顔を指差す。まあ、顔が女っぽいのは女ですからな。でも騒がれるほどの容姿ではないつもりなのですが。
「お前は自然と女の視線をひきつけるから、高校でもてたいおれとしたらお前と一緒におると女も寄ってくる率が高まるんやないかと思ったわけや。だから、お前に邪険されても近くにいたんや。同じクラブに誘ったのも同じ理由。」
サッカー部に特に思いいれはないと茜井がいう。ただ単に、校内で一番強くて女の子に人気のありそうな運動部ということで誘っただけらしい。サッカー経験もないそうでなんじゃそりゃといいたくなる。
「…それなら僕じゃなくても、延高でも良かったんじゃないのか?」
僕が人気者だという件は信じられないが、それを信じたとして人気を二分にしていた延高が茜井にとってターゲットにならなかったのか、純粋な疑問だったのだが、茜井は顔を顰めた。
「そりゃ、延高でも効果はあったかも知れんけど、なんか近づきたくなかった。あいつ変態臭いし。」
頬の感触を思い出し、思わず背筋が寒くなる。確かに。
「それじゃ、僕は誘蛾灯かなんかですか?」
憮然とすると、茜井が笑う。
「ま、最初はそう思うとったな。」
笑う茜井の顔をじっと見る。
「最初、と言うことは今はどんな理由?」
聞くと茜井はいたずらが成功した子供みたいに笑った。
「面白いから。」
「…?」
意外というか、良くわからない答えに僕は眉根を寄せた。だが茜井は気にせずに続ける。
「ま、お前は確かに足も手も早いわ。最初は乱暴者やとも思ったけど。せやけど、一緒にいるとあきへん。おもろい。」
面白い。そんな理由。清ちゃんのことが理由じゃなかった。呆れて、脱力した。
「僕は娯楽映画と同じ扱い?」
「一緒にいておもろいのは友達の条件とちゃうん?」
茜井が拳で僕の肩を軽く押す。じゃれあいのようでくすぐったかった。
僕はあの事故以降、巽として生きることを自ら望んだ。その分中学のときの、勝美としての友達とは疎遠になって一度も会っていない。それは僕が自ら望んだことだから。それを不満に思ったことはなかったけど、どこかさびしく思っていたのは確かだったのかもしれない。
高校に入っても半年しかいられない場所にあんまり思い入れを作ってもしんどいだけだ。自然に他人と距離を置いていた。だから、必要以上に茜井を邪険に扱っていたのかもしれない。それに今気づいた。茜井に気付かされた。
固まっていた心にふわりと暖かな風を感じたようで、でもそれを与えてくれたのが茜井ということがなんだかくすぐったくて、僕は自然と笑っていた。
「じゃあ、友達ならこき使ってもいいよね。」
「っ!」
茜井の顔が青くなる。なんでかな?笑ってやってるのにその反応は?ムカつくなあ。
「なんやそれ!俺はお前の奴隷ちゃうで!」
「奴隷なんて言ってないじゃないか。友達だろう?友達?茜井は僕の友達だから文句も言わず一生懸命、献身的に尽くしてくれるんだよね。ああなんかいい響きだね。ふふふふ。」
「な、なんかお前怖いで。延高より。」
失礼な、あんな変態より怖いってどういうこと。
「まあ、いいや。で?ビラ配り手伝ってくれるんだろ?さ、清美を待たせてるんだ。急がないと。」
僕が歩き出すと、独り言みたいな小声で茜井の声が耳に入る。
「俺、友達選びに失敗したんとちゃうやろか?」
もう遅いよ。茜井。
「置いていくぞ!早く!」
「あ、待てって!」
僕達は廊下を待ち合わせ場所に向かって走っていった。
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